二十七話
無事に悠と芽衣が仲直りをしてから、少し時間が経った。四月が終わりを迎え、間もなく五月になろうかという時期。この時期にあるイベントに、クラスメイトは浮足立っていた。かく言う悠もその一人だった。
そしてそのイベントというのが……
「悠君、もうすぐゴールデンウィークだけど、何か用事ってあるの?」
朝の挨拶早々に芽衣が切り出したように、ゴールデンウィークが目前に迫っているのだ。
「家族で水族館に行こうってくらいで、他に何かする用事はないぞ」
「そうなんだ。じゃあ、どこかお出かけしない?」
「別にいいけど……どこに行くんだ?」
「それはあとで決めよ?」
「本当は家でゴロゴロしたかったんだけどなぁ」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何でもないです」
あの一件以降、芽衣が悠に話しかける回数が格段に増えた。朝や帰りの時だけでなく、授業と授業の間の休み時間ですら話しかけてくるのだ。
今だってそうだった。少し前なら、おはようと言い合っておしまいだったのに、ゴールデンウィークに遊ぶ約束を取り付けるまで会話が深化している。
水族館以外は家でゴロゴロとラノベでも読んでいようと思っていた悠でも、笑顔の奥に潜む迫力に負けた。
「ねね、あれ見て、あれ」
「ん?……あぁ、あれね」
「反応薄っ!」
「いやなんかさ、もう慣れた」
「あぁ~……」
こんな感じの声が色々なところで聞こえてくる。理由はただ一つで、人目も憚らずにいちゃつくクソリア充がリア充しているからである。
男子からは怨嗟の声も聞こえてくるが、女子の方からは羨望の声が多いように感じる。かわいい彼女が欲しい男子と、恋愛をしたい女子の差だろうか。
「じゃあ、今日も悠くんのお家ね?」
「りょーかい」
二人が会話を終わらせて数秒後にチャイムが鳴り、担任がSHRをするために教室に現れた。
それからつつがなく授業が進行し、遂に帰るときになった。
「芽衣は直で家に来るのか?」
「うん、そのつもり」
「んじゃ行くか」
悠の隣に芽衣が並び、二人は肩を並べて帰路に就く。後ろから聞こえてくる噂話は聞かぬふりだ。相手にしてたら埒が明かない。
玄関へ続く階段を降りると、とある人物に出くわした。
「あら、悠と芽衣さんじゃない。今帰り?」
「そうだけど。今日はさつき先輩と一緒じゃないのか?」
「さつきは今日風邪で学校を休んでいるわ」
「じゃあ寄ってから帰ってくるのか?」
「そうね、心配だし」
「りょーかい。彩芽には言っておいた方がいいか?」
「いえ、大丈夫よ」
「そ。じゃあ俺達はこれで」
「また後でね、悠。……声を彩芽に聞かせちゃだめよ?」
「なんのだよ」
「ふふっ……芽衣さんも、悠をよろしくね」
「は、はい」
爆弾発言を残した牡丹は、優雅に二人の下から離れていった。
それを茫然と見送る悠と芽衣。芽衣は会話に入っていなかったため傍観しているだけだが、悠は今更牡丹が何について言っていたのか思い至り、一言。
「んなことするわけないだろ!?」
それから少しして、二人は薄暗くなってきた空の下、並んで歩いていた。
「どうしてさっき叫んだりしたの?」
「……芽衣には関係ないことだよ」
「牡丹先輩、私のことちらっと見ながら言ってたけど、これも偶然?」
「……偶然って怖いな」
「むぅ……」
悠が突然叫んだ理由を知りたがる芽衣と、回答をはぐらかす悠。
あんな下ネタを公然の場でしかも義弟に言うとか、本当に頭がおかしいとしか言えない。さらにそれを察せていない同級生に、なんて言っていたのかを説明してほしいと言われ続けている。軽く地獄だ。
「教えてくれないなら、あの写真ばらまくからね!」
「……あの写真とは」
「ほら、あの時の。悠君が土下座してる時の」
「いつの間に写真撮ったの!?」
「え? そこはぁ……ほら、悠君が見てない間に素早く取り出してパシャっと」
「パシャっとじゃねぇよ何撮ってんだよ!?」
「……てへっ」
「そうやって可愛くすれば許してくれると思ったら大間違いだからな! 俺は許すけど!」
男の子だからね、可愛いものには弱いよね。仕方ない、仕方ない。
心の中で自己正当化し、何とか心の平定を目指す。
「ちょろい」
「おい今なんて言った芽衣!?」
「え? 悠君はちょろくて扱いやすいなぁって言っただけだよ?」
「十分な暴言だと思うんだがそこんとこどう思う?」
「う~ん……悠君にとっては誉め言葉? ほら、よく言うじゃん。我々の業界ではご褒美ですって」
「俺はその業界に入ってねぇよ!?」
「そこはあれだよ。大同小異」
「根本から違うから!」
「同じ穴の狢?」
「全く別の巣穴なんだけど!?」
「そうやって意固地にならないで、素直になりな、ね?」
「なんで俺窘められてんの?」
全くの理不尽だ、と憤慨する悠。だが、そんな悠を見る芽衣の眼はとても楽しそうだ。
「口ではそう言ってるけど、悠君今笑ってるよ?」
「まだこの会話続くの?」
「楽しいからね、しかたn──」
「それ以上はやめといたほうがいい」
「?」
なぜか急に寒気が襲った悠に、口を手で塞がれるという物理的な方法で閉ざされ、それ以上の発言ができなくなった芽衣は、頭に〝?〟を浮かべた。当然である。やった本人ですら動機がわからない。ただ本能に従った、それだけである。
「つかもうすぐ着くぞ」
「あ、ほんとだ。早かったね」
「からかってる方は楽しかっただろうな」
「ダウト。悠君も楽しかったでしょ?」
「……ノーコメントで」
「肯定と捉えていいかね?」
「お好きにどうぞ」
「素直じゃないなぁ」
そう笑顔で言う芽衣と、うんざりしたような、けれどそこか楽しそうな表情な悠。実際、悠はさっきの時間が苦ではなく、その逆の楽しかったのだ。恥ずかしいので本人には言わないだろうが。
おまけ
「あの二人って、結婚して何年目なの?」
「まだ出会ってから一か月も経ってないよ?」
「でもあのお似合い感は、出会って一か月未満でできるものじゃないでしょ。絶対前にどこかで会って親しくしてたんだよ」
「でもそうだとしたら少し前にあったような芽衣ちゃんが悠君のことで恥ずかしがるってことはなくない?」
「あー、もうあれじゃない?前世が夫婦で、記憶はないけど体は相手のことを覚えてるって感じ」
「それだ」




