第三話 魔の手が外からも迫ってこないといつから(ry
ティターは両手に魔法道具を持ち、正面の人物に笑みを向ける。挑発的なその笑みに正面の人物、Gの兄弟幹部ミズスーラは額に青筋を浮かべた。
「ティター先生、そちらから来てくれるとは光栄だ。この間は窓を割ってくれたよな。修繕費を払いに来るとは律儀じゃねぇか」
「おや、勘違いされては困りますね。改修費を頂くのが先です。風通しが良くなったと評判だと聞きますよ?」
「おう、カチコミ喰らって窓を割られたってな。ご近所の良い笑い者だ」
「そのご近所の皆様からも、ご好評をいただいたと聞きます。心の距離は縮まらずとも、間にあった壁が僅かにでも取り払われたのは嬉しいと」
「てめぇ……」
魔力を練りはじめたミズスーラに、ティターが手をつきだす。握られた魔法道具の効果は得体が知れず、ミズスーラは苦々しい顔でティターを睨みつけた。
裏の人間の幹部に睨みつけられたティターは心から楽しそうな笑みを浮かべる。
「こんな些細な世間話に来たわけではありません。それに、結果はどうあれ、三角教に種が存在したのは確かめて頂けましたよね?」
「……お前が掠め取ったのか?」
「いえいえ、種の消息は私も掴めていません。ただ、三角教にないのはほぼ確定です。クッフスタさんをご存知ですか?」
「本国から左遷されてきた三角教のおっさんだろう。今回の騒動で三角教からも放逐されて行方知れずだってな」
「私が保護しています」
「ほぉ。利益があるとは思えないが?」
「金銭的な利益はありませんね。ですが、おかげで面白い話を聞きました」
「情報料をせしめようってか? 放逐されるような輩が重要な情報を持ち合わせてるとは思えねぇな」
ミズスーラが出方を窺うようにティターを睨む。
ふと、ミズスーラの視線が横にはずれた。
「ところで、そっちの先住民は何だ?」
「妻!」
ドヤ顔で答えるンナチャヤの声は大きく、ミズスーラは虚を突かれたように押し黙った後、攻撃材料を見つけたとばかりティターに嘲るような目を向ける。
「おうおう、ティター先生? 王立学校の女学生はベッドでどんな授業を受けるのかな? えぇ、ティター先生?」
「確かに年齢的には女学生もンナチャヤと同じくらいですがね。彼女たちはベッドに入るのではなく入れるんですよ」
「入れる?」
「えぇ、私と他の男性教授や男子生徒が同衾する絵を描くんですよ」
「……茶化して悪かった」
「いえ、彼女たちも隠しているようなんですが、面白半分で見せようとする生徒もいましてね……」
居た堪れない空気になったところで、ティターは本題を切り出す。
「そんな事より、本日ここに足を運んだのはちょっとした情報提供です」
「情報料をせしめる気はねぇのか」
「ないですね。パッガスという青年をご存知ですか?」
ティターが出した名前に、ミズスーラはすぐに思い至ったらしい。
「孤児どもをまとめてるガキだろう。近頃姿が見えねぇが」
「遺跡に村を作っていましてね」
「それがどうした? 孤児の村なんざ、魔物に食われて終わりだろう」
「そこに、ラフトックを封印した金の髪の少女がいます」
「金の髪の少女っていうと、三角教が追ってるって噂の奴か」
ミズスーラがティターの話に興味を示し、身を乗り出した。
三角教から首尾よく盗み出した種を掠め取った疑いもある少女の話だ。ミズスーラが興味を示さないはずがなかった。
だが、ティターは首を横に振る。
「さて、そこまでは分かりかねます。ですが、金の髪の少女そのものはおまけでして、この情報をリニューカント執政軍に垂れこんだらどうなるか、あなた方の目で確かめて頂きたいのです」
「何を企んでる?」
「Gの兄弟の中にも、まるで三角教と足並みをそろえるかのごとく金の髪の少女を探そうという動きがあるのではないかと思ったまでです」
「……垂れこむ相手は?」
「リストにしておきました」
「半ば確信してるんじゃねぇか。そうか、それでクッフスタのおっさんの身柄を保護してんのか」
理解したらしいミズスーラは納得顔でリストを受け取り、ざっと読むと部下の一人に耳打ちして外へ走らせた。
「クッフスタのおっさんを返り咲かせて、ティター先生は裏でうまい汁を吸おうって魂胆か。あちこちに潜り込んでるスパイはクッフスタのおっさんの対抗勢力側だから、俺達を使って排除って寸法だな?」
「いえ、ミズスーラさんが動いてくれた時点でクッフスタさんはすでに用済みです。欲しいのでしたら、あげましょうか?」
「……お前、本当に何を企んでるんだ?」
理解できないものを見る目でミズスーラはティターを睨む。
「まぁ、ティター先生が持ってきた情報はそれなりに価値のある物だったがな」
「喜んでいただけて光栄です。では、私たちはこれにて」
「さっさと帰れ」
ミズスーラが蝿でも払うように手を振ると、護衛の部下たちが渋々と言った様子でティターたちに道を開ける。
ティターはンナチャヤを連れてGの兄弟のアジトを出た。
尾行が無いのを確認して、大通りに出たティターは上機嫌に歩きながら、屋台で果物のシャーベットを購入し、ベンチに腰を下ろした。
「これはンナチャヤさんの分です」
隣に座ったンナチャヤに果物シャーベットを渡して、ティターは自分の分を木匙で掬う。
かんきつ類のさわやかな酸味と魔法で凍らせたシャーベットの冷気は陽も高く暑くなってきた今の時間には心地よい。
「パッガス村には少々悪い気もしますが、まぁ、上手くやるでしょう。それよりも、これで三角教の過激派が動き出せばリニューカント執政軍にスパイを潜り込ませているのが確定。それを指摘しつつ、今度はリニューカント執政軍に動いてもらえば楽しい事になりますね」
「旦那様、楽しい?」
「えぇ、お祭りは準備が一番楽しいとも言われます。私は人々が踊るのを眺めている方が楽しいですがね」
「踊る?」
「そうです。これから三角教とリニューカント執政軍が踊ります。そして、エルナダ大陸の住人はその踊りをどう見るのか。それが今から楽しみですね」
だからこそ、準備はきちんと終わらせなくてはならない。
Gの兄弟からのタレこみが合った事を報告するべく駆け出していく三角教のスパイを視界の端に捕えて、ティターは立ち上がった。
「Gの兄弟も三角教過激派も仕事が早いですね。素晴らしい。では、リニューカント執政軍を動かしましょう」
言葉通りに、ティターはリニューカント執政軍の庁舎へ向かう。暇そうにカードゲームをしていた兵士がティターを見て怪訝な顔をした。
「女の売り込みか?」
「いえ、ティッグ大佐にお話があってまいりました。種の正体を知っている、とお伝えください」
「……種か」
先日の騒動をすぐに思い出したらしい兵士が立ち上がり、二階への階段を上っていく。
ティターがポケットの中の魔法道具を指先で弄りながら待っていると、先ほどの兵士が階段を下りてきた。
「大佐がお待ちだ。来い」
階段を上ると、たばこの臭いが鼻についた。兵士の後を歩いて一歩進むたびに臭いが強くなっていく。隣に居たンナチャヤが顔をしかめた。
「ここだ。失礼の無いようにな」
兵士が扉を開けながらそう言って一歩下がって道を開ける。
部屋の中には大きく頑丈そうな木の机に踵を乗せて煙草を吹かす四十歳ほどの男性がいた。軍人らしく鍛え上げられたその体は肩幅が広く、胸には二つの勲章が輝いている。
ティターがンナチャヤと共に中に入ると、扉が閉じられた。
「ティッグ大佐、お初にお目にかかります。私はティターと申します」
「お前に興味はない。種の正体を知っているとの事だったが?」
しわがれた声で用件だけを尋ねるティッグ大佐に、ティターは淡々と応じる。
「三角教から盗まれた種はダックワイズ冒険隊が調査した遺跡から盗み出されていたラデン花の種子です。この種子は魔物を操るエルナダ大陸原住民の秘薬を作る原料です」
端的に告げたティターは発言の信ぴょう性を高めるべく傍らのンナチャヤをさりげなく見る。
ティッグ大佐はンナチャヤを一瞥した後、ティターに視線を戻した。
「あの騒動でダックワイズ冒険隊も動いていたのは知っている。騒動の前に、とある遺跡へ調査に出向いた事もな。だが、お前の言葉には直接的な証拠はない。種の形状と用途を伝える先住民共の伝承などはないのか?」
「ダックワイズ冒険隊に脅されて集落から持ち出されたそうですよ」
「ふむ」
ティッグ大佐は胡散臭そうにティターを睨み、煙草をふかして考え込む。
「確かに、種ごときで三角教が大騒ぎした事には疑念があった。お前の話が事実なら、三角教がエルナダ大陸の覇権の狙っている可能性が出てくる」
「もう一つ、面白い話があります」
「早く言え」
「リニューカント執政軍に三角教過激派のスパイが潜り込んでいますよ」
「……発言に気を付けろよ」
監督不足を指摘されたと考えたのか、ティッグ大佐が剣呑な光を宿した目でティターを見る。
しかし、ティターは懐から名簿を取り出して広げて見せた。
「名簿を進呈します。まだまだいるとはいると思いますが、彼らが三角教過激派のスパイである証拠もあります。Gの兄弟からの垂れ込み、届いてますか?」
「何の話だ?」
「その辺りはGの兄弟ミズスーラさんとご相談ください。親しいでしょう?」
「はっ」
鼻で笑ったティッグ大佐は煙草を灰皿に押し付け、ティターの持つ名簿を指差す。
「寄越せ」
「どうぞ」
ひったくるように名簿を奪い取ったティッグ大佐は、記された名前をしばらく眺めて舌打ちする。
「腹立たしい事に心当たりがある。それで、お前は何を企んでいる。この情報を元にどんな取引を望む?」
「三角教の権威失墜を望みます。具体的には、家宅捜索していただきたい。現在、教会には薬の邪神ムガジダが匿われている可能性があります」
「次から次へ新情報が出てくるな。お前はどこまで知ってるんだ?」
「調べられた範囲のことまでは知っています。ただ、結局種がどこにあるのかが分からず仕舞いで気になっています。三角教、Gの兄弟、リニューカント執政軍と回ってきましたが手ごたえがない」
「金の髪の少女はどうだ?」
「三角教を放逐されたクッフスタ氏を保護して話を聞きましたが、金の髪の少女は過激派が邪神ムガジダを復活させる現場を目撃したために口封じを目的として狙われているようです」
「なるほど。それなら、三角教の家宅捜索で邪神ムガジダってのが出てくれば、三角教が金の髪の少女を追う事もなくなるってわけだ」
「そうなるでしょうね。とはいえ、金の髪の少女を追う理由を知っている者がそう多くはありませんから、サウズバロウ開拓団あたりは構わず捜索を続けるでしょう。それで、リニューカント執政軍は三角教の家宅捜索を行ってくれますか?」
ティターに訊ねられて、ティッグ大佐は新たな煙草に火を付けながら肯定した。
「スパイなんて舐めた真似をされて、情報抜かれて、出し抜かれ、反撃せずに保てる面子はないだろう。まぁ、準備があるんでな。今日明日ってわけじゃないが」
「では、私はそれまで口を閉ざしていればいいわけですね?」
「ここでお前の息の根を止める方が確実だがな。今度来るときは本国からの輸入たばこを土産に頼むぜ、ティター先生?」
「伝手がありませんよ」
教職についていたことを話していないにもかかわらず、先生と付け加えたティッグ大佐は、やはり曲者であるのだろう。
肩をすくめて、ティターはンナチャヤと共に部屋を後にした。
一階に降りると兵士たちが意外そうな目でティターを見る。
「なんだ。生きてたのか、あんた。そういや、怒った大佐の口癖が聞こえなかったな。何なんだ、お前はってやつ」
「少し買い物を頼まれましてね。幸いにも、最初に名乗ったのが功を奏したようです」
軽口を叩いて兵士の脇をすり抜けたティターはリニューカント執政軍の庁舎を離れて宿に向かう。
「三角教を監視できる位置に宿を取り直さないといけませんね」
自分で準備を整えたのだから、特等席でのんびり見るに限る。
ティターはこれから起こる騒動に胸を高鳴らせながら大通りの人混みへと消えていった。




