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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
最終章 下種の花咲く

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第五話 邪なる神の宴に少女が……

 こちらです、と案内されてミチューが足を踏み入れた建物には陶器の壺が無数に転がっていた。鼻を覆いたくなるような酒の臭いにむせ返るようなカビの臭いと頭がくらくらするような花の匂いが一体となって、ミチューは一歩後ずさる。

 数あるエルナダ先住民の部族中でも大陸の深部にあるダッガ族の集落。

 村の集会所であるらしいこの建物に姿を消した邪神二柱がいるとの噂を聞いて足を運んだのだが、肝心の邪神二柱は酒を飲んだくれていた。


「だっかんよー。あんられんてーがな」

「けはは、友よ、ろれちゅ、ろれ? ろれちゅがまわっとらんぞ」


 楽しそうにバンバンと床を叩く二柱の邪神の周囲にはいくつもの花が咲き、瞬時に発酵して酒に変わっている。

 これは一体何事かとミチューは案内役の老人を見る。

 老人は諦めたように首を振った。


「村にいらっしゃって以来、集会所を占拠して日がな一日酒を食らっておるのです。農業の邪神ラフトック様のお力で成長した穀物や果実を薬の邪神であらせられるムガジダ様が瞬時に酒に変えてしまわれる。我らの蓄えが減る事はなく、むしろ駄賃だと壺に入れた酒を振る舞われるのですが……。いい加減にしていただきたい」


 邪神に対して畏敬の念があるのか、最後だけはぼそりと呟く老人だったが、目は諦めたように光を失っていた。

 老人はミチューの手を握ると頭を下げた。


「どうか、あの飲んだくれを連れて行って下され」

「えぇっと……」


 邪神がいると聞いて話を切り出したのはミチューだが、厄介払いよろしく押し付けられるとは思っていなかった。


「あの、対リニューカント執政軍の同盟については?」

「エルナダの民の大同盟ですな。当然、参加させていただきます。そうなれば、最前線に邪神二柱が出向くのも当然のことでしょう。連れて行って下され」

「とりあえず、ちょっとお話してきますね」

「よろしくお願いいたします。なにとぞ、なにとぞ!」


 予想以上の熱量で後押しされて困惑しながら、ミチューは集会所に入る。

 物音に気付いたムガジダが振り返った。


「むむむ? そなた、我が復活した時に最初に見たおなごではないか?」


 ろれつが回っていないムガジダの言葉を翻訳すると、こんな事を言っているようだった。

 翻訳に数瞬挟んで、ミチューは頷いた。


「はい。その節は叫び声をあげてしまい、失礼しました」

「なに、かまわん。神と崇められていた時代から、女子供に悲鳴を上げられていたからな。悪い事をするとムガジダが来るぞなどと我が子に言い含める女どもを見て複雑な気持ちになったのも今となっては良い思い出よ」


 ケラケラ笑うムガジダの隣で、ラフトックは干した果物を食べる手を止めてミチューに顔を向ける。球状に密生した花の頭部はどこが正面かもわからないが、不思議と見つめられている事だけは分かった。


「……あ、あの時の、あの時の訳の分からん人間ではないか!? また我を封印しに来たのか!?」

「いえ、今回は違います」

「本当か? 嘘偽りはなかろうな? お前たち人間はどうにも理屈で語れぬ生き物だが、貴様はとびきりおかしい部類だからな。信じられぬ」


 そう言ってぐびぐびと水でも飲むように酒を煽るラフトック。酒のしずくが球状の頭部に注がれて消えていくさまは奇妙で、ミチューはついつい観察してしまう。

 すると、ラフトックはミチューの視線に何を勘違いしたか壺を掴んで突き出した。


「飲みたいのなら飲め。邪神二柱の造ったとびきりの酒ぞ。この香りを嗅ぐだけでも分かる上物ぞ」

「あ、どうもありがとうございます」


 受け取った壺から立ち上るのは爽快感のある柑橘系の香りと少し香ばしいカカオのような香り。ちびりと一口飲んでみれば、仄かな苦みと爽やかな香りと酸味が広がる。口当たりは滑らかというより涼やかで、清水でも飲んでいるような口当たりだった。


「美味しい……」

「分かるか。我らが七日七晩試行錯誤したのだ。美味かろう?」

「はい、とっても」

「なんだ、良い奴ではないか。これも食え。どうやら絶滅したようだが、奇跡的に種だけが残っていたのでな。復活させたのだ」


 差し出された木の実は殻付きで人の拳ほどもあったが、割ってみると中には放射状に可食部が散っていた。赤いそれを恐る恐る口にしてみると、中からとろりと塩気のある液体が零れる。一瞬戸惑ったが、液体が舌に広がるとまるでよく煮込まれた野菜のスープのように穏やかな旨味が広がった。


「美味かろう? 我が封印される以前はよく食されていたのだが、栽培法を誰も研究せず畑を広げるのだと馬鹿を言い出す民共が木を切り倒していったのだ。許せんだろう? 絶滅してしまった草花はまだまだあるのだ。我が封印されなければこのような事には……事には――えっぐ」

「またか、我が友よ。手のかかる泣き上戸であるな」


 どうやら泣いているらしいラフトックの背中をムガジダがトントンと叩いて慰める。

 人間味あふれる二柱の様子は本当に邪神かどうかも疑わしい。


「そうは言うが、ムガジダよ。民共ときたら、今まで我が畑に実りを与えてやったというのに、森を守るためにちょっと生贄を要求して脅しただけで邪神だなんだと……別に良いではないか。年に百人くらい」

「多すぎであろう。人間は鼠ではないのだ。二、三十人に留めておくべきであったな」


 やっぱり邪神だったと再認識するミチューにムガジダが声をかけてくる。


「我が友は民のためにと力を使い、最終的に裏切られた形であるからな。なかなか堪えているらしいのだ」

「希少な植物の保護がしたいんですか?」

「その通り!」


 先ほどまで泣いていたのが嘘のようにラフトックが声を張り上げる。


「昔はよかった。人間どもも草花の実りに一喜一憂し、感謝し、共存していた。だが、いつしか優劣をつけ始め自らに有益なものでなければ無価値とばかりに足蹴にするようになったのだ。嘆かわしい。仲間の骸に花や実を無差別に供えていた頃はまだしも可愛げがあったというのに、今ではこの始末だ」


 ミチューを指差して嘆くラフトックに、ムガジダがうんうんと頷く。


「我もかつては薬の神として崇められていたが、戦争にて人間たちが毒薬や爆発薬ばかりを求めるようになってな。面倒臭がりながらも作っていたが、敵方の工作員の決死の潜入と封印工作に嵌められて亜空間へと封印されてしまった。人心を惑わす薬害の神などと罵られたが、求めたのは貴様らであろうに。わがままな事よ」

「しかり、しかり」


 ラフトックはムガジダに同意する。

 昔は可愛かったのに、と反抗期の娘でも眺めるようにミチューを見て唸る二柱の邪神。

 なんでこんな昔話を聞かされているんだろうとぼんやり思いながら、ミチューは壺から酒を汲み、二柱の杯に注ぐ。


「おぉ、気が利くではないかぁ」

「良い娘である事よ。して、貴様は何故ここに来たのだ?」


 やっと本題に入れる、とミチューは居住まいを正して邪神たちに向き直った。


「リニューカント執政軍の専横に対抗すべく、エルナダの民の力を集結させたいと考えています」

「なんだ、人間どもはまた争うのか。娯楽なのか?」

「酒を飲み、友と語らう方が楽しかろうにな」

「ふむ、この酒で商売でもしてみるか。平和になるやもしれぬ」

「我が友はやはり天才であったか」

「ふはは、こやつめ」

「あのー話の続き、良いですか?」

「む? 何だったか? つまみの話か?」

「反リニューカント執政軍の結成の話です」


 邪神二柱が顔を見合わせる。


「そうであったか?」

「そうであろうよ。素面の娘の言葉の方が信用できよう」

「しかり」

「して、娘。我らにどうしてほしいのだ?」


 ムガジダが問いかける声は軽かったが、ラフトックともども強く警戒するような雰囲気を纏っていた。

 元々は神と崇められるも封印された存在だけあって、自身を利用しようとする者に強い警戒心があるのだろう。


「力をお借りしたいんです」

「まぁ、想像はついた。エルナダの民のまとめ役となればよいのか。後方で薬や爆薬の製造も可能ではあるが。どうする、我が友よ」


 ムガジダが話を振ると、ラフトックは球状に花が密生した頭部を左右に揺らす。花弁が舞い散り、咽るような香りが強くなった。


「条件がある」

「条件ですか?」

「我が花を愛で育てられる場所が欲しい。エルナダ大陸のどこかの土地を我が占有したい」

「今すぐに答えを出すのは難しいですね」


 ラフトックの要求を確約してしまうと、ミチューは異端者のレッテルを甘受する事になる。

 ベストなのはラフトックの要求を別の誰かが受け入れ、ミチューはあくまでも交渉役に徹する事だ。


「生贄は求めないんですよね?」

「特に必要はない。絶滅の危機に瀕した、または絶滅した植物があれば持ってきてほしいがな」


 よし、とミチューは心の中でガッツポーズを決める。

 交渉により生贄の要求はさせなかった。これはミチューの功績となる。

 すなわち、邪神による被害を最小限に留めるというミチューの目標に合致する。

 これで邪神を復活させて大陸を混乱に陥れた異端者のレッテルをある程度は緩和できるはずだ。

 後は実際の戦争で移民の救助活動や避難誘導に徹すれば、レッテルを払拭できる可能性もある。仮に払拭できなくとも、今のリニューカント執政軍の専横を食い止めたとなれば安易に非難も出来なくなるはずだ。

 だが、ラフトックの許可は取れてももう一柱はどうだろうか、とミチューはそっとムガジダを見る。


「あの、ムガジダさんは――」

「ごめんください」


 聞き覚えのある声と共に酒と花の香りが充満するこの集会所に入ってきた銀髪の美少女を見て、ラフトックが慌てて腰を浮かせ、床の花弁を踏みつけてすっころぶ。それでも距離を取りたいのか、ラフトックは尻を床に滑らせて後ずさった。


「げぇ!? リ、リピレイ!?」


 怯えたような声を上げるラフトックが言う通り、現れたのはリピレイだった。

 リピレイはミチューを見ると、小首を傾げて少し考えた後、口を開いた。


「もしかすると、同じ目的かも知れません。そちらの邪神さん方と一緒にミチューさんも聞いてもらえませんか?」



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