十六話
一年A組の教室の後方入り口に立っているさつきは、周囲から注目を集めていた。
それもそのはず。彼女は幼少期からテレビで活躍する国民的女優なのだから。そんな人が一年の教室が並ぶ四階に来るなど、驚くなという方が無理がある。
「悠くん!」
呼ばれた悠は、芽依を伴ってさつきの方へ向かった。
「こんにちはなのです、悠くん」
「こんにちは、如月先輩」
「芽依さんもこんにちはなのです」
「こんにちは如月先輩。今日はお昼ご飯に同伴させてもらえることになって嬉しいです」
「あたしもなのです。それとそんな堅苦しくなくていいのです」
軽く挨拶をした後、さつきが先頭に立って屋上へ向かった。悠は昨日行ったが、芽依は初めてだ。物珍しそうに校舎内を見回している。
「少し遅かったわね?」
ギギギという錆びたような音をたてながら屋上へ続く扉を開け、外へ出る。周囲を軽く見回してみると、結構早く牡丹は見つかった。
牡丹のところまで歩いていき、悠が話しかけようとした瞬間に発せられた声がそれだった。
「一年生のフロアに行ったら囲まれて動けなくなってしまったのです」
「別に責めているわけじゃないわ。そんなことよりも早く食べましょう?」
牡丹の膝の上には小さめのお弁当が乗っている。本当にそんな量で足りるのか心配になるが、きっと色々大変なのだろう。
牡丹を挟むようにして悠とさつきが座り、悠の隣に芽依が座った。
「はい、悠君」
「ありがとう」
芽依から作ってきてもらったお弁当を受け取り、ふたを開ける。
二段になっているそれは、下の段にご飯がぎっしりと詰まっていて、上の段には小さめのハンバーグに唐揚げ、卵焼きにミートボールなどが所狭しと並んでいる。野菜類は端の方に押しつぶされている。どう見ても一口分もない。
「あら? 悠のお弁当、まるで遠足の時の小学生みたいね?」
「う、うるさい」
「野菜もしっかり食べないとダメよ」
牡丹が悠の弁当の中身を見て揶揄い、栄養バランスも考え自分の弁当箱の中から野菜を少量ずつ取り出して悠のお弁当の蓋に乗せていった。
「もしかして、私失敗しちゃった?」
芽依が不安そうに悠に聞く。
「大丈夫だ。全部俺の好きなものだし、嬉しいよ」
「そっか……よかった」
悠のその言葉に安堵したのか、大きく息を吐いた。
「でもね芽依さん。好きな物だけを入れればいいという訳じゃないのよ。相手の事を考えるのならば、彩や栄養のことも考えないといけないわ」
「そう、ですね……私、悠君の事を考えて作っていたらいつの間にかこんなお弁当になってて……」
牡丹の指摘に、しょんぼりとする芽依。悠は作ってきてもらえるだけでありがたく、彩や栄養の事など二の次だと思っている。
「え、芽依さん手作りなのです?」
「そうですけど……?」
「冷凍食品などは使っていないのですか?」
「はい、全部作りました」
芽依がそう言うと、さつきと牡丹が目を見開いて驚いた。悠も表情にはあまり出なかったが、内心ひどく驚いている。
悠のお弁当に入っているハンバーグも、唐揚げも、全て芽依の手作りだという。なんという女子力。悠は味わって食べることにした。
「流石に私も冷凍食品は使うわ。一から作るのって大変じゃないかしら?」
「いつもは冷凍なんですけどね。今日は自分だけじゃなくて悠君の分もあったし、他人に作る時は心を籠めろって母に言われているので、最初から作りました」
「良かったわね、悠。こんなできた女の子、この歳ではあまりいないわよ?」
「だろうな」
一クラスメイトのために、いくら母から言われているからと言っても態々初めから作ってくれるなんてほぼ有り得ない。お弁当を作ってきてくれる上に冷凍食品を使わないなんて、悠にとってはラノベの中のヒロインしか知らなかった。
「少し貰ってもいいかしら?」
「あ、どうぞ」
牡丹が興味深そうに悠のお弁当箱を覗き込み、そう言った。
その声に反応した芽依は自分のお弁当を差し出す。そのお弁当は牡丹と同じくらいの大きさで、中身は悠の中身とは全く別だった。
中心を仕切りで区切られ、片方には野菜を中心に、小さめのハンバーグが少しに卵焼きが入っているだけ。もう片方にはご飯が入っていた。
「芽依さんのを貰うのは抵抗があるわ。それは自分で全部食べて頂戴。私は悠からもらうわ。いいわね?」
「ダメって言う前に箸で取ってるんですがそれは。てか俺からとるのには抵抗ないのかよ」
「……おいしい」
「俺よりも先に食ってるし」
「芽依さん、今週末何か用事があったりするのかしら?」
「今週末、ですか? なかったように思いますけど」
「そう、じゃあ今週末私の家に来なさい」
「え⁉」
「一緒に料理しましょう。さつきも来たいなら来ていいわよ」
「行くのです。絶対に行くのです」
とんとん拍子に話が進み、全く悠の介入どころが見つからない。なので悠は一人黙々とお弁当を食べることにした。
「うっま……」
そんな悠のつぶやきは、誰も耳にも──
「あ、ありがと、悠君」
芽依の耳にだけは、届いていたようだ。
その後もワイワイと騒ぎながら四人で昼食を楽しみ、食べ終わった後は雑談などをして遊んだ。終了を告げるチャイムが鳴る頃には、昼休みが始まった時よりも格段に親睦が深められていた。
「あ、今日も一緒に帰りましょう?」
「別にいいけど」
「芽依さんはどうするのかしら? さつきは一緒に帰る?」
「えっと……お邪魔じゃなければ」
「勿論一緒に帰るのです!」
「邪魔なんかじゃないわ。それに週末の話もしたいし、玄関で待ち合わせでいいかしら」
「わかった。芽依と一緒に待ってる」
「じゃあ、また放課後に会いましょう」
牡丹とさつきは一年生のフロアで別れた。隣に並び、五時限目の準備をしている教室に入った。
昼休み終了時に、二人で教室に帰ってきた姿を見たクラスメイト(女子)が、何もしない訳がない。当然の如く質問攻めにあった。
しかしその内容は悠と芽依に関することではなく、教室に来た三年生と二人の関係が主だった。
「ゆ~う~?」
「なんだよ、帝」
「約束はどうなった~」
「……放課後な」
「その言葉忘れないからな~?」
「あ、ああ」
ゾンビのような呻き声を上げてやってきた帝は、言いたいことだけ言って帰っていった。
いつもからかってくる仕返しに牡丹でも紹介してやろうと企んだ悠。誰が見ても悪い事を考えていそうな表情になっていた。




