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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第一章 農業の邪神
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第二話 偉い人はいねがぁ

 エイルは内陸部の街の酒場で酒を飲んでいた。

 旧大陸から持ち込まれた穀物で作られる度数の高い酒だが、焼いた樽の香りが移っていてなかなか美味しい。


「ねぇ、この辺りで偉い人って誰?」


 暇そうにしているウエイトレスに訊ねる。

 唐突な質問だったが暇を持て余しているウエイトレスはあっさりと乗ってきた。


「リニューカント執政軍、三角教、サウズバロウ開拓団のトップ」


 ウエイトレスが挙げた三つの団体はこの街や周辺に支部がある。エイルは直接出向いて雇ってもらうのもいいな、と思いながらコップを傾けた。

 しかし、ウエイトレスの話には続きがあった


「と言いたいところだけど、この街だとGの兄弟もある意味偉いかもね」

「Gの兄弟? エルナダ大陸最大の犯罪組織の?」

「そう、それ。この街に大規模拠点があるって噂でね。影響力があるという点では偉いでしょ」

「なるほど」


 ウエイトレスの話に納得しつつ、エイルは思案する。

 本国でルワート伯爵を殺害した事でエルナダ大陸に逃れることになった以上、犯罪に手を染めるのは気が進まない。

 Gの兄弟のトップが部下に慕われるような有能な人物であれば候補に挙がるが、直接顔を合わせでもしない限り判断できないだろう。


「サウズバロウ開拓団は?」


 各団体の市井の評判を聞くいい機会だと、エイルはナッツの盛り合わせをウエイトレスとの間に滑らせながら訊ねる。

 ウエイトレスはナッツを一つ取って食べた。


「サウズバロウ開拓団は安定した支持を集める団体だね。本国からの自由移民で成り立ってて、後ろ盾はないけど文武のバランスが取れてる。開拓地もあちこちにあるし、綿花やコーヒー、カカオみたいな輸出商材を作ってるから金回りもそこそこいい。ただ、リニューカント執政軍に睨まれないように立ち回りに苦労してるみたいだよ」

「つまり、リニューカント執政軍の方が立場は上?」

「そりゃそうだよ。エルナダ大陸最大の武装組織だし、本国からの支援もあるし、貿易も半ば牛耳ってる。三角教がなかったらどうなっていた事か」


 ウエイトレスの反応からリニューカント執政軍の姿勢の評判は芳しくないらしいと察して、エイルは候補から外した。


「ちなみに、三角教は正式名称ラステ&メッティ教同盟って言って、本国最大宗教二つが同盟したものなんだけど、エルナダ大陸先住民の土着宗教も組み込んで妙なことになってるらしいから近付かない方がいいよ」

「ありがとう。でも、私、宗教には興味がないの」

「だと思った。エルナダ大陸に移民するくらいだもんね」


 ケラケラ笑うウエイトレスに礼を言って、代金を置いたエイルは店を出た。

 サウズバロウ開拓団に自らを売り込みに行こうと、街の外にある開拓地へと足を向ける。

 路地を曲がってすぐ、エイルは足を止めた。

 進路を塞ぐように人相の悪い男たちが二人立っている。肩越しに振り返れば、路地の入口にも同じく二人の男が立っていた。


「別嬪さーん、こんな夜中に出歩くなんて危機意識足んないんじゃないのー?」


 抜き身のナイフを月明かりにかざしながら、男の一人がそう声を掛ける。


「そういえば、Gの兄弟は人身売買もしていると聞いた覚えがありますね」


 エイルがひとり呟くと、男たちは笑みを深める。


「よーく分かってんじゃねぇの。まぁ、お前の売り先は娼館だからよ。きっちり俺達で仕込んで――ぶべら」


 言葉の途中で顔面に石の拳をもろに受けた男の一人が夜空を仰いで気絶した。

 しかし、男たちはそれなりに場慣れしているらしく、倒された男を無視してエイルとの距離を詰めようと一歩踏み出し――蹴躓いた。

 足元にいつの間にか生まれていた段差に足を取られたのだと気付いた直後、冷たく巨大な腕に両足を鷲掴みにされ、宙に吊りあげられる。


「――ゴーレム!?」


 路地の壁から生えた巨大な岩の腕の正体に気付き、男たちは拘束を逃れようと暴れるが、万力のように強固なゴーレムの腕から逃れる事は出来ず、やがて諦めたように大人しくなった。


「くそが! 高位土魔法使いが何でこんなとこに居やがるんだ」

「いえ、私は公証人です」

「は?」

「確かに、伯爵軍で顧問もしていましたけど本業は公証人です。まぁ、それは置いておきましょう。ちょうどいいのでGの兄弟の上役がどれくらい優れた方々なのか、あなた方の口からご説明願えませんか?」

「俺たちみたいな下っ端が知ってるわけないだろが」


 吐き捨てるように言い切った男に、エイルはため息を吐く。


「やはり、Gの兄弟はパスですね。褒めてくれなさそうですし、誰も知らない人に褒めてもらってもうれしくないですし」


 やはりサウズバロウ開拓団しか選択肢がないかと、エイルは目の前の男たちの足をゴーレムの腕で握りつぶして動けなくした後、歩き出そうとして屋根の上の影に目を止める。


「まだいましたか」


 エイルの呟きが聞こえたのか、屋根の上の影は慌てて月明りにその姿をさらして両手を高く上げ、降参の意思を示した。


「待って、待って、そいつらの仲間じゃない!」


 そう言って出てきたのは男女三名ずつの子供達。年齢はバラバラで、最年長は十五歳ほどだった。

 全員が服と呼ぶのも躊躇われるような襤褸をまとっている。エルナダ大陸ではさほど珍しくない浮浪児だろう。

 娼婦の子供が捨てられたり、魔物や犯罪者に親を殺されたり。治安の悪いエルナダ大陸では子供が残されるケースなど枚挙にいとまない。

 屋根の上の六人もそういった子供達であるらしいのは一目でわかったが、だからと言ってGの兄弟の関係者ではないと言い切れない。

 警戒を解かないエイルに、子供たちは不安そうに顔を見合わせる。


「俺たちは、そこの男たちに仲間をさらわれたんだ。今日の昼頃だった」

「そうですか」


 エイルはゴーレムの腕で男を二人持ち上げる。


「攫った子供は何人で、どこに監禁してますか?」

「言えるわけ、ねぇだろうが」


 ゴーレムに握りつぶされて複雑骨折した両足の傷みにこらえながらの男の言葉に、エイルは一度頷く。


「私が二人持ち上げたのはなぜか、お見せしますね」

「なに?」


 男が疑問を口にした直後、もう一人の男が悲鳴を上げた。ゴーレムに両腕を握りつぶされたのだ。

 青い顔をする疑問を口にした男の前に、新たな男が持ち上げられる。エイルを襲った男は計四人、まだ予備はある。


「次は貴方の番です。攫った子供は――」

「分かった。話すから!」

「どこですか?」


 ニコリとも笑わず訊ねるエイルに悪魔を幻視しながら、男が喋った監禁場所は――三十分後、廃墟と化した。





 監禁されていた子供たちを彼らのねぐらへと送り届ける。

 地下水道の入り口の一つから奥へ行くと、開けた空間に出た。

 どうやら浮浪児たちのたまり場となっているらしいこの広間の奥に居た青年に、子供たちが駆け寄る。


「――パッガス!」


 名を呼ばれた青年は子供達を見て驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になって全員と抱擁を交わし、怪我の有無を訪ねた。

 全員が無事だと分かると、青年、パッガスはエイルを見る。


「あなたは?」


 パッガスを観察していたエイルは子供たちを指差した。


「その子たちを助けました」

「そうか。失礼した。こんな汚い場所で悪いな」

「いえ」


 パッガスに返答しつつ、エイルは子供達を見る。

 この青年は浮浪児たちのリーダーらしく、子供達がパッガスへ向ける尊敬の視線を見ればかなり慕われているのが分かる。

 こんなに治安の悪い街で技術も持たない子供たちをまとめ上げているのだから、リーダーシップもあるのだろう。


「あのお姉さん強いんだよ。Gの兄弟の下っ端たちをゴーレムで全員倒しちゃったの!」


 監禁されていた子供の一人がエイルを指差しながら報告する。我がことのように自慢するその子供の話を聞いて、パッガスは眉を寄せた。


「ゴーレムって事は高位土魔法使い?」

「いえ、公証人です」


 即座に否定するとパッガスは一瞬戸惑うような素振りを見せたが、すぐに気を取り直した。


「だが、ゴーレムでの戦闘ができるんだよな?」

「出来ますよ」


 肯定すると、パッガスは年長者たちを見回して何事かの意思確認をすると、エイルに向き直った。


「手を貸してもらいたい。ただ、あまり報酬は払えない」


 断られることを前提にしたような表情で、パッガスはそう切り出した。

 子供達の反応からパッガスの人となりを考察していたエイルは即答する。


「良いですよ。何をしてほしいんですか?」

「……あれ?」


 予想とは裏腹にあっさりと承諾されて、パッガスは戸惑った様子で周囲の仲間を見る。仲間たちも同じ表情をしているのを見て聞き間違いではないと分かり、パッガスは冷静さを取り戻した。


「あ、あぁ、実は森の奥に遺跡があるんだ。森の中は強力な魔物ばかりだが、俺達が見つけた地下道を使えば安全に遺跡に到着できる。俺達は遺跡に巣食ってる魔物を駆逐して、その遺跡を根城に自給自足したいと思ってるんだ。だが、戦力がどうしようもなく足りてないし、首尾よく遺跡の魔物を駆逐しても森から魔物に攻められたらどうしようもないと諦めてたんだが」

「私を戦力として雇いたいと?」

「そうだ。だが、さっきも言ったように報酬がほとんど払えない」


 パッガスがエイルの表情を窺いながら繰り返し告げる。

 エイルは改めてパッガスたちを見回す。子供たちのほとんどが襤褸を着ていて、明日の食事もままならないような生活をしているのは間違いない。

 命がけで魔物を駆逐しても報酬が期待できないのでは、断るのが当然だろう。

 だが、エイルは違った。


「遺跡に村を作るという事ですよね?」

「ゆくゆくはそのつもりだ。でも、見ての通り俺達は学が無いから村とまで呼べるかは分からない」

「では、それを村にしましょう。パッガスさんを村長に、ここにいる者で村を作るというのであれば、私は協力します。私を村の住人として迎え入れてくれることが前提条件ですが、力を貸しましょう」

「良いのか!?」


 予想だにしない好条件に飛び付きかけたパッガスだったがすぐに冷静さを取り戻し、懐疑的な視線をエイルに向ける。


「いや、話がうますぎる。何が狙いだ?」

「褒めてください」

「……うん?」


 エイルの言葉に、パッガスのみならず子供たちは一斉に耳を疑った。

 パッガスたちの反応に構わず、エイルは続ける。


「偉くなってください。そして私を部下として褒めてください。期待に応えたら褒めてください。結果を出したら褒めてください。他ならぬパッガスさんが私を褒めてください」


 あ、こいつヤバい奴だ。エイルの澄んだ瞳を見たパッガスは本能的に察した。それは、治安の悪いエルナダ大陸で力を持たない浮浪児をまとめあげて生き抜く彼には必須の能力であったのかもしれない。

 同時に、エイルの言葉が嘘偽りのない物である事も察した。

 金銭的な報酬を必要としない用心棒。

 浮浪児たちが遺跡という土台はあれど生活環境を整えるには必須の人材。

 多少おかしな価値基準であっても、生来的に誰もが持っている欲求を報酬として要求してくるのなら、迎え入れない理由にならない。

 パッガスは悩みながらも、決断する。


「分かった。あんたを迎え入れよう。力を貸してくれ」

「必ずやご期待に応えましょう」





 エイルは確かにパッガスの期待に応えた。

 山と積まれた魔物の死骸。風化の跡はあれど戦闘痕のない遺跡の中央に集められた魔物の死骸はエイル指揮のもと、価値に応じて仕分けられ、子供たちによる解体が進められている。


「とんでもないな」


 地下道から遺跡へ進入後、エイルはゴーレムの遠隔操作で地下道出口周辺に橋頭保を築き、適当に殺した魔物の血をばら撒いておびき寄せた魔物を殲滅してみせた。

 しかも、村を作る資金源になるからと魔物の素材にキズを付けないように手加減しながらだ。


「パッガスさん、ひとまず居住部分に土魔法で簡易の防壁を築き、その後、遺跡全体を対魔物用に要塞化します。この作業で二週間は手が離せませんので、畑の開墾は子供達でやって頂く事になります」

「要塞化って、そんな事も出来るのか?」

「昔、戦闘教本を書いた事がありますので、その教本通りですけどね」

「エイル、本当にあんた何者だよ」

「公証人です」


 絶対嘘だ、と喉元まで出かけたパッガスは寸前で口を閉ざす。

 今エイルを失うわけにはいかない。本人が隠したいのなら聞かない方がいいだろうという判断だった。

 エイル本人が真実しか口にしていないとパッガスは気付いていないのだ。


「それと、この遺跡は少し妙ですね」

「妙?」


 エイルが遺跡の中心部を指差す。そこには半ドーム状の建物と巨大な扉があった。


「あの扉は遺跡の地下へと続く入り口のようですが奇妙な紋章が描かれていて、結界も張られています」

「結界か。解けるか?」

「申し訳ありません。専門外ですので解除は難しいです。おそらく、エルナダ大陸先住民の張った結界でしょう。本国の結界術式とは系統が異なるようですから、解除できる者を探すのも容易ではないかと。結界の奥に何があるかを調べるためにも、遺跡全体の調査も視野に入れて、可能な限り現状を保存していきたいと思います」

「分かった」


 指揮を執りに戻っていくエイルを見送り、パッガスは空を仰ぐ。


「頼りになるんだけどさぁ……」


 エイルの言葉を思い出す。

 偉くなってください。部下として褒めてください。そう言っていた。

 つまり、パッガスが偉くならなければ、あるいはエイルを部下として使えない立場になったなら、見捨てられる。


「頼りきりになったら見捨てられるんだろうなぁ」


 パッガスはリーダーとして自分を磨かなくてはならないのだ。

 金銭的な報酬を払うよりもよほど難しい用心棒を雇ったのかもしれないと、パッガスはため息をついた。



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