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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第一章 農業の邪神
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第七話 森の中の遺せ……砦?

 ミチューは食料品や魔物避けのグッズを詰め込んだ鞄を背負って、隣に立つティターを見た。


「この森であってるんですか?」

「街の様子をみたでしょう。三角教の手の者がうろうろしていたではありませんか」


 ティターは比較的軽装で、森を歩く事を考慮した袖や裾の長い服を着ている。魔物の注意を引かないように地味な色だ。


「マルハス氏をあの街で待ち構えるというのも一つの考え方ではありましたが、ミチューさんがいる以上、あの街でこれ以上情報を集めようとすると三角教との戦闘になりかねません」

「す、すみません」

「今は遺跡に先回りするのが安全でしょう。マルハス氏も必ず来るのですから、異端者の金髪の少女も先回りしている可能性がある。幸か不幸か、今の街は金髪の少女にとって過ごしにくいでしょうからね」

「……あの、街を出る前に一度大通りを歩いたのってわざと騒ぎにするためだったりしませんか?」


 歩き出したティターの後を追い掛けながらのミチューの問いかけに答えはなかった。

 森の入り口は枝が払ってあったが、数分進めば鬱蒼とした原生林だった。遠くから魔物の鳴き声が聞こえてくる。

 足元をちょろちょろと這い出してきたヘビを藪の中に蹴り飛ばして、ティターはナイフを抜く。邪魔な枝を払いながら進むティターの後ろを感覚鋭敏で索敵しながらミチューが付いていく。

 エルナダ大陸の中でも危険性が高いと噂される森だけあって、魔物気配がそこかしこに感じられる。


「透過の付与魔法やっておきますか?」


 物体の透明度を上げる付与魔法を提案するミチューだったが、ティターはにべもなく却下した。


「人体を透過させるほどの重ね掛けをすると魔力を大きく消耗します。それに、匂いまでは誤魔化せませんよ。付与魔法を熟知しているミチューさんなら魔力の消費も軽減されるでしょうが、私には大きな負担となります」

「分かりました」

「それに、どうやらもう見つかったようです」

「え?」


 ティターは感覚鋭敏の魔法で索敵していたミチューよりも早く敵の存在に気付いたらしい。

 いまだに気配が掴めずに耳をすませつつ四方へ視線を配っているミチューに、ティターが頭上を指差した。

 頭上、枝の上に赤い尾羽が優美な小型の鳥の姿があった。口を開いて鳴いているようにも見えるのに、鳴き声は一切聞こえてこない。


「教え鳥の一種です。やってくる魔物はギドロクですね」

「硬い鱗に覆われた魔物ですよね」

「目が退化している代わりに高周波の音を聞き分ける魔物で、教え鳥の鳴き声を拾って現場に急行します。いわゆる、共生関係ですね。エルナダ大陸では群れを成す魔物が多いですから、個でも生き延びられるように教え鳥と手を組んでいるのです。興味深いですね」

「のんびりしている場合ですか?」


 ミチューの耳にギドロクの物と思われる重量級の足音が急接近してくるのが聞こえてきた。

 足音の重さとは裏腹にかなり速い。


「ギドロクは魔法が使えませんからね。とにかく突撃一辺倒ですから倒すのはさほど難しくありません」


 ティターは腰に下げていた小瓶の一つを取って蓋を開ける。瓶から赤茶色の粉を少量取り出すと、風魔法を使用して木々の隙間に姿が見えたギドロクへとぶつけた。

 速度を緩めずに駆けていたギドロクが不意に足をもつれさせて木に激突する。人の胴体ほどの幹をへし折る威力は流石の重量感だ。

 だが、ギドロクは再び駆け出すこともなくもがき苦しむように顔を地面にこすり付けている。


「さぁ、行きましょう。音を聞きつけた他の魔物と連戦は避けたいですからね」


 小瓶の蓋を閉めたティターが歩き出す。


「その小瓶の中身、毒ですか?」

「毒といえば毒ですね。強力な催涙作用があります」


 ティターが腰に下げている小瓶はいくつかあり、どれも色が異なっている。風魔法で毒の類を送り込むのはありがちな戦闘方法だが、二、三種類の毒を持ち歩くのがせいぜいで、ティターのように数を揃える者は多くない。


「魔物によっても効きやすさが違いますからね。博物学の授業でやったかと思いますが」

「授業ではさわりだけでした」

「貴族の子弟も多いですから、毒そのものに触れさせるわけにはいかなかったんですよ。その関係で授業内容も削減されてしまいましてね」

「そもそも、ティター先生は博物学の教師じゃなく、魔法工学の教師だったはずですけど?」

「担当ではなくとも、生徒の質問に答えられるように準備はしなくてはいけません」


 したり顔で答えるティターは地図を取り出して方角を頼りに進んでいく。

 調査が進んでいない森だけあって地図と言っても街と遺跡の距離が大まかに示されているだけの簡素なものだ。

 しばらく進んで昼食を食べた後、また遺跡に向かって歩き出す。

 魔物の襲撃は七回ほどあったものの、全てが単独で襲ってくる魔物であったためティターがその都度対処して事なきを得た。

 しかし、進むほどにティターは警戒の色を濃くしていた。


「妙ですね。群れを成す魔物が出てこない」

「出てきたら逃げるしかないですよ?」

「気配や痕跡すら見当たらないのは妙でしょう?」


 群れを形成すれば当然、規模に比例して痕跡が残る。獣道の幅が不自然に大きかったり足跡が多かったりするものだ。魔物は特に痕跡を残すことに無頓着な種類が多いため、朝から森に入っているティターたちが痕跡すら見つけられていないのは異常でさえあった。

 何かこの森に起きているのか、ティターの脳裏をよぎるのはこの森の遺跡に封印されているという邪神ラフトックの肉体だった。


「すでに肉体を取り戻している、なんてことはないですかね? ないですよね?」


 ミチューも不安そうにティターに訊ねる。


「封印が自然に解けるモノであれば、肉体が復活している可能性は十分にありますね」

「そんなぁ……」


 情けない声を出したミチューだったが、直後に何かに気付いた様子で身構えた。

 遅れて、ティターも接近してくる足音に気付く。

 ティターは小瓶に手を伸ばすが、木々の向こうに見えた人影に気付いて動きを止め、ミチューを木の裏に押し込んで自らも身を隠した。


「ゴーレムです。それも三体同時に動かして魔物の死骸を運んでいるところから、高位の土魔法使いなのは間違いないでしょう。敵対したら危険です。ここに隠れていてください」


 ティターに言われて、ミチューは両手で口を覆って頷いた。

 足音が近づいてくる。無警戒なその足音は魔物がひしめくこの森でも姿を隠す必要がない強者の証かもしれない。

 一体何者かと、ティターは木の陰からそっと確認しようとして、身を強張らせた。


(見られている)


 偶然こちらを向いたといった様子ではない。ティターたちが潜んでいる事をあらかじめ知っているからこそ出方を見ているようだった。

 案の定、向こうから声をかけてきた。


「隠れても無駄ですよ。地面の揺れで人数も性別も把握しています。そこの木陰の二人、出てきなさい。速やかに指示に従わない場合、敵対と見做します」


 ミチューはティターと顔を見合わせる。


「どうしますか?」

「仕方がありません。出ていきましょう。ですが、ミチューさんは私の後ろに隠れていてください。敵対の意志が無くとも邪推されかねない相手です」

「邪推ですか?」


 相手を見ていないミチューは不思議そうな顔をしながらもティターの後に続いて木の陰をでる。


「あ……」


 相手の姿を見て、ミチューは思わず口を開けていた。

 慌てて口を閉じたが、もう相手の気を引いた後だ。


「あら、あなたは」


 ゴーレムの太い腕を盾に警戒していた相手の女性、エイルはミチューを見つけて意外そうな顔をした。


「ミチューさんではありませんか。船以来ですね」


 エイルの言葉にティターは肩透かしを食らったような顔をする。


「船? エルナダ大陸行きの船に乗り合わせましたか?」

「はい。少し話す機会がありました」

「そうでしたか。許婚を殺害されて敵討ちに来たと邪推されるかと思ったのですが、大丈夫そうですね」


 エイルとの戦闘は避けたかったのか、ティターはほっとしたように言ってゴーレムが運んでいる大量の魔物の死骸を見る。


「ここまでの道中、群をなす魔物を見かけなかったのはまさか、あなたが狩っているからですか?」

「えぇ、間引きしておかないと危険ですもの。あなた方は何故この森に?」

「遺跡に用がありまして」

「封印の件ですか。あなたが邪神ラフトック、というわけでもなさそうですね」


 あっさりと目的を看破したエイルに、ティターは笑みを浮かべた。


「邪神ラフトックについてお詳しいようですね。どこでその話を手に入れましたか? 金髪の異端者の少女でしょうか?」

「あら、三角教からいらしたのなら、ここであなた方を殺しておかないといけませんが、異端者という呼称は本心ですか?」


 エイルも笑みを浮かべて、ティターを探るように見つめる。

 ティターは隣に立つミチューの金髪を指差した。


「こちらも三角教に追われる側でしてね。あなたが三角教の手の者ではないようで安心しました」


 ミチューの金髪を見たエイルは何が起こったかを察したらしく、同情的な視線を向けた。


「そう。大変でしたね」

「お気遣いありがとうございます」


 ミチューが軽く頭を下げる。

 話を元に戻そうとティターが口を開いた。


「私たちは遺跡に赴き、三角教に追われる金髪の少女から話を伺いたいと思っています。場合によってはマルハス氏を待ち伏せるつもりでしたが、あなたの口ぶりからするに少女はすでに遺跡に到着している様子。お話を聞かせて頂いてもかまいませんか?」

「敵対の意志がないのでしたらかまいません。付いて来てください」


 エイルが森の奥へ向かって歩き出すと、ゴーレムが後に続く。

 エイルに先導されるままに森の奥にある遺跡へと案内されて、ティターとミチューは遺跡の状態に唖然とした。

 遺跡周辺に岩でできた壁が築かれ、要塞化していたのだ。遺跡周辺の森には罠がばら撒かれ、魔物の接近を阻んでいる。

 門を抜ける際、ティターは壁の状態を横目で見る。


(土魔法で作られているようですね。この様式、どこかで見た覚えが……)


 硬い壁と脆い壁を配置する要塞建築。守備兵に高位土魔法使いがいることを前提とした要塞だ。

 壁の内部には小規模ながら農地が存在し、子供たちが水をやっていた。年齢はまちまちだが、みんな楽しそうに笑いながら仕事や遊びに夢中になっている。

 のどかな光景にも見えるが、大人がいないのは気にかかった。

 エイルが建物の前で足を止める。


「村長、お客様です」

「どうぞ」


 本国で伯爵とその息子を殺害してまんまと逃げおおせるほどの魔法使いを従えるとはいったいどんな危険人物かとティターとミチューは覚悟を決めて、エイルに続いて家へと入った。

 そこに居たのは椅子に座って読み書き計算の勉強している一人の青年だった。くすんだ赤い髪が特徴的なすらりとした長身の青年で、見たところ十八歳くらいだろう。この村ではエイルを除いて最年長かもしれないが、エイルを部下として扱えるほどの器量を持っているようには見えない。


「いらっしゃい。村を束ねているパッガスだ。この村へのお客さんは初めてだよ。用件は?」


 いたって普通の青年にしか見えずにミチューは困惑する。ティターはパッガスが演技している可能性も踏まえて慎重に切り出した。


「三角教が異端者とする金髪の少女にこちらのミチューさんが誤認されまして、事態の早期解決を図るべく情報を集めている最中です。こちらに件の少女がいるとの事ですが、お話しをさせていただいても?」

「レフゥのことか。呼んでこさせよう」


 パッガスが窓から身を乗り出して通りがかった子供の一人にレフゥを呼んで来いと指示を出す。

 レフゥはすぐにやってきた。

 金髪で小柄な美少女という三点では確かにミチューと同じではある。

 だが、貴族的な華やかさを持つミチューとはまた違った方向の美少女だ。可憐という表現が的確だろう。


「なに?」


 レフゥは呼び出された先に見知らぬ二人がいることに警戒しながら、パッガスに訊ねる。


「レフゥと間違われて三角教に追われているらしい。何が起きているか分からないから説明してほしいんだとさ」

「分かった」


 頷いたレフゥが語った内容は、ティターが事前に集めて考察していた状況とほぼ変わらなかった。


「――つまり、邪神ラフトックの精神体に憑依された考古学者マルハス氏を追って、レフゥさんはこの村に辿り着いた。目的は邪神ラフトックの精神体を再度封印すること。三角教については何も知らないと?」

「うん。変な人たちが追いかけてきているのは知ってた」


 レフゥはあまり三角教を意識していなかったらしい。邪神ラフトックの精神体が封印されていた遺跡が三角教によって封鎖されていることも今初めて知ったという。


「三角教がラフトックに憑依されたマルハス氏ではなくレフゥさんを追いかけている理由が分かりませんね。レフゥさんが封印を解いたと本当に誤解しているのか、それとも裏があるのか。なりふりを構わない三角教の焦りようをみると裏がある気がしてなりませんが、情報が足りません」


 情報をまとめるティターの横で、ミチューは笑みを浮かべていた。

 ミチューの笑みに気付いたパッガスやレフゥが怪訝な顔をする中、エイルは船での会話を思い出して口を開いた。


「情報が足らないのなら、こちらから公表してはどうでしょう。レフゥさんがラフトックの再封印を目的にしていると明かしてしまえば、三角教の出方次第で裏が読めます。三角教の目的がラフトックの再封印にあるのなら、レフゥさんを異端者として追いかける意味もなくなりますし、ミチューさんに貼られた異端者のレッテルも反転することでしょう」


 エイルの提案にミチューの笑みが深まった。

 同時に、ティターも内心興奮していた。


「それが一番ですね。もし三角教がラフトックと協力関係にあるのなら、邪神と協力する三角教に正義が無いと誰の目にも明らかになる」


 三角教を見る世間の目が変わる可能性がある情報をばら撒ける。引き金を引ける。

 ティターは一同を見回した。


「公表は私が行いましょう。三角教が敵だった場合には公表者が真っ先に狙われると予想できますから、私一人の方が身軽に動けます。拠点もありませんからね」

「俺たちが動くよりはいいだろうな。レフゥとミチューさんはこの村に匿うとして、ラフトックが襲撃してきた場合に備えた避難訓練もやっておかないと」


 パッガスがやれやれと呟いて、エイルを見る。


「ティターさんを地下道で街へ送り届けてくれ」

「良いんですか? 地下道の存在はあまり公にしたくないと以前おっしゃっていましたが」

「緊急事態だし、仕方がないだろう。それに、ティターさんが街に張っていてくれればラフトックが来ても、地下道経由で先回りして教えてもらえる」

「三角教に追われるでしょうからあまり期待されても困りますが、善処しましょう」


 方針が固まったことで、ティターは席を立つ。


「では、街で噂をばら撒いてきます」


 地下道へ案内してくれるエイルの後ろを歩きながら、ティターはこれからの事を想像する。


(エルナダ大陸有数の巨大組織の不祥事。実に愉快な話になりそうですね)



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