四十六話
「で?」
開幕早々、悠はそう言われた。
場所は自宅牡丹の部屋。惜しみつつもさつきと別れた悠はそのまま家へと帰ってきて、待ち伏せしていた牡丹に捕まった。そしてドアを閉じてベッドに座った牡丹から向けられた挨拶が「で?」なのだ。
「さつきとはうまくやれたかしら?」
「まぁ」
「Cまでいった?」
「行くわけないだろ」
「ヘタレだものね」
「ねぇ喧嘩売ってる?」
「冗談よ」
「心臓に悪いからやめれ」
初心な悠は言われただけであられもない姿のさつきを想像してしまうのだ。びしょ濡れになった姿や同じ銭湯を使ったから結構リアルに想像できてしまう。
「それで、仲良くなれたの?」
「親密度は上がったと思うけど」
「親密度って言葉を使うあたりアレよね」
「うるさい」
悠的には親密度とか好感度という言葉の方が見慣れているし聞きなれている。自然と使ってしまうのは仕方ない事だろう。
「因みにどこまで言ったの?ハグ?キス?」
「……手を繋ぐまで」
「流石ヘタレね」
「なんだろう、俺を煽らないと死ぬのってレベルで煽るのやめてもらっていいですか?」
「いやよ」
「え、なんで否定された?」
「手を繋いで満足してるヘタレにヘタレというのは煽りじゃないでしょう?」
「でもさつき先輩も手を繋いで満足してたよ?」
「さつきはいいのよ。かわいいもの」
「それは同意するけども!」
激しく同意である。水族館で見せた恥ずかしがりつつも自分の気持ちを打ち明けお願いするさつきのいじらしさも、帰りに手を繋いで満足そうに笑う姿も、圧倒的にかわいかった。
「悠はどうだったの?楽しかった?」
「……楽しかったよ。とっても」
聞かれて思い出すのは、やはりさつきの顔である。
水族館に展示された魚たちやハプニング、ウィンドウショッピングに銭湯など、一日で体験するにはなかなか濃い内容だったが、どこを切り取っても必ずさつきの顔が浮かんでくるのだ。悠の隣で笑顔を見せるさつきの顔が。
「そう、それはよかったわ」
「うん」
「……どうかした?」
「いや……俺は楽しかったけど、さつき先輩はどうだったのかなって。つまらなさそうにはしてなかったけど、ちゃんと楽しんでくれたのかな」
別れ際を思い出す。名残惜しそうに悠の手を握り、終わりを迎えることを嫌がっているような雰囲気だった。
その姿を見る限り、楽しかったと思ってもらえているだろう。そうは思うのだが、心配であることに変わりはないのだ。
「大丈夫よ」
「なんで言い切れるんだよ」
「だってさつきが言ってるもの」
「え?」
そう言って牡丹が取り出すのは、一台のスマホ。それは紛れもなく牡丹のもので。
「ちゃんと聞こえていた?」
『ばっちりなのです』
暗くなった画面と、ちょっと前まで隣で聞いていた声。それらが意味することはつまり。
「ちょっと死んできますわ」
「させるわけがないでしょう?」
答え合わせをするように画面に光を灯すと、そこには通話中の文字。相手の名前には〝さつき〟とかかれている。
「実は悠と別れたさつきがすぐにLINKを送ってきたの。どうやら私のドタキャンは嘘だってわかってたみたいね」
『当然なのです!あたしと牡丹の付き合いの長さを舐めないでほしいのですよ!』
「そのことについてお小言をもらっていたら、丁度悠が帰ってきたってわけなの。せっかくだから電話に切り替えて、悠との会話を盗聴してもらおうと思って」
『そんな理由だったのです!?急に電話に切り替えるからびっくりしたのです!』
「でも、悠の気持ちは聞けたでしょう?」
『それは、そう、なのです……』
「さて、ネタバラシも済んだし、私が司会進行としてデートの事後報告をしてもらうわ」
「気まずすぎるわ」
デートの感想を既にさつきは知っていて、今の悠の気持ちも知られてしまった。この状態で事後報告?何を報告すればいいのかわからないけど、もう話したくない程度には精神的に参っている。
「さつき、さっきウキウキでデート中の様子を語っていたけれど」
『う、ウキウキはしてないのですよ!?』
「そう?今ここでメッセージの内容を読み上げてもいいのだけれど」
『かなり楽しく牡丹に伝えてたって認めるのです!だから読み上げだけはやめてほしいのです!』
「じゃあ読み上げない代わりにそのまま悠に見せるわ」
『牡丹、あたしたちって友達なのです。そんなことをして、友達のままでいられると思うのです?』
「私と友達じゃなくなったら、さつきの友達って芽衣さんと悠しかいないんじゃないかしら?」
『普通にメンタルえぐる攻撃はやめてほしいのです!?』
「やっぱりさつきは可愛いわね」
『全然うれしくないのですよぉ』
疲れたように言うさつきと楽しそうに笑う(嗤う?)牡丹。本当にこの二人は友達なのだろうか。いや、友達──親友だからこそのやり取りなのかもしれない。
「で、なんの話だったかしら?」
「一番話逸らしてる本人が忘れるなよ」
「そうだったわ。悠がさつきにメロメロだって話をしてたんだった」
「一切そんな話題出てなかったが?」
「あら?さつきが悠にメロメロだって話だったかしら?」
『一旦メロメロから離れるのです』
「はぁ……」というため息が、牡丹の目の前と手の中から同時に聞こえた。人をからかって楽しむ牡丹の相手はとても疲れるのだ。よく今までのさつきは牡丹と友達やれていたと思う。
「冗談はここまでにして。それで、どうだった?改めて聞かせて頂戴」
まずは悠から。そう目で伝えてきた牡丹の意をくみ取り、悠は口を開く。
「楽しかったよ。学校でのさつき先輩とか女優としてのさつき先輩とはまた違うさつき先輩の姿を見ることができて幸せだったし、嬉しかった。これからももっと仲良くしてほしいと思う」
言ってて思い返すのは、今日の長いようであっという間だったデートのこと。
水族館で魚を見てはしゃぐさつき。イルカショーに目を輝かせるさつき。びしょ濡れになって申し訳なさそうに悠を見つめるさつき。楽しそうにショッピングモールで店を回るさつき。
そのどの場面を切り取っても、ほとんどがさつきは笑顔で、悠も笑っていた。
ただ最後に見せた切なそうな表情は、今日一日見てきたさつきの表情の中で特に印象深く、悠の中で残り続けていた。
「だそうよ」
『あたしの方こそ、これからも仲良くしてほしいのですよ』
「次はさつきね」
『あたしも楽しかったのです。まぁ予想外の事態もあったのですけど、それも含めて、とても楽しかったのです』
「それだけ?」
『……もっと、悠くんと一緒にいたいなぁ、って思った、のです』
「っ……」
それは反則ではないだろうか。
そりゃあ、悠だって一緒に入れるなら今でも一緒にいたいと思う。でもそれは悠の一方通行の想いで、限りなく叶う可能性が低いと思っていた。
けれど、今さつきの口から告げられたのは、悠と全く同じ望みで。
「勘違いしてるところ悪いのだけど、さつきが言ってるのは友達としてって意味よ」
「わ、わかってるよ!?」
『別にあたしはお友達、じゃなくてもいいのですけど?』
「!?」
『お友達のその先……あたしとなってみるです?』
「え、あ、え……」
『なーんて、冗談なのです』
なんというか、この……いうなれば不完全燃焼のような。からかわれて、心を弄ばれたことに対する反感の気持ちと、そんなことができるほどに仲良くなったのだという嬉しさが混ざり合って、なんとも言えない気持ちが悠を包んだ。
口を噤む悠に、心配になったのか少し慌てた様子でさつきが口を開いた。
『ゆ、悠くん?からかったのは謝るので友達止めるのだけはやめてほしいのです……!』
ここで悠はひらめいた。ピキーンと電流が奔ったかのような錯覚に陥る。
「いや、俺はさつき先輩と友達じゃなくなりたいです」
『ゆ、悠くん……!?』
「だって、友達のその先に行ったら、それは友達じゃなくなるってことですよね?」
『な、なにを言ってるのです!?せめてそういうことは二人っきりのときに言ってほしいのですよぉ』
「ま、嘘ですけど」
『っ……やり返されたのです』
やられたらやり返す……偉い人がそう言っていたような気がしないこともない。
「イチャイチャしてるところ悪いのだけれど」
「『してない(のです)!』」
牡丹からジト目を頂戴した。
「悠はヘタレを直すこと。それが今回のデートでの総評かしら?」
「それが総評ってひどくね?」
「直してから言いなさい」
「さ、もう用は終わりよ。帰りなさい」と牡丹に命令されたので、悠は大人しく部屋から出た。相手をするのが面倒だったのもある。
どうやらさつきとはまだ電話がつながったままのようで、悠が部屋から出ると中から牡丹の話し声がかすかに聞こえた。
聞き取れるほどの声量であれば盗聴してやろうかとも考えたが、そんなに声量はないし、もしバレた時が怖いのでやめておいた。




