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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第一章 農業の邪神
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第六話 破滅とピクニック

「それで、マルハスさんは護衛を雇うお金もないと?」

「恥ずかしながら」


 考古学者マルハスの答えに、リピレイは納得しつつ宿の外を見る。

 港町で呪われた考古学者マルハスの噂を聞いてすぐに接触し、首尾よく護衛として雇われたリピレイは、目的の遺跡にほど近い街に来ていた。宿から外を窺えば遠くに森の外縁部が見えている。あの森の奥に件の遺跡はあるとの話だった。


「リピレイが来てくれたおかげでここまで安全に辿り着く事が出来た。道中、魔物や盗賊とも戦わずここまで来れたのはリピレイが立ててくれた旅程あればこそだ。感謝しよう」


 マルハスはリピレイを褒める。

 実際、リピレイが立てた計画がなければ後二週間は到着が遅れていただろう。魔物や盗賊の噂を総合し、被害状況と頻度、これらの討伐を行うダックワイズ冒険隊の部隊の位置情報を検討したうえで〝ギリギリ〟襲われない道順を選んでいるのだ。

 道の先に襲撃されたばかりと思しき馬車が死体とともに転がっていたり、リピレイたちを見つけて鼻息荒く突っ込んでくる魔物に好物の餌をぶつけて気を逸らしている内に逃げ切ったり、危うい場面はいくつもあった。

 そんな危うい場面に行き当たる度、リピレイは切り抜けては安心するどころか心を高ぶらせてきたのだ。


(こんな破滅的な道順選択で破滅しない私の計画性は素晴らしい!)


 この街に来るまではご満悦だったリピレイだったが、現状は手詰まりで身動きが取れなくなっていた。

 白い物が混ざりはじめた頭を掻きながらマルハスはリピレイの視線を辿って森を見る。


「だが、ここから先は私とリピレイだけでは難しい。宿賃もこの一室を借りうけるのが精いっぱいの現状、護衛も雇えない。はて、どうしたものか」


 森の魔物は強力だ。火事を誘発しないよう炎系の魔法が使えない環境に加え、群をなす魔物も多い。真社会性を持つタルパジェモの他、昆虫型の魔物も多く存在する魔物の群れの激戦区。

 たった二人であればタルパジェモに襲われることはあまりないのだが、その他の魔物の襲撃を受ける可能性は高い。


「高位の土魔法使いであれば拠点を構築しながら進めない事もないだろうが、魔力切れの恐れを考えると一人二人では難しい。前衛も必要だ」


 マルハスが必要な人員を口にする。数日間の護衛を頼むだけでもかなりの金額になるだろう。金策から始めなければならないが……。

 リピレイはマルハスの腕を見る。指の付け根まで届く長い袖と、包帯で隠された肌は、噂によれば徐々に腐っているという。金策をしている時間はない。


「私が戦えればよかったんですが」

「仕方がないさ。私と同じで学者肌なのだから」

「すみません。それで、護衛に関しての話ですが――」


 リピレイが考えを口にしようとした時、部屋の扉がノックされた。


「マルハスさんを訪ねて来られたとの事で、三角教から使者が参っています」


 緊張した声で、宿の従業員が扉越しに告げる。


「私にかね?」


 マルハスは怪訝な顔をしたが、訪ねてきた相手を無下にするわけにもいかないと立ち上がる。三角教はエルナダ大陸でも上位の力を持つ組織でもあり、礼を失すれば森の奥の遺跡へ行くどころではなくなってしまう。


「リピレイはここで待っていたまえ」

「はい。護衛の話はその後で」


 マルハスを見送り、リピレイは部屋の窓を開けた。


「感覚鋭敏」


 学園で習う付与魔法を使用して、リピレイは耳を澄ませる。

 マルハスと三角教の使者は階下の部屋にいるらしい。

 声から判断すると、三角教の使者は三十台後半の男性だろうか。エルナダ訛りがある当たり、エルナダ大陸生まれだろう。


「我々はマルハス氏の後援として兵力を二十名貸し出す用意がございます」

「何が望みかね」


 兵力を二十名。三角教であっても目的もなしに動かせる人員ではないはずだ。マルハスが三角教の使者へと訊ねる。

 何かごそごそと鞄から物を取り出すような音がした後、マルハスが感心したように「ほぉ」と呟いたのが聞こえてきた。


「まだ絶滅していなかったか」


 マルハスの声。

 続いて、三角教の使者が机に何かを置いたらしい。手の平サイズの木箱でも置いたような軽い音だった。あるいは何らかの置物かもしれない。

 リピレイはいっそ宿の庭から一階の部屋の様子を確認しようかと思ったが、三角教の使者が来ているからには護衛もいるはずだ。捕まってしまっては元も子もない。捕まらないように覗き見る計画を立てるには時間がないため諦めた。

 使者の声が聞こえる。


「貸し出した兵はどのように扱っても構いません。代わりにこの種子を増やしていただきたいのです」

「――その取引を持ちかけるからには、私が何者であるかを知っていような?」


 不意にマルハスの口調が変わる。二階にいるリピレイにさえ、空気が張り詰めたのが分かった。

 しかし、三角教の使者はむしろ感動を覚えたようで、恭しく答えた。


「農業の神、封印されし邪神、ラフトック様です」

「憑依しているにすぎんがな。しかし、私が何かを知ってなお、取引を続けるのならば必要となるモノも理解していような?」

「もちろんでございます。生贄の数は十人で構いませんか?」

「うむ、それだけいれば肥料として十分だ。種を十倍に増やしてやろう。街の外なら人目にもつくまい」


 そう言って、ラフトックが立ち上がった気配の後、一階の部屋の扉が開く音が続く。


「お出かけですか。お気をつけて」


 宿の主人が見送りの言葉を投げかけた相手はマルハスと三角教の使者たちだろう。

 リピレイは部屋の窓を閉めて、感覚鋭敏の付与魔法を切る。

 マルハスと三角教の使者の間で交わされた言葉には理解できない部分もあったが、邪神、生贄、と不穏な単語が気になった。


(なんだかすごい事になってそう)


 リピレイは邪魔にならないように銀の髪をまとめると、マルハスの荷物を見る。

 考古学者というだけあって、荷物には研究資料やレポートの類も多い。邪神とやらに憑依されたのが、エルナダ大陸の遺跡であるのなら、どこかに情報が隠されているだろう。

 持ち前の記憶力でマルハスの荷物の配置、角度などを記憶してから、手を伸ばす。

 マルハスの研究資料を漁っていると、幾つかの面白い情報が纏められていた。

 エルナダ大陸に残る数々の遺跡は統一された国家の物ではなく、民族ごとに複数の国家の手により建設されていたらしい。これらの国家はエルナダ大陸の覇権を求めて戦争状態にあった。

 それぞれの国には神と崇められる強力な魔物が存在し、共生関係にあったという。戦争の勝敗は相手国の神の封印ないしは討伐で着いた。

 マルハスの研究資料には農業の神ラフトックについても記されていた。


「植物の生育を自在に操る能力を持つ魔物」


 記述を読み、リピレイは先ほど階下で行われた会話を思い起こす。生贄を要求していたが、三角教が用意した種を十倍に増やすことをマルハスに憑依したラフトックが確約していた。

 条件に符合する。

 しかし、農業の神ラフトックはエルナダ文明の表舞台から姿を消す。

 当時ラフトックを崇めていた国は農地を確保するための開墾で森を減らしていた。ラフトックは植物が少なくなることに心を痛め、人間を生贄にしなければ不作をもたらすと脅したために邪神とされ、肉体と精神に分けて封印されたという。

 研究資料は双方の封印場所を記した地図を掲載したところで終わっていた。肉体の封印を解くには生贄が必要になるため精神の方を確認に行くとのことだった。

 ラフトックの精神が封印された遺跡へ調査に出かけたマルハスはそこで憑依されてしまったのだろう。

 研究資料をマルハスの荷物に詰め直し、リピレイは椅子に腰を下ろす。

 口元に笑みが浮かんでいた。


「これよ、これを待っていたの」


 くすくすと、リピレイは楽しげに笑う。


「生贄を求める邪悪な神のすぐ近く。なんて破滅的な立ち位置! あたかも細い木の棒をギリギリのバランスで組み上げるような計画性を私の人生で体現するまたとない機会!」


 なんと心躍る状況か、とリピレイはひとしきり笑った後、さっそく計画目標を設定する。

 自身の生存とラフトックが憑依したマルハスと共に森の奥の遺跡へ到着すること。

 この目標を達成するにはラフトックが自分を殺そうとした場合の対処法を編み出さなくてはならない。

 マルハスの研究資料にはラフトックの精神体を分離させる術式も書かれていた。マルハスは考古学者であったためこの術式で本当にラフトックの精神が分離できるのか半信半疑だったようだが、リピレイは術式の特徴が封印術のそれと一致している事などを根拠にほぼ間違いないと見ていた。

 問題は、この術式は魔法陣の形を取っているため、あらかじめ描いておく必要がある点。さらにはラフトックが憑依した身体を魔法陣の上に誘導する必要がある。

 一目見ただけでは全体が把握できない大きな魔法陣を用意すればラフトックを誘導する事は可能だろう。用意できるとも思えないが。

 しかし、リピレイにとって封印術式はあくまでも保険だ。第一目標はラフトックが憑依したマルハスと共に当初の予定通り森の奥の遺跡に到着すること。

 先手を打ってラフトックを封印するのは計画的に自らの身を守る考え方ではあっても、破滅を回避する以外の手を打てない無能な計画者であると自ら認めることに他ならない。

 真に計画的であるならば、破滅ギリギリの状態でも当初の目標であった遺跡へ到着できるはずなのだから。


「臆せず破滅と二人三脚出来るほどの計画を立てなくては。ラフトックがどんな場面で私を殺そうとするかを予測し、対策を立てなくては。ラフトックが私を殺せないようにそれとなく状況を整えなくては。それらを最低限の仕事量でこなさなくては」


 思考が目まぐるしく回転する。予測できるあらゆる状況と対策を盛り込んだ計画を頭の中に構築していく。


(計画に介入する偶然は常に悪いモノ。事態を悪化させる偶然はもちろん、好転させる偶然も予期できなかった計画者の無能を露呈させるのだから)


 だが、破滅するギリギリの低空飛行でこそ計画性の証明になる。

 リピレイはギリギリ切り抜けられる計画を考えて、今すべきことは何か、結論を出す。


「お昼寝しよう。それだけの余裕があるもの」


 ベッドにごろりと横になったリピレイは間をおかず寝息をたてはじめた。



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