十五話
悠と芽依は靴を外履きから上履きに履き替え、一緒に教室へ向かった。
「階段きついよね」
「そうだな。でも二年になったら三階だし、三年になったら二階だ。それまでの辛抱だよ」
「一年が終わることには慣れてそうだけどね」
一年の教室は全て四階にある。なので朝から階段を四階分も登らなくてはいけないという苦行が必要なのだ。
そんなことを言っている間にも、階段を登り切り、教室がある四階に到着していた。悠と芽依はA組なので、階段から一番遠いところに位置している。階段があるのは丁度中間(C組の前の廊下を曲がったところ)だ。
廊下を二人並んで仲良く歩く二人を見たからか、自然と廊下にいる生徒が道を開けていく。
「おはよ~」
教室に到着し、足を踏み入れた直後に芽依が第一声。既に登校してきているクラスメイトに挨拶をした。
その声に反応してクラス中の視線が芽依に集中した。そしてその視線が流れて悠に移る。その瞬間、クラスメイト(特に女子)の目が豹変した。ついでにクラス内の空気も一瞬にして変わった。
まるで獲物を見つけた肉食獣の如く目を光らせ、じりじりと芽依と悠を囲う。
これは面倒事になると瞬時に察知した悠は逃げ出そうと周囲を見るが、廊下も既に制圧されていた。即ち、二人に逃げ場はない!
「え、ちょっと、皆どうしたの?」
芽依がかわいらしく小首をかしげるが、誰も答えてくれない。
悠の首に一筋の冷や汗が流れた。鳥肌も立ち始める。そして本能が叫ぶ。少なくとも芽依と一緒にこの場にいてはだめだと!
思考を巡らせ突破口を探し出す。今の悠は過去最高レベルに脳を酷使していた。全てが若干スローに見える。視線を教室中に奔らせ注意を引き付けることができるものがないか探し出す。
「──あった」
その時、悠は深く口角を吊り上げた。突破口を見つけたからだ。
「皇! 助けてくれ!」
「いやだ!」
「頼む帝! 後で何でも言うこと聞いてあげるから!」
「……本当だな⁉ 俺が生きて帰ったらその約束守れよ⁉」
「ああ! 約束する!」
素知らぬ顔で傍観していた帝に、助けを求めたのだ。
頼まれた帝はもう悠の方に猛スピードで突っ込んできた。そのあまりの迫力に女子が進路を開け渡し、悠までの一本道を作る。そこに走りこんだ帝が入っていき、一時的に開けられていた空間は閉ざされた。
「おい、ここに入ってきてどうする」
「大丈夫だ。さっきの見てたろ? 俺が先頭を走るから、橘樹──いや悠は後ろをついてこい」
「芽依はどうする」
「一緒に来たら場所が変わるだけだろ。放っておけ。女子同士だし多分大丈夫だろうよ」
「……そう、だな。悪い芽依、ここは任せた」
「え?」
捨て台詞にそれだけ吐き、悠は帝にぴったりとくっ付くように走り出す!
果たして、帝の作戦は都合よく進み、悠は脱出に成功した。そのことに安堵すると同時に置いてきてしまった芽依の方を見ると、女子にもみくちゃにされていた。
芽依がかわいらしく頬を膨らませて、悠を睨んで〝私怒ってますアピール〟をするが、それをするには些か迫力が足りない。
「それで悠、約束のことなんだがな」
悠が怒ってる芽依の姿にほっこりしていると、隣にいる帝から声がかかった。どうやら用件は先ほどの約束のことらしい。
「ああ、言ってみ?」
「……俺も女子と仲良くなりたい」
「あそう」
「……」
「……」
「……え?」
「え?」
「え?じゃねぇよ。約束はどうなったんだよ!」
「? ちゃんと守ったじゃないか」
「……おまっ! そういうことかよ騙したな⁉」
「勘違いしただけでは?」
悠が約束したのは『何でも言うことを聞いてあげる』ということ。そう、〝聞いてあげる〟だけだ。聞いたことを実行するとは言っていないのである!
……とはいえ、流石にそんなことしてしまえば反感を買うこと必至なので、これは冗談だ。
「芽依なら仲良くなれるんじゃないのか?」
「それ以外の女子だよ!」
「それもそんなに仲良くないんだがなぁ」
「それは知ってる」
「おいこら」
なら言うなと。そう思った悠が帝を睨みつけるが、本人はそんな悠の視線に気付いていない様子で芽依の方を見ていた。
悠もその視線の先を追うように、帝に向けていた顔を芽依の方へ向ける。そこには質問攻めにあっている芽依の姿があった。
「何で一緒に登校してきたの⁉」
「待ち合わせ⁉」
「もう家には行ったの⁉」
「既に付き合ってたりして⁉」
「あうう……」
完全にショートしてた。目はぐるぐる回り、頭からは湯気が出ていそうだった。
「……悠、行ってこいよ。助けてやよ」
「……俺に死地へ向かえというのか」
「……彼女だろ」
「違う」
「即答かよ。でもアレを見たら、助けてやらないと、だろ?」
「あの状況から脱出してこの状況にした張本人が、のこのことまた出て行けと?……ヒートアップするだけだろ」
悠は心の中で芽依に向かって敬礼し、チャイムが鳴るまでの辛抱だと、声援を送っておいた。
それから五分もしないうちにチャイムが鳴ったので、芽依の周りからは誰もいなくなった。やっと一息つくことができるようになった芽依は二、三度深呼吸してから悠を睨みつけた。
しかし全く怖くない。悲しいかな芽依は怒り方を知らないらしい。
時は流れてお昼休み。
「ゆ~う~、約束はどうなった~」
「ホラー映画に出てきそうな声で話しかけるな」
まだチャイムが鳴ったばかりだというのに、いつの間にか悠の席まで移動してきた帝は、今朝の約束についてしつこく執着していた。
「それと約束の事だがな。一人心当たりがある」
「……永野はダメだぞ?」
「芽依じゃない」
「よっっっっっしゃぁぁぁあああああ!」
「うるせぇ!」
教室中に響きわたるような雄叫びを上げた帝に、一気に注目が集まる。
「ただし紹介するだけだ。くれぐれも恋人になろうとか、そいう言うことは考えるなよ」
「? なんでだ?」
「いいから。もしも、万が一、ありえないとは思うが、相手から告白されたのならば、俺は止めない。好きにしろ」
「よくわからねぇが……悠は意外と口が悪い事を知った」
「今日の昼休みに紹介する。俺が呼ぶまでどっか行っててくれ。後ろを見ろ」
悠が帝の脇から後ろを見るしぐさをするので、つられて帝も振り向くと、そこには芽依がいた。
恐らくお弁当が入っているのだろう女の子にしては少し大きめのバックを持ってる。
芽依の姿を認めた帝は、「わりぃわりぃ」と周囲から来る(主に女子からの)重圧に耐えかねて退散した。尚、この重圧を感じたのは帝のみだ。どこで単身にだけプレッシャーをかけるスキルを身に着けたのだろう。
「お弁当、作ってきたよ」
「ありがとう」
「もうここで食べちゃう?」
「……ごめん、凄く魅力的な提案だけど、牡丹達とも約束してるから……」
「あはは、冗談だよ~」
「あっ……」
冗談だと察することができずに、真面目に返答してしまった自分を恥じる。
「悠くん!」
と、その時。教室の後ろの方のドアから聞き覚えのある声がした。その声はほぼ毎日聞いていたけれど、生で聞くのは昨日が初めてだった声。声がした方を向いた悠と芽依の目に映ったのは、国民的女優の如月さつきだった。




