十九話
ゴールデンウィークの予定が決まった時から一夜明け、朝が来た。
どこからかいい匂いが漂ってくる。
悠は制服に着替え、リビングへ向かった。
「おはよう」
「おはよう、悠」
「おはよ」
そこには既に制服姿の牡丹と彩芽がいた。対面するようにテーブルに座っている。
今日の朝食はご飯と卵焼きらしい。彩芽の口元に黄色い宝石が付いていた。
「ほら彩芽、口に卵焼きが付いてるわよ」
「え、どこどこ。取って~」
「もう、仕方ないわね」
牡丹はテーブルに身を乗り出し、彩芽の口元へ手を伸ばすと、その口についた卵焼きを取ってあげた。朝の微笑ましい光景だ。悠は脳裏にしっかりと鮮明に焼き付けた。
悠も炊飯器からご飯をよそい、席に着く。そして黙々と一人で食べ始めた。勿論彩芽の隣に座っている。
「あら、もうこんな時間よ。悠、急いで食べ終えなさい」
言われて時計を見ると、芽依との約束の時間まで十五分を切っていた。
実は昨日の夜、ゴールデンウィークの予定を決め終わった後に、芽依と連絡を取り合っていた。その時に、今日の待ち合わせの時間も決めておいたのだ。
その時間が、学校が指定する遅刻との線引きの三十分前なので、多少遅れても問題ないのだが、そうすると芽依を待たせることになってしまう。それだけはしてはいけないと思うので、悠はご飯を急いで掻きこんだ。
「いってきます!」
「いってくるわね、彩芽も学校頑張るのよ?」
「わかってるよお姉ちゃん。いってらっしゃい!」
笑顔で牡丹に手を振る彩芽に見送られ、悠は心中涙しながら駆け足で駅まで向かった。
駅まで着くと、芽依が既に昨日と同じ場所で待っていた。
「女の子を待たせるなんて、悠は最低ね」
「これでもかなり急いだんだけど間に合わなかったか……でも最低は酷くね?」
「さ、これ以上待たせても悪いし、早く行きましょう」
「俺の言葉は無視ですかそうですか今日も平常運転ですね」
悠の言葉などさらりと無視した牡丹は、芽依の所へ息を整えながら歩いて行った。それを悠も追いかける。
「あ、悠君!」
悠と牡丹に気付いた芽依が、満面の笑みで手を振った。そしてかけてくる。
「おはよっ、悠君! 牡丹先輩もおはようございます」
「おはよう、芽依」
「おはよう芽依さん。さ、行きましょうか」
「ちょっと待って欲しいのです!」
牡丹が学校への道を薦めると同時に、駅舎の方──芽依が待っていたところより少し駅側──から一人の少女の声が聞こえた。
そのあまりの大声に、通勤通学のために駅に向かっていた人や駅員さんなど、彼女周辺にいた全ての人が声がした方へと視線を向ける。そして俄かに騒がしくなった。
悠達もその聞き覚えのある有名人の声に反応して、後ろを振り向く。
そこには、予想通りの人物、如月さつきがいた。
さつきはゆさゆさ──バインバインとその大きなものを揺らしながら、悠達の方へ向かってくる。
「おはようなのです!」
「おはようございます、きさら……さつき先輩」
「如月先輩おはようございます」
「おはようさつき。朝から激しいわね」
「っ何のことなのです?」
「何でもないわ。さ、行きましょう?」
牡丹に促され、悠達は歩を進める。
並び順は昨日とは違い、芽依とさつきが前を歩きその後ろを悠と牡丹が歩く形だ。
「(さりげなかったわね)」
前の二人、特にさつきに聞こえないようにするためか、牡丹が体を近づけて小声で話しかける。
「(何のことだろな)」
「(またまた、惚けても無駄よ。さっきさつきの事名前で呼んだでしょう)」
「(そうだっけ)」
「(もう、隠すことないでしょう? でも、悠は気付いたかしら?)」
「(何に?)」
「(さつきのことよ)」
「(なにかあったのか?)」
「(……そう)」
聞きたいことは聞けたのか、牡丹は悠から離れていった。そして女子同士の会話に花を咲かせ始める。
そうなると悠は誰とも話すことができなくなり、暇になった。
仕方なしに空を見上げると、微かに枝に残った桜が目に映った。
数週間前までは満開だったこの桜の木も、後数日もすれば花を全て落とし青々とした葉を身に着ける。
「どうかしたの?」
「……いや」
上を見上げていた悠の姿に気付いた牡丹が問いかけるが、悠は何も答えずに前を向いて歩きだした。
……いや、今のでは語弊があるだろう。悠は何も答えなかったのではなく、何も答えられなかったのだ。
悠が散りそうになっている桜の木を見たところで、「散りそうになってるなぁ……」以外の感想を抱けないのは、悠が一番知っている。それを正直に伝えるのは恥ずかしいので、少しかっこつけただけだった。
楽しく会話を弾ませて、いつの間にか高校に到着していた。楽しければ楽しい程時が経つのが早いとはよく言ったもので、確かに中学までと比べると、断然こっちの方が距離があるはずなのに短く感じた。
「じゃあまたお昼でね。勉強、頑張るのよ?」
「またあとでなのです」
下駄箱で牡丹とさつきと別れ、芽依と二人で教室まで向か──
「また昨日みたいになったら面倒だよね?」
「俺は別に面倒じゃないけどな」
「そうだよねー悠君は私を置いて一人で逃げたもんねー」
「それはごめん。じゃあ今日別々で登校する?」
「……え~何もそこまでする必要ある? 別々に教室に入ればいいだけじゃない?」
「あ、そっか」
「も~もうちょっと頭使おうよ~。じゃあ悠君から先に入ってね」
「りょ~かい」
──わずに、別々に教室へ入ることになった。
悠は階段を登りきるとそのまま直接教室へ、芽依は階段を登りきったところで悠と別れ女子トイレへと向かった。




