三十話
気まずい静寂が彩芽の部屋を包み込んでいる。
片や悠。彩芽のクローゼットを開けた態勢のまま硬直。
片や彩芽。ベッドから上半身だけを起こした状態で顔を覆ったまま微動だにしない。
今この部屋だけ時が止まったかのような、そんな状況があった。
「見た……?」
それから数分が経ち、沈黙を破ったのは彩芽だった。顔を覆っていた手を離し、悠の方を見ずに問いかける。
「見てない」
「嘘」
「嘘じゃない。ちゃんと見たもん」
「じゃあ聞くなよ……」
どうにか現況を変えられないかと、咄嗟に嘘を吐くが、彩芽もその場面を見てしまったわけで。悠が付いたような嘘では全く効果を発揮していなかった。
「ちょっとこっち来て」
「……わかった」
彩芽に呼ばれ、悠はベッドに近づ「クローゼット閉めて!」……クローゼットを閉めてから、近付いた。
「正座」
「は?」
「聞こえなかった?せ・い・ざ!」
「いや何故」
「見たから」
「それはおかしい」
「あんたが勝手に開けなければ、こうはならなかった」
「正論すぎる」
「だから、正座」
結局、悠は正座することになった。
彩芽は頭痛を堪えるように頭を押さえ、睨みつけるが如く悠を見た。悠はその圧に縮こまることしかできない。
「で?」
「うん?」
「どう思った?」
声質は威圧するような感じだが、その言葉に含まれた感情は真逆の怯え。若干声が震えたのを、悠は見逃さなかった。
しかしそれをわざわざ指摘するのは、火に油を注ぐ様なものなので何も言わない。悠は賢い子。
「……しゅ、趣味は人それぞれだからな、別にいいと思うぞ!」
「は?なにそれ。死ねば?」
「辛辣!?」
アレを見た悠の感想は、彩芽をさらに不機嫌にするものだったようだ。励ましのつもりで言ったが、逆効果だった。悠は愚かな子。
「はぁ……もう生きてけない。死のう」
「ちょっと待てそれは決断が早すぎないか!?」
「だって、あんなもの見られて、もううち生きていける気がしない……」
さっきの威圧するような、責めるような態度とは打って変わって、今度は弱気な姿勢を見せた。
「だからって、死ぬのは違うんじゃないか?」
「……うん、そうかも」
「はぁ、良かった」
「──だから、代わりに死んで?」
「なんでそうなる」
言葉とは裏腹に、顔には笑顔が浮かんでいるので冗談で言ったのだろうが、そのあまりの突拍子のない言葉に震え上がざるを得ない。
「ま、あんたが誰にも言わないって約束してくれるなら許すけど」
「俺ってこんなに立場低いっけ」
「うち、被害者。加害者は誰?」
「俺です本当にすみませんでした」
「わかればよろしい」
事実として、彩芽が素直に着替えて病院に行けばこんな事態にならなかったのだが、過去から学ぶ悠はそんなこと思っていても口にしない。逆上して怒るに決まってる。
「じゃ、部屋から出てって」
「なんで?」
「へぇ~?義妹が着替えるのに出ていかないんだ?お姉ちゃんに言っちゃおうかな」
「待ってそんなつもりはなかった冤罪だ!」
ベッド脇に置いてあるスマホに手を伸ばした彩芽は素早く画面を操作する。その姿は悠に彩芽が牡丹へと連絡しているように見えているわけで。当然、悠は慌てる。相手が菫ならばまだしも、あの牡丹だ。何をするかわからない。
悠が必死になって説明している姿を見て、彩芽は面白そうに口を歪めた。それを見て悠は察した。つまり、はめられたのだと。
「ま、今回のことはうちも悪いし、許すけど」
「悪いと思ってるならその上から目線どうにかならない?義理とはいえ俺、兄なんだけど」
「は?」
「いえ何でもないです」
これ以上彩芽の機嫌を損ねると面倒そうなので、潔く悠は引き下がった。食い下がる意味もない。
「いい?このことは内緒だからね」
「それは分かったが……一つだけ聞いていい?」
「ん」
「彩芽は牡丹をどう思ってるんだ?」
「え、好きに決まってんじゃん。愛してるまである」
「あ、そうっすか」
「なんでかっていうと、まずお姉ちゃんの美しさ。あの美しさは反則だよね。我が姉とは思えないほど綺麗で可愛くて美しくて神聖さを醸し出していて──」
「うん、よーくわかったからその辺でいいぞ」
「は?まだ私のお姉ちゃんの好きなところの1%も話してないんだけど?」
「その1%未満で十分に分かったんだよ!」
「嘘。話し終わるまで着替えないから」
悠は急に饒舌になった彩芽を見て、自分と同じ匂いを感じた。つまり、好きなことには好きだと相手にうざいと思われるほど伝える姿勢。己の好きなものに恥じないその豪胆さ。自分の好きなことならば永遠に語れるという雰囲気。
結局、悠と彩芽は同じ穴の狢なのだろう。好きなものこそ違えど、その好きなものに対する姿勢は、全くと言っていいほど同じだ。
それから数時間が経ち、遂に話し終えた彩芽が病院へ行こうと着替えた。しかしその時にはすでに体調は回復しているように見えた。
彩芽はお姉ちゃんパワーだと言っていたが、あながちそれは間違っていないのだろう。数時間も話し続けるほどの元気があるのならば、病気だって治せる。病は気からとはよく言ったものだ。
おまけ
「あんたも何か好きなものあるの?」
「ああ、妹だ」
「え、キモ。近づかないで」
「彩芽の牡丹を想う気持ちと同じだと思うが」
「一緒にしないで!私のは純粋な気持ちだからいいの!」
「多分純粋だからいいっていうのは違うと思うぞ」




