三十二話
呆然と悠を見つめる彩芽だったが、それもすぐになくなった。
「じゃあ、さ……」
さっきの自分の姿が恥ずかしかったのだろう。少し顔を赤くしながら、小さな声で言う。
「うちがお姉ちゃんのこと好きでも、いいのかな」
「ああ。いいと思う。少なくとも俺は、彩芽の味方だ」
いくら周りから否定されようとも。いくら彩芽自身が自分の気持ちに罪悪感を抱いていようとも。どんなことがあれ、絶対に彩芽の味方であると宣言した悠は、気恥ずかしそうに彩芽から若干視線を逸らした。
けれど一拍の後、決意に漲った瞳で彩芽を見つめ返した。
「そっか……うん、そうだよね。よしっ」
気持ちの整理ができたのか、彩芽は小声で意気込むと、キッと悠を睨みつけた。
「いい?何回も言うけどこのことは内緒だからね?誰にも話しちゃだめだから。もし誰かに言ってたら、あんたの部屋を荒らす」
「誰にも言わない。俺と彩芽だけの秘密だ」
「ん、よろしい」
満足した様子で、彩芽はテレビを見始める。あと少しでドラマがやる時間だ。牡丹達ももうじき帰ってくるだろう。
「あ~お腹空いたなぁ……お姉ちゃんたち、早く帰ってこないかな~」
悠と彩芽が家族になって一つ屋根の下で暮らすようになって、初めて彩芽が楽しそうに笑っている姿を悠は見た。何か憑き物が落ちたような、清々しさを感じる。
その新たに発見した一面を見た悠は、より一層、彩芽が可愛く思えてくる。そこに恋愛感情はない。悠にとって妹とは、恋する相手ではなく崇める存在なのだから当然だろう。
それから少しして。牡丹達が水族館からお土産を片手に帰ってきた。廉人の手にはちょっとした食材が入った袋があるので、帰りがけに夕飯の材料も買ってきたのだろう。
陽が落ちる頃には全員が食卓に着き、一緒に食べた。家族団欒の姿が、そこにはあった。
翌日。悠の部屋には来客の姿があった。
「突然ごめんね」
「来るって言ってたし、大丈夫」
芽衣だった。ゴールデンウィーク突入前に約束していた通り、悠の部屋へ遊びに来たわけだ。芽衣が謝っている理由は、今日来たい旨を昨日の夜に言ったからだ。数日前でなく前日の、しかも夜に連絡したことを謝っていた。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「ん?」
「いや、ん?じゃなくて」
「あぁ、用事ってこと?それなら特にないよ?」
「え?」
ならば何しに来たのだ。と言いたくなる気持ちを抑え、努めて冷静に、悠は尋ねる。
「何も用事がないのに来たのか?」
「用事がないと来ちゃダメだった?」
「いや、そういうんじゃないけど……」
悠としては、どこかへ行きたいだとか、あれをしたいだとか、そういう理由があるから来るのだと思っていたので、用事がないことに驚きだった。
しかし芽衣にとってはそうでもないようで。
「じゃあいいじゃん。友達なら用がなくても一緒にいるもんだよ?」
「そ、そうなのか?」
悲しいかな。悠はこれまで友達こそ居れど男友達が大半で、女子の友達など皆無に等しい。故に、女子である芽衣に〝常識だよ?そんなことも知らないの?〟みたいな目で見られては強引に納得するしかない。たとえ、〝それって恋人とかじゃ……〟とか思ってても言わない。悠は賢い子なので。
「ん~じゃあ何する?特にしたいこととかないんだろ?」
「そうだねぇ~」
「おい、なんでベッドに?」
「だって床硬いじゃん。お尻痛くなっちゃう」
「クッションがあるんだが?」
「知らなーい」
突然、床に座っていた芽衣が立ち上がり、悠のベッドの縁に座った。本人曰くお尻が痛くなるそうだが、悠の部屋の床には柔らかめのカーペットがまだ寒い時期なので敷いてあるし、クッションだってある。それらを使えばお尻が痛くなることはないのだが……本人曰く、そんなもの知らないらしい。
因みに、悠は学習机のキャスター付き椅子に腰かけている。
「だいたいさ、なんで女の子の私が床に座らされてたの?そこは男の子である悠君が椅子を譲るべきじゃない?」
「ここの部屋の主は俺なんだけど」
「関係なくなーい?」
「……いやなに納得しかけてるんだよ俺」
「それにしても暇だねぇ」
「唐突だな。まぁ、何もすることがないんだからな」
「あ、ねね」
「どうした?」
「あれ、全部読んだの?」
芽衣が指さす先には、壁に固定された悠の身長以上もある大きな本棚だ。その中は妹モノのラノベでほとんど埋まっている。
「そうだけど」
「何かおすすめない?」
「おすすめ?」
おすすめを聞かれ、悠は真剣に本棚を見据える。はっきり言って、どれもおすすめだ。それぞれにそれぞれの良さがあるし、どの作品に登場する妹たちも全員可愛い。もしおすすめを聞く人が廉人ならば、悠は全てだと即答していただろう。
しかし、聞いてきたのは芽衣だ。恐らくラノベなんてほとんど読んだことがないだろう。いわばラノベ初心者。そんな人にお勧めできるラノベに絞った場合、極端に選出が難しくなる。
どの作品もラノベをある程度読んでいる人ならば楽しめる作品ではある。しかし、初めて読む作品とするならば話は別だ。キャラクターが気持ち悪く感じられてしまうかもしれない。大好きな妹たちがそう思われるのは、悠にとって何物にも代えがたいほどの苦痛だ。
「芽衣はどんなのがいいんだ?」
「というと?」
「コメディ主体なのか、シリアス多めなのか。他にもいろいろあるから、こんなの読んでみたいって感じでいいから」
「じゃあ、面白いやつ」
「……そっかぁ…………う~ん、じゃあこれなんかどうだ?」
悠は椅子から立ち上がって、本棚から一冊の本を取り出す。背表紙の上の方に雷のような赤いマークが入った本だ。
「『実の妹が絶対に負けないラブコメ』?」
「ああ、雷撃文庫から発売されていて、何かと不遇な実妹をメインヒロインとした作品だ。他のヒロインたちも魅力的で、誰が勝つかわからないヒロインレースと、ヒロインたちの気持ちに胸キュンすること間違いなしだ」
「題名からして実妹が勝ちそうだけど」
「でもな、三巻まで出てる現時点では実妹はそこまで優勢じゃないんだよ。ここからどう巻き返すのか、はたまた巻き返せないのか。ハラハラだろ?」
「他には?」
「をい。まぁいいや。他には……これかな」
『いもまけ』を基準に考えた場合、もう一つおすすめできそうな作品があるので、それを取り出す。今度は背表紙に『ZA』とロゴが入った本。
「『友達の妹が俺にだけ甘い』……」
「ZA文庫から発売されている、今人気の作品だ。基本周りの人間に対して冷たかったり刺々しかったり毒々しかったりする主人公の友達の妹が、なぜか初対面の時から主人公にだけは甘々な態度をとるんだ。その理由が二巻にしてわかるんだが、それがあまりにもチョロくてだな……」
「チョロいの嫌いなの?」
「いいや大好きだ。チョロイン最高だと、俺は思う」
「あはは、最高にキモイね!」
「いい笑顔で何言ってやがる」
しかも今まで見た中でも最高レベルで可愛いときた。悠の心にダイレクトアタック。回避不可。クリティカル確定。悠は死んだ。
「とにかく、この二作品はかなり人気があって、とてもおすすめだ」
「ありがと、読んでみるね」
「え、今?」
「そだよ、暇つぶしのために借りるの。面白かったら借りていってもいい?」
「ああ、そのままもらってもいいぞ」
「いらないかな」
「ふっ、そういってられるのも今のうちだ……」
「あーうん。とにかく読んでみるね」
「楽しんで」
ベッドの縁に腰掛けている状態から、壁に背中を預けて完全にベッドの上に座った状態になった。足と腕の間にはいつの間にかクッションが挟まれており、長時間読書をしても疲れにくい体制に。
芽衣が読書に没入し始めてしまったのを見て、悠も机の上に積んであった未読本を読むことにした。
おまけ
「悠君って読んだ本の内容全部覚えてるの?」
「完全にってわけじゃないけど」
「じゃあキャラは?」
「妹キャラだけはあらゆることが頭に入ってる」
「……」
「まじな反応やめない?」




