四話
菫達と一緒に住み始めて、一週間と数日が経った。短いようでいつもより長く感じた春休みが昨日で終わり、今日から悠は高校に通うことになる。
「それじゃあ行くわよ」
「本当に牡丹も行くの?」
「当然じゃない。行ってはいけない、なんて聞いてないもの」
今日は悠の入学式。牡丹は既に一度登校し、出席だけ取って帰ってきていた。
「また行くの面倒じゃない?」
「面倒じゃないわよ。ほら、グチグチ言ってないで早く行く」
牡丹に背中を押され、高校までの道を歩く。
私立桜咲高等学校。悠が住んでいる地域にある、かなり高レベルな進学校だ。数年前に改築工事をしたため、外観や設備はかなり新しく、工事が終了した当時は偏差値が高いということも相まってかなりの倍率を誇ったらしい。牡丹曰く三倍は下らなかったとか。
そんな桜咲高校には、牡丹が通っている。同級生はほとんどが違う学校を受け、友達が一人もいないこの状況で、知り合いがいるとわかった時の安心感は絶大だ。
因みに彩芽は今日、学校が入学式なので休みだ。明日からある。
桜咲高校に着き、玄関で外履きから上履きに履き替える。この時に牡丹とは別れた。
廉人と菫は、後で集合するらしい。
玄関にはクラス表が張り出されており、悠よりも早く来た新入生達がその前に立って自分の名を探していた。
悠はその中には入らずに人がもう少し少なくなってから確認しようと思っていたが、わらわらと集まってきた新入生達に押され、結局雑踏の中に囚われてしまった。
こうなっては仕方ないので、悠も自然に出来ていた流れに従って、クラス表の前まで行くことにした。
人ごみに揉まれながら辿り着いたクラス表に、素早く目を走らせる。早く見つけないと後ろから押されてまたこの大勢の集団の中に入らなくてはいけなくなるからだ。
しかし、悠の予想に反して意外にも早く自分の名前を見つけた。何故なら、一年A組に悠の名前が書かれていたからだ。
と、確認が終わったところで悠は集団の外に流された。
流されたおかげであの集団から脱出できた悠は、壁に張られている案内に従い今日から自分の教室となる場所へ向かった。
桜咲高校は四階建てで、最上階が一年生、三階が二年生、二階が三年生で、一階は主に職員が使うと牡丹が言っていた。専科の教室は本校舎には無く、改築工事の時に新しく建てられた、いわば副校舎のような所で受ける。
その副校舎には専科の教室だけでなく、各文化部の部室などが設けられている。運動部の部室は基本的に、副校舎の一階を使うことになっているだけで、専用の部室があると言うことはない。
閑話休題。
一年A組の教室に到着した悠は、小さく深呼吸をして緊張を和らげた。
ドアを開け、中に入ると既に数人の新しいクラスメートがいた。男女共に二、三人程度だが、特に隔たりなどなく普通にみんなで談笑していた。
ドアが開いたせいで悠に注目が集まる。今まで漂っていた和やかな雰囲気が、一瞬にして消え失せた。全員の視線が、悠を捕える。悠は一歩教室に入ったものの、それから微動だにしない。できない。
けれど、それも一瞬の内で、すぐに元の雰囲気が戻ってきた。軽く息を吐き、黒板に書かれている各々の座席から自分の座席を探し、着席する。
すると、ごく自然にみんなが集まってきた。
「初めまして、私は永野 芽依。よろしくね」
そう言って一番最初に挨拶してきたのは、ボブカットの明るい茶髪の先を少し内側にくるんっとした今どきの女子だった。メイクをしているのか、唇は少しツヤツヤしているような気がする。近づいてきたときにふわりといい匂いがした。シャンプーか香水だろう。
女子高生の特権とでも主張するように、制服のスカートは丈を極限まで短くし、少しでも風が吹けば捲れてしまいそうだ。スカートの裾から伸びる生足に、いくら悠に興味がないとしてもドキリとしてしまう。
「よう、俺は皇 帝。〝皇帝〟と書いて皇 帝だ。気安く帝って呼んでくれ」
次に話しかけてきたのは、髪を金髪に染めた男子だった。チャラチャラした見た目と、その言動からかなり遊んでいそうだが、果たしてどうなのだろうか。高校デビューかもしれない。
それからも次々と話しかけられ、多少ドギマギしつつも何とか乗り切り、入学式の時間となった。
「みなさんおはようございます。今日からみなさんの担任になります椎名 真由です。さて、自己紹介はまた後にやるとして、まもなく入学式が始まるので体育館に移動します」
教壇の前に立ったスーツをびしっと着こなした女性が悠の担任らしい。メガネをかけており、凄く知的に見える。
悠達は指示に従い、出席番号順になって体育館に向かった。
体育館に着くと、A組から順に中に入る。それに続くようにB組、C組、D組、E組が入場し、入学式が始まった。
生徒の後ろには保護者席があり、その席も大体が埋まっていた。入場した時に悠がちらりと保護者席を見てみると、牡丹と目が合った。悠は途端に恥ずかしくなり目を逸らす。
生徒が全員入場し終わると、司会の教頭の指示で起立し、礼をする。着席して一呼吸置いた後に、校長からの話になった。
「新入生のみなさん。ご入学おめでとうございます」
そんな定型文から始まった校長の挨拶は、五分以上も続いた。体育館に取り付けられている窓から差す暖かな陽光に、ウトウトとしながらもしっかりと意識を保ち、最後まで校長の話を聞いていた悠は、両脇で寝ているこの生徒達をどうしようかと思った。そしてこのまま寝かせておくことにした。
校長の挨拶が終わると、今度は新入生代表の挨拶があり、それが終わると今度は生徒会長からの挨拶があった。流石にこれだけ長いと悠も眠ってしまいたくなる。
しかし、今眠ってしまうと夜眠れなくなりそうなのと、何故か嫌な予感が脳裏をちらついたので必死に重い瞼を持ち上げていた。
「それでは最後に、在校生による校歌斉唱です」
入学式の最後のプログラムである桜咲高校の校歌斉唱が始まる。このタイミングで両脇の爆睡している生徒を起こすことにした。
その生徒達も、悠に起こされるとすぐに起き、少し眠そうにしながらもしっかりと校歌を聞いていた。
「これで入学式を終了します。生徒一同、起立」
教頭がそう言うと、悠達は席から立ち上がる。在校生もだ。
「礼」
その合図を聞き、腰を折り曲げて礼をする。
「在校生、着席」
床と椅子の擦れ合う音を出しながら在校生が着席する。悠達新入生は未だに立ったままだ。
「新入生が退場します」
すると、それぞれのクラスの前に担任が立ち、先頭の生徒を引き連れて体育館の入口へ向かう。列が途切れないようにその後を次の生徒が付いて行き、その生徒をまた次の生徒が付いて行く。
A組の後は数歩後ろにB組が。その後ろにはC組。D組、E組も続く。
数分後には、体育館に新入生の姿は無くなっていた。
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『英雄育成高等学校』
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