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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第二章 ラデン花の種

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第六話 かちかち山

 巻き込まない程度に経緯を書いた手紙と辞表を店の前にそっと置き、ミチューは勤めていた小料理屋を離れた。

 良くしてくれた店の人達に申し訳なさを感じてはいたが、巻き込むくらいなら辞めてしまった方がかえって迷惑が掛からない。


(幸いお給料をもらった直後だし、軍資金はある。問題はこれからどう見返すか。ダックワイズ冒険隊の勘違いを正す方法は――)


 あれこれ考えて、三角教そのものに異端者ではないとお墨付きをもらうのが近道だと思い付く。

 三角教からお墨付きをもらうには何らかの取引材料が必要だ。

 何かヒントになるようなものはないだろうかと教会へと足を運ぶ。

 街の隅に建てられた教会は周辺に商会の建物がいくつか建っている。教会のすぐ近くに商館を置くことで不埒な不信心者を牽制する狙いもあるのだろうが、それ以上に三角教の威を借りてリニューカント執政軍の介入を阻んでいるのだ。

 建物を眺めたミチューは三角教が貿易利権をめぐってリニューカント執政軍と対立状態にあるのを思い出す。

 話が大きすぎて個人のミチューでは手が出せない。だが、元は本国で貴族の家に生まれた身、ミチューは一応本国の商会に個人的な伝手もあった。


(でも連絡は取れないなぁ)


 他に何か起死回生の手が転がっていないかと教会の裏手に回り込む。

 すると、教会の窓が音もなくするりと開かれた。

 嵌め殺しだと思っていた窓が開かれたのに戸惑って、ミチューはつい足を止める。暗がりに居たミチューに気付いた様子もなく、窓を開いた人物は音を立てないよう慎重に教会から外に抜け出した。

 明らかに人目を忍んでの行動。確実に裏がある。

 息を潜めて様子を窺っていると、開いた窓からさらにもう一人が現れた。不自然なポケットのふくらみを押さえている。

 二人目が外に出てきた直後、教会の中で叫び声が上がった。


「――ラデン花の種が無い! 盗人だ! 探せ!」


 窓から出てきた二人組が一瞬動きを止めて窓を見る。閉めようとした一人の手を抑えて、駆けだした。盗みがばれた以上、窓を閉めても時間は稼げないという判断だろう。

 駆けだす二人の背中を見つめていたミチューはすぐに足を踏み出した。

 ラデン花、種子、盗人、つい最近この単語を聞いた覚えがある。

 ダックワイズ冒険隊が踏み込んだ盗掘跡の遺跡から持ち出されていたという花の種子だ。

 その種子から作る秘薬には魔物を心服させる効果があるという。

 なんだって三角教がそんな種を保管をしているのか、それを盗み出した二人組は何者なのか。


(そんなことはどうでもいい)

「ふふっ」


 零れ出た笑みを抑えて、ミチューは駆け出した。

 五感強化で逃げた二人組の位置を割り出し、ショートカットを多用することで身体能力の差を埋める。

 二人組を捕まえて、ラデン花の種を取り返して、三角教に渡す現場をダックワイズ冒険隊に見せる。


(異端者が三角教に協力するはずがないから、ラデン花の種を取り戻して返却する私は異端者のはずがない。私の無実が証明できる!)


 二人組はこの街の路地を知り尽くしているらしく、複雑に入り組んだ路地へと入っていく。

 後を追い掛けながら、ミチューは街の地理を思い出す。

 おそらく、二人組は路地を抜けた先の大通りに出て、何食わぬ顔で人の流れに混ざるつもりだろう。

 時刻は深夜三時。まだ日も昇らない最も暗い時刻だが、大通りにはパン屋が並び、後一時間もすれば香ばしいパンの臭いに引き寄せられて朝食を買いに人々が出てくるはずだ。

 人混みに紛れ込まれると五感強化で後を追うのが難しくなるため、今のうちに目視で捕捉したい。

 二人組がミチューの追跡に気付いた様子はないが、三角教の追手を警戒しているのか入り組んだ路地を巧みに曲がりながら走り抜けている。

 強化されたミチューの五感は、二人組の走り抜ける路地に別の不審者の気配を感じ取っていた。あらかじめ決められた逃走経路をたどり、もしも追手があった場合は不審者が足止めを図る手はずだろう。

 このまま素直に追いかけていたら足止めに捕まる。

 ミチューは路地に放り出されている木箱に浮遊をかけてから飛び乗り、木箱を足場に民家の屋根に飛び移った。

 民家を挟んだ向こうの路地に飛び降りながら、ゴミ箱に弾性と軟化の付与魔法を作用させてクッションにする。

 無事に着地したミチューは足止め役を迂回する形で二人組の後を追う。

 時々変則的に足止め役をやり過ごしながらの追跡で、二人組との距離はなかなか縮まらなかった。

 そうこうしている内に教会での騒ぎが伝播したのか、街が騒がしくなり始める。

 リニューカント執政軍の所属らしき兵が慌ただしく街の出入り口を塞ぐべく走っていく後姿が見えた。

 とはいえ、ミチューの目的は二人組を捕まえてラデン花の種と一緒に三角教に引渡し、異端者のレッテルを剥がすことだ。二人組を捕捉しているのがミチューだけである以上、リニューカント執政軍はライバル足り得ない。

 街の騒ぎに乗じるつもりか、二人組が大通りへと向かったのに気付いて、ミチューは先回りするべく民家の屋根に跳び乗った。


「……あれ、ティター先生?」


 大通りを歩いているティターを見つけて、ミチューは思案する。

 ミチューの現状を最も理解しているだろう人物だ。協力を得られれば二人組の盗人を捕まえられる公算も高い。

 だが、説明する時間があるだろうか、とミチューは二人組との距離を目測しようとして、ティターに向かって走る小麦色の少女を見つけた。

 最高の宝物を見つけたような笑顔で駆けていく少女は琥珀色の瞳を輝かせてティターを見つめ、二人組の盗人が路地から出てきた丁度その時、愛らしい唇を開き――





 そろそろ、ほとぼりも冷めた頃だろう。ティターは夜の街に足を踏み入れながら空を見上げ、どこかでパンでも買おうと大通りに足を向けた。

 Gの兄弟との交渉決裂から数日が経っている。ティター一人を追いかけていられるほどGの兄弟も暇ではないはずだ。

 むしろ、三角教が隠し持つ植物の種を巡って忙しくなっているかもしれない。


(なんて、あまり期待していなかったんですがね)


 まだ日も昇らない内からどこか浮足立った空気に包まれている街の様子に、ティターは笑みを浮かべる。

 三角教から何かが盗まれたらしい。早起きの奥様方の口端に上る単語を拾えばすぐに正解に行き着くほどに、ティターが深く関わっている騒ぎだ。


(仕掛けは上々。予想以上。拍手の一つも貰いたい)


 早くも街の住人に騒ぎが気取られており、この騒動に気付いたリニューカント執政軍が三角教をとっちめる好機とばかりに聞き込みを開始している。

 動いたのはおそらくGの兄弟だろう。意趣返しも兼ねて、リニューカント執政軍に垂れこんでしまえば例の種を巡って三勢力が街中で激突する。

 焼き立てパンの香ばしさを楽しみながら、ティターはリニューカント執政軍の庁舎か宿舎へ人を訪ねようと歩き出し、駆けてくる足音に気付いてなんとはなしに振り返った。

 直後、ティターは視界に入ったエルナダ先住民の少女の姿に、慌てる。

 村に置き去りにしてきたはずの新妻ンナチャヤが大声でティターの背に呼びかける。


「種よこせ!」


 響く響く、木霊する。

 浮ついた空気に包まれる朝の大通りをンナチャヤの声が駆け抜ける。

 この騒ぎの中で、その単語は渦中に飛び込む魔法の言葉。

 あるいは――延焼必至の火種。

 尻に火が付いたティターは急いで逃げようとして、前方にぎょっとした表情で振り返る二人組に気が付いた。

 ティターと目があった二人組が脱兎のごとくに駆け出す。

 直後、路地から三角教の関係者らしき人物が現れ、大通りに血走った目を向けた。

 ティターはすぐに全速力で走り出す。目標は目が合った二人組。ほぼ確実に事件の関係者、おそらくは種を盗み出したGの兄弟の下っ端と思われるその二人組を捕まえなくてはあらぬ誤解で異端者扱いされかねない。

 いや、ンナチャヤが叫んだエルナダ先住民語における「種」の意味を説明すれば、別の誤解が生まれる。それも元王立学園教師という肩書持ちには致命的な誤解が。

 なんとしても、二人組を捕まえてうやむやにしなくてはならない。

 ティターが走り出したことで、ンナチャヤがしなやかな足で疾走する。

 数日間、ティターを追いかけてきたのだ。もう置いて行かれてなるものかと、獲物を追い詰める時同様の真剣さでティターの背中を追いながら、言葉の火球を放つ。


「種!」


 ぎろり、と三角教の関係者がンナチャヤとティターに向けられる。

 ラデン花の種はエルナダ大陸の遺跡から出土した物。その利用法を含め、先住民に伝わっている。

 ならば、あの先住民の少女が言う種とは。

 三角教の関係者はすぐさま不正解に思い至り、確信を持ってティターの後を追いかけはじめた。

 Gの兄弟の盗人、ティター、ンナチャヤ、三角教、四者による追いかけっこが日の出と同時に始まった。

 Gの兄弟の盗人が涙ながらに叫ぶ。


「こっちに来んなよ!」


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