七話
悠がリビングに着くと、丁度料理が終わったのかダイニングテーブルに料理を運んでいた。
「今日お母さんとお義父さんは遅くなるそうよ。場合によっては帰ってこないかも、とも言われているわ」
エプロン姿の牡丹がそう言う。何故二人して帰ってこないかもしれないのか。まぁ、そういうことだろうと悠は納得し、席に着く。
「あ、今うちのママでえっちな妄想したでしょ。やらし~」
「してねーよ」
嘘である。実際はしていた。だが人妻で興奮するほど悠は落ちぶれていない。いや、義妹でなければそういう対象にならないと言う時点で大分落ちぶれているか。
「もう夫婦なんだし、そういうこともするのでしょう。さ、彩芽、悠、ご飯を食べましょう?」
牡丹に促され席に着く。
テーブルの上にはおいしそうな匂いを放つカレーライスが鎮座していた。その他には大皿にサラダが盛り付けられており、その隣に真っ赤な福神漬けが置いてある。
「「「いただきます」」」
スプーンを手に取り、福神漬けに手を伸ばす。
スプーンですくいカレーライスに盛り付けて、やっとカレーライスに手を付ける。
「うま……」
「そう、良かったわ」
「流石お姉ちゃん」
スーパーで市販されているカレールーを使っているはずなのに、まるでいつものカレーとは違う。いつも悠や廉人が作っているカレーよりも数段おいしい。何か特別な物でもいれているのだろうか。
彩芽が自慢げに頷くのもわかる。確かにこれは自慢できる程だ。
「それで、悠? 仲良くなった女の子とはどういう関係なのかしら?」
「ぶふっ……けほっけほっ……な、なんで?」
「あら? 義弟の学校生活を憂いて聞いてあげているのよ?」
「なんで心配されているのかわからないけど……まぁ、芽依とはただの友達だよ」
「芽依、ねぇ……?」
にやりと笑みを深める牡丹。
「かなり仲が良いようね?」
「忘れてくれ」
「忘れるまで忘れないわ」
揶揄うことに楽しみを覚えたのかニマニマと悠を見つめる。居心地が悪くなった悠は牡丹の視線から逃れるために食べかけのカレーライスを見た。まだ半分以上残っている。悠は無言で食べ始めた。
「お姉ちゃん、うち新しい友達ができない」
「彩芽ならきっと大丈夫よ。一週間以内に……というより、彩芽は既に学年の皆と友達になっているのではないかしら?」
「そうだけど……でも、今年度は転校生がいるから」
「ああ、彩芽は近づきにくいから友達にはなりにくいかもしれないわね。その転校生は男子? 女子?」
「男子」
「……無理そうね」
「だよね」
「どうしても友達になりたいのなら頑張りなさい。どうなっても知らないけれど」
「もううんざり。積極的には行動しないようにしようかな」
「それも一つの手よ」
カレーライスを食べ終わった。米粒一つ残さず綺麗に食べきった。悠は皿を持ってキッチンへ向かう。
「悠? もう食べ終わったのかしら?」
「おかわり」
「そんなにおいしかった?」
「……ああ」
さっきと同じくらいの量の米を皿に盛り付け、その上からカレールーをかける。
席に戻った悠は黙々と食べ始める。やっぱりおいしい。
「ああ、そうだ。悠、お昼は誰かと食べているのかしら?」
「……今日入学したばかりだよ」
「誰かと食べる予定はあるのかしら、と言い変えるわ」
「……今のところいない、けど」
「そう、それは良かったわ。もしよければ……」
「断る」
「……まだ何も言っていないわよ?」
「どうせ一緒に食べないか、とか言うんだろ?」
いくらお世辞にも頭がいいと言えない悠でも、前の会話から牡丹の言いたいことはわかる。
「正解よ。けれど不正解でもある」
「ん?」
「実は悠に紹介したい友達がいるの」
「牡丹の友達?」
「そうよ。私の親友と言っても過言じゃないわ」
「なんで紹介しようと思ったの」
「ただの自慢よ」
「それほどすごい人なのか」
「凄いわね」
「気になるな」
牡丹が〝凄い人〟という程だ。それなりに凄いと思われる。そう悠は思った。そして次第に興味がわいてくる。牡丹が凄い人と言うのは、どの部分なのだろうか。勉学か、身体能力か、はたまたその両方か。
牡丹が紹介したいと言うだけで、悠が友達作りに失敗してもいいための保険ではないことを、悠は願うばかりだ。
「言っておくけれど、悠が一人にならないための保険じゃないわよ? だって悠にはもう、女の子の友達がいるんですもの」
「一応言っておくが、芽依だけじゃないからな」
「あら、他にも女の子の友達が?」
「男子だ」
「実は女の子だったりして」
「やめろ気持ち悪い」
金髪に染めたチャラ男が、実は女の子でした。なんて、そんな冗談やめて欲しい。
悠の脳内でコテッと軽く握った拳を頭にぶつけ、テヘペロと舌を出している帝が再生された。恐らく音声付きならば「てへっ」とでも言っているだろう。悠は頭を振って想像を破壊した。
そして翌日。朝ベッドから起き上がった悠は制服に着替えてリビングに降りた。まだ着慣れない制服。多少の違和感はまだ残っている。
ブレザーを椅子の背凭れに掛け、着席する。目の前には既に用意されている朝食がある。
いつも廉人が朝早くから仕事に向かったり、そもそも帰ってこないこともあるので悠が作っているが、今日は違った。牡丹が作ってくれたのだ。
「言っておくけど、今日は私も手伝ったから」
「まじか」
一体どれを作ったのだろうか。悠は朝食を凝視する。そして見つけた。
「手伝ったって……レタスを切っただけじゃ」
「嘘は言ってない」
確かに彩芽は〝手伝った〟とは言ったが〝作った〟とは言っていない。彩芽の証言通り嘘は言っていないことになる。
悠は味わってレタスを食べるとこにした。メニューは目玉焼きなので、黄身やソースをかけて食べた。悠はソース派だ。
「それじゃあ彩芽、私達はもう行くから」
「いってらっしゃい、お姉ちゃん」
「行ってきます、彩芽」
「いってら~」
牡丹との送り出し方の違いに文句を言いたくなるが、自分にだけ違う送り出し方をしてくれているのだとプラス方向に思い込む。
牡丹と一緒に学校へ向かうのは二回目だ。まさか二日連続で一緒に登校するとは思わなかった。牡丹にも友達がいるだろうに。
「私の友達はみんな電車で登校しているのよ。だから私はいつも一人で登校していたわ」
悠が考えていることを察したのか、牡丹が理由を述べる。
「近くに住んでいる同級生はいないのか?」
「いるでしょうけれど、他クラスだったり友達と呼べる関係ではないわね」
「ふ~ん」
「それで、悠? 今日のお昼休みの事だけど」
「どうするんだ?」
昨日聞かされたのは、一緒に昼食を食べる、ということだけだ。どこで食べるのかも、集合場所はどこなのかも聞かされていない。
「私達が悠の教室に行くから、私達が行ったら別の場所に移動しましょう。悠はまだ校内の地図を把握していないでしょう?」
「わかった。俺は待っていればいいんだな?」
「ええ、そうよ」
昼休みの約束や他愛もない話をしていると、学校についた。それほど長い道のりでもないが、かかった時間よりも体感時間は短い。人と話していると時間が早く過ぎることを悠は学んだ。