第二話 魔の手が外から迫ってくるといつから錯覚していた?
予約投稿ミスった……。
唐突な二話連続投稿をお楽しみください。
「姉御、あそぼー」
抱き着いてきた七歳くらいの少女を抱き上げて、エイルは歩き出す。
「人形遊びでいいかしら?」
「姉御の人形劇見たい!」
「あら、そっち。まぁ、それでもかまわないわ」
「姉御が人形劇やるって!」
少女が呼びかけると、棒を片手に遊んでいた男の子たちがその棒を投げ捨てて駆け寄ってくる。家々の窓から女の子たちが顔を覗かせ、すぐに飛び出してきた。
すぐに集まってきた子供たちに苦笑しつつ、エイルは手のひらサイズのゴーレムを複数作り出すと、本国で有名な騎士の恋物語をゴーレムたちに演じさせ始めた。
主人公の騎士が数々の無理難題をクリアしてついに姫と結ばれたところで、子供たちが惜しみない拍手を送る。
「やっぱり姉御の人形劇凄い!」
「ありがとう」
エイルが立ち上がり観客の子供達に一礼すると、ゴーレムたちも役を越えて手を繋ぎ一斉に礼をした。
「――大盛況だな」
声を開けてきたパッガスに、エイルは一人頭を下げる。ゴーレムたちはエイルの制御を離れてただの土人形と化したが、女の子たちが持ち帰っていった。サウズバロウ開拓団から引き抜いた陶芸家あたりに焼いてもらって飾るのだろう。
「パッガス様、急ぎの用事ではないようでしたので劇を優先しました。お待たせして申し訳ありません」
「いや、いいんだ。急ぎなら途中でも声を掛けるしな。まぁ、皆には恨まれそうだが」
苦笑しつつ、パッガスは人形劇を見ていた子供たちの中にレフゥを見つけて手招いた。
「レフゥ、ちょっときてくれ」
「なに?」
パタパタと金色の髪を風に靡かせながら歩いてきた可憐な少女は見た目とは裏腹にぶっきらぼうな口調で訊ねた。
「詳しい話はリピレイたちも交えてしたい。付いて来てくれ」
パッガスが自宅へエイルとレフゥを案内する。自宅にはすでにリピレイとマルハスがいた。
「エイルお姉さま、レフゥさんも、どうぞ、今お茶を入れますね」
「ここ、一応俺の家なんだけど。いつのまにか会議室みたいになってるけど、俺の家だからな? 俺の家だよな?」
「パッガス君、そこは自信を持っていいと思うがね」
平然とキッチンでお茶を入れ始めるリピレイを見ている内に自信がなくなっていくパッガスを見かねてマルハスがフォローに回る。
そんな二人に構わずレフゥは適当な椅子に腰を下ろした。エイルはパッガスが椅子を勧めるまで立ち続ける。
「エイルも座れよ。楽にしてくれ」
「ありがとうございます」
優雅な礼と共に薔薇の艶やかな香りがふわりとパッガスに届いた。
リピレイが入れたお茶が全員に回ったのを見計らって、パッガスは説明を始めた。
「どうやら、街で金の髪の少女が追われているらしい」
「またですか」
エイルは呆れつつ、レフゥを見る。レフゥは自身の金髪を指先で弄んだ。
「どうやら、レフゥとは別人らしい。リピレイ、説明を」
「はい」
パッガスに話を回されて、リピレイが口を開く。
「先日、街で商談を終えた私の下にティター先生が訊ねて参りまして、金の髪の少女を三角教の過激派が追っているらしいと情報提供を受けました」
ティターによれば、三角教過激派がエルナダ土着宗教の根絶を目的に邪神の復活と暴走のマッチポンプを目論み、実際に邪神ムガジダを復活させたという。
「邪神ムガジダとは?」
聞きなれない単語に首を傾げたエイルは、考古学者でもあるマルハスに訊ねる。
「邪神ムガジダは、文献によると一部の国家で崇拝されていた薬の神だ。各種の植物や鉱物、動物の内臓などの材料さえあれば魔力で薬を生成し、適切に処方できたとされている」
さすがに研究していただけあってすらすらと答えたマルハスは、研究者の性が口の締まりを悪くしたのかさらに続ける。
「だが、エルナダ文明は国同士の戦争が絶えず、人間たちが毒薬や爆薬ばかりを求めるようになり、その生産を一手に引き受けていた邪神ムガジダは敵方の工作員の決死の潜入と封印工作に嵌められて亜空間へと封印されたという。農業の邪神ラフトックとも繋がりがあったとされるから、レフゥさんも知っている事があれば話してほしいね」
マルハスが水を向けると、レフゥは瞼を閉じて何かを思い出すような間を開けた後、語り出した。
「薬のムガジダ。赤いカビが作り出す無数の斑点に体を覆われた皮膚のない一つ目の邪神。毒々しいピンク色の肉からは蒼銀の血液がにじむ。緑色の歯も特徴。伝承には、ラフトックから植物の提供を受けて農薬と肥料を作る良好な関係だったとある」
それ以上の事は知らない、とレフゥは口を閉ざした。
パッガスが口を挟む。
「封印方法や復活の方法は知らないのか?」
「両方知っている」
「だとすると、レフゥは匿った方がいいな」
村の住人となったレフゥを見捨てる選択肢を取る気が無いパッガスはそう言って、レフゥにしばらくエイルの家に住むよう伝える。
エイルはパッガスの命令を受け入れながらも、不思議そうな顔をした。
「邪神ムガジダを封印できるレフゥを匿うのは理解できます。しかし、パッガス様は先ほど、金の髪の少女とレフゥさんは別人だとおっしゃっていましたが」
「あぁ、別人だ。邪神を復活させる儀式を目撃したらしい。レフゥはずっと村に居たから、間違いなく別人だ。だが、金の髪の少女はいま、三角教だけじゃなくリニューカント執政軍やGの兄弟、サウズバロウ開拓団、ダックワイズ冒険隊まで追いかけている最重要人物だ。しかも、三角教以外はなんで自分たちが金の髪の少女を追っているのか分かっていない可能性が高いらしい」
パッガスの言葉にマルハスが顔色を変える。
「エルナダ大陸の五大組織が総出って事かね?」
「リピレイに情報提供したティター先生の話によると、どうやら、三角教の過激派スパイが各組織で暗躍してるらしい。宗教はこういう時に怖いよな。まぁ、俺達にはあんま関係ないけどさ」
孤児の集まりであるパッガス村には三角教を始めとした宗教が根付いていない。宗教は得体のしれない何かを頼れるほど余裕のある者が罹患する麻疹の類という認識だった。
「とはいえ、三角教やらその他諸々の組織に狙われるのはまずいから、この騒動からは距離を置きたい。そこで、レフゥを匿って知らぬ存ぜぬを貫こうって話だ」
「レフゥさんは元々村から出ませんし、ラフトックの件でも封印したのがレフゥさんだとは知られていません。匿うのは可能でしょう。ですが、ムガジダが交流のあったラフトックの復活を目論む可能性は否定できません。その際に、ムガジダを返り討ちにしますか?」
「レフゥ、ムガジダの再封印は可能か?」
「人数と魔力足りない」
「ムガジダが来たら、手の打ちようがないか。まぁ、封印とかすっ飛ばして討伐するって方法もあるけど、どの道、人数が足りない。また避難訓練をするか」
いくら高位土魔法使いのエイルがいても、ムガジダがどれほどの力を持っているか分からない以上危険な橋は渡れない。
エイル達が引き抜いてきた人材のおかげもあって物も人も揃い、軌道に乗ってきた村を窓から見て、パッガスはため息をついた。
次から次に問題ごとが外からやってくる。ストレスが確実にパッガスをむしばんでいた。
「パッガス君、今夜は飲むかね?」
パッガスを気遣って、マルハスが片手をあげて酒杯を傾ける仕草をする。
救いを見つけた様に視線を向けるパッガスの視界に飛び込んできたのは、マルハスの隣に座るリピレイだった。
「……封印した邪神を復活させるために邪神が襲ってくるかもしれないなんて、三角教がそれに加担しているだなんて、なんて素敵な状況……」
愛用のメモ帳に達成目標が羅列され、手順と不足している情報が書き連ねられる。
「……リピレイ、何の計画を立てているんだ?」
「三角教がムガジダを復活させた事実を拡散するために必要な証拠を集める計画です、パッガスさん」
「あら、いいわね」
「エイル、ちょっと待って」
パッガスが頭痛を堪えて頭を押さえる。
「しかしパッガス様、三角教の醜聞を広めて影響力を削ぐのはパッガス様がエルナダ大陸を総べる前提条件です。良い機会かと思いますが」
「前提条件の前提条件がすでにおかしい」
「影の支配者として君臨なさるおつもりなら、Gの兄弟を最初の標的にするのも悪くありませんね」
もう駄目だ、とパッガスはマルハスへ救いを求める。
マルハスは遠い目で窓の外、駆けまわる子供たちを見ていた。
「のどかな村で安らかな老後を、と思っていたんだけどもね……」
マルハスも諦めていた。
もう救いはないのかとパッガスが諦めかけた時、エイルが「しかしながら」と続けた。
「パッガス様が今回の件に関わりたくないとおっしゃった以上、私は全力でパッガス様の望みどおりの結果を出しましょう。つきましてはリピレイ、その計画の目標を変更してください」
「どのように変更なさるんですか、エイルお姉さま」
不満そうに唇を尖らせるリピレイに、エイルは微笑む。
「一番早いのは、秘密裏に本物の金の髪の少女を捕えてリニューカント執政軍に突き出すことですが、これはパッガス様が望まないでしょう。全力で息を潜めるのであればラフトックの肉体と精神体を他所に移すといった手もありますが、これはレフゥさんが拒否するでしょうし、手が付けられなくなるだけ。となれば、このパッガス村が襲撃を受けても大丈夫なように、他所にここと同等の拠点を設けるのがよいでしょう」
「避難後も生活レベルを維持できるように、ですね。あまり趣味ではありませんけど」
リピレイが残念そうな顔をする。ギリギリの計画にこそ価値を見出すリピレイにとって、安全策ともいえるエイルの提案は気乗りのする物ではない。
しかし、エイルはリピレイの耳元に口を寄せて囁く。
「この村はもはや要塞です。どこの勢力であれ、必ず手に入れようとするでしょう。そして、パッガス様は皆で作り上げたこの村が大人たちに蹂躙されるのを見過ごしません。必ず奪還に動く。とすれば、必要なのは避難所でありつつ、ここを攻略するための橋頭保です」
「……それを、この村が襲撃されるより先に作り上げる?」
「そして、襲撃された時にこの村の住人が一人も欠けることなく逃げ込めるように計画を立ててください。できますね?」
「喜んで!」
頬を赤く色づかせながら、リピレイは快く承諾する。
この村はエイルが作成した土流魔法戦術の砦だ。最新鋭と呼べる代物で、この砦を攻略するような存在を相手取って即席の橋頭保で戦いを挑み、見事奪還する。
負ければただでは済まないそんな戦いの計画を立てるのをリピレイが嫌がるはずもない。
「エイル、この村が襲撃されないようにって話だったんだけど」
「おそらく、無理でしょう。エルナダ大陸の勢力関係が大きく変動します。なにしろ、神と崇められていた存在が三角教に加わったのですから。同じ神であるラフトックを求める陣営が必ず出てきます。私に出来るのは時間稼ぎだけですね」
「そうか……」
エイルに説明されれば、自分たちの生活が薄氷の上に成り立っている事を嫌でも自覚させられる。
パッガスは窓の外を見て、覚悟を迫られていることを理解した。
この村を、仲間の居場所を守るためにはエルナダ大陸の諸勢力と衝突しなくてはならないのだと。




