四十一話
水族館の後半には、水のトンネルやウニ・ヒトデのお触り水槽など、目を引く展示物がたくさんあった。ちょうど時間が重なって、ペンギンのお散歩やえさやりを見ることもできた。
「よちよち歩くペンギン、すっごく可愛いのです!」
きちんと列をなして飼育員の後を追いかけるペンギンの姿に、さつきはメロメロだった。頬を薄く紅潮させ、この感動を分かち合おうと悠の腕をブンブン振る。
そして一通り見終わったころ、悠とさつきは先ほどの休憩所まで戻ってきていた。
「もうお昼ですけど、どうしますか?」
スマホで時間を確認すると、既に12時を回っていた。そろそろお腹が空いて昼食を食べる時間だ。
「うーん。実はあれが気になってるのです」
あれ、と言ってさつきが指で示したのは、イルカショーのタイムスケジュールだった。そこには今日のイルカショーの時程が書き込まれており、大体一時間に一回やっているようだ。
「次のショーまでそんなに時間がないのです。今からお昼を食べちゃうと、見逃しちゃうのですよ」
さつきに言われ探すと、確かに次のショーまで30分を切っていた。頑張れば食べれなくはないだろうが、ショーを見る席を確保することを考えると、少し厳しい。
なにより時間の余裕はある。ここで急いで昼食を摂る必要はないだろう。ショーを見てからでも遅くない。
「もう席取りに行きます?」
「そうするのです。……悠くんはご飯食べたかったです?」
「それはあとでも食べれますから。それよりもイルカショーです」
「ありがとなのです」
今日はさつきファーストなのだ。さつきをもてなし、最高のデートにするのが目標。なのでいくらお腹が空いていてもイルカショーを優先する。
「結構広いですね」
雑談しながら館内を歩き、目的地へと到着した。
そこには、イルカが泳ぎまくれる大きな水槽と、飼育員が立つステージ、たくさんの観客を収容できる座席があった。
座席はベンチシートになっていて、ショーまでまだ時間がある今は、まばらに人が座っているだけだ。
「どこにします?」
どこから見るか。その場所は選び放題だ。
「前の方にするのです」
さつきは迷わず水槽近くに座った。床が湿っているが、椅子が濡れている様子はない。
ひょいひょいっと階段を跳ね降りるさつきの後を、悠はゆっくりついていく。
さつきが階段を降りるごとに周囲の視線──主に男──を集めているのだが、当の本人は気づいていない。あ、彼女らしき人に叩かれてる。
「前の席だと、ジャンプしてるイルカだけじゃなくて水中を泳ぐイルカも見れるので好きなのです。これぞ一石二鳥なのですよ」
確かにイルカの水槽はガラス張りになっていて、前の席にいるほど泳いでいる姿を見ることができる。特にさつきや子供では前の方に行かない限り見ることは難しいだろう。
「でもここ濡れてませんか?」
「シートの方は濡れていないのです。他のお客さんの中にも濡れている人は見られないから、多分大丈夫なのです」
そう言われて周りを見渡してみると、本当に濡れている人はいない。前のショーが一時間前なので、既に近くにはいないだろうが。
シートの方も、よく見ると濡れているのは水槽近くから最前列のベンチまでで、その範囲もベンチ一歩手前くらいまで。濡れる心配はしなくてもいいだろう。
「悠くんは心配性なのです」
「だって濡れたら嫌じゃないですか。着替えもないし」
「最悪お土産のところで買えばいいのです」
「最終手段じゃないですか」
と、そんなことを話していると、ショー開幕5分前になった。ぞろぞろと観客が集まってくる。わずか数分でガラガラだった席は満席になった。さらには座れなかった人が通路から見ていたりする。
そして悠は、不穏なブツを見つけた。
「あの、さつき先輩」
「……なんなのです?」
さつきも見つけたのだろう。すこし強張った声と表情で、悠に尋ね返す。
「あれ、レインコートですよね?」
「ナ、ナニモミエナイノデスー」
「後ろの席に行きませんか?」
「後ろだとよく見えないのですよ!どーせあたしはちびですよ悪いのです!?」
遂にさつきが逆切れした。周りの最前列に座る人を見ると、全員レインコートを着ていた。
ここに水がかかるのは確定と言っていいだろう。水がベンチまで来ていなかったのは、かからないのではなく客がガードしていたからだったのだ。
しかし、気づいた時にはもう遅い。ショーが始まってしまった。
「……」
「……」
覚悟を、決めるしかないのだ。
因みに、次のショーにするという選択肢はない。周りに観客がいすぎて、始まる前ならまだしも既に始まっている状態で二人が動くと、他の人の迷惑になってしまうからだ。
スマホや財布などを、濡れないように服の下に隠し、さらに腕で守る。これでいつ水が来ても大丈夫だ。いやなにも大丈夫ではないのだが。
「さつき先輩」
「……なんです?」
「もう、楽しみましょう。あとのことはあとで考えます。だから今は、楽しくイルカショーを見ましょう?」
「悠くん……わかったのです。全力で楽しんでやるのですよ!」
「おー!」とさつきが気合を入れる。
同時にイルカが跳ねた。見事な跳躍。
空中に設置された輪を綺麗にくぐり、水中へと戻っていく。その時に水飛沫が巻き起こり、観客席へと降り注いだ。かなりの量の水だ。
「……悠くん。あれを見て楽しむのは無理だと思うのですよ」
「……楽しみましょう」
「今日の服お気に入りなのですよーっ!」
さつきは涙目だ。よほど服を汚したくないのだろう。
「じゃあ、このあとショッピングモールにでも行きますか?」
「ショッピングモールなのです?」
「簡易的な服をお土産の所で買って、そのあとの服はちゃんとした服屋で買いましょう」
「…………悠くんが服を選んでくれるなら、それでいいのですよ」
「俺にファッションセンスなんてないんだけど……まぁ、さつき先輩がそうしてほしいっているなら、いいですよ」
「よーしっ!楽しくなってきたのです!」
急に元気を取り戻したさつきは、宣言通り、水に濡れるのも構わずイルカショーを楽しんだ。それはもう、無我夢中に。周りの目など気にしないくらいに。
おまけ
「イルカって水の中なのに速く泳げて、綺麗にジャンプまでできるなんてすごいのです!あたしも海とかプールでぴょんぴょん飛んでみたいのです」
「やめてください。本当に」
「もーっ、子供っぽいと思ってるのです?」
「いや、そうじゃなくて……さつき先輩のさつき先輩が跳ねて目のやり場に困るというか、逆に目が離せなくなるというか……」
「あたしのあたし、なのです?」
「……」
「……あっ!悠くんは変態のなのです!」
「さつき先輩を知ってる人なら誰もでも同じこと考えると思います」




