二十九話
夜が明け太陽が顔を出し朝を告げる。今日は家族で水族館に行く日だ。
「おはよ」
悠がリビングに行くと、そこには廉人、菫、牡丹、彩芽の四人がいた。つまり悠が一番遅く起きたということだ。
どこかつやつやした表情の菫と、げんなりしたような廉人。
嬉しそうにしている彩芽と、そんな彩芽を見て微笑む牡丹。
悠はこの光景を見て、昨夜何があったのか一瞬で察した。とはいえ、彩芽と牡丹についてはよくわかっていないので、廉人と菫にあった出来事だけだが。
菫は今、朝食を作っていた。いつもより早めの朝食だ。
「父さん」
「何も言わないで。放っておいて。寝不足なんだ」
「……お疲れ様」
実は抱き着かれていただけなのだが、変な想像をしている悠には考え付かない真実である。
実は昨夜、悠の部屋を出て寝室に入った廉人を待っていたのは不貞腐れた表情の菫だった。一人にされたのが不服だったらしい。
それを知らない廉人は無警戒に布団を被り、眠りにつこうとした。悠に言われたことが現実にならないように。
しかしそれを不貞腐れている菫が許すはずもなく、「エネルギーチャージ!」などと言って後ろから抱き着いたのだ。しかもその抱き着く力が予想以上に強い。
さらに、抱き着くだけでは足りなかったのかキスまでされる。唇を触れさせるだけの軽いキスだったが、それが数回ではなく数十回にも及んだ。
最後は疲れた菫が寝落ちするのだが、それまで廉人は寝ることを許されなかったため、今の廉人は寝不足でお疲れ気味なのだ。菫? 廉人パワーで元気百倍らしい。
「はい、できたよ」
菫が朝食を運んでくる。その手伝いとして、牡丹と彩芽も動いていた。
悠も手伝おうと動こうとしたが、その時にはすでに運び終わっていた。品数はそこまで多くはないらしい。
今日のメニューは白米に豆腐とわかめの味噌汁。卵焼きにサラダ、納豆と和食の傾向が強い。
各々の前に箸が置かれ、それを手に持つと一言。
「「「「「いただきます」」」」」
朝食を摂り終わり、今は着替えている時間だ。悠と廉人の準備はすでに終わっており、リビングで女子を待っている状態。
「お待たせ」
最初に現れたのは菫だった。見た目は実年齢より若く見えるが、着ている服は年相応だった。ゆったりとした落ち着いた雰囲気の服を着ている。
「あら、まだ彩芽が来ていないのね」
次に来たのは牡丹だ。牡丹も菫に似て派手な格好ではなく、どちらかというと大人っぽい雰囲気が着ている服から発せられていた。
それから数十分が経過した。いまだに彩芽は降りてこない。
「俺が様子見てくる」
待ちかねた悠が、彩芽の部屋へと向かう。牡丹や菫が行かないのは、単に悠の辛抱に対する耐性が低すぎて一番最初に待ちくたびれたからである。
「彩芽~まだか~?」
コンコンとノックしながら呼びかけるが、返事は一切来ない。悠に対して素っ気ない態度をとる彩芽だが、返事をしないというのは少しおかしい。
「? 開けるぞ」
何度か呼び掛けたが一向に返事が来ないので、悠は一応声をかけながら部屋のドアを開けた。
果たして、そこには着ていく服に悩んでいる彩芽の姿が──
「っ彩芽!?」
──なかった。
彩芽は着替える前の格好で床に倒れていた。
慌てて悠が駆け寄るが、彩芽は返事をしない。辛そうに息を吐くだけである。
「すごい熱……」
額に手を当てた悠がそこから感じるのは、四十度近くはありそうな熱だった。汗も相当掻いている。
「とりあえずベッドに移そう」
慌てず、悠は冷静に状況を判断し、適切な処置を施す。と言っても悠一人でできるのは彩芽を床からベッドに移すことくらいだった。
移し終わった悠は、大声で他の人を呼んだ。
「んっんん……」
少しして、彩芽が目を覚ました。菫が看病したおかげだ。額には冷たいタオルが乗っていた。
「気が付いたか」
「あれ、うち……」
「熱で倒れてたんだ。もうつらくないか?」
「……っそうだ! 水族館は!?」
「もうみんな行っちゃったよ」
「え……嘘……」
よほどそのことがショックだったのか、彩芽は目に見えて気を落とした。
「そう落ち込むなよ。水族館なんていつでも行けるんだから」
「……で、なんであんたはいるわけ?」
「俺が看病を申し出たからだ」
「チェンジで」
「無理だ」
「なんであんたなのよ! なんでお姉ちゃんじゃないのよ!?」
「俺が申し出たからだ」
「だからチェンジ!」
「無理だってば」
「てか看病とかいらないからあんたも水族館行けばよかったじゃない!」
「病人を置いていけるわけないだろ」
「ばっかじゃないの!?」
彩芽は激高する。せめて看病するために水族館に行くならば、牡丹を看病役として置いていってほしかったと。
しかしひどく激高したせいで、彩芽の体調は悪化してしまった。
「とりあえず病院に行こう。んで薬貰ってこないと」
「そんなの必要ない。すぐ治るし」
「でも一度見てもらった方がいい」
「いいって言ってんでしょ!」
「行くんだよ! 病院に!」
「なんでいかないといけないわけ!?」
「心配だからに決まってんだろ!」
「はぁ!? 意味不明。別に行かなくても治るからよくない!?」
「よくない! いいから行くぞ! 早く着替えろ!」
「絶対着替えないから」
「なら俺が強制的に着替えさせる」
「変態」
「言っとけ。背に腹は代えられん」
意地でも着替えないつもりの彩芽に、悠は力ずくでも着替えさせるつもりで、着替えを取るためにクローゼットを開けた。
開ける寸前、彩芽が何かを思い出したかのように制止の声をかけるが、時すでに遅し。
もし彩芽が不調でなかったなら。もう少し制止の声を早くかけていれば。状況は変わったかもしれない。
しかし過ぎてしまったものは取り返せないわけで。悠がクローゼットを開けてしまったがために訪れたこの状況もまた、もう戻せない場所へを至ってしまったのだ。
「なんだ、これ……」
「……見られた。……見られちゃった、私の恥ずかしいモノ…………もう生きていけない」
そこにあったのは、壁一面に張られた大量の写真と、明らかに彩芽のものではないブラジャー。その他にも香水やら化粧品やらが混在していた。そしてその持ち主は、十中八九、全ての写真に写る人物──牡丹のものだろう。
おまけ
「お母さん、あの魚とってもきれいよ」
「ホントね、あのおさかなって食べれるの?」
「どうかしらね。食べれなくはなさそうだけど」
「って、どうして水族館で食べれるか食べれないかなんて話してるの?」
「ふふ、そうね。おかしいわ」
「(やっばい。僕完全に仲間外れ!)」
廉人は牡丹と菫の会話に入っていけていなかった。




