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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第一章 農業の邪神

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第八話 倒置している人々

 順調すぎるほどに順調だと、ラフトックは森の木々の様子を見ながらほくそ笑んだ。

 三角教から借り受けた二十名の兵士とリピレイを連れて、遺跡への強行軍。人数が多いため魔物の気を引いてしまっているが、兵士たちが苦労して処理してくれている。


(この老体に憑依した時は辿り着けるか不安だったが、まるで我を中心に世界が回っているかのごとく順調だ)


 包帯を巻いた腕をさする。ラフトックが憑依した影響で、漏出した魔力がマルハスの腕の表面に樹皮のような層を作ってしまっている。どこから自身の正体が判明するか分からないため、遺跡で呪われて腐り堕ちていくと嘘を吐いているが、おかげで戦力を集めるのに少しばかり苦労した。

 だが、リピレイとの出会いを皮切りにすべてが順調に推移している。リピレイの計画のおかげでここまでの時間を大幅に短縮できた。


(そんな彼女とももうすぐお別れだ。肉体復活の贄とした後、花束でも供えてやろう)


 リピレイをちらりと盗み見る。

 順調に森の中を進んでいるというのに、リピレイはどこか不満顔だ。

 ラフトックは憑依した肉体であるマルハスの記憶から考古学者マルハスならどう声を掛けるかを探り当てて、リピレイに声を掛ける。


「男性ばかりに囲まれて不安かもしれないが、堪えてほしい。今日の夜には遺跡に到着するはずだ」

「大丈夫です。三角教の方々は紳士的ですから」


 それとなく三角教の兵士をけん制しつつ、リピレイはラフトックに答えて空を仰ぐ。

 釣られてラフトックも空を仰げば、鬱蒼とした森から見上げる太陽はすでに傾いていた。


「照明魔法を使いますね。私、今のところ何もしてないですから」


 リピレイが提案すると、兵たちがコクリと頷いた。


「そうしていただけると助かる。我々も戦闘続きであまり魔力を使いたくないのだ」


 リピレイは魔法で作り出した白色の光を二つ、集団の前後に配置する。

 明るくなったが、森の奥から石を投げつけられても反応は出来ないだろう。あくまでも近距離が見えるようになるだけだ。

 陽が落ちて周囲が暗くなり、夜行性の魔物が徘徊し出す頃、ラフトックたちは目的の遺跡らしき場所へ到着した。


「……あれはなんだ?」


 事前情報とまるで異なる高度に要塞化した遺跡をみて、ラフトックは呟いた。

 兵士たちも唖然として要塞の壁を見上げている。継ぎ目のない滑らかな岩の壁は兵の身長の実に三倍の高さ。まともに乗り越えるのは難しい。

 目を疑うラフトックたちとは異なり、リピレイは冷静に要塞を見極める。


「土流魔法戦術にある野城ですね」

「なに?」


 兵たちが短く訊ね返す。

 リピレイは説明する。


「五年ほど前に発表された土魔法使いの築城術です」


 曰く、強固な内壁と比較的脆い外壁からなる野城らしい。

 外壁を破壊できない弱い魔物には外壁の上から攻撃して対処し、外壁を破壊できるほど強力な魔物は強靭な内壁で食い止めつつ外壁を土魔法で生み出して封じ込め、全方位攻撃を仕掛けて対処する。

 単純ながら、土魔法で構成される城なので建設期間はごく短期間で済む利点がある。


「実際、本国のルワート伯爵領でこれを用いて戦果を挙げた一団がいます。ですが、高位土魔法使いでもいないと運用できませんし、そもそも新しい戦術なので知っている人がそうはいません」


 最新の戦術で造られる野城がなぜこんなところにあるのか。ラフトックは訝しがりながら口を開く。


「ここは流刑地だ。そんな新戦術を取り入れて運用できる知識人がこんな遺跡に引き籠っているはずがないだろう」

「それは先入観です。実際、存在だけなら知っている私がここにいる以上、警戒するべきでしょう」


 リピレイの言う通りだ。そもそも、港町からの道中もリピレイの言う事、立てた計画はどれも正しかった。根拠もなしに否定するものでもない。

 ラフトックは野城を見つつ、質問を重ねる。


「ここにいる兵で突破できるかね?」

「土流魔法戦術は体系的なものです。実際、間近で見る機会が一度だけありました。警備の兵を蹴散らして伯爵の首を取った挙句に綺麗に逃走していきましたよ。あの破滅的な生き様、何度思い出しても……ふふっ」


 話す内容とは裏腹に何を思い出したのか、リピレイは恍惚とした笑みを浮かべる。言葉と噛み合わないその表情にラフトックは少し気後れした。


(前々から思ってはいたが、この娘はどこかおかしい)


 封印される以前の人間どもは確かに利己的で理解しがたい所も多々あったが、それでも一部の常識を共有できる存在だった。

 だが、ラフトックは目の前の娘がたまに人間なのか疑わしく思う。


「ともかく、対人術としても警戒すべきだとは分かった。だが、土でできているのならば崩すのはたやすい」


 もう遺跡は目の前だ。些細なことにとらわれて目的を見失う愚は犯すまいと、ラフトックは野城に向けて手をかざす。

 ここまでくれば出し惜しみはなしだ。背後は魔物が徘徊する森。リピレイがラフトックの正体に気付いても逃げ場はない。

 ラフトックが手をかざした直後、野城を構築していた岩の壁に苔が生え、刹那の間にシダに場を奪われ、シダが根を張り巡らせたところに一年生の植物が繁茂する。

 数瞬の間に目まぐるしく岩の壁が植物に浸食されていき、最後には一本の大樹が枯死するとともに岩の壁は根で穿たれたいくつもの穴から崩壊した。

 兵たちが感動したように一歩前に出る。


「おぉ、素晴らしい」

「これが農業の神の力」

「贄無しでもこれほどの力が扱えるとは」


 手放しでほめる兵たちに、ラフトックは大仰に頷いた。そう、人間はこうでなくては。邪神だなんだと言われた身だが、褒められて悪い気はしないのだ。

 とその時、崩れていく岩の壁を見つめていたリピレイがラフトックの袖を掴んで兵の後ろに引きこんだ。

 突然のことで対処できなかったラフトックは兵の後ろで尻もちをつく。抗議の声を上げるより先に頬をかすめた矢に気付いて目を丸くした。

 矢が飛んできた方角をみる。ガラガラと崩れていった岩の壁と土埃が見えた。


「あの崩壊する壁から射ってきたのか?」


 リピレイが二の矢を警戒しながら答える。


「壁の上に配置されていたゴーレムです。壁の崩落に巻き込まれた守備兵が確認できなかった事を考えると、人手不足を補うために配置されていたのでしょう」

「壁の崩壊に動じない魔法使いが守っているのか。肝が据わっている」


 称賛しつつ立ち上がったラフトックに、崩落で生じた瓦礫の山を越えてきた女性が声を掛けた。


「あなたが邪神ラフトックですね」


 耳朶をくすぐるような色っぽい声だ。

 リピレイのすぐ横では邪神と呼ばれても肯定する事は出来ず、ラフトックは声を掛けてきた女性をただ見つめ返す。

 女性の足元の瓦礫からいくつものゴーレムが立ち上がる。二体、三体、四体と増え、最後には八体のゴーレムが女性を守るように構えを取った。

 女性を見て、ラフトックは目を細める。


「実に優れた土魔法の使い手のようだが、この人数差では劣勢だろう。逃げないのか?」

「逃げる? こんな絶好の機会に? 冗談でしょう」


 女性が艶美に笑う。


「みんなで作った村を破壊する邪神を討伐したら、パッガス様に褒めてもらえると思うもの」


 ラフトックが封印される以前にも、功に焦った敵国の兵士が挑んでくることがあった。この女性もその類だろう。

 女性の答えに戦闘は避けられないと見て、ラフトックはリピレイの腕を掴む。


「あれは兵に任せて先に行く。ついて来い――って、おい、聞いているか?」


 ラフトックに腕を掴まれたまま、リピレイは尊敬のまなざしを女性に注いでいた。


「あ、貴女は、エイル様!」

「知り合いなのか?」


 リピレイとエイルの間で視線を行き来させたラフトックは困惑しつつも訊ねる。

 リピレイの反応からして知り合いとはいえここで出くわしたのは偶然だろう。

 だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 強引にリピレイの腕を引いて、ラフトックは走り出す。


(我の身体は目前だ。取り戻せばこんな野城に用はない。わざわざ危険に身を晒す意味もない)


 後を追いかけようとしたエイルの行く手を阻むべく二十人の兵が武器を構えて立ちはだかった。

 だが、ゴーレムを八体も率いるような高位土魔法使いが相手では、おそらく五分ともたないだろう。


「まったく、最後の最後でとんでもない障害が控えていたな」


 ぼやきながら、ラフトックは要塞の内壁に手をかざし、植物の力で人が通れる程度の穴をこじ開ける。

 要塞の中へと入りこむラフトックに腕を掴まれたままのリピレイは背後で戦っているエイルを一瞥した後、要塞内に目を向けた。

 無人の遺跡だが、建物はいくつかが修繕されて、小さいながら畑もある。エイルという女性が言っていた通り村としての体裁が整っていた。

 外で響いていた戦闘音が早くも鳴りやんだ。リピレイの足が遅く追い付かれかねない状況ではあるが、肉体の封印を解く生贄が必要な以上リピレイを置いていく選択肢はない。

 後方を気にしながら遺跡の中を走り抜け、ようやく目的地が見えてくる。

 封印が施された扉の意匠が見て取れるほどの距離まで来たとき、ラフトックは足を止めた。


(エイルとやらが我の正体を知っていた故、もしやとは思っていたが、ここまで準備が整っているとはな)


 扉の前には封印の魔法陣が描かれていた。遺跡から出た瓦礫などで巧妙に隠してはいるが、警戒していたラフトックの目までは欺けない。

 肉体を取り戻しに来たラフトックが封印の扉の前に来るのは道理だ。仕掛ける場所としては悪くない。

 ここに封印の魔法陣がある以上、術者が近くに潜んでいるはずだ。

 ラフトックは周囲を見回し、廃墟に目を止めた。


「そこか」


 手をかざした直後、廃墟から木々が突きでてくる。押しのけられた瓦礫が転がり、それを踏みしめて二人の少女が現れた。

 どちらも金髪で小柄な少女だ。片や貴族然とした華やかな色彩を持つ美しい少女で、もう一方は可憐と表現するのがふさわしい愛らしい少女。

 美しい少女が困ったように小首をかしげる。


「……透過の付与魔法で姿を消していたはずなんですけど」

「ミチューさん?」


 美しい少女に対して、リピレイが意外そうに名を呼んだ。


「これもリピレイの知り合いか……」


 うんざりしつつ、ラフトックはリピレイを見る。

 リピレイは曖昧に頷きながら、愛らしい少女の方を指差した。


「そちらの可憐な少女はミチューさんのお友達ですか?」


 呑気に問われたミチューは、やはり呑気に答えを返す。


「いえ、封印の巫女レフゥさんです。あ、遅くなりました。リピレイさん、お久しぶりです。あのパーティーでは巻き込んでしまってすみませんでした」

「ミチューさんのせいではなく、あの……名前を忘れてしまったけれど婚約者の方の不始末でしょう?」

「そうなんですけど、一応の礼儀として謝ります。それと、そこのおじさまは邪神なので離れていた方がいいかと思います」


 申し訳なさそうにミチューがラフトックを指差す。

 離れるも何も、ラフトックはリピレイの腕をしっかり掴んでいる。肉体を封印から解き放つための大事な生贄だ。逃がすわけがない。

 封印の巫女ことレフゥは会話に混ざる事なくラフトックの一挙手一投足を見逃すまいと睨んでいた。


(我の正体がばれているどころか対策までされているとは……逃げ場もなさそうだな)


 じきにエイルもここにやってくるだろう。そうなれば、いよいよ打つ手がなくなってしまう。

 ラフトックは靴の爪先で石畳を叩く。肉体が安置されている地下室はちょうどこの真下にあるらしい。

 正攻法で扉の封印を解かなくても、リピレイを生贄にすれば地下室までの地面をぶち抜き、肉体を奪取できそうだ。

 エイルが来る前に肉体を奪取するべきだと判断して、ラフトックはリピレイを引き寄せた。


(予定は狂ったが、問題はない!)


 リピレイを生贄にして魔法を発動する直前、リピレイが楽しげに口を開いた。


「――こんなこともあろうかと!」


 道中、計画が狂いそうな事態に陥るとリピレイは決まってそう言って、魔物避けの道具や行商人への交渉材料を出してきた。

 しかし、何故このタイミングでリピレイがその言葉を口にするのか。

 怪訝に思った矢先、ラフトックの足元に影が落ちた。

 その影は、封印の魔法陣のように見える。


「なっ!?」


 咄嗟にリピレイの手を離し、影で作られた魔法陣の外部へと転がり出ようとするも、身動きが取れない。マルハスの身体からラフトックの精神体が分離し始めているせいで身体が言う事を利かない。

 かろうじて頭上を仰いだラフトックは魔法陣の影の正体に気付いて瞬きも忘れて見入った。

 頭上に土魔法で形作られた魔法陣が浮いていた。紛れもない、封印の魔法陣だ。

 もはや間違いない。リピレイは最初からラフトックの正体に気付いており、封印の準備を万端に整えていたのだ。

 だが、おかしな点もある。


「リピレイ、貴様、ここまで準備しておきながら何故いままで、我を再封印しようとしなかった!?」


 共に行動していたリピレイならば、ラフトックを封印する機会は数えきれないほどあったはず。なぜ今まで行動を起こさなかったのかと問われて、リピレイは今が人生の絶頂期とばかりに華やいだ笑顔を浮かべて答えた。


「邪神の側での生活、そんな破滅的な生き方を計画性で乗り切りたかったから!」


 邪神であるラフトックにすら理解が及ばない価値観を土台にした理屈だった。


「お前はおかしい!」


 ラフトックが端的に事実を叫んだ直後、頭上に浮かんでいた魔法陣に加速の付与魔法を重ね掛けされた瓦礫が飛び込んだ。

 リピレイが空に浮かべていた土くれの魔法陣は瓦礫の直撃を受けて粉々に砕ける。

 体の自由が戻った事に気付いたラフトックは慌てて理解不能な生き物、リピレイから距離を取り、封印の魔法陣を破壊したミチューを見る。


「た、助けられた? なぜ?」


 困惑するラフトックに、ミチューは笑いかける。


「私が封印しないと異端者のレッテルを貼った人たちを見返せないので。これからきちんと封印しますね」

「こいつも意味が分からん!?」


 どいつもこいつも封印が目的ではなく手段にしかなっていない。

 そう、封印が手段であるのなら、ミチューとリピレイは対立しているのではないだろうか。ラフトックは淡い希望を抱いてリピレイの様子を窺うが、リピレイは背を向けて走り出していた。


「封印したいのならご勝手にどうぞ。私はエイル様の下でならもっとぎりぎりの生活ができそうな気がしますから、ここでさようならです!」


 ラフトックの封印そのものには興味がないリピレイが離脱する。

 ついさっきまで、ラフトックは自分を中心に事態が推移しているのだと思っていた。

 だが、少なくとも目の前の少女たちにとってラフトックは人生の添え物でしかなかったらしい。

 状況の変化についていけずに唖然とするラフトックの足元が輝き始める。知らず、用意されていた封印の魔法陣の上に立っていたらしい。

 横を見れば、レフゥと呼ばれていた少女が魔力を練っている。

 今ならまだ逃げられない事もないのだが、ラフトックは疲れから来るため息をついて空を見上げた。


「あぁ、今度復活する時は人間が絶滅していると良いなぁ……」


 ラフトックは疲れた顔でそう呟いて、大人しく封印されるのだった。



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