八話
授業は滞りなく進んだ。と言っても、体育館での学年集会や自己紹介などがメインなので問題が起こりにくい。入学したて、というのもあるが、大体はグループを作るのに精一杯で他のことに手が回らなかった、というのもある。
そして迎えた昼休み。教室や廊下は一年の同級生で溢れかえり、他クラスの知り合いの所に向かう生徒が山ほどいた。
しかし、そんな雑踏が綺麗に二手に分かれた。それは教室の中にいた悠でさえもはっきりとわかるほどに。今までざわめきでうるさかった一年のフロアが、一瞬にして静まり返ったのだ。
何事かと悠も廊下を見る。するとそこには二人の少女が歩いていた。
周囲の視線をものともせず、堂々と歩く姿から想像するに、そういう視線には慣れているのだろう。
主に男子から好奇の目にさらされているが、その二人の少女の容姿を見る限り不自然なことではない。実際悠もかなり可愛いと思っている。
その二人は悠のクラスの前で止まると、教室の中を覗き込んだ。
視線を巡らせ、目当ての人物を見つけたのか少し嬉しそうに片方の少女が名前を呼んだ。
「悠、行きましょう?」
「……ああ」
名前を呼ばれた悠は、一気に周囲の視線が自分に向くのを感じながらも名前を呼んだ少女──牡丹の所へ向かう。
「早めにこの視線から逃れたいのだが」
「じゃあ屋上に行きましょうか」
悠はおとなしく牡丹に着いて行く。牡丹の隣にはもう一人の美少女が並ぶ。楽しそうに会話をしていることと、昨日の会話から、この少女が牡丹の親友なのだと容易に想像できる。
悠は牡丹の親友がまさかこんな人だなんて思ってもいなかった。というかこの学校にいること自体が初耳だった。
「そう言えば悠、一人だったじゃない。あなたが熱を上げている彼女はどうしたのかしら」
「熱なんて上げてない。誤解を招く言い方はやめろよ……」
「あらそうかしら? 昨日は彼女の話しかしてないじゃない」
「そういう話題だったからだろ」
いちいち茶化さないと気が済まないのだろうか。多少面倒だとは思うが、何故か面と向かって真っすぐにやめてくれとは言えない。美少女と話せることが嬉しいのだろうか。もう一人の方は悠と牡丹のやり取りを見て微笑んでいた。
「ここよ」
数分後、悠達は屋上に到着していた。
屋上は普段解放されていないが、昼休みだけは解放されている。二メートル以上ある柵に囲まれているが、万が一がないとは言い切れないからなのか、解放する時は一人か二人教師が屋上にいるそうだ。部活で使用する時は顧問が監視することになる。
「ここに座りましょう」
屋上にはベンチが設置されており、その上には雨除けがある。なので雨によって汚れるという心配はない。
牡丹はそのうちの一つを指さし、そこに座るよう促した。順番は悠を真ん中に、右が美少女左が牡丹だ。
「両手に花ね?」
構図的にそうなっている悠を、牡丹が揶揄う。悠はため息しか出てこない。
「さて、揶揄うのはここまでにして、自己紹介しましょうか」
「最初から揶揄うなよ」
最近、と言っても数日しか一緒にいないが、牡丹はことある毎に悠を揶揄ってきた。
「さつき」
「はいです」
と、返事をしてさつきと呼ばれた少女は悠の前に立った。
「如月さつきなのです」
百五十センチほどの、他の女子と比べても小柄な身長に、背丈に会わないボリュームを持つ胸。小さな顔には小さな鼻に小さな唇。しかし目だけは大きくぱっちりしている。ショートに切られた茶髪はきらりと陽光を反射する。
制服で隠れていない太ももから下の足や手には、傷は勿論シミ一つない。
「勿論悠は知っているわよね」
「あ、ああ」
「そうなのですか。嬉しいのです」
「そりゃあ、ね。国民的女優だし」
如月さつき。同名で五歳の頃に芸能界デビューし、その容姿や演技能力の高さを買われ一躍大人気子役に躍り出ると、ドラマからバラエティー番組まで、彼女の出演を求めて引っ張りダコだった。
当時、その演技力はベテラン俳優も将来が有望だと言う程で、ドラマの視聴者は彼女の演技の虜となるとまで言われているほどだ。
年齢が積み重なり、ある程度経験を積み十六歳となった今、彼女は予想もされていなかったほど劇的に実力をつけていった。今や普通に生活していれば、彼女の顔を見ない日はないくらいにCMに抜擢されている。
そんな国民的女優が、ここ桜咲高校に在籍しているなど初耳だった。マスコミならばこぞって当時は報道しただろうに。
そしてもう一つ疑問が生まれる。
「悠は今、どうしてさつきのようなスーパースターが私なんかと親友なんだ、と思っているのではないかしら?」
「……思ってる」
心を見透かされたみたいであまりいい心地ではないが、普通に考えれば当然出てくる疑問なので当てずっぽうで言っても大体は的中すると考え、その後思考から排除した。
「実はですね。私、一年生の時は所謂ボッチだったのです」
「え?」
「考えられないですよね。ですが現実なのです」
「普通、如月……様? のような人がいたら取り囲むと思うのですが?」
「堅苦しくなくていいのです。あたし、そう言うの嫌いなのです」
「え、ああうん」
「それでなのです、なんであたしが一人だったか、なのです。それは空気にされたからなのです」
「え?」
到底考えられない。特に男子。健全な男子ならば、絶対に放っておくわけがない。誰もがお近づきになりと考えるはずだ。
それが、空気として扱われていた? あり得ないと断言できる。悠なら凸って爆散するはずだ。それが義妹という設定の役を演技したことがあるため、というのは余計な情報か。
「理解できないですよね。あたしも当時はそうだったのです」
「……そういうことか」
「そういうこと、です」
悠は納得がいった。悠だってもしかしたら同じことをしていた……いや、悠の場合は普通に近付いていたかもしれないだろう。
さつきが空気として扱われていた原因。それは……
「既に、グループが結成されてたのです」
グループに入れなかったから。
さつきは多忙だったが為に学校に登校できなかった。恐らく長い期間。
そしてそれが原因だ。さつきがいない間にクラスでグループができ、さつきが初登校した時にはもう、強固な関係で構築されたグループが出来上がっていた。そこに今更さつきが入り込める余地はない。
さつきは女の子なので男子だけのグループに入ることには抵抗があるし、かといって女子の所に入ろうにも入れない。
何故なら、自分の立場が危うくなるからだ。今まで築いてきた地位が、さつきという異分子のせいで崩壊する。
それは誰でも予想ができる未来だ。もしグループに招き入れて、自分よりリーダーに気に入られたら。もしリーダーの私よりメンバーに気に入られたら。そうしたことが起きれば、その子は居場所がなくなる。
リーダーだったのならばメンバーに転落するだけ。けれどメンバーならいらなくなった子は捨てられるかもしれない。すると次に待っているのは孤独だ。誰もそうはなりたくない。
男子だって同様だ。男子は恐らく不可侵協定を暗黙の了解で決めていた。自分は手を出さない。その代わり、他の男子も手を出さない。男子全員が、玉砕するよりは遠くで眺めていた方が安全だと思ったのだろう。
もしこの協定を破れば、他の男子から白い目で見られる。ハブられるかもしれない。そして、万が一、告白して受けられでもしたら。確実に男子の反感を買い、つらい学校生活を送ることになる。高校一年でそんな状態にはなりたくはないだろう。
結果、さつきは周囲から一切接触されなかった。そして孤立し、独りになってしまった。
「なのですが、そんなあたしに声を掛けてくれる人がいたのです」
「ああ、そういう……」
「はいです。お察しの通り、牡丹なのです」
「私は特にグループには所属していなかったもの。声を掛けてもダメージはなかったわ」
牡丹は客観的に見ても美少女に分類されるだろう。さつきといい勝負をしている時点でお察しだ。
そんな彼女だからこそ、さつきと同じ状況に陥った。
少しでも自分の地位をあげるため。美しすぎて神聖視されたため。牡丹も孤独だった。
言葉を選ばずに言うならば、余分な者の掃き溜めグループ、だろうか。
「言っておくけれど、私には友達くらいいたわよ。ただ、グループには入っていなかっただけ」
「どういうことだ?」
「私は中間考査で私の学力が学年に知れ渡った。そのせいで私に教えを乞う人が沢山いたのよ」
「それで教えていくうちに、友達になったと?」
「ええ。でも私は特別グループに入ろうとしなかったから」
「それでみんな興味を失って、友達関係はいつか役立つかもしれないし交友関係は広い方が良いし自分に箔が付くからと友達関係だけは継続中、ってことか?」
「違うわ。悠、帰ったら私の部屋に来なさい。お話をしましょう」
牡丹の堪忍袋の緒が切れたらしい。
「八方美人、という奴よ。私は誰にでも同じ様に接した。だからどこのグループにも所属しなかった。……いいえ、何処のグループにも所属していた。男子も女子も関係なく」
「牡丹が話しかけてくれたおかげであたしも一人じゃなくなったのです。そして今ではあたしの中で一番の親友なのです」
さつきが少し照れ臭そうに言う。
「で、牡丹が如月先輩を俺に紹介したのって、本当に自慢だけが目的か?」
「やはり気付いてしまうのね」
「いや気付くって言うか……」
確かに牡丹はさつきの事を自慢したかったのかもしれない。それだけではないと言うだけで。
「牡丹さ、俺の事喜ばそうとしてるでしょ」
「……ええ、そうよ」
「なんでさ」
「だって、いつも迷惑かけてるし、これからもしょっちゅう迷惑を掛けていくから、その前払い」
「少しは努力して掛けないように努めろよ。というか俺を揶揄うことが俺の迷惑だとわかっているならやるなよ」
有名人に会えたと言う喜びは大きい。さらにそこに付属して牡丹が頼めば義妹の演技もしてくれるかもしれない、となるとその喜びは計り知れない。
しかし、それがこれから掛けられる迷惑の前払いだと言うのならば別だ。これほどの喜びが前払いならば、一体どれほどの迷惑なのか想像もつかないからだ。
「無理よ」
「断定かよ。しかも即答。もう少し悩んでくれよ」
「いや」
「端的に拒否しやがった」
「ん」
「たった一文字の〝あ~ん〟は初めて見た」
差し出された弁当を食べる。うん、おいしい。