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猛毒を飲み干して  作者: 榎本あきな
1【ミックスジュースを飲み干して】
1/6

1.ミックスジュースを飲み干して

 周囲が、赤々と燃える炎に包まれていく。老若男女の凄惨な悲鳴の声が、どこからともなく聞こえてくる。

 地獄というのは、まさにこの状況のことをいうのだろう。この場所のことを。

 ……世界をこんな風にしたのは、私だ。でも、私は、こんなことを望んでいたのではない。私が求めていたのは、ただ……。

 ……いや、それはただの、言い訳に過ぎない。私は、認められたかったのだ。強大なこの力を、あの方以外にも受け入れて欲しかった。……その結果が、これだ。

 炎の海の中、暑さは全く感じない。きっとそれは、私の魔力がこの戦いで枯渇したから。

 指先は氷のように冷たくなっていき、足の震えが止まらない。ついには、力が抜け、その場に倒れこむ。

 ああ……どうしてこんなことをしてしまったのだろう。今ならば、きっとこんな選択肢を選ぶことなどなかった。

 だが、もう遅かった。

 平和な選択肢を選ぶには、私は、沢山のものを犠牲にしすぎてしまったのだ。

 それでも……我が宿敵、アズラの手を握ることはなかったかもしれないが。


 炎の勢いが強くなっていく。もう、悲鳴は遠くへと消え去ってしまった。今私がいるこの建物も、直に崩れるだろう。

 なんとかうつ伏せの状態から仰向けへと転がる。その時、胸の袂から何かが転がり落ちる。

 それは、何かの液体が入った、小さな小瓶だった。


 これは……確か、昔に裏店で出会った時に、アズラから貰ったものだ。出会う場所が違えば、仲良くなれたかもしれない……なんて言葉を付け加えながら。

 正直、私的にはあいつと仲良くなれる気は、生まれ変わってもしないが。

 紫、青、緑、赤と、禍々しい色をした、見るからに怪しい液体。あいつは、なにを思ってこの液体を私に渡したのだろうか。結局この液体になんの効果があるのか、教えられることはなかった。


 最後の力を振り絞って、小瓶の蓋を親指で弾き飛ばす。

 この小瓶1つで、どうにかなるなんて思っちゃいない。けど、あいつの物を持ったまま死ぬだなんて、なんだか癪に障る。それだったらいっそのこと、使ってしまったほうがマシだ。

 恐ろしい色をした液体が、私の喉を通って胃の中へと滑り落ちていくのを感じる。苦いような甘い様な。酸っぱい様な渋い様な。一周回って無味のようにも感じるそれは、凶悪な味のはずなのに、どこか優しい味がした。

 液体を飲み込むと、手から力が抜けた。

 飲む為に持ち上げていた腕は、パタリと地面に落ちた。指からは力が抜け、手のひらから小瓶が零れ落ちる。

 息を吸い込むと、炎と煙が喉に入り込み喉を焼き切る。もう、声すら出すことができない。

 視界がぼやけていく。どこかの誰かが、死ぬ時は走馬灯を見ると言っていたけれど、そんなもの見る気配すらしない。

 それはそうだろうな。なんていったって、俺を認めてくれたのはあの方と、ムカつくことに宿敵アズラだけだったから。いい思い出なんて一つもない人生だったからこそ、走馬灯なんてもとを見ずに済んでいるのだろう。そこだけはありがたい。

 いつの間にか途切れた視界の中、炎の燃える音だけがする。終わりが、近づいている。


 ……後悔は沢山ある。数え切れないほど。だが、それを思い返す時間なんてない。

 ……だから、最後に一つだけ。


魔法(もうどく)なんて、いらなかった。


***


 本日の天気は、良くもなく、悪くもなく。どっちつかずな曇り空。

 そんな空模様の下には、辺鄙な村が一つ……ぽつり、とあった。

 町と言える程広くもなく、群と言える程小さくもなく。山々に囲まれ、人の行き来が厳しそうなその場所には、本当に村という言葉が適切な人数しか住んでいなかった。

 その場所の片隅に一つ。唯一人が出入りする場所の真反対。誰も近づかないような場所に、幽霊でも出そうな、むしろそれそのものがモンスターであるかのような恐ろしい形の大木があった。

 もちろん、その大木はモンスターなどではない。

 モンスターではない……はずなのだが、木の内側のどこからか歌が聞こえてくる。なんとも楽しげな、少年の声だ。

 木の裏手。そこには、茂みに隠れていてわかりにくいが、人一人が通れそうな、小さな洞があった。その奥には、下へと続く穴。

 どうやら、歌はそこから聞こえてきているようだった。

 その奥には、壁際の棚に沢山の瓶が並べられた部屋があった。そして一人の少年が、身の丈よりも大きな鍋を、台に乗ってその上からかき混ぜていた。鍋の中身は、緑、青、赤など、様々な色が混ざっていて、見るからに吐き気を催しそうな色をしている。

 少年は、楽しそうに歌いながら、鍋の中をかき混ぜている。


 ミックスジュースを作ろうか

 蛙の目玉に 兎の血

 蛇の抜け殻 蜘蛛の前足

 最後はオイラの真心を


 尻尾 爪 指 涙

 スパイスには皮膜を

 一滴の後悔と

 “コレ”への思いをぎゅっと詰め込み


 片方の手を棒から離し、その手でポケットから杖を取り出す。見た目的にも長さ的にも、木の棒としか言いようがないその杖を、横にある戸棚に向けて、ひと振り。

 すると、戸棚から瓶がふよふよと飛んでくる。

 飛んできた瓶のラベルには、それぞれ『蛙の目玉』『兎の血』『蛇の抜け殻』『蜘蛛の前足』と紙が貼ってある。中身も、兎の血などはよくわからないが、蛇の抜け殻なんかは、確かにそれが入っているとわかる。

 歌の順番通りに、材料を鍋の中へポイポイ放り投げていく。瓶の中身は、気持ち悪い色をした液体の中に、溶け込んでいく。

 杖を一度ポケットの中にしまうと、両手で棒を持ち、ぐるりと数回混ぜる。

 再び片手を離して杖を取ると、今度は目の前に見える棚へと杖を振る。そして同じように、瓶が飛んでくる。今度は『蝙蝠の尻尾』『蝙蝠の爪』『蝙蝠の指』『蝙蝠の涙』『蝙蝠の皮膜』と、蝙蝠づくしだ。

 瓶につっかかった皮膜を、杖を振るのに合わせて動く瓶を強引に振り、なんとか鍋の中へと落とす。ひとかきぐるりと混ぜ込むと、杖を再び、ポケットの中へと戻す。

 そして、両手とも棒から手を離すと、杖を持っていなかった、ダボっとした袖の左手に、袖を肘のところでとめた右手を、袖の中につっこんだ。

 ゴソゴソと袖をまさぐり、中から透明な液体の入った、小さな小瓶を取り出す。ラベルには、歪んだ文字で『後悔』と書かれていた。

 小瓶のコルクを外し、一滴だけ。慎重に一滴だけを、鍋の中に入れる。

 蓋をしめて小瓶を袖の中に戻す。棒を両手で握り締め、ぐるぐるとかき混ぜる。もう一度、あの歌を歌いながら。


 どれくらい、少年はかき混ぜていただろうか。数秒、数分……いや、数時間かもしれない。気ままに歌い続ける少年には、あまり関係がないだろうが。

 鍋の中の液体は、黄緑と朱色が混ざり合ったような色に変わっていた。この色にしても、この色になる前にしても、飲みたくない色合いであるのは確かだ。

 その二つの色が綺麗に混ざり合い、青紫色になる。

 背伸びをして鍋の中を覗き込んだ少年は、にっこりと笑った。


「よか!よかよか!新しいミックスジュース、完成したばい!」


 万歳をするかのように、かき混ぜていた棒から両手を離す少年。

 その瞬間、唐突に鍋から光が溢れ出てきた。


「うわっ!!うわ、うわわわ!!!」


 突然の光に驚いた少年は、両手を上にあげていたのが災いし、台の上でバランスを崩す。腕をぶんぶん振り回すが、その抵抗も虚しく、台の上から転げ落ちた。


「あいてっ!!くぅ~~……いたかぁ~!」


 ゴロゴロと後ろ向きに転がった少年は、壁に頭をぶつけた。幸い、近くの棚から瓶は落なかったものの、少年は痛そうに頭をおさえている。

 少年が痛そうにしている間にも、光はどんどんと強くなっていく。眩い光が棚の上にある瓶を照らし、反射され、部屋の中を光が埋めていく。

 その光に紛れるように、鍋から煙のようなもの湧き出てくる。その何かはでてくると、鍋の上にふよふよと浮いていた。

 やがて光は収まり、その煙のみになった。青紫色の、布オバケのように形を保った煙。

 少年は、自分が作った液体から突如出現した謎の物体を、ポカンとした顔で見つめていた。

 少年が煙をじっと見ていると、その煙に、黒いものが二つ表れる。その二つの黒は、どこからどうみても瞬きにしかみえない動作を、二回した。

 それは、煙の眼だった。

 僅かにつり上がった黒目をぱちくりとさせたその煙は、あたりを見回した。そして、目の前の少年と同じような、ポカンとした顔をして、ぽつりと。呟いた。



「……ここは、どこだ」

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