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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第三章 薬の邪神

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第四話 パッガス村襲撃

 パッガス村は包囲されていた。

 エイルの造り上げた砦の外壁のさらに外側に三角教の旗を掲げた武装集団が駐留している。

 統一された武装は長柄の槍で、投擲用の短槍も備えている。防具は魔物を想定した革鎧で急所にのみ金属が使われている。魔法に対抗するための処理を施してあるようだ。

 だが、集団としての訓練や実践はさほど組んでいないのか、隊列はやや乱れている。森の奥に突然出現した土流魔法戦術の砦に興味津々らしく、無防備に魔法の射程範囲に入っている点から見ても攻城戦の経験はないのだろう。

 先住民ばかりのエルナダ大陸で攻城戦の経験者などそうはいないだろうが。


「金の髪の少女を匿っているだろう。先住民の封印師だ。いますぐに身柄を引き渡せ」


 高圧的に三角教の使者が要求してくる。

 砦の上に立っていたパッガスは使者を見下ろして舌打ちした。


「動きが早すぎるだろう。ラフトックの封印については三角教も知っているとはいえ、まだこの村に居るって確証はないはずだ」


 エイルは使者を見つめながら、パッガスの推測に頷く。


「確証は向こうもないでしょう。ですが、封印師がいないのならば村の中を検めさせろと要求し、そのまま軍を駐留させラフトックの封印を解くまでが計画に入っているかもしれません」

「居ても居なくても、三角教に損はないって事か?」

「そうでなくては、武装した兵を五十人も連れてきません。ここまで森を突っ切ることも考えれば、後方支援に倍の人数が必要でしょう。この村の実態もある程度は知っているはずですから、略奪ができると楽観視するとは思えません」


 すでに二十人の三角教の兵とラフトックを撃退した実績があるパッガス村だ。いくら倍以上の戦力を整えて攻めたところで、孤児だらけの村では得られる物が少ない。

 それでも五十人の武装兵を連れてきているのだから、向こうにも何らかの考えがあるのだ。

 パッガスがエイルを横目に見る。


「避難はまだ完了していない。時間稼ぎは出来るか?」

「時間稼ぎですか? 地の利もありますから、撃退は可能ですが?」

「出来るのかよ……」


 パッガス村で戦力と呼べるのはエイル、パッガス、リピレイのみだ。パッガスやリピレイは喧嘩ならばともかく武装した兵を相手取った経験がないため、実質的にはエイル一人と言える。

 砦があるとはいえ一対五十などまともな戦いになるはずがないとパッガスは思うのだが、エイルは出来ない事を出来るとは言わない。


「どうせ、レフゥを引き渡す選択肢は最初からないんだ。交戦は避けられないし、撃退しよう。だが、エイルが無事に帰ってくるのが条件だ。エイルも村の一員なんだからな」

「お任せください」

「――貴様ら、聞いているのか!?」


 三角教の使者が喚いているのに気付いて、パッガスは口を開く。


「お前らに命令される筋合いが無い。失せろ」

「なっ!?」


 顔を真っ赤にした使者がパッガスを指差す。


「あいつを殺せ! こんな孤児共がつくった泥細工の砦など粉砕してしまえ!」


 使者はそのまま武装集団の指揮官でもあるらしく、彼の命令で五十人の兵が一斉に動き出した。

 砦の外壁の上から兵の動きを観察していたエイルはパッガスを見る。


「避難を中止するよう、リピレイさんとマルハスさんに伝えてください。あの集団では内壁を越えることもできないでしょうから」

「あぁ、分かった。状況が状況だから、敵の生死は問わない。できれば、指揮官は生かしておいてほしい。尋問したいから」

「かしこまりました」


 エイルがパッガスに一礼した直後、武装集団から悲鳴が上がった。

 突如現れた上半身だけのゴーレムが巨大な手で土を握り、武装集団へ投擲したのだ。

 霧のように拡散する土の中に混ざった小石が武装集団に降り注ぐ。狙いも付けない大ざっぱな投擲も、密集陣形を取っていた武装集団には効果的だった。


「散開、散開!」


 今さら遅いだろう、とエイルは呆れながらもゴーレムを操作する。

 ゴーレムは地面を両手で叩き、ぎゅっと握りしめる。持ち上げられたその拳には凶悪な棘の付いたナックルがはめられていた。


「ゴーレムに構うな。あの女を狙え!」


 指揮官が砦の上のエイルを指差すと、魔法がいくつか飛んでくる。

 エイルに魔法が命中する寸前、エイルの姿が掻き消えた。かと思うと、エイルがいた壁上のやや下方に窓のような四角い枠が作られ、そこからエイルが顔を覗かせた。

 この砦はエイルの土魔法で作られている。外壁も土で作られているため、エイルがその気になれば一瞬で崩壊させる事も、部分的に凹ませる事も出来る。

 つまり、壁の中に潜り込む事も容易い。

 魔法を避けられたと気付いた兵が追撃を仕掛けるが、エイルはのぞき窓から戦況を確認しつつゴーレムを遠隔操作して前線を崩壊させ、魔法で攻撃してくる後方部隊に突貫させる。

 ここまで来るとエイルを仕留めるよりもゴーレムの排除が優先となり、後方部隊がゴーレムに魔法を集中させた。

 注意が逸れたのを良い事に、エイルは外壁から飛び出した。


「岩塊」


 自身の周囲を高密度の岩で固め、砲弾のように飛び出したエイルの着地点はゴーレムの直上だった。

 ゴーレムが魔法の集中砲火を浴びて崩れ落ちた直後、高密度の岩に包まれたエイルが着地した。着地の衝撃に地面が揺れる。


「さて、降参した方は四肢の骨を折るだけで済ませます。命乞いは死ぬ前にどうぞ」


 兵たちに告げた直後、エイルは腕を振り抜く。エイルの腕に合わせて地面がぬかるみ、兵たちの足が沈みこんだ。


「構うな。女に攻撃を集中しろ」


 指揮官の命令よりも早く、兵たちは危機感を覚えてエイルへ攻撃していた。

 二十を超える火球が殺到するも、エイルは無情にも魔法を発動する。高さ二メートルの泥の波が火球を呑みこんだ。

 エイルは自らの足元の地面だけは硬く保ちながら、兵たちの機動力を奪い、ゴーレムで一人ずつ始末していく。

 進むことも逃げることも叶わずに、兵たちは必死の抵抗を見せるが魔法を用いた遠距離攻撃はことごとく土の壁や泥の波に防がれてエイルに届かない。

 もともと、土流魔法戦術はエルナダ大陸はおろか本国でも普及していない。それもそのはず、考案者であるエイルがルワート伯爵領で軍事顧問として導入を試みるも失敗するほどに体得が難しいのだ。

 当然対抗策もあるのだが、普及していない以上その対抗策が知られているはずもなく、エイルは五十人の兵を相手に圧倒する戦いぶりだった。

 あまりにも一方的な展開に指揮官が撤退の指示を出すも、ぬかるみに足を取られた兵はまともに退避行動もとれない有様。


「待て、女、ちょっと話をしよう!」


 指揮官が声を掛けてくるのに構わず、エイルは淡々と兵を始末していく。

 悲鳴にびくびくしながらも、指揮官は説得を試みる。


「あ、あなたほどの実力者が辺境のさびれた村に埋もれているのは人類の損失だ。偉大な神に仕えるべきだ。そうだろう?」


 指揮官の言葉に、エイルは首を傾げた。


「お断りします。神様は褒めてくれませんもの」

「神は確かに褒めてはくれない。だが、偉大な神に仕える敬虔なあなたを皆が称えるだろう!」

「私、誰もが認める方に褒めて頂くと嬉しくなりますが、誰もが認める存在になることには興味がありません」

「な、なら、私の下に付くのはどうだ?」

「パッガス様の方が皆に認められていますので、あなたの部下になることに毛ほども魅力を感じません」

「……そ、そうだ。三角教の幹部に認められる。そう、孤児のリーダーなんかよりもよほど――」

「でも神のパシリなのでしょう? ならば、パッガス様を盛り立てて神を打倒した方がより広く認められるとは思いませんか?」


 神を打倒する。そんな台詞を平然と吐いたエイルに、三角教に属する指揮官も兵たちも唖然とした顔を向ける。

 だが、この村はすでに農業の邪神ラフトックの襲撃を受けてこれを封印した実績を持つ村だ。エイルの発言には幾ばくかの信憑性があった。

 だが、三角教の神はエルナダ先住民の土着宗教のそれとは異なり明確な存在ではなく、ただの概念である。少なくとも、現世に現れる存在ではないとされている。せいぜいが預言者にお告げを与える程度だ。

 エイルも、三角教の神は封印も殺害も出来ない事に気付いたのか、誤魔化す様に微笑んだ。


「神を打倒できないのでしたら、三角教を滅ぼせばいいだけですね。指揮官以外は皆殺しにしましょう」

「降参します!」


 泥に身投げするように這いつくばった兵が降参する。

 生き残りの兵が次々と後に続き、残された指揮官ももはやこれまでと両手を上げた。


「投降する。これ以上は――」

「ぎゃああ」


 指揮官が投降した直後、残っていた兵が四肢をゴーレムの手で砕かれ悲鳴を上げる。


「こちらの人数が少ないもので、交戦の意志に関係なく戦闘能力を奪います。命は取りませんし、後で治療もしますのでご安心ください」


 淡々と告げるエイルに腰を抜かす指揮官の両腕を冷たく硬い岩の手が掴む。


「ひっ!?」

「元より、三角教にエルナダ大陸での警察権はありませんし、あなた方は軍ではなく民間人、もっと言えば山賊や盗賊の類の武装集団です。ひるがえって、パッガス村は行政権を持つリニューカント執政軍に自衛権を認められておりますので、殺されないだけましだと思ってください」


 ぽきっと音がして、指揮官の腕があらぬ方向に曲がった。

 指揮官の悲鳴を最後に武装集団を全員拘束して、エイルは捕虜となった彼らを村の中に連行する。


「……マジで捕まえやがった」

「パッガス様のご命令でしたので」

「いや、うん。よくやってくれた。本当、凄いな、エイル」

「ありがとうございます!」

「その笑顔はドキドキするんだけどなぁ」


 本性がなぁ、とパッガスは疲れた顔で呟いて、リピレイとマルハスに捕虜の応急手当をするように指示を出す。


「それで、そいつが指揮官? 使者じゃなく?」

「はい。元々軍人ではないので当然ではありますが、指揮一つをとってもお粗末なものでしたね」


 土流魔法戦術には穴がある。それは土魔法を使った事があれば誰も気付けるような穴だ。もっとも、エイル相手にその穴を突くのは難しい。

 だが、この指揮官のように穴に気付きもしないのは論外だ。


「リニューカント執政軍やダックワイズ冒険隊であればこうはいかないでしょう。この砦の特性もそろそろ広まる頃です。安全はそう長く続かないと考えた方がいいと思われます」

「分かった。でも、その話は後だ。今はこのおっさんに聞かないといけない事がある」


 パッガスは指揮官に歩み寄り、髪を掴んで顔を上げさせた。


「金の髪の少女について何処で聞いた?」

「やはりこの村に居るのか――がっ」


 質問に質問で返した指揮官の顔面に膝蹴りを入れて、パッガスは声を掛ける。


「歯が全部砕けても、はいかいいえで答えられる質問をすれば手間はかかるが用は足りるんだ。何度でも膝を叩きこむぞ? 金の髪の少女についてどこで聞いた?」

「くっそ。リニューカント執政軍に垂れ込みがあったんだ」

「スパイからの情報か。垂れ込んだのはどこの誰だ?」

「Gの兄弟らしいってことまでは分かってる。それ以上は分からん」

「そうか。素直だな。質問を変える。金の髪の少女を何故追っている?」


 今度の質問には答えたくないのか躊躇うように視線を泳がせる指揮官に、パッガスは膝を叩きこむ。


「今度は左膝でやろうか?」

「……エルナダ先住民が邪神ムガジダを復活させた。その再封印を頼みたい」


 鼻から血を流しながら答える指揮官にパッガスは舌打ちし、膝を叩きこむ。


「嘘は嫌いだ。それに、鎌をかけてくるんじゃねぇよ。邪神ムガジダを再封印したいっていうなら協力者になる金の髪の少女の身柄を引き渡せなんて要求にならないだろうが。協力を頼みたい、だのなんだ言うはずだ。そもそも、この村にお前たちが来る前から金の髪の少女を探していたよな? 何で封印師が金の髪の少女に限定されてるんだよ。時系列が逆だろ。本当のことを言え」


 折れた腕では鼻を押さえることもままならないのか、指揮官は涙目でコクコク頷いた。


「邪神ムガジダを封印したいのは本当だ。あの化け物、三角教の過激派を薬物中毒にして言う事を聞かせているんだ。このままでは乗っ取られてしまう」

「お前らのところにムガジダがいるんなら、誰が復活させたんだよ?」

「……我々だ」


 言質を取られて苦い顔をする指揮官にパッガスは呆れのため息をつき、続けて質問する。


「当初、金の髪の少女を追っていた理由は?」

「復活の儀式を目撃されてしまった。地下水道を逃げられ、追うことが出来なかった」

「この村に居る封印師はその子とは別人だぞ」

「だろうと思った。だが、とにかく今はムガジダを再度封印しなくてはならないのだ」


 項垂れる指揮官を適当な建物に放り込むようエイルに指示を出して、パッガスは腕を組んで考える。


「ムガジダの封印には人数と魔力が足りないって話だったし、逃げの一手しか残ってないんだよなぁ」



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