十四話
朝、いつもより早く起きた悠は、昨日入り損ねたお風呂に入っていた。
と言っても、それほど時間があるわけではないので湯舟には入らずシャワーだけで済ます。
「さっむ……」
今はまだ四月。シャワーだけで碌に温まりもしなかった悠の体は、朝の冷える空気にさらされて鳥肌を立てた。
ぶるっと身震いした悠は、急いでバスタオルを手に取り、肌に付着している水滴をふき取る。
「おはよう、悠」
「おはよ」
「おはよう、牡丹、彩芽」
悠がリビングに入ると、牡丹と彩芽がいた。廉人と菫は朝早くから仕事があるらしく、少し前に出て行った。なので今この家にいるのは三人だ。
「朝食はパンとごはん、どっちの方が良いのかしら?」
「うちはパン」
「牡丹は?」
「私はパンよ」
「じゃあ俺もパンで」
「私と一緒の朝食が良いのかしら?」
「一人だけ違うものを食べるのはなんか嫌だからだ」
「ツンデレさんね、最初からはっきり言えばいいのに」
「ツンもデレもなかったように思うんだが」
「細かいことは良いのよ」
「細かくねぇよ」
「さ、できたわ。座って頂戴?」
悠と話している時も、手元を見て料理していたので、丁度区切りがついたところで着席するように促した。
その声に反応して彩芽がソファから移動し、悠も立った状態から座った状態になる。
そこへ牡丹が調理した目玉焼きが運ばれてきた。もう片方にはこんがりと焼かれたおいしそうな食パンが三枚。
「食べましょう、いただきます」
「「いただきます」」
「パンがもっと食べたかったら自分で行って頂戴ね」
悠はまず食パンにバターを塗った。焼きたてであるため、食パンの熱で溶かされたバターが光を反射し光沢を出す。さらにそのまま数秒するとじわりと溶け込みツヤツヤの食パンが完成した。
そこに目玉焼きを挟み込み、半分に折る。どうやらこの目玉焼きは半熟らしく、折ると同時に黄身が卵黄膜を突き破り溢れ出してきた。
こぼさないように注意しながら一端を口に含む。
「うっま……」
一瞬で舌が黄身で支配されるが、次第にその勢力が衰えていき、それに反比例するようにバターの味が攻め込んでくる。
悠は存分に味の攻防を楽しみながら、朝食を摂った。
「いってきます」
「いってくるわね、彩芽」
「いってらっしゃい、お姉ちゃん」
悠と牡丹よりも家を出る時間が遅い彩芽に見送られ、悠と牡丹は学校へ向けて出発した。
「今日、芽依さんと昼食を摂るのよね?」
「そうだけど、ダメだった?」
「昨日さつきに聞いたのだけど、芽依さんがいてもいいそうよ。場所は昨日と同じ屋上で食べるって勝手に決めてしまったけれど、構わないかしら?」
「大丈夫だ。そこで集合か?」
「悠は屋上までの道覚えたのかしら」
「……覚えてる」
「曖昧なのね。いいわ、私かさつきが迎えに行くから、わかりやすいところにいて頂戴。例えば悠の席とか。悠の周りには人がいないから見つけやすいもの」
「うるせ」
女子が悠と芽依の行方を気にしすぎて誰も邪魔しないようにと距離を置いているだけなのだが、そんなことを知らない悠は、自分が避けられていると感じている。なので、この話題は悠の心を深く荒く深刻に抉るのだ。
「ん?」
「悠? どうしたの?」
「あれ……」
丁度駅前を通りかかった時、悠はロータリーに見知った顔を見つけた。
今悠達が歩いている道の方を向くように、駅前のヘンなオブジェに背中を預け、誰かを探しているかのように首が左右に振られている。
「あら、芽依さんじゃない。誰かと待ち合わせなのかしら」
「芽依は人気者だからな。きっと友達と一緒に登校しているんだろ」
「嫉妬する?」
「するわけないだろ」
声を掛けるべきか悩んだものの、距離が近いわけではなかったのでそのまま声を掛けずに通り過ぎることにした。
「悠君!」
が、そんな悠達の姿を見つけた芽依は、大声で悠の名前を呼びながら駆け寄ってきた。
こうなると無視することはできないので、立ち止まって振り向き、芽依が来るまで待つことに。
「おはよ、悠君!」
「おはよう」
「牡丹先輩もおはようございます」
「おはよう、芽依さん」
少し息を荒らげながら挨拶をし、胸に手を当てて呼吸を落ち着かせる。
「いつもこの時間に登校してるの?」
「そうだな。大体この時間だ」
「ところで芽依さん、あなた誰かを待っていたのではないかしら?」
「あ、はい。悠君を待っていました」
「あら……」
「そんな目で俺を見るな」
揶揄うような目で牡丹に流し見られた悠。当然抗議するも無視された。
「私はお邪魔かしら?」
「いえ! 邪魔なんかじゃないです!」
「本当に? 本当は二人で登校したかったのではないの?」
「それは……そうですけど。絶対に、と言う訳ではないので」
「そう、それなら一緒にいさせてもらうわ。残念だったわね、悠?」
「何が」
相手をしてはダメだと自分に言い聞かせ、極力牡丹の発言に反応しないように心がける。
それからは三人ということもあってか会話が弾み、あっという間に学校までついてしまった。
「それじゃあ、お昼にまた会いましょう?」
「俺の席にいればいいんだよな?」
「そうね。それじゃあそう言うことだから、またあとでね、芽依さん」
「はい、またお昼に」
玄関前で二手に分かれ、牡丹は三年生用玄関へ。悠と芽依は一年生用玄関へ向かった。




