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猛毒を飲み干して  作者: 榎本あきな
1【ミックスジュースを飲み干して】
2/6

2.偉大な出会い

 私は確かに死んだはずだ。喉が焼ききれる感覚も、指先が冷たくなっていく感覚も思い出せる。

 だというのに、どうしてこんなところにいるのだろうか。

 周りを見渡してみると、沢山の薬品棚。その棚には、何かの一部だったり欠片だったり……。つまりは、何かの材料となるものが瓶に詰められ、沢山置いてあった。

 見る限りでは……魔法薬の材料だろうか……?それにしては、何に使うのかわからない材料が見えるが。飲みかけの紅茶なんて、何に使うんだ。そもそも誰の飲みかけだ。


 私の目の前には、ポカンとしたあほ面で、私を見つめている既視感を覚える少年が一人。

 黒髪の中に混ざる白い二束の髪の毛が、触覚のように飛び跳ねた、体に見合わない服を着た少年。

 この少年が、この部屋の持ち主なのだろうか。正直、魔法薬が作れるほど、賢そうには見えないが。


 周りを観察していると、自分自身の異変に気がついた。

 視点がいつもより高い。それに、なんだか足が地面についていないような……。今、私は、どんな姿になっているんだ……?

 その時、少年が口を開いた。


「ゆ、ゆゆ、幽霊が出てきよったばい!! オ、オイラ、どげんかすりゃいいと!?!?」


 訛りがきつく、聞き取りにくい言語に眉をしかめる。

 自慢するわけではないが、私は、悪名高い大魔法使いだ。その私を知らない挙句、幽霊呼ばわりとは……なんなんだこいつは。


『どうも何も……そもそも、私は幽霊ではない。見ればわかるだろう』

「いや、どない見方かえちょっても、幽霊にしか見えんたい!!」


 ありえないと少年に反論を返そうとして……私の足元が、液体なのに気がついた。

 私が飲んだ液体のように、奇妙な色をしている。青紫色なのが、唯一の相違点だろう。そこには、見えにくいがかろうじて、私の姿が映っている。……そう、映っているはず(・・・・・・・)なのだ。

 しかし、そこに映っているのは、黒目が二つある青紫色の煙のような幽霊。人間の体を持たない、絵本に出てくるような姿をした、幽霊。

 液体に手を伸ばすと、そこに映った幽霊も、同じように手を伸ばす。


 ……これは、もしかして、私なのか。


 ……いや、もしかしなくても私なのだろう。強い思念を持つ者は、幽霊となると聞いたことがある。実際に私も、幽霊と出会い、対話したことがある。

 こんな姿の幽霊は見たことがないが、私が死んだあの時の感覚、私の姿を映す液体、妙に高い視点、地面につかない足。全てを総合すれば、この幽霊の姿が私だとたどり着き、納得することができる。

 ……む?まてよ。私が幽霊ということは……目の前の頭の悪そうな少年が言っていたということは、本当だったということか。


「そこのオイラの作ったミックスジュースに映っちょる姿を、よくみんしゃい!! どっからどうみとっても、幽霊にしか見えんばい!!」

『ああ。私も今確認した。確かにこの姿は幽れ……は? ちょっと待て。この禍々しい色をした液体が、み、みっくすじゅーす?とやらなのか……?』

「ん? そうっちよ? どっからどうみても、ミックスジュースばい!」


 こ、これが、私が生きていた世界でも有名だった、『みっくすじゅーす』だというのか……!?!?

 『みっくすじゅーす』とは、とある飲み物の名称だ。一口飲むだけで、違う生物に変身できたり、身体能力が爆発的に上がったりと、どんな効果があったのかは定まらない。しかし、本人が望む願いを叶えるための大きな力を得られることだけは、間違いない。

 そんな驚異的な力を持っている飲み物だが、市場に出回るものはなかった。その能力故かはわからないが、生産数が極端に低かったのだ。更には、生産者が“真心”を込めたものでないと、それはただのマズイ液体らしい。

 私も、私の願いを叶えるために手に入れたいと願ったが、時は遅く。風の噂ではあったが、私がその液体の話を聞いたとき、製作者は死んだと伝え聞いた。


 まさか……この少年が、みっくすじゅーすの製作者なのか?いや、でも、製作者は死んだはず……。それに、この少年があの液体を作れるとは思えない。精々紛い物がいいところだろう。

 この少年が、みっくすじゅーすの継承者だというのなら、辻褄はあうのかもしれないが……それだったら、どうして一切情報が手に入らなかったのか。人の口に戸は立てられぬというように、話題があったら、それはどこからか確実に出て行く。例えどれだけ秘匿しようとも。あの有名なみっくすじゅーすならば、確実に。

 あの時の私でも、どれだけ探っても情報は一切でてこなかった。ということは、“作られることはなくなった”と考えるのが自然だ。


 ……ああ!!ダメだ!!考えれば考えるほど深みに嵌っていく気がする。とりあえずは、現状把握に集中するとしよう。

 これは私のただの勘だが……なんだか、とてつもなく大変なことが起こっているような気がするのだ。ただの勘だからといって甘く見てはいけない。偉大なる大魔法使いの私の勘だ。何かあるに違いない。


「……だ、大丈夫たい……? 何だか凄く、悩んじょる見たいやきど……。そもそも、幽霊さんは、誰で、どないしてここに来たんち?」

『あ、ああ……。私は……』


 そこまでいって、言葉を詰まらせる。

 私に、名前などない。名前はとうの昔に捨ててしまったのだ。あるのは、あの方から継承された『スコーピオ』という名前のみ。だが、死んだというのに未だその名前にすがっていて、いいのだろうか。

 なんだかとても、息がしずらい。呼吸なんて、していないのに。


「あ、あわわ……何かオイラ、余計なこと聞いちゃったけんね……。ごめんたい」

『いや……お前が謝る事ではない。……私は、どうしてここにいるのか全くと言っていいほど、わからないのだ。死ぬ直前に、酷い色をした液体を飲み干したことは覚えているんだが……』

「酷い色?」

『ああ。そうだな……例えば、今私の足元にある、このみっくすじゅーすに、もっと色を足したような……よ、うな……?』


 足元のみっくすじゅーすを視界にいれる。ゆらゆらと、私が悩んでいるのを嘲笑うかのように、揺れている。

 ……私が飲んだ液体が、もしみっくすじゅーすであったのだとしたら……?そして、今の私の状態が、私が最後に願った事柄を叶えた結果なのだとしたら……?


『おい!! そこの頭の悪そうな少年!! 今何年だ!!』

「一言よけいっちや!」

『いいから早く答えろ!!!』

「……今は確か、第五アズラエル歴二百十六年の暑壱の月で、日にちは……」


 ……やはりだ。

 ここにあるはずのないみっくすじゅーす。作り手のいないはずなのに、その作り手の少年。そして、私が記憶しているよりも大分前の日付。


 ……私は、私が死んでしまったあの時よりも、過去の世界に来てしまったのだ。幽霊という、魔力のない姿で。


 今なら……今だったら、まだ止められるかもしれない。あんな悲劇が起こらないように。私を。私自身を。

 この年の私は、まだあの方と出会って僅かしかたっておらず、あの方に対して未だ完全な信頼と忠誠を抱いていない頃だ。幸いにして、私に霊感はある。今の私の姿も見えるだろうし、話程度なら聞いてくれるかもしれない。消される可能性も高いが。

 そうと決まれば早速……と、私が飛んで行こうとしたときだった。


「まっ……! 待つばいっ!!」


 足……はないが、煙の体の下の方。尻尾といった方が適切なのかもしれない。その尻尾の部分に、引っ張られるような感覚を感じた。

 どれだけ行こうとしても進まない体にイラつきつつ、後ろを振り向く。やはりそこには、あの少年以外誰もいない。……なぜ、私のするべきことを邪魔するのだろうか。

 返答次第では、世にも恐ろしいような目に合わせてやろうと、少年を睨みつける。それに気がついているのか気がついていないのか。少年は、私に対して睨み返してきた。


「なんなんばい!! 突然現れたと思ったら、悩んだ挙句、名前も目的も言わんとどっか行こうとしよって! そんなことされたら、気になってしもうて夜しか寝れんと!!」

『夜しか眠れないのは正常だ!!』

「と・に・か・く!! 何も言わんち去るんわやめい言うとるばい!!」

『……日付を教えてくれたことには感謝する。だが、どうしてそう知りたがる? お前からみた私は、突如現れた不審な幽霊。しかも、何か抱えている。そんな輩に、どうして関わろうとする』


 私が突っ込むと、ぐっと押し黙る少年。

 こんな不審な幽霊、私だったら鍋から出てきた瞬間即消し去ってしまうだろう。しかしこの少年は、関わってこようとする。好奇心で、という風にもみえない。親切ならば、これはお人好しの域を超えて迷惑だ。なのに何故。

 黙って少年を見つめていると、少年が、俯きながらぽつりと言葉を漏らした。


「……行かせちゃダメやと、思ったんばい」

『……は?』

「あんたは見たところ、何か訳ありの幽霊さんに見えると。それで、なんかやんなきゃいかん。……でもオイラ、生まれてから今までで、幽霊さんに何かしてもろうたことも、話したことすらなかと。死人に口無し。あんたが何かできるとは思えんばい。それに―――」


「―――オイラの勘が、あんたを行かせるな言うとるきっ!!」


 先ほど俯いていたのが嘘のように、腕を組んで、自信満々にこちらを見つめる少年。

 あんな戯言で、私を止められると本気で思っているようだ。だが、まぁ……少年の言うことも一理ある。それに……。

 私は、不思議な色をしたみっくすじゅーすを見つめたあと、少年に視線を戻した。

 ……偉大な魔法使いは、総じて勘が良い。勿論、私も例外ではない。そしてこの少年は、時さえも遡ってしまうような薬を未来で作っている。生きていれば、確実に歴史に名を残す偉大な魔法使いになっていただろう。

 つまりは、とても勘がいいことは想像に難くない。

 その彼が言うのだ。本当に、行かない方がいいのだろう。……何だか、こんな安い説得で言いくるめられた感がして癪だが……。まあ、まだまだ私を止めるための時間はある。焦る必要はない。


『……少年の言うことも一理ある。それに、まだまだ時間はある。私の崇高なる目的を達成するのは、もう少し後でもいいか』

「……いちいち大げさな言い方せんでもいいが」

『大げさ? これは私の素だ。……あとでいいかと言ったが、この状態じゃあ、少年から離れられないしな』

「へ? それってどういう…………え゛」


 私の言葉に反応して、少年が私の足の代わりとなる、尻尾のような場所を見つめる。

 その部分は、私がいくら引っ張っても、少年から離れることはない。……どうやら私は、少年から遠くへ離れることができないようだ。

 少年が、私の足……もう面倒だから尻尾と言おう。尻尾の部分を掴もうとしたが、煙のような私の尻尾は、少年の手のひらを擦りぬける。

 掴めないかと何度も挑戦し続けるが、すべて失敗。何度も挑み続けるその姿は、滑稽を通り越して哀れとしかいいようがない。


「え、えぇー……これから先、こんな態度のでかくて、意味わからん幽霊さんと一緒におらなあかんとか……。そんな生活、嫌ばい……っ!!」

『私だって、非常に不快で不服で不本意だ。少年のような、小さき者の子守などまっぴらごめんだ』

「…………どんだけ時間がかかっても、こいつと仲良うなれるとは、到底思えんばい……」


 ブツブツと小声で何事か呟いたあと、少年はこちらに近づいて片手を差し出した。

 その手の意味がよくわからない。頭に疑問符を浮かべていると、少年が、不承不承といった風に、言った。


「……一応、これから一緒にいることになりそうやし、自己紹介すると。オイラの名前は、あー……えっと」


 提案した本人が、開口一番躓いた。こいつも、名前に関しては訳ありなのかもしれない。

 百面相をした少年は、少しして、よしっ!という小さな意気込みと共に、私を見つめた。


「オイラの名前はピオ。あんたの名前は?」

『……私の名は、既に捨ててしまった。あるのは、とある方から頂いた名前があるが……。……まぁそれも、死んでしまったから意味のないも「じゃあユウさんな」おい、最後まで話を聞け』


 私の話を途中で遮り、少年……ピオが、ん!と言いながら、いい笑顔で手のひらを上にして、片手を差し出してくる。

 今度は私が、不承不承とした風に顔をしかめた。そうしてから、仕方なく、片手を差し出された手の上に置いた。両方とも手を握らないのは、私が煙だから握れないのと、まだ完全に友好関係を築いたわけではないという、精々もの抵抗である。


 こうして、偉大なみっくすじゅーすの製作者と、死んでしまった悪名高い偉大な魔法使いが、知り合ったのである。


 ……仲良くなるのは、まだまだ先のようだが。

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