霧雨の天使たち 1
新緑まっさかりの季節のある日、昼下がりの私立E・T高校の片隅で少年が顔を赤くして叫んだ。
「一ノ瀬さん! これ、僕の気持ちです! 付き合ってください!」
「……ごめんなさい」
「そうですか……」
少年ががっくりと肩を落として、一ノ瀬あさみのもとから去っていった。
あさみの手には、少年から渡された、綺麗に包装されたブランド物の香水がある。それをぎゅっと握り締め、ニヤリと笑って後ろに隠れていた卯野美和と麻乃美咲のところに駆けていった。
「儲かっちゃったわ!」
美和はそんなあさみの様子に呆れ顔になる。
「あなたね……振るんだからプレゼントは返さなきゃ」
「でも、向こうが勝手に押し付けてきたのよ。押し返すのもどうかと思って」
あさみの貰った香水を眺めながら、美咲はニコニコする。
「今度同じの貰ったら私にもちょうだい。でも、あさみちゃん、ここのところモテモテだね」
確かに最近あさみはいくつもの告白を受けていた。
「でも、美咲だってかなりモテてるじゃない。一体どうしちゃったのかしらね?」
あさみは腕を組んで首を傾げる。当人達には全く思い当たる事が無い。
しかし、実はこの三人娘の中の美和が彼氏を作った事に理由があった。あさみ、美咲、美和の三人はもともと顔立ちのいい三人組だったのでそれなりに人気はあったのだが、先日、美和がひょんな事から一年後輩の同じクラブの生徒と付き合う事になった。それを見て、もしかしたら自分にもチャンスがあるかも知れないと思っていた人達が一斉にアタックを仕掛けたのだ。だが、噂の的になっているなどとは全く自覚していない三人にとっては、このアタック攻撃は怪現象としか思えなかった。以前はあさみも美咲もモテたいと思っていたが、あまりの告白の多さに辟易し、食傷気味になっている。残念ながら今まで告白してきた人達の中に、これだ! と運命を感じるような相手は居なかった。
あさみはゴージャスで気位が高い印象がある。さらに、金や物に弱い。だからか、告白してくる人はほぼ間違いなくプレゼントを持参してきていた。金に関しては来るもの拒まずなあさみは、すべて自分の物にしてしまっており、ここの所、装飾品関係には不自由なくウハウハの状態だった。だが、そのうち天罰が下るというのが美和の意見だ。
「もしかしたら私達、この間の事件で悪目立ちしちゃったのかなぁ?」
一ヶ月程前、美和を中心に三人は学校で起こった殺人事件に巻き込まれた。最終的に三人は犯人である担任を追い詰め、自首をさせた。目立たぬようにしたつもりだが、やはり生徒の間では噂が広まり、有名な話になってしまっている。
「そうかも知れないわね、しばらくの間おとなしくしてなきゃ」
あさみは首をすくめた。
「事件か……もう一ヶ月も前になるのね。つい昨日の事みたいだわ」
しみじみと美和は言う。
「茶子ちゃん、早く立ち直れるといいね」
殺された愛取好子の友人、麩隙茶子はしばらく学校を休んでいたが、やっと最近になって登校しはじめた。まだ以前のように元気はつらつではないが、時折笑顔も見せるようになってきていた。
「美和ちゃんがクラブに入ったのが全ての始まりだったよね」
「そうね。クラブに入らなければ雄一くんとは出会ってなかった訳だし」
事件に巻き込まれる発端になったのは、美和の彼氏である雄一がナイフを拾ってきた事にある。
「そう! クラブで思い出したけど」
突然、あさみが叫んだ。
「私も女を磨くためにクラブに入ろうかと思うんだ」
「えぇっ?」
美和と美咲は眉をしかめる。あさみの性格からしてクラブ活動を行うイメージは全く無かった。
「華道部に入ろうと思うんだけど」
「えぇぇぇ!」
さらに二人は驚いた。日本の伝統、華道などあさみがするなど想像も出来ない。
「何よ! そんなにイメージと合わない訳?」
ジロリとあさみが睨んだ。
「花と私、華やか同士で素晴らしい組み合わせじゃない。しかも週一回、水曜日だけの活動で楽そうだし」
「あぁ、それが理由なのかぁ」
うんうんと頷き、美咲が納得する。
「それに、華道の家元がクラブに居るっていう噂も聞くし玉の輿を狙えそうだしね」
「そっちが本音ね」
美和がズバリと言った。
「でも、水曜日って今日じゃない? もう今日から行くの?」
「えぇ。うちのクラスで華道部に入ってる徹宝由里ちゃんに紹介してもらってクラブに参加するつもりで居るわ」
すでにあさみの心は固まっている様子だ。二人は、続かないだろうとは思ったものの、応援する事にした。




