十三話
牡丹の部屋に置いてある長方形の白いローテーブルの二辺に、悠と牡丹は座った。部屋の入り口を背にするように悠がいて、悠の右前に牡丹という配置だ。
「悠は今日、さつきと会って、どう思ったかしら?」
「どうって?」
「さつきの印象よ。どんな風に感じたの?」
「優しそうな人だなと思った」
「……そうね、その通りだと思うわ」
悠の答えに、そう返す牡丹の表情一瞬だけ曇ったのを、悠は見逃さなかった。
「親友と言っても過言ではない間柄である私からしても、さつきは裏表のない優しい性格と言えるわ。でも、それがさつきの長所であり、短所でもある」
「……どういう事?」
優しい事は、普通に考えて長所でしかないはずだ。誰でも優しくされたら嬉しくなるし、優しくされて嫌な人はいないはずだ。
しかし、さつきの場合は短所にもなってしまうらしい。
「もし悠がさつきと同じ学年だとしたら、悠はどうなると思う?」
「……どうにもならないんじゃないか?」
「……そうね、悠は妹以外興味ないものね。でも、一般的に健全と言われる男子高校生ならば、どうなると思う?」
「……親衛隊か何かが結成されるんじゃないか?」
「それはラノベの読みすぎよ。ありえないわ。正解は、誰もがお近づきになろうとするのよ」
さつきには公式のファンクラブがある程、世間的に人気がある。
今現在は学業に集中するため、俳優としてのお仕事は月に数回ほどしかないが、テレビで見かけなくなったとしても、恐らくさつきの人気が落ちることはないだろう。
世間一般、特にさつきと同年代の子供や孫がいる親やお年寄りの方々は優しく見守り、ファンである男性や女性はファンクラブに入っている。しかし、同じ学校に通う同齢の高校生ならばどうするか?
決まっている。放っておくはずがない。積極的にアプローチしたり、告白だってされるはずだ。
「…………そういうことか。だから、如月先輩の短所が優しいところ……いや、優しすぎることなんだな」
「理解が早くて助かるわ。そう、さつきは優しすぎるが故に、心を痛めて苦悩しているのよ」
たいして知らない相手だとしても、告白された以上答えなければならない。それが断りだとしても。
普通の女子ならば、多少心が痛むだけでさほど気にしないかもしれない。
けれど、さつきは優しすぎるが故に、告白を断る毎に相手の気持ちを考えすぎてしまい、心が痛む。
「……軽く見積もっても、さつきは一月に二桁は告白されているはずよ。昼休みや放課後を使って。中には複数回告白し続ける、本当にさつきが好きな男子もいるらしいけど、かえってそれがさつきを苦しめているのよ」
学業に集中している為、さつきは頻繁に学校へ来ている。だからこそ、告白回数も増え、さつきが苦しむ回数も増えた。
さらに、何回も告白してきてくれている男子がいるということは、否が応でも本気で好きになってくれたのだと理解する。
その為さつきはその気持ちを踏み躙るように感じてしまい、心を苦しめてしまう。牡丹はそう言いたいのだろう。
「如月先輩の事情は分かった。けど、それが何故俺と如月先輩を会わせたこと繋がるんだ?」
「……悠は、さつきのこと、好き?」
「はぁ?」
「さつきのことを、好きになってくれるかしら?」
真っすぐと悠の目を見て、瞳を覗き込んで話す牡丹の姿に、悠は真剣に話していることを察し、気持ち佇まいを直して牡丹に向き合った。
「嫌いにはならない。絶対に。それだけは言える」
「……そう。好きになってくれればよかったのだけど、無理そうね」
「なんでそんなことを聞くんだ?」
「悠は、一番の男除けってなんだと思う?」
「……女子の防壁?」
「彼氏よ」
ジト目気味に悠を睨みつけ、微かに低くなった声で答える。
「悠には、さつきに惚れて彼氏になって欲しかった。私もそれとなくさつきに悠を意識させるようにして、私が仲介役となって二人をくっつけるの。そうしたら、彼氏がいると知った男子はさつきを諦めてくれると思った」
「如月先輩が俺の事を好きになるわけがないと思うが?」
「わからないじゃない。現に、さつきは悠と話していてとても楽しそうだったわ。あそこまで男子と楽しそうに話している姿を私は見たことがないもの」
「……もし俺が如月先輩と付き合っているということを知った上級生が、逆恨みで如月先輩に危害を加えようとしたら?」
「さつきに限らず、悠だって守るわ。悠が言った、女子の防壁とやらで」
「あんまり聞きたくないが、具体的にはどうなると思う?」
「そうね……私が女子に、大切な義弟もしくはさつきが誰誰に逆恨みされて怖い思いをしていることをそれとなく伝えて、それを聞いた女子が女子に拡散して、さらにそのことが男子まで拡散して、最終的には一人になってしまうかもしれないね。流石にそこまではならないでしょうけど、最悪ここまでなるかもしれないわ」
女子の情報網は侮れないことを思い知ることができる展開だ。
「……俺は何をすればいい?」
「あら? 協力してくれるのかしら」
「今の話を聞いたら、協力しない訳にはいかないだろ」
「そんなにさつきの付き合いたいの?」
「違う」
「冗談よ。そうね、この話はなかったことにして、記憶から消して頂戴?」
「それは無理だな。忘れられるはずがない」
「じゃあ、今まで通りさつきに接して頂戴。私の計画を知らないふりして。私の計画の全貌を知っているけれど、だからこそしっかりと私の計画通りに動いてくれるかしら?」
「任せろ。その代わり……」
「頼んだわ。それで、何かお願いでもあるのかしら」
「芽依にちょっかいを出すのをやめてくれ。流石に可哀そうだ」
今日の帰り道を思い出す。学校から出る前も、出た後も牡丹に揶揄われ、顔を真っ赤にしていた。その姿に同情していた悠は、いい機会だと交渉してみようと思ったのだ。
「極力控えるように善処しようと考えておくわ」
「信用ならねぇ」
「あら、悠がしっかり働いてくれたら、その分約束は守るわよ?」
「信じるからな、その言葉。もし芽依の口から文句でも出てきたら、俺は即計画には無い動きをして……如月先輩が不幸にならないような他の展開に持っていく」
「さつきを巻き込もうとしないその考え方、好きよ」
話はここまでだと、悠は立ち上がり、扉へ向かう。
「また明日。おやすみ」
「おやすみなさい、悠」
それだけ言い残すと、悠は牡丹の部屋を出て自分の部屋に向かった。そしてその日はお風呂に入ることもせずに、そのままベッドで寝てしまった。




