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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第三章 薬の邪神

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第六話 変わらぬ友情って素敵ですよね

 一週間で本隊を繰り出してくるとは思わなかったと、エイルは砦の外に布陣した教会兵を眺めて眉を顰めた。


「こんな事もあろうかと!」


 隣で楽しそうなリピレイが外の仕掛け罠を作動させて十人ほどを削ってくれたが、相手が多すぎて今回はあまり役に立っていない。もっとも、負傷者と損害の確認に時間を取らせてその隙に非戦闘員の避難を行う罠であり、目的は達していた。


「パッガス様もお逃げください。避難所はまだ整ってはいませんが、戦場よりはましでしょう。私は遅滞戦術の後、地下道を封鎖して後を追いかけます」

「分かった。無理はするなよ」

「はい。レフゥさんを宥めておいてください」


 ラフトックの封印があるこの村に教会兵と共に邪神ムガジダが現れたために、封印師であるレフゥも戦うと息巻いていた。しかし、レフゥに正面からの戦闘能力はないため、羽交い絞めにしてマルハスが連れていった。

 パッガスを見送って、エイルは教会兵の中央に立つ異形を見る。

 砦を眺めて感心したように腕を組んでいるその異形、ムガジダはエイルが見ている事に気が付いたのか手を振ってきた。


「我が友ラフトックを開放せい」


 ムガジダに声を掛けられても、エイルは無言を貫いた。

 ムガジダが薬の邪神であることはエイルも知っている。

 文献によれば、薬の邪神ムガジダは材料さえあれば製作工程を飛ばして薬を生成する能力を持っている。

 砦から見下ろしているエイルには、荷車に積まれた何かの骨や石、脂のようなものが見えていた。

 粉薬をばら撒かれる可能性を想定して風下に立つのを嫌い、可能な限り口を開かず呼吸を落ち着ける。


「我の能力を知っている。ならば、我が風向きが変わるのを待つだけだと理解も出来ような?」


 ムガジダの言葉に、エイルは無言で頷いた。

 素直に肯定されるとは思わなかったのか、ムガジダは意外そうに一つしかない目を見開くと、しばしの思考の末に口を開いた。


「ふむ、時間稼ぎか。援軍が来るとは思えぬ。我らが街を出る直前、リニューカント執政軍とことを構えたのは知っておるな?」


 エイルは首を横に振る。

 情報が入ってきていなかった。ムガジダたちがパッガス村に向かっているという情報すら知らなかったのだ。

 ムガジダはエイルの反応を見て嘘を吐いていないと判断したのか、地面に座り込んだ。


「ならば、非戦闘員の避難を優先しているといった所か。地下道でもあるのだな。よかろう。待とう。無用な犠牲を好む質ではなくてな」

「……感謝いたします」


 こればかりを口を開かないわけにはいかないと、エイルは礼を言った。


「よいのだ。我の力で毒を散布するとなれば、戦闘員かどうかの区別などつかぬからな。まぁ、もとより、人の顔は全て同じで判別がつかぬが」


 本当に風向きが変わるまで待つらしく、ムガジダは棒切れで地面に絵を描き始めた。

 砦の上からムガジダの動きを警戒しながら、エイルは「こんな事もあろうかと」と呟くリピレイの声を聞いた気がした。

 一週間、エイル達は襲撃に備えていた。その一つに、ムガジダによる無差別の毒散布への対抗策がある。

 地下道の換気徹底や飲み水の確保、果ては近隣の森を切り開いて、風魔法一つで風向きをある程度調整できるようにしてある。

 今までは鬱蒼とした森のせいで風向きが予想しにくかったが、現在は観測結果と防風林、エイルによる土壁により外から毒を散布されても村の中や地下道には入り込めないようになっている。

 だが、エイル達の準備をムガジダも予測していたらしい。地面に描かれている絵は、パッガス村周辺の地図だった。


「これは見事、風を散らして届かないようにしておるのだな」


 感心した様子のムガジダは教会兵を見回した。


「土魔法を使用し、周辺の地面を掘り返せ。己が魔力を混ぜ込むことで、あの女が土魔法を使いにくくせよ」


 ムガジダの的確な命令に、エイルは顔をしかめた。

 土魔法は周辺の土に自身の魔力を練り込む事で操る魔法だ。他者の魔力が混ざった土はその分抗魔力が付与されて操りにくくなる。より多くの魔力を込めれば操ることもできるが、二百人近い教会兵を上回る魔力を個人であるエイルが持っているはずもない。

 土流魔法戦術は根幹に土魔法があるため、封じられると途端に弱体化するのだ。

 エイルは仕方なく、自ら開戦の火蓋を切る。

 砦の上部に作り出した二十のバリスタから巨大な矢が射出される。ゴーレムの応用で矢を番え、射出するまでが半自動で行える点も土流魔法戦術の利点だった。

 ムガジダが素早く教会兵に命じて土の壁を作り出させ、それを防壁とする。

 高所から撃ち下ろされた巨大な矢が突き刺さった土壁はあえなく崩壊する。土壁を貫通した矢を受けた教会兵が腹部に大穴をあけて倒れ伏した。

 しかし、腹部を押さえながら教会兵はなおも立ち上がろうとする。腹部を貫通されているため身を起こせずに再び地面に倒れ伏すが、今度は這いずって砦に向かい始めた。


「痛みをあまり感じていませんね。麻薬の類ですか」


 エイルは異常な教会兵の動きを見て判断を下す。絶命させない限りは戦い続けると見た方がよさそうだ、と。

 その時、重傷を負いながらも一人の教会兵が走ってきた。

 たった一人で砦に何をするつもりかとエイルは教会兵を見下ろし、何が起こるかを察して内壁へと走った。

 直後、教会兵が接触したと思しき外壁で爆発が起こる。

 背後の外壁を振り返り、エイルは舌打ちした。


「自爆特攻ですか……。麻薬で理性も恐怖心も飛んでいるとはいえ、なりふり構ってませんね」


 元々脆く作られている外壁は自爆を受けて一部が崩壊し、続く教会兵の進入を許していた。

 人的損害を許容できるのなら、同じような自爆特攻を何度も仕掛けてくるだろう。ムガジダの目的がラフトックの封印を解く事であるのなら、封印解除用の生贄一人以外は使い捨ての駒に出来る。

 流石に分が悪いと思いつつ、エイルは外壁と内壁の間に降り立ち、ゴーレムを三体作成する。

 外壁と内壁の間の空間はまだ教会兵たちが地面に魔力を込めていない更地だ。エイルが十全に力を振るえる環境である。

 先手必勝とばかり、エイルは三体のゴーレムと共に駆け出した。

 外壁の損壊部分から入ってきた教会兵にゴーレムが腕を振り抜く。

 筋力の強化を始めとしたいくつかの魔法を重ね掛けしたらしい教会兵が後方に飛び退いてゴーレムの腕を交わした直後、エイルは石を投擲した。

 教会兵が盾で石を弾く合間にゴーレムが距離を詰め、真上から巨大な手を振り降ろす。

 頭から叩き潰された教会兵の血や肉が飛び散った直後、別の教会兵がゴーレムに取り付き、魔力を叩きこんで制御を奪いにかかる。


「前回の武装集団とは物が違いますね」


 薬物中毒の症状を呈している教会兵がその場で判断しているとは思えないため、あらかじめムガジダが言い含めていた動きなのだろう。

 だが、高位土魔法使いであるエイルからゴーレムの制御を奪うには並の魔力量では足りない。

 取りついた教会兵を蚊でも潰す様に叩き落としたゴーレムが地面に手を当てる。エイルはゴーレムの手に生成した岩石の棍棒を握らせた。

 次の瞬間、巻き上がる砂を目視したエイルはゴーレムに棍棒を空振りさせて砂塵を散らす。

 巻き上がる砂に飲まれた教会兵たちは糸が切れた様に倒れ伏した。


「風魔法に毒を乗せて流してくるとは予想していましたけれど」


 本当に人的損害を毛ほども憂慮していない。捨て駒扱いされている教会兵も麻薬の影響で怯えがなく、死兵となって押し寄せてくる。

 このままでは確実に押し切られるが、打開策も見つからない。戦闘要員が他にもいれば押し返せるが、リニューカント執政軍の援軍も見込めない今は打つ手なしだ。


「それでももう少し教会兵を削っておく必要がありますね」


 この砦をそのままムガジダとラフトックに利用された場合、二百人近い教会兵が丸々残っていると奪還も難しい。

 せめて半数の百人までは削らなくてはならない。

 エイルは三体のゴーレムを分散配置させ、入り込んでくる教会兵を確実に始末する。自爆特攻により外壁の崩壊部分が増え、ゴーレムが爆散させられてもすぐに新たなゴーレムを作り出して戦線を維持する。

 ゴリ押しを続ければエイルが撤退すると分かっているのだろう。ムガジダは自身の戦力を磨り潰す様に突撃を続けさせていた。

 ムガジダにも二百人の教会兵を維持し続ける能力はなく、薬物中毒が進行すれば兵はさらに使い物にならなくなるため、磨り潰すことにためらいがない。

 外壁を乗り越えた兵が徐々に骸となって積み上がる。

 そろそろ魔力が心許なくなってきたエイルは撤退を視野に入れ始めていたが、それより先に十人ほどの教会兵が盾を構えて一列に外壁の亀裂から入ってきた。

 教会兵の後ろにムガジダがいるのを見て、エイルは攻撃の手を止める。

 直接乗り込んでくるからには何か話があるはずだ。話を聞くふりをして撤退のタイミングを計るなり、魔力の回復に努めるなりしようとエイルは考えた。

 外壁を越えたムガジダは、教会兵の骸を見回して満足そうに頷いた。


「七十人といったところか。見事なものだが、撤退せぬなら、この死体の山を爆発物に変えて近隣一帯を吹き飛ばす」


 出方を窺うように見てくるムガジダに、エイルはため息をついた。

 七十人分の人体からムガジダがどれほどの爆発物を生成できるのかは不明だが、このタイミングで切り出すからには砦の内壁まで爆破できると踏んでいるだろう。村の中での戦闘は避けたいエイルとしては、ここが引き際だった。


「分かりました。潮時ですね」

「物分かりが良い。どうだ。我の下で働かぬか? 今の人の世について色々と知りたいのだが」

「お断りします」

「我が邪神だからか?」

「いえ、前後不覚の薬物廃人に囲まれている方に重用されてもうれしくないからです」


 エイルの言葉にムガジダは周囲を見回した後、大笑した。


「我が封印されている間に少しはまともな人間も増えたようだ。あの頃の王共とは違うのだな」


 愉快そうに笑ったムガジダは教会兵たちに制止を命じた。


「五百、数えてやろう。地下道の隠ぺい工作もあるだろうからな。我の目的は我が友との再会のみ。この砦に興味はない。明日には退去する事を誓おう」

「ありがとうございます。再会の祝いにお酒が欲しければ、赤い看板の建物へどうぞ。地下にいくつか揃えてありますので」

「頂こう」


 エイルが一礼して去ると、ムガジダは楽しげに笑う。


「人との関わりはこうでなくてはな。神だのなんだのはもう飽きた」


 砦の内壁をすり抜けて走っていくエイルを見送った後、ムガジダは教会兵に指示を出し、一人の中年男を連れて来させた。


「やめろ! 生贄はやだ!」


 教会兵とは異なり麻薬中毒の症状が出ていない中年男に、ムガジダはやれやれと首を振る。


「思うが儘に暴れろと我に言ったのは貴様であろう」

「生贄ならほかにいくらでもいるだろう! 私は敬虔なる神の信徒だ。私を生贄になどすれば貴様に天罰が下るぞ!」

「かつては神と崇められた我にそれを言うのか。そも、我は敬虔なる神の信徒たる貴様の言う通りに思うが儘、暴れるだけだ。すなわち、貴様を生贄にしたいと思うから思いを貫くのだ。エルナダ大陸の土着宗教根絶が目的との事だが、我が思うところはそこではなくてな。利害の不一致だ」

「ふざけるな! 貴様を復活させたのは私だぞ!」

「ならば責任を取るべきは貴様であろうよ。それに、我が友ラフトックもまた邪神だ。復活させれば二体の邪神を復活させる事になる。良かったではないか。お前の目論見通りだろう。我は貴様に敬意を表し、ことあるごとに我とラフトックを復活させた功労者として喧伝してやろう」


 笑いながら五百を数え終えたムガジダは中年男を教会兵に引きずらせながら砦の中、パッガス村へと足を踏み入れる。

 少し懐かしそうにパッガス村を見回したムガジダは迷いのない足取りで村中央の封印された扉へと向かった。

 中年男は教会兵に組み付かれたまま封印された扉に押し付けられる。


「や、やめ――」


 何かを言おうとした直後、中年男は顔面を扉に押し付けられ、扉をおろし金代わりに顔面を削り取られた。

 悲鳴を上げる中年男の頭を掴み上げ、教会兵は再び扉に押し付ける。

 ムガジダは両手を合わせた。


「おぉ、鎮痛剤を打つのを忘れていた。まぁ、いまさらであるな」


 一人納得したムガジダは扉に流れる赤い血が重力に抗って帯状の魔法陣を描くのを眺める。

 すでに悲鳴も上げられなくなった中年男の顔を何度も扉ですりおろす教会兵は如何なる幻覚を見ているのかニヘニヘとだらしない笑みを浮かべていた。

 痙攣する中年男の頭が叩きつけられた扉が、ゆっくりと開かれた。


「封印が解けたようであるな。では、寝坊助を起こしてこようか」

「――その必要はない」


 扉の向こうから軽やかな声がして、地下室への階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

 声を聞きわけたムガジダが迎え入れるように両腕を広げる。


「おぉ、起きていたか、我が友よ。相も変わらず強烈な臭いであるな!」

「やかましい。……あぁ、なんてことだ。人間は絶滅していないのか」


 地下から上がってきたその声の主は外の様子を一目見るなり大いに嘆いた。

 いや、一目という表現には語弊がある。

 声の主には目がなかった。皮膚は硬質化した樹皮に覆われ、頭部は球状に密生した小さな花で形作られている。ムガジダと負けず劣らずの異形だった。悪臭と呼べるほどに強烈な花の香りを纏っており、麻薬で意識が半ば飛んでいるはずの教会兵が顔を顰めて後ずさった。


「我が友ラフトックよ、人の絶滅が望みか?」

「そうでもない。だが、積極的にかかわろうとは思わんな」

「であろうな。ラフトックの最後は邪神認定からの封印であったものな」

「それだけが理由でもないが……」

「ともあれ、こうして復活したのだ。酒でも飲みかわそうではないか」


 ムガジダが誘うと、ラフトックは頭部を揺らした。花弁が舞い散るが、散る度に新たな花弁が形成される。


「誘いは嬉しいが、ここには良い思い出が無い。別のところで飲もう。この近くにツガ族の集落がある。そこの人間どもを連れていけば二日はかかるが」

「ならば殺していけばよい」

「殺して構わぬのなら、道中に数が減った花の群生地を作りたいな」

「良かろう。花見酒とは粋ではないか!」


 けらけら笑いながら、ムガジダはラフトックと連れ立って歩き出す。

 自らの末路に考えの及ばない教会兵たちはふらふらと二柱の邪神の後をついて歩いて行った。


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