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猛毒を飲み干して  作者: 榎本あきな
1【ミックスジュースを飲み干して】
5/6

5.魔女の領域にて

 ピオの胸ほどしかない灰色の石塀の上に、突き破るように刺さっている錆び付いた鉄柵。門などはなく、誰でも入れるようになっているはずなのに、一般人ならば雰囲気だけで入るのを戸惑われる。

 この馬鹿には効かないみたいだが。


「ふ~ん♪ふ~んふふ~ん♪」


 ピオの音痴な歌を聞きながら、あたりを見回す。

 無数に立った墓標は石で出来ており、文字が刻まれている。

 それらだけでも十分不気味だが、私はそれ以上に奇妙な感覚を感じていた。

 何かがこちらを見ているような視線だ。

 しかし、あたりを見回しても何もわからない。こいつが死んでしまっては元も子もないため、知らせた方がいいのかもしれないが、こいつは絶対厄介事に巻き込まれる気しかしないので、ここは私が警戒していることしかできないだろう。

 かといって、幽霊のような姿の私には、これといって出来ることはないのだが。


 先程まで太陽が出ていた周囲は、なぜだかどんよりと暗く、まるで夜のようだ。それもこれも、辺りに茂っている木々のせいなのかもしれない。不気味な雰囲気も、それを悪化させているような気がする。

 なんだか嫌な気配というか、予感の様なものがあるが……今はどうすることも出来ない。ま、なるようになるだろう。

 それでも、警戒するように見回していると、いつの間にかたどり着いたのか、墓地の真ん中にある、見るからに人が住めそうにないオンボロの家屋にたどり着いた。

 ここにあるということは、薬師でもあり墓守でもあるのだろうか。だとしても、大変おかしなやつではあるが。


 何かあるのではとピリピリしている私を放って、ピオはオンボロ扉についている、申し訳程度のノッカーをガンガンと叩く。おい、壊れるぞ。もう少し手加減しろ。

 …………しかし、待てど暮らせど、中から人が出てくる気配はない。いや、むしろ、人の気配がない……?


「…………?? なぁ、ここってほんとに、そのマジョサンって人が住んどるがや?」

『……私にわかるわけがないだろう。来たばかりなのだから』

「それもそや。まぁ、入ってみたらわかるばい!」

『お、おいっ。相手は魔女だぞ。変な罠でもあったらどうする』

「そん時はそん時ばい~。失礼するばい」


 そういって、抵抗もなく開いてしまった扉から、中に入っていくピオ。不法侵入だが、本当にいいのか?私は一応止めたのだし、実際に入っているのは実体のあるピオだけなので、私のことは咎められないと思いたい。

 オンボロ小屋の中は狭く、外観と同じようにボロボロで、どうみたって人が住んでいるようには見えない。また、あるのは一部屋だけで、どこかに部屋があるようには見えない。

 …………いや、魔法の気配がする。が、今の私は幽霊であり、肉体を持ってない以上、使える魔法は限られてくる。そもそも、魔法が使えるのかすらも不明だ。そこら辺を、もう少し検証してから来るべきだったか……後悔しても、もう後の祭りだが。


「だーれもいなか~……。住んでる感じもおらんし、ついにばっちゃんもボケちゃったがや?」

『……それなんだが、ピオ。朗報だ。お前の祖母はまだ惚けてはいないらしい。……この部屋、魔法の気配がする。推測するに、薬師の魔女が隠しているのだろう。人と関わるのが嫌いか、或いは、面倒ごとに関わりたくないのか、そこら辺はよくわからないが』

「えっ!? 部屋隠しとるんか~……そいじゃあ、よくわからんのも当たり前ばい。出直すしかないっちや」


 ピオがそう言うと、部屋にかけられた魔法の気配が、微弱だが揺れた。薬師の魔女も相当の手練のようだが、この天才の私にはまだまだ劣るというわけだ。

 まぁ、魔女というのは何かに秀でた者の事を言うから、私の方が優っているとは言えないが。

 とにかく、出てこないならば出直そうということになり、私達は家屋の外にでる。

 …………そして、私は絶句する。


 悪意ある霊(ゴースト)が出没している。


 来た時はいなかったはずなのに、何故か今、出ている。

 しかも、聖者の魂を欲しがり、ゆっくりとではあるが、確実にピオに迫ってきている。

 だというのに、呑気に歩いているピオ。ゴーストに触れたら、最低でも体を乗っ取られるんだぞ!?


『おいっ! 何をぐずぐずしている! 早く墓地の外まで走れ!!』

「へっ? なんでばい? 今日は色々あって疲れたから、急ぐ用事もないしゆっくり歩くばい~」

『馬鹿かお前は!?!? いいから走れ!!』


 無理やりピオと繋がっている部分を引っ張ると、ピオの体がふわりと宙に浮く。浮くというよりは、引っ張られるが正しいが。

 どうやら、ピオが引っ張ることも出来るが、私がピオを引っ張ることもできるようだ。

 いや、今はそんなことを考えている場合ではない。こいつ1人だったら別に放って置いてもいいが、私にどんな影響があるかわからないのが恐ろしい。ひとまず逃げなければ。


 とりあえずピオを外に出すために引っ張るが、この柵の外側に出れば外……というところで、ベチンっ!という音と共に「いでっ!!!」という声がした。

 何か壁のようなものにぶつかったらしく、痛みで顔をおさえている。


「いっでででぇ~…………突然逃げろって言ってきたり、引っ張ったり、一体何事ばい……? なんか、見えない壁みたいなんもあるがやし」

『結界に、突然現れたゴースト……他の人物がいないのであれば、薬師の魔女の仕業か……。とりあえず、聖水か何かないのか? 塩でもいい』

「は? ゴーストとか聖水とか塩とか……ユウさん、一体全体、何を言い出しとるがや?」

『………………もしやお前、ゴーストが見えないのか?』


 きょとんとした顔をしているピオ。

 …………私は見えるのに、普通のゴーストは見えないのか!?!?それなら今までの行動に納得がいくが……大変まずいことになったぞ。

 こいつ、ゴーストが迫ってきても自分で避けられない。


『聖水か、塩を自分の周りに円を描くように蒔け!! とりあえず、今は私の言うことを聞くんだ! ゴーストに乗っ取られたくなかったらな』

「えぇえ?? 意味がわからんが……とりあえず、わかったばい……」


 納得はしていないが、とりあえず渋々といった体で袖の中を漁る。

 ゆっくり、しかし確実に近づいてくるゴーストをそわそわと見つめながら、ピオが袖から何かを出すのを待つ。

 そして袖から出てきのは、綺麗な薄黄緑色をした液体の入った小瓶。小瓶に貼られたラベルには「軸:ユニコーンの髭。人魚の泡。朝露の最初の一滴。無垢な祈り」と書かれている。

 きゅぽんっ!と音を立てながら小瓶の蓋をとり、自身の周囲に液体を撒き、最後にその円の真ん中から、液体を撒いた線を辿るように魔力を流せば、完了。

 簡単結界の出来上がりだ。耐久力は、そこまでないが。


「ふぅ……できたばーい! でも、これになんの意味が…………ひょえっ!?!?」


 バチバチィッ!!という音と共に、ゴーストが結界にぶつかると、眩い光を発した。

 どうやら、その結界に当たった時は見えるらしく、ピオはマヌケな声をだして腰を抜かした。口元が恐怖からか、わなわなと震えている。


「なっ、なななっ、なんだがや!?!? 変なんが、こう、バチッ!ってなって、あいたっ!ってなって、こう、えっ!?!?」

『お前……本当に魔法使いか? あれは悪意ある霊(ゴースト)。死んだ人間から抜け出た魔力が寄り集まって出来る魔物だ。これが見えないものは、一般的に魔法使い適性がないとされるが……』

「そ、そう言われて、わからんもんはわからんばい!!」


 私の姿がほかの人に見えないは、まぁわかる。私は特殊だからな。むしろピオ以外に見えない方が安心する。

 しかし、魔法を使っていたピオが、魔力の塊であるゴーストが見えないのは、一体どういうわけだ。魔法を使えているのだから、見えるはずなのだが……。

 ……いや、今はそんなことより、ゴーストをなんとかするのが先か。一時凌ぎで結界を張ったとはいえ、簡易的なものでしかない。いつかは壊されてしまう。

 そうなる前に、倒さなければ。


『この際、見える見えないは気にしない。私がわかるからな。だが、こいつらをどうする。この結界だって、長くは持たんぞ』

「そ、そう言われても、ゴーストの対処の仕方なんてしらんばい……。なんか方法しらんっちや??」

『一番は、こいつらを消滅させる。他の方法として、浄化させる、眠らせる、なんてのもあるが、消滅させるのが一番手間がかからない』


 方法を提示すると、ピオは考え込むように黙り込んだ。

 時折、ゴースト達が結界に触れて呻き声をあげる。だが、結界の力が弱くなってきたのか、頻度が上がっている気がする。

 刻一刻と経過していく時間の中、ピオが俯いていた顔を上げる。その眼差しは、真っ直ぐとゴースト達を見ている。


「……ゴーストって、死んだ人達の魔力から出来た存在ばい? ここには、オイラのじっちゃんや、ご先祖さまも眠ってるがや。……大事な人たちの魔力を消滅させるのは、オイラは、やりたくないばい」

『…………ゴーストが見えないお前には、結構手間がかかる上に、準備の最中にゴーストに乗っ取られる可能性もあるんだぞ?』


 ため息をつきながら、ピオに返答する。その言葉に、にっこりと、ピオは笑った。


「見える見えないは気にしない、って言ったのは、誰ばい? とーぜん、協力してくれるばい?」

『………………私も、不可抗力とはいえ、面倒なやつの背後霊になったものだ』


 呆れ顔をしつつも、ピオの瞳を真っ直ぐ見つめる。

 その瞳は、まるで最悪の事態が起こるということを予測していない。絶対になんとかなると、信じきっている瞳だった。

 出会ったばかりで。しかも、得体の知れないやつを信用しなければいけないというのに、大したやつだ。

 ……アズラに、なんとなく似ている。

 そんなところが、なんとも癪に障る。


 でも、その瞳は、私が前の世界で、ずっと欲しかったものだった。

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