3.心残り退治
「ちこっと待っとってな」といったピオは、ズボンのポケットから杖を取り出した。
ふよふよと浮かびながらそれを眺めていると、呪文の詠唱をせずに、浮遊呪文を行使し始めた。辺りに散乱していた空の瓶や、隅に置かれた何に使うかわからない材料の入った瓶が、浮いていく。
瓶のラベルを一切見ないで、何か別の作業をしているピオは、適当に杖を振る。すると、瓶が意志を持つかのように、するりと、所定の棚の位置に収まっていく。
飲んだ者の願いを叶える魔法薬の作成に、高度な浮遊呪文を無詠唱……しかも、対象を見ることなく指定の位置に置くことができる。魔力を持っていた頃の私ならば容易いが、普通の者ならば十年かけてようやく、といったところだろう。理解力は低そうだが、魔法に対する素質は十分あるだろう。
未来で死んでしまう運命にあるのが、惜しくて堪らない人材だ。
私がそうやって考察している間にも、ピオの作業は進んでいく。
空の瓶を取り出し、みっくすじゅーすの入った大釜の淵を、杖で二回ほど叩く。
叩かれた大釜は僅かに震えると、口からみっくすじゅーすを吐き出すようにだし、そのみっくすじゅーすは、縮小しながら小さな瓶の中へと入っていった。そして、コルクで蓋をした。
見るからに、あの小さな瓶では入らない質量だったが……。だが、あの大釜で小瓶一個分ならば、生産数が低いのも頷ける。
それに、みっくすじゅーすの製作者が複数いるとも思えない。これでは、どうあがいても市場に出回ることなどないだろう。
杖をポケットの中へ無造作に突っ込み、小瓶を丈の合っていない片袖の中へと仕舞う。
そうしてから、ようやく、ピオは床に座って私を見た。
「よい、しょっと……。んじゃま、詳しい自己紹介?事情説明?といこか!」
『ん? 自己紹介はしただろう。それ以上、何をするというんだ』
「やて、オイラ達って、あればい。イチレンタクアン?ってやつになるんのや、お互いのこと、もっとよく知らんといかん思うち」
イチレンタクアンとはなんだ。もしかして、一蓮托生のことか。流石にこう言う言葉はきちんと覚えろ。馬鹿か。
……私の協力者になるのだから、これはもう少し知識を詰め込めさせないといけないかもしれない。
しかし、そうか……正直、どれだけ才能がある人物でも、私にとって他の人間は塵芥と同等だったからな……。
だが、これからはピオにも一緒に動いてもらわないと、私はどこかへ行くこともままならない。それならば、ある程度事情を話しておいたほうが、今後の行動もスムーズに行けるだろう。
もっとも、まだ出会ったばかりの彼を簡単に信用できるほど、私は馬鹿ではない。話す内容には嘘や虚構を混ぜさせてもらおう。
だが、どこから話したものか……。
『そうだな……。まずは、事情を話す前に私の生前について語ろう』
「えー……ユウさんの話、えらい長そうたい……。……それに、ユウさんの態度って偉そうやから、自慢話入って面倒こくなりそうばい……」
『事実を言って何が悪い。それに、私の事情とも関わりがあるんだ。私の協力者になるのだから、きちんと聞け。……まぁ、そんなに語れるようなことはないがな……』
事実、本当に話せることは少ない。
なんせ、私は優秀ではあったが、悪事とともに生き、そして悪事とともに死んだようなものなのだ。その部分を話してしまったら、善良な魔法使いであるならば絶対に協力してくれないだろう。
悪事を止めるためと言えば、なんとかなるだろうが……。それでも、私の印象が最底辺に落ちることは間違いない。これから先の行動で、私の言葉を信じてくれない時が訪れるかも知れない。仲をある程度良好に保つことは、今後の為にも必要だ。
『まず、前提としてだが、私はこの先に起こる未来を知っている』
「……えっ!?!? それば、先見の能力があるっちゅうことと!? え、じゃあ、オイラが将来、どんな風になっちょるのかもわかるばい!?」
『落ち着け!! 私がわかるのは、私の近くにいた存在と、この世界全体のことについてだけだ。お前の将来のことなどしらん』
「え~……。オイラの将来がわかるんなら、オイラが将来ムキムキマッチョになるかどうか知りたかったんに……」
ピオが、未来で大絶賛されたみっくすじゅーすの生みの親であるのではないかとは予想している。
しかし、それが本当ならばピオは未来で死んでいる。そんなことを伝えるわけにはいかない。第一、私は未来のピオの姿を知らないからな。
あと、ムッキムキの協力者は私が嫌だから、もしなろうとしても止めるからな。
しかし……そうだな。未来から過去へ来たことを話してもいいものか迷っていたが、先見の能力持ちだと誤解してくれるなら都合がいい。このまま、先見の能力で未来を予言したが、殺されてしまった過去を遡っていない魔法使いとして話そう。これから有名になる、邪悪なる者『スコーピオ』とは別の人物だと思わせよう。
先見の能力持ちだと、私は肯定していない。嘘は、言っていないだろう?
『お前の将来はしらんが、私はこの先の未来を知ってしまった。邪悪な魔法使いが、この世界の殆どを焼き尽くしてしまう未来を。それに立ち向かう者を。……知ってしまったからには、止めるしかない。だが、その前に私は死んでしまったんだ……』
「……なんか、凄い胡散臭か……。ユウさんがそんなシュショウな心の持ち主やとは、とうてい思えんちや……。……それに、ユウさんの手伝いすんのは、なんか癪だぎ……」
ぐ……。さっきはこいつの勘に助けられたが、今度はこいつの勘によって追い詰められるのか……。勘がいいと言うのは、案外厄介だな……。
確かに私は、もし未来が本当に見えたとしても、止めることなどしないだろう。したとしても、突然乱入して掻き乱すか、自身の力を試す為だけに気まぐれにどちらかの味方につく程度だ。そんな殊勝な心掛けは持っていない。
『だが、いいのか?』
「何がと?」
『私にも、正直何故私がこの姿になったのかわからない。唯一の心当たりは、先程いったこれだけだ。この未来が変われば、もしかしたらお前から離れることができるかもしれない。お前も、この先の人生私と四六時中一緒は嫌だろう。私だって嫌だ』
まぁ、私がきれる切り札といったら、これしかないな。
この少しの会話でなんとなくわかったが、私とピオの相性はよくない。そんな相手とずっと一緒にいるのは嫌だろう。私が。……ピオも、同じことを思うだろうが。
一緒にいるのは嫌だ。でも、離れるという選択肢がない。唯一可能性があるとすれば、私の話に協力することだけ。私並みか、私以上に頭がよければ、他の方法を考えつくのかもしれないが、“殊勝”を使いこなせない頭で考えつくとは、到底思えない。
そして、案の定返す言葉もない様子のピオは、私の言葉に従うのが嫌だという感情を全面に出しながらも、しぶしぶ頷いた。
「……確かに、オイラ達が離れることができそうなことは、それしかないがや。……しょうがないから、ユウさんのその心残りってやつ、手伝ってあげるちや」
大分上から目線なのが気に食わないが……手伝ってもらう側なのだから、それくらいは飲み込んでやろう。この体じゃ、何もできないしな。
ひとまず、私たちがやることは“邪悪な魔法使い(私)を止める”ことに決まったが……。さて、何からやればいいのやら。この年は……確か、生まれ育ったスラム街にいたから、そこに向かえば、私に会うことはできるだろう。
「手伝うって言ったからには手伝っちゃるけんど……何からすればいいと?未来が見えるって言ったって、そいつが今いる場所はわからんばい?それに、そいつがどんなやつかもわからんしなぁ……。やったら、ここは情報収集からやと?」
『あ、ああ……確かに、そうだな……』
なんなんだこいつは……。頭が悪いと思ったら、有能なところを見せて……。もしかしたらこいつは、興味があることには頭が働くタイプなのかもしれない。
自分の生まれた国の言葉なのだから、母国語くらい興味をもてといいたいが。イチレンタクアンは酷い。
「でも、そうなるとどこに聞けば……そやっ!!」
妙案が思いついたらしいやつは、袖で口元を隠し、にししっとよくわからない笑い方をした。口元は見えないが、目が弧を描いているため、笑っていることが丸わかりだ。
にやにやして、私にその考えを伝えるべく、やつは口を開いた。
「新聞をみればよかと! そんなにわっっるいやつなら、なんか悪さとか起こしたりするがや? ヒノナイトコロニケムシハタタズ?ってやつばい!」
『それを言うなら、火のないところに煙はたたずだ。だが……確かにそれは一律あるかもしれない』
正確な場所を教えたら怪しまれる。かといって、断片的に教えてもたどり着けないだろう。ここはこいつの、馬鹿だけど阿呆ではない頭を信じて、辿り着けるように導くのがいいだろう。
私も自分の中である程度のを方針を決めると同時に、ピオが心得たように頷き、立ち上がる。
「それじゃあ、ユウさんの心残り退治、頑張るっちよぉー!!」
『あぁ』
「明後日ぐらいには離れられますよぉーーにっ!」
いや、多分それは無理だと思うぞ