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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第二章 ラデン花の種

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第八話 漁夫の利

 ティターは三角教に追われていた。

 ンナチャヤが人目もはばからず「種くれ」と叫ぶものだから、ティターはすっかり三角教に目を付けられてしまっている。

 三角教に先回りされることもたびたびあり、いつの間にか三角教から種を盗んだ真犯人と思しき二人組を見失っていた。


(とにかく、まずは三角教を撒かなくては話になりませんね)


 そのためには、所構わず「種くれ」と叫ぶンナチャヤの口を封じなくてはならない。

 ティターは後方を確認して三角教の追手の数やンナチャヤとの距離を目測する。

 流石に狩りをしているだけあってンナチャヤは健脚だ。追手を撒くために不規則に動いているティターを見失うことなく付いて来ている。

 ティターは伝わるかどうか不安に思いながらもンナチャヤに目配せし、走る速度を上げた。

 加速したティターを追いかけて、ンナチャヤも足に込める力を強くする。三角教も諦めるつもりはないようだ。


(あまり手荒な真似はしたくなかったのですが)


 ティターは腰の小瓶に手を掛け、路地を曲がると同時に道の片隅に投げつける。小瓶は路地の端で砕け散り、中に入っていた黄色い粉をばら撒いた。

 ティターは路地の奥へと走り、足を止める。

 後を追って路地に入ってきたンナチャヤが一瞬手で鼻を覆い、路地の隅に視線を向けて黄色い粉を発見し、眉を寄せる。

 気になった様子だが、それでもティターの方が優先らしく足を止めているティターへと駆け寄って胸に飛び込んだ。


「旦那さまに追いついた。だから種!」

「少し落ち着きなさい」


 ンナチャヤの頭を押さえて静かにさせつつ、ティターは静かに風魔法を発動させ、黄色い粉を舞い上げる。

 路地の入口に黄色い粉が舞い上がった丁度その時、三角教の追手が路地に飛び込んできた。


「やっと観念し――痛っ!」


 ティターの姿を見た直後、追手たちは目を押さえて悲鳴を上げた。

 ティターはため息をつきながら追手たちに声を掛ける。


「何のつもりか知りませんが、私は三角教とかかわりがありませんよ。その粉は人の粘膜に作用して痛みを与えますが、後遺症は残りません。ただ、洗う際には粘性のある油などで落とした方がいいでしょう。水では余計に広がりますので。それでは、私たちはこれで失礼します」

「ま、まて」


 目を押さえながら引き留めようとする三角教の追手に構わず、ティターはンナチャヤを連れて路地を駆け去った。

 三角教から目の敵にされかねない上に弁明の機会もなくなったが、種さえ見つけ出せれば挽回できる範囲だ。


「さて、ンナチャヤさん、説明は後です。私が追っていた二人組を見つけ出さなくてはいけません」

「種は?」

「後回しですね」


 一生後回しにしたいところだが、村から追いかけてくるような娘を相手にけじめを付けないわけにもいかない。後ほど村へと戻って事情を説明するつもりだが、果たしてこの娘が納得するかどうかは未知数だった。


「二人組追う」

「どこに行ったのか見当がつきません。街からは出ていないと思いますが、どこに隠れているのやら」


 三角教の追手の目をかいくぐりながら路地を歩き、二人組を探していると、ンナチャヤが不意に足を止めてティターの服を引っ張った。


「どうかしましたか?」

「足跡。あの二人組、多分」


 ンナチャヤが指差す地面には確かに二人分の足跡があった。泥か何かを踏んだのか、やけにくっきりと残っている。

 だが、この足跡が二人組の物かは分からない。

 そもそも、とティターは空を仰いだ。

 昨日、今日と雨は降っていない。この街は未舗装の道があちこちにあるとはいえ、雨も降っていないのにぬかるんでいる道はないはずだ。

 この泥はどこで付着したものなのか。少なくとも、人目につかない場所で付着したものだろう。


「他に手がかりもありません。追いかけましょうか」


 足跡を頼りに路地の奥へと進むと、開店前の娼館の裏手に出た。

 道の端に転がっている二人組を見つけて、ティターは眉を顰める。


「これはまた、派手にやられたものですね。生きてますか?」


 三角教から種を盗み出したと思しき二人組は顔が腫れあがるほど殴られたらしく、足の骨も折られていた。


「軽く治療だけしましょうか。聞きたいことがあるので、死なれては困ります」


 折れている足は放置して、ティターは二人組の口の中などを確認する。歯が数本欠けているが話すのに支障はなさそうだ。出血している箇所だけ消毒して包帯を巻くなどしていると、二人組の片方が意識を取り戻した。


「お、お前ら……」

「こんにちは。誰にやられたんですか?」

「上役だよ、くそが。お前らがここにいるって事は、犯人はお前らじゃねぇのか。つーことは三角教の連中か。リニューカント執政軍か。ダックワイズ冒険隊も動いてるし、何が何だか。おい、あの種は何なんだよ」


 どうにも聞き捨てならない単語が含まれている。ティターは応急手当てを続けながら一つずつ質問する事にした。


「犯人とは、どういうことですか? 三角教から種を盗み出したのはGの兄弟、あなたたちでしょう?」

「捕まりそうだったから地下水路に種を隠して自分自身が囮になったんだよ。けど、上役に報告したら隠してあったはずの種が無くなっているって言うじゃねぇか。激昂した上役にボコられてこの様だ」


 種がGの兄弟の手からも盗み出されて消息不明。

 三角教が回収したか、リニューカント執政軍が接収したか。

 真剣に考えているティターの横で、ンナチャヤが二人組の男をまじまじと見て「種が無い?」と首をかしげている。


「ダックワイズ冒険隊が動いているというのは?」

「そのまんまだ。だが、金髪がどうの、異端者がどうの、種を直接追っているわけでもねぇみたいだがな。サウズバロウ開拓団も三角教と連携してるみてぇだし。つか、あの種はホントに何なんだ。お前ら知ってんだろ? これじゃ殴られ損だ。教えてくれ」

「三角教が農業の邪神の力を使って生贄十人と引き換えに増やした種だそうですよ」

「……やべぇブツかよ」

「えぇ、正直、殺されずに済んでよかったですね」

「もうやだ、この仕事……」


 顔を覆って嘆く二人組を置いて、ティターはンナチャヤと共に歩き出す。

 種の行方が分からずどこかが回収したのなら、確実に参加団体同士の疑心暗鬼に発展する。

 ティターは口の端が持ち上がっていくのを感じていた。


「疑心暗鬼に陥ると、人は容易く相手の悪い噂に飛び付く。過程はどうあれ、今回の騒動の結果は実に私好みです」

「種くれ」


 ちょいちょいと服を引っ張ってくるンナチャヤに、ティターは顔をしかめた。


「酷いおまけがついてきましたが……」





「――これがラデン花の種」


 ミチューは箱の中身を眺めつつ、地下水道を歩いていた。

 三角教から種を盗んだ二人組を追いかけて地下水道まで来てしまった。途中、ティターが追いかけられているのを見かけたが、ちょうどいいので囮代わりに放置してきている。

 すっかりティターの状況も忘れて、ミチューはラデン花の種を眺めつつ今後の動きを考えていた。


「これを素直に届け出ても私が盗んだと思われるだけだよね。無実を証明できるなら評価をひっくり返してすごく気持ちいい事になるはずなのに、これだけ持っててもなぁ」


 二人組を捕まえるべきだったと今さらながらに思う。戦闘に種をまきこんで紛失するよりもマシだと思う他にない。


「今からでもあの二人組を見つけ出して捕まえようかな。ラデン花の種とセットで三角教に突き出すとか。あの二人組が素直に口を割ってくれるならアリだけど、うーん」


 あれこれと考えつつ、地下水道に反響している自分の足音に気付いて靴に軟化と弾性の付与魔法をかけて消音する。

 すると、地下水道に木霊する声に気が付いた。

 二人組かその仲間がラデン花の種を回収に来たのかと、ミチューは声の出所に向かって歩き出した。二人組なら捕まえてしまおうと考えたのだ。


(鉄格子?)


 地下水道への侵入を防止する目的ではめ込まれているらしい鉄格子に行き当たり、ミチューは足を止める。

 声の発生源は地下水道の外らしい。ミチューのいる地下水道の上に何人かの気配があった。


(儀式詠唱みたいだけど、なんだろう)


 ぞわぞわと背筋に多脚の甲虫が這い上がるようなおぞましさを感じる不気味な詠唱が聞こえてくる。

 エルナダ先住民語での詠唱なのか、内容の判別がつかない。

 朗々と響く解読不能の声は不協和音で構成される耳障りな管楽器の音色に合わせて詠唱を紡いでいるようだった。

 異質な儀式が行われている事だけは分かる。

 頭の中をくすぐられるような不快な感覚。

 引き寄せられるように鉄格子へと歩み寄りそうになり、ミチューは我に返った。


(陶酔系の儀式魔法!?)


 気付くと同時に、ミチューは耳を押さえた。

 参加者を強制的に陶酔状態に陥らせて魔力を限界まで絞り出す危険な儀式魔法だ。

 危うく魔力を放出しかけていたミチューは魔力の循環を意識して落ち着かせ、放出を食い止める。

 陶酔系の儀式魔法はそのほとんどが大規模魔法に分類される。参加者全員から魔力を搾り取らなければ発動しない規模の魔法なのだ。

 ならば、儀式の真下にいるのは危険。

 ミチューは慌てて逃げようとして、鉄格子の向こうに何かがある事に気が付いた。

 詠唱が高らかに最後の一節を歌い上げる。

 ミチューは息も止めて、鉄格子の向こうを見つめていた。

 空間が歪んでいる。濃密な気配がある。にもかかわらず、姿を見ることは叶わない。

 だが、明らかに異質な何かが、それも危険な何かがいる。

 ふと、風が吹きつけた。風は生暖かく、生臭く、まるで誰かが吐いた息のようで、しかしカビ臭さを伴っていた。

 刹那、鉄格子を挟んですぐ目の前、鼻先が触れ合うほどの距離で空間のゆがみが正常化し、像を結ぶ。

 結ばれた像は人の形をしていた。

 赤いカビが作り出す無数の斑点に体を覆われた皮膚のない一つ目の人型だ。ただ一つの瞳は異なる理に依って立つ異質な理性を宿していた。毒々しいピンク色の肉からは蒼銀の血液がにじんでいる。

 異形の人型に視線を釘づけにされたミチューに、それは目の高さを合わせるように屈む。

 一つしかない瞳がミチューの二つの瞳と視線を交差させた瞬間、それは緑色の歯を見せつけるようににやりと笑った。



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