二十一話
土曜日になった。
特に問題もなく、順調に時間が過ぎていき、とうとう芽衣がうちにやってくる日になった。
今の時間は午前十時。
ピンポ~ン
インターホンが鳴った。芽衣だ。
今までソファに座っていた牡丹が立ち上がり、出迎えに行った。
玄関の方から小さく話し声が聞こえる。
「おはよ、悠君」
「おはよ」
少ししたら芽衣が牡丹に連れられてやってきた。
今日の芽衣は白のブラウスに紺色のジーパンという姿で、手には少し大きめな手提げを持っていた。
「彼女が彩芽よ。私の妹」
「初めまして」
「初めまして、よろしくね」
牡丹が彩芽を紹介すると、彩芽はそっけなく挨拶した。それに臆することなく芽衣も挨拶を返し、いったん落ち着いた。今すぐ料理を始めるわけではないようだ。
「休日なのにごめんなさいね」
「全然大丈夫ですよ。特に用事もなかったですし、それに一度は来てみたいと思っていたんです」
「そう? そう言ってくれてうれしいわ。ところで、どうして来たいと思っていたのかしら?」
「そ、それは……悠君に誘われて」
「待て牡丹誤解だ」
黙って二人の会話を聞いていたが、何やら芽衣の口から危ない言葉が出てきた。
「へぇ……」
だが、牡丹は悠の言葉を聞いていないのか無視しているのか、悪巧みをするような表情を作り出した。嫌な予感しかしない。
「芽衣さん、悠の部屋に行くわよ」
「え?」
「だめだ」
最後の抵抗だとばかりにリビングの外へと続くドアの前に立つが、牡丹は悠を軽くのけて、
「彩芽にあの事言うわよ?」
「!?」
すれ違いざまに脅してきたのだった。あの事ってなんだ。あの事ってなんだ!?
「え、あ」
「さ、行きましょう」
悠が身に覚えのないことで脅されたと気づく間の数秒で、牡丹は芽衣を連れて階段を上って行ってしまった。
「……べ、別に見られて困るものなんて、ないんだけどな」
本棚だけは見られたくないな。
悠は階段を駆け上がった。しかし、上り切った悠の目に映ったのは、悠の部屋へのドアをくぐる芽衣の後ろ姿だった。
「はぁ……」
もうすべてをあきらめた悠は、芽衣の後を追った。
「ここが悠の部屋よ。私も一回しか入ったことないし、その時はよく観察しなかったわ」
「観察って……」
「お宝があるかもしれないじゃない」
「ねぇよ」
何やら牡丹は悠の部屋に薄い本があるかもと探そうとしていたらしいが、生憎と悠の部屋にそのようなものはない。
「ああ、そうね。今はデジタルもあるものね。悠、スマホ貸して?」
「誰が貸すか」
今の会話の流れで貸すような奴はもっとプライバシーを尊重したほうがいいと思う。
「あら、隠すということは、そういうことよね?」
「違うから」
「大丈夫だよ悠君、私わかってるから」
「その優しさが俺を追い詰めるの知ってる?」
芽衣が聖母のようなほほえみを悠に向けるが、それが逆に悠を傷つける!
「あー俺お腹空いたなー」
話を料理に向けようと、そんなことを言ってみる。効果がどれほどあるのかって話だろうが。
「そうね、まだ少し時間が早いけど……」
「お?」
牡丹が乗ってくれた。
「じゃあ悠決めて? どっちから先に食べる?」
「まぁ、うん」
そうだよな。牡丹が悠の策にそうやすやすと乗ってくるわけないもんな。
しかしそうだな……今は俺も牡丹に乗ってみるか?という考えが浮かんだ悠は、すぐさま実行に移す。
「じゃあ、まずは牡丹かな」
「っ……」
牡丹が息をのんだのを感じた。悠が乗ってくるなんて予想だにしていなかったのだろう。
悠は一歩一歩確実に牡丹へと近づいていく。ここは悠の家だった場所で、しかもその中の悠の部屋だ。地の利は悠にある。
悠が一歩踏み込むと、牡丹は一歩下がる。芽衣はその場に硬直して動けなくなってしまっている。
そして牡丹の下がっていく先には……
「きゃっ……」
――ベッドがある。牡丹は悠に気を取られすぎていて、その存在に気づけなかったがために倒れこんでしまった。
これを見逃す悠じゃない。すぐさま彼我の距離を詰め、牡丹の上に馬乗りになった。
「……」
「っ……」
今度は悠が息をのんだ。
牡丹の目が、潤んでいた。
息は荒くなり、頬は上気しているように見える。
牡丹の美しさを助長している長い黒髪はベッドの上に広がり、着ている服も倒れたせいで乱れていた。
言葉を選ばずに今の牡丹を表現するならば――とてもエロかった。
「ん……」
牡丹は、諦めたかのように目を閉じた。悠に何をされてもいいと、覚悟を決めたのだろうか。
それを見ると同時に、悠の中に罪悪感が湧いてきた。
悠は、何をしようとしていた……?
ポンポ~ン
インターホンが鳴った。その音が今の悠には、とてもうれしかった。
「わ、私が出るね。多分如月先輩だから……」
芽衣はそう言ってそそくさと悠の部屋から出て行ってしまった。
そして残される悠と牡丹。悠の部屋は気まずい雰囲気が鎮座し、空間を支配していた。




