二十話
女子トイレの中、そこは男子にとって神聖な場所であり、女子にとっては戦場でもある。そう、己と向き合うための戦いの場なのである(偏見が多分に含まれております)。
そしてここにもまた、一人の自分と戦う女子がいた。その名は、永野芽依。今さっき悠と別れた女子である。
「……よしっ! どこも変じゃないよね……うん、大丈夫。もうそろそろ大丈夫かな」
鏡の前で、鏡の中の自分と見つめ合い、時々目を逸らしてはスマホで時間を確認する。女子トイレに入ってから二分しか経っていなかった。
「まだ早いよね……うぅ~」
繰り返し言うが、ここは女子トイレなのである。さらに朝と言えどもトイレに来る女子は多い。理由は言わずもがな、化粧直し等のためだ。
そして登校し、悠と別れ、その足で女子トイレに入った芽依は、十分に浮いていた。
だってカバン持ってるんだもん。化粧を直すような素振りすら見せずただ鏡を見つめてるだけなんだもん。あれ?もしかして自分可愛いと思っちゃってる系女子?
などと思われているのはありありとわかる。そう目が語ってるから。
だから芽依は羞恥に耐えていた。
「別に私は面倒だとは思わないし、悠君もそう思ってるんだったらわざわざ別れる必要ないじゃん! なんでああ言っちゃったのかぁ過去の私!」
芽依は昨日のことが嫌だったわけではない。ただ、悠の事を聞かれると途端に恥ずかしくなるだけなのだ。
これがどういう気持ちなのかはわかっていない。けれど、周りの女子が言っているような、そんな感情ではないことはわかっていた。確実とまではいかないけれど、恐らく違うだろうな、という程度には、はっきりと認識している。
「ほんと、そういうんじゃ……」
けれど、分かっていても、恥ずかしい事は事実なので。
言われ慣れていればあんな反応せずに済むし、あの反応のせいで勘違いされることもない。
「……よし、時間も経ったし、教室に行こう」
カバンを背負い直し、鏡で自分の顔をチェック。どこにも変なところはない。
芽依は教室へ向かった。
教室には既に全体の四分の三くらいの人数が登校してきていた。
「おはよ、悠君」
「おはよう、芽依」
悠と芽依はごく自然に、さも今日初めて会ったかのように挨拶を交わした。
「何かあった?」
「いや、何もなかった」
「そっか、よかったぁ~」
小声で確認するのは、昨日のようなことがなかったかということだ。登校しているところを見られていたら、階段の所で別れた意味も無くなってしまう。
悠から帰ってきた答えに、芽依は自然と胸を撫で下ろした。
「そんなに俺と噂されるの嫌?」
「え? ああ、そういうことじゃないんだよ? 私も恥ずかしいだけでいやだとかそんなことは思ってないからね」
本心で言えば、教室まで一緒に行きたかった。けれども私情が判断を鈍らせた。
「芽依が恥ずかしいならやめた方が良いか……じゃあ明日からは別々に教室に入るってことで」
「うん、お願いできるかな。恥ずかしくなくなったら一緒でも大丈夫なんだけどね」
「じゃあその日を待ち遠しく待つとしよう」
「永遠にこなさそうだよ」
「え、なんで」
悠が惚けた声を出すが、芽依は聞こえないふりをして席へ戻った。
そして昼休みが過ぎ、下校の時間になった。当然今日も昼食は牡丹たちと屋上で食べた。
今は悠と芽衣、牡丹、さつきが一緒に歩いていた。
「帰りは大丈夫なんだな」
「一日の終わりだからね。朝はそうじゃないでしょ?」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ」
いつもは芽衣とさつきが話すような構図なのだが、今日は牡丹とさつきが話している。
「あ、そうだ」
「どうしたの?」
芽衣に伝えることがあったのだと思い出した悠は、一瞬牡丹を見てから芽衣に言った。
「今週末のことなんだけど、土日どっち来る?」
それは牡丹が伝え忘れていたこと。週末悠の家に遊びに来ることは約束したが、その詳細を決めるのを忘れたため、牡丹が悠に頼んだことだった。
「う~ん、土曜日、かな?」
「わかった土曜日な。牡丹にそう伝えておく」
「お願いね」
「何か必要なものはあるか? こっちで準備しておくもの」
「食材だけお願い。エプロンとかは自分のがあるから」
「りょーかい」
必要なことを聞けた悠は、その後雑談をして駅までの道のりを楽しんだ。
駅で芽衣とさつきと別れた悠と牡丹は、家に帰ってきた。
「おかえり~」
彩芽が迎えてくれる。そこに変化があった。差別しなくなったのだ。
今まで彩芽は、悠にはそっけなく、牡丹には満面の笑みで迎えていた。それが、今日は二人に等しく愛想を振りまいた。
悠はひどく感動した。
牡丹と彩芽はそんな悠を放っておいて、二人ですたすたと牡丹の部屋へ向かってしまった。




