第三話 首に縄かかってますよ?
エイルがニコニコとご機嫌で、リピレイはクルクルと鉛筆を回しては計画を立てていて、パッガスは説明し疲れて知恵熱を冷ますため濡れタオルを額に当てている。
そんな部屋の中で、元考古学者であるマルハスは椅子の肘置きに頬杖を突きながらパッガスに訊ねた。
「つまり、パッガス君はエルナダ大陸に覇を唱えるのかね? 実質的に三人しか部下がいないこの状況で?」
「明るい破滅寸前計画!」
「リピレイ君は静かにしてくれたまえ」
マルハスの注意を聞いているのかいないのか、リズミカルに鉛筆を紙面上に走らせる音が聞こえてくる。
マルハスは改めてパッガスを見る。
「失敗すれば、いや、計画に乗り出せばリニューカント執政軍が全力で潰しに来るだろう。パッガス君、君の目標は言い方を変えれば政府転覆だ。本国からも軍が送り込まれてくる可能性がある非常に危険な目標なのだ。分かっているのかね?」
「分かってる。だけど、このままじゃ俺たちに安住の地はない。というかいい加減、頭にきたんだ。どいつもこいつも振り回しやがって。こうなれば俺たちが状況かきまわして何もかも掻っ攫ってやる」
「エルナダ大陸一を目指すパッガス様にご協力いたします」
「エイル君は焚きつけないでくれたまえ」
マルハスは注意するが、パッガスの言う事しか聞く気が無いエイルは堪えた様子もない。
「パッガス君、村ならばまた作ればいい。そうでなくとも、リニューカント執政軍と正面切って戦う事はないだろう。彼我の戦力差を考えれば喧嘩にもなりはしない。冷静になるんだ」
「そうやって新しく作った村も奪われて泣き寝入りするのか? それとも高額の税をかけられて奴隷に落ちるのか?」
「短絡に過ぎると指摘しているんだ。勝算もないだろう? 戦うか戦わないかではなく、関わらないという選択肢を考えたかね?」
「――勝算ならありますよ」
いきなり口を挟んできたのはリピレイだった。
「どう考えても現状の戦力差では勝ち目がないという意見には賛成ですし、負ければ反乱首謀者として極刑は免れないのも同意です。ですが、戦力差を埋める方法なら存在します」
「リピレイ君、極刑の危険性まで理解しているのになぜ危ない橋を渡ろうとす――いや、そうか、君だものなぁ……」
途中で察して頭を抱えるマルハスにリピレイはうきうき顔で先ほどまで何かを書きつけていた紙を見つめる。
「最高にギリギリで最高に危険な最低の条件での計画!」
「リピレイ、説明してくれ」
どうやら計画書らしいリピレイが持つ紙を指差して、パッガスは説明を促す。
リピレイは宝物を見せびらかすように頭上に紙を掲げた後、説明する。
「前提条件として、リニューカント執政軍は本国からも良く思われていません。まずはリニューカント執政軍の背後に居る本国からの干渉を排除し、エルナダ大陸で事件を完結させる手立てが必要です」
「その手立てってのは?」
「端的に言えば、情報戦です。リニューカント執政軍の専横を訴えて、本国の世論を誘導します。当然、本国は利益が無くとも不利益にならなければリニューカント執政軍に味方しますから、これも解消するためにパッガス様は貿易の解放を謳いましょう」
三角教なき今、リニューカント執政軍は本国との貿易を完全に掌握している。関税も好き勝手に掛けており本国からも問題視されていた。
先日、本国から総督が派遣されて監査にあたる事になったが、エルナダ大陸の港に降り立った形跡があるにもかかわらず海難事故により行方知れずと発表されていた。
リニューカント執政軍とパッガスたちが戦い、結果としてパッガスが勝った暁に貿易の解放を約束するのならば、本国はすぐには手を出してこない可能性が高くなる。潰し合わせた後で漁夫の利を狙ってもいいのだから。
リピレイの説明に、マルハスが顔を上げて唸る。こうして聞いてみると、リニューカント執政軍を孤立させるのはそう難しくないように思えたのだ。
「リピレイ君の言う事にも一理ある。現実的に可能かどうかも今は捨て置こう。だが、本国からの支援を受けられずともリニューカント執政軍との戦力差を埋めることにはならない。これ以上開かないようにするだけの事だ」
「その通りです。なので、こちらも戦力を強化しましょう。エイルお姉さまが提案されたダックワイズ冒険隊やサウズバロウ開拓団の離反組を取りこむのと同時に、エルナダ先住民と共闘します」
リピレイの提案に、マルハスは目を丸くする。しかし、パッガスは予想していたらしく静かに頷いた。
「まとまった戦力を有している勢力が他に無いからな。リニューカント執政軍も高をくくって締め付けを強めてるって話だし、共闘できる要素はあると思う。こちらにはマルハスさんとレフゥがいるしな」
エルナダ文明を研究していた関係でマルハスにはエルナダ先住民のいくつかの部族に伝手がある。
加えて、レフゥはエルナダ先住民でもあり、敵でない事を証言してくれるだろう。
「待ちたまえ。エルナダ先住民はいくつかの部族に分かれている。一筋縄ではいかない。仲違いしている部族もあるのだから」
マルハスがリピレイの計画は楽観的だと指摘するが、リピレイが答えるより早く結論に至ったらしいエイルが口を開いた。
「邪神ですか」
「はい。流石はエイルお姉さま、破滅的な発想です!」
エイルに尊敬のまなざしを熱っぽく注いで、リピレイが詳細を説明する。
「レフゥさんから封印の術式を教わっておけば、邪神の暴走を食い止められます。その上で、邪神の協力をとりつければ、これをエルナダ先住民の旗印としつつ私たちが擁するパッガスさんと合わせて一大勢力を築けます。また、エルナダ先住民の集落は広域に散らばっており、リニューカント執政軍に戦力の分散を強いてエイルお姉さまと邪神二柱の主戦力での各個撃破が狙えます」
「いえ、私ではリニューカント執政軍と正面からの対決で勝ち目はありません。いくら邪神二柱でも苦戦するでしょう。それくらいならば、補給線を断つべきです。リニューカント執政軍に協力しているサウズバロウ開拓団の開拓地を落として回るのが良いでしょう」
放っておくと一戦負けるだけで窮地に追い込まれるような決戦ばかりを仕掛けようとするだろうリピレイの計画をエイルが軌道修正する。
話を進めようとする二人に、パッガスは手を鳴らして遮る。
「具体的な戦術についてはまだ考えるだけにしておいてくれ。まずは協力関係を築いてからだ。向こうからも良い案が出てくるかもしれない。それに、エルナダ先住民や邪神の協力があれば地形情報も詳細になる。エイル、軍事ってのは、地形情報がモノを言うんだろ?」
パッガスに学問を教えていたマルハスも軍事に関しては詳しくない。この場で詳しいのはエイルくらいだろう。
「はい。地の利は重要です。パッガス様がおっしゃる通り、いま作戦の詳細を決めるべきではありませんね」
「そういう事。協力関係の構築が重要だけど、まず、ダックワイズ冒険隊やサウズバロウ開拓団のいわゆる離反組をまとめないといけない。エイル、早急に離反組と連絡を取ってくれ」
「かしこまりました」
「リピレイはマルハスさんとレフゥを連れてエルナダ先住民との交渉、および邪神の捜索に当たってほしい」
「分かりました」
快く承諾するエイルとリピレイから視線をマルハスへと移し、パッガスは声を掛ける。
「マルハスさんの心配も分かる。けど、もう決めた。協力してほしい」
「……やれやれだ。のんびりした老後を送れると思ったのだがね」
頬杖を止めたマルハスはパッガスを正面から見つめ返す。
「協力体制を構築するまでだ。それまでは協力しよう。しかし、その後は村の子供達の避難とその後のケアに尽力させてもらう。リニューカント執政軍が子供たちを狙ってくる可能性は十分にある」
「頼んだ」
子供たちはすでにマルハスの授業で読み書き計算を習っており、それなりに気を許している。パッガスのようにリーダーシップを発揮できる人望はないものの、マルハスは近所のお爺さん程度には慕われ始めているのだ。
元々戦闘面では期待していないこともあり、パッガスはあっさりとマルハスに子供達を任せた。マルハスを村に受け入れるべきかで悩んでいた頃とは雲泥の差だ。
パッガスの成長に感慨深い気持ちを抱くマルハスの横で、リピレイとエイルが堪えきれなくなったように笑う。
「何時裏切るとも知れない危険な邪神二柱を取りこむ計画。一歩間違えば命取りのそれが次の計画を練るための達成条件の一つにすぎないだなんて……ふふふ」
「この世界に二人といない邪神を二柱も従える国家元首。そんな人から認められたら……ふふふ」
呟きを聞いたパッガスの頬が引きつっているのを見て、マルハスは諦念交じりに呟く。
「とんでもない事になっとるが、パッガス君の身から出たさびだ。何もしてやれんよ」




