霧雨の天使たち 15
翌朝、あさみは眠れなかったせいで腫れた目をして登校した。先に登校していた美和は、あさみの様子がおかしい事にいち早く気づく。
「おはよう、あさみ。顔色悪いけど何かあったの?」
あさみは、幽霊のようにのそりと顔を上げ、生気のない瞳を美和に向けた。
「何かどころじゃないわよ。遷くんとのデート、途中までは楽しかったのに、すごい事になっちゃってさ」
あさみは、今すぐにでも全ての事を話したかったが、教室内はすでに半数以上の生徒が来ている。ギリギリのところで堪え、美咲が登校するのを待って三人は教室を抜け出した。幸い一時間目は自習だったので、そのままあさみが以前複製した鍵を使い、屋上に出てからあらためて昨日起こった出来事を話した。
「へぇー! そんな事があったんだ」
美咲が目を見開いて驚いている。横に居る美和は、唇に指をあてて少し考えていた。
「……それって、本当にりりす先輩なのかしら?」
「うん、見た目は間違いなくりりす先輩なんだけど、あの言動や表情はどう考えても私の知ってる先輩じゃないのよね。とにかく、今日一度先輩に会って話を聞いてみるつもりではいるけど」
重い溜め息をついてあさみが言った。
「そうね、それが一番手っ取り早そうね。シラを切られたら元も子もないけど」
美和の言葉は慰めになっているのかいないのか微妙なところだ。
「でも、あさみちゃんまた死体見ちゃってショックだったんじゃない?」
あさみは声を出さずにうんうんと頷いた。以前、学校で事件が起こった時もあさみは死体を見ていた。これで二度目になるが、あまり慣れるものではない。
「その人、死んでるとは限らないわよ? 新聞に事件の記事が出てないかしら?」
美和に言われてはじめて気付く。残念ながらあさみは朝刊をチェックしてきていなかった。
「今から学校近くのコンビニ行って新聞を見てきちゃおうか」
美咲の提案で、三人は学校を抜け出してコンビニに行く事にした。正門はまずいと思われたので、裏庭にあるフェンスの穴から抜け出そうと考え、三人がそこまでゆくと丁度逆方向、フェンスを使って学校に入ろうとしている生徒を見つけた。
「あれ、遷くん!」
「ん? あさみさんと卯野さん、麻乃さん。一体どうしたの……って、昨日の事で何か話してたのかな?」
よいしょ、とフェンスのを穴通って遷は裏庭に入ってきた。
「うん、そうなんだけど、遷くんこそどうしたの?」
「コンビニ寄ってたら遅刻しちゃってさ」
「え、もしかして」
三人は遷の持っていたコンビニの袋を見た。中には週刊漫画雑誌とパンとジュース、そして新聞が入っていた。
「新聞買ったんだ!」
「さすがに昨日の事はちょっと驚いたからね。記事になってるかと思って。新聞とってないから買いに行ったんだ」
「見せて見せて!」
三人は遷から新聞を受け取り、囲むようにして新聞を見た。大きな記事ではなかったが、隅の方に昨夜の事件の事が書かれている。
「被害者は紫龍組の組員」
「出血多量で死亡。ピストルのような物で撃たれた形跡」
「犯人は依然逃亡中。組絡みの抗争とみて捜査中」
三人はそれぞれ文章を抜き出して一言ずつ喋ってゆく。
「シリュウグミって何?」
「おそらくヤクザの組の名前だと思うわ」
美咲の質問に美和が答えた。
「ヤクザか。確かに、いかにもな感じのチンピラがうろうろしてたわね」
腕を組んであさみが唸る。新聞をしまいながら、遷は苦い顔をした。
「昨日は本当にびっくりしたな。おかげで見たい深夜番組の事をすっかり忘れちゃってて悔しかったよ」
遷の台詞を聞いて三人は、案外遷は図太い神経をしているという事を知った。
「とにかく、事件は確実に起こっていた訳ね。あさみ、次の休み時間にりりす先輩のところに行くんでしょ?」
「えぇ。でも、もし昨日みたいな先輩のままだと怖いから、美和、美咲、あと遷くんも付いてきてくれる?」
全員が頷く。あさみは少しホッとした顔になった。
四人は一時間目が終わるまで、ついでだからと屋上へ戻って時間を潰す事にした。
「ここって風が気持ちいいよね。休み時間、ここでお喋りするのもいいんじゃない?」
「そうね。お昼もここで食べると眺めがいいかもね」
「ちょっと、美咲、あさみ……」
本来、生徒は立ち入り禁止になっている屋上だったので、美和は止めにかかる。
「美和もそう思わない?」
言われて、美和は反論できなかった。本当は自分もここで過ごしたいと思っていた。
「ん、まぁ。そう思うけど」
「よし、じゃあ決定!」
あさみが勝手に決定した。横で美咲もキャッキャとはしゃいでいる。美和はもう止めはしなかった。
「ここなら人目を気にしないですむし、ランチには雄一くんも呼んだら? 美和、なかなか会えないってこの間ぼやいてたじゃない」
「えぇっ?」
驚きながらも、美和の顔が少し赤かった。
「いいね、それ! じゃあ角間くんも一緒にどう?」
美咲が遷に微笑みかけた。遷は意外そうな顔をする。
「俺? ここに来ちゃっていいの?」
そう言って、遷はあさみの方を見た。あさみは肩をすくめて少し照れたように笑った。
「なんか、美咲的には私と遷くんを仲良くさせたいみたいで。迷惑だったらごめんね」
「いや、そんな事ないよ。むしろ光栄だな。昼飯はいつも那子の攻撃をかわすのに苦労してたから、お邪魔させてもらおうかな」
一連の会話を聞いて、美咲はキョトンとした。
「あれ? もしかして二人ってまだ付き合ってないの?」
「え、それは……」
「まだ、そんなんじゃ……ねぇ?」
少しギクシャクしながら、遷とあさみはわざと目を合わさないようにしていた。少し恥ずかしい空気が流れているのを察知した美和が、場をとりなした。
「ま、まぁ。とにかくランチメイトが増えて楽しくなったからいいじゃない! みんな仲良くいきましょう」
不自然に笑いを浮かべるあさみと遷を見ながら、美咲は美和にそっと耳打ちした。
「あさみちゃんって案外ウブなんだね」




