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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第二章 ラデン花の種

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第五話 二大陣営

「合格だ。今やどこかの領主に執事補佐として雇われてもおかしくないくらいの学力だよ」


 パッガスが提出した答案用紙の採点を終えて、マルハスはそう太鼓判を押した。

 疲れた顔で椅子に体を預けたパッガスがホッとしたように肩の力を抜いた。


「ようやく終わった。これで勉強漬けの生活におさらばだ」

「本来なら、身に付けた知識を風化させないように反復練習するものだが」

「えぇ……」

「パッガス君には必要なかろう」


 反復練習と聞いて嫌な顔をしながらも体を起こして取り組む姿勢を見せたパッガスに、マルハスは苦笑気味に首を横に振る。


「反復練習どころか、君には実践漬けの日々が待っているからね」


 半ば同情的な視線を向けるマルハスに、パッガスはこれから持ち込まれるだろう大量の仕事に思いをはせてうんざりした顔で天井を仰いだ。


「村長ってこんなに仕事が多いんだな」

「この村を興したことを後悔しているかい?」

「そんなわけないだろ」


 否定しながら、パッガスは開け放した窓から聞こえてくる子供たちの笑い声に「ほらな」と付け足した。

 マルハスは穏やかな笑みを浮かべて、頑張る孫でも見るような目でパッガスを見る。

 照れくさそうに頭を掻いたパッガスが話題を変えようと口を開く。


「リピレイが外から仕入れた情報だけど、サウズバロウ開拓団と三角教が手を組んでラフトックを狙っているらしい。何でも、遺跡保護の観点から俺たちを立ち退かせようって手口を使ってくるそうでさ」

「それは、不味くはないかね」

「不味いな。今はエイルがリニューカント執政軍を動かして三角教を牽制させようとしてる」

「行政権を利権として有するリニューカント執政軍に御注進するのかね? それはそれで別の問題を招きかねないが、今は他に手が無いか」

「癪だけど、こればかりは仕方ない。――噂をすれば、エイルが帰って来たみたいだな」


 窓の外から子供たちの声が聞こえてきて、パッガスは苦笑する。


「エイルの姉御!」

「姉御、おつかれさまー」

「パッガス様は家にいらっしゃるのかしら?」

「いらしゃるよー」


 いつの間にか姉御呼びが定着している。リピレイがエイルお姉さま呼ばわりした事に端を発しており、エイルも呼称に無頓着なため村中に広まったのだ。

 家の扉が開き、エイルが入ってくる。今日帰って来たばかりのはずだが、服装は清潔そのもので髪もしっかり整えられていた。上司に当たるパッガスと会うのに失礼の無いようにとの配慮だろう。


「パッガス様、リニューカント執政軍から使者が参りました。税を納めるよう、要求してきております。街の方で一度交渉したため、税額は適性範囲になっていますが油断しないでください。直前で値上げをしてくる可能性があります」

「分かった。すぐに会おう」

「いえ、お待ちください」


 エイルが待ったをかけたのと、家にリピレイが現れたのは同時だった。


「パッガスさん、エイルお姉さま、三角教から使者が参りました」

「……よりにもよって鉢合わせかよ」

「リピレイ、その使者はリニューカント執政軍の使者と顔を合わせたの?」

「いえ、まだです。判断を仰ごうと思いまして」

「そう。三角教の要求は?」

「事前情報の通り、遺跡保護を名目にした立ち退き要求です」


 尊敬に輝く瞳を向けるリピレイに構わず、エイルはパッガスを見る。


「いかがしますか? 先にリニューカント執政軍の使者に会って話をまとめてしまうのが正道かと思いますが」

「そうしよう。エイルとリピレイも来てくれ。マルハスさんはラフトックの封印の監視を頼む。まぁ、レフゥがいつも見張っているから心配はないと思うけど、一応な」


 すっかり村の住人となっている封印師の少女レフゥの名前を出しつつ、パッガスは足早にリニューカント執政軍の使者の元へ向かう。

 客用に用意された家で腕を組んで待っていたリニューカント執政軍の使者は頬に傷のある強面の男だった。

 パッガスを一瞥すると、見定めるように目を細める。十代後半のパッガスに対して警戒を緩めるどころか、気を引き締めている様子だった。


「君がそこの悪女の飼い主か」

「エイル、何をしたんだ?」

「税を適正価格にしていただけるよう交渉いたしました」

「部下がすまない。この村も余裕がなくてね。それに、ついさっき三角教からの使者も来たんだ。こちらの都合で申し訳ないが、早めに話をまとめたい」

「飼い主だけあって態度もしっかりしているな。孤児を集めた村だというからどんなものかと思っていたが、君がまとめているならいきなり離散することもないだろう」


 見た目こそ強面だが話は通じるらしく、使者はパッガスに税額を伝える。エイルも同席しているためか、値段交渉を再開するつもりもないようだ。


「本来なら吹っかけるところなんだが、そこの悪女ににらみを利かせられてはな」

「御冗談を。三角教の台頭に危機感を抱くのはリニューカント執政軍とて同じこと。前例を作らないよう、この村を押さえておく必要があるでしょう?」

「くそ悪女が。あぁ、その通りだ。で、税を払うのか払わないか、それを村長としてはっきりしろ」

「当然払う」


 村にとっては少なくない金額だが、三角教を抑えるための費用と考えればむしろ安い方だろう。エイルとの交渉もあり、リニューカント執政軍の下に付く形ではないのも村の子供たちの心情を考えると重要な要素だった。

 あくまでも、傭兵を雇うような感覚だ。

 リニューカント執政軍としても同じだろう。敵はあくまでも三角教だ。今回は敵の敵と利害がたまたま一致したに過ぎない。

 パッガスの意志を受けて、強面に凶悪な笑みを浮かべた使者が口を開く。


「それなら提案なんだがな。三角教の使者との会談に混ぜてくれないか? 向こうのほえ面を拝みたい」

「対立姿勢を明確にすることになるけど、大丈夫か?」

「何を今さら。今までだって表立った武力衝突がなかっただけで暗闘は絶えなかったんだ。今回も暗闘で終わるか、それともここが戦場になるか」

「戦場にされるのは御免こうむる」

「君らには手をださねぇよ。おっかない悪女もいるしな」


 快活に笑う強面を連れて、三角教の使者の下を訪れる。

 三角教の使者は神経質そうな男だった。


「エルナダ三角教メッティ派のクッフスタだ。今日は貴様らに通告だ。ただちにこの貴重な文化遺産から立ち退け」


 高圧的な態度で告げた男は文書を机の上に放る。


「まったく、これだから学の無いエルナダの連中は」

「――学が無いってのは自己紹介か?」


 嘲るように言った強面の男に、クッフスタは険しい顔を向ける。


「何か言ったか。学が無いのは事実だろう。孤児と浮浪者の集まりだけあって、礼儀がなっていない」

「つくづく自己紹介が好きなんだな。そんなに誇るほどの能力もないからエルナダに左遷されたんだろうに」

「なんだと貴様!」


 腰を浮かせたクッフスタに、強面の男はニヤつきながら自身の頬を指差した。


「おう、来いよ、腰抜け。安いプライドと慈愛に満ちた拳なんて矛盾の塊、そうそう貰う機会がねぇからな。期待に沿えるか知らねぇが、礼はリニューカント執政軍の名義で贈ってやらぁ」


 リニューカント執政軍と聞いて、クッフスタが動きを止める。

 強面の男をまじまじと見つめた後、舌打ちした。


「先手を打たれたか。少しは知恵のある奴がいるらしいな」

「そりゃあそうだろ。孤児に左遷された奴はいねぇんだから」


 しつこく煽り続ける強面の男に苛立った様子のクッフスタだが、事を構えるつもりはないらしい。


「リニューカント執政軍と通じた事、後悔するぞ」

「負け惜しみにしか聞こえねぇな。小物すぎるぜ、おっさん」


 憐れみさえ滲ませて嘲る器用な口調でおちょくる強面の男を睨みつけ、クッフスタはリピレイを押しのけるようにして出ていった。

 使者を追い返すことには成功したものの、これで三角教との対立姿勢が明確になった事にパッガスはため息を吐く。

 強面の男は窓の外の快晴を仰ぎ見て、やり遂げたような顔をしていた。


「あぁ、面白かった。そんじゃ、帰るわ」


 強面の男は満足そうに言って、村を出ていこうとして、直前で足を止めた。


「聞きそびれたんだが、三角教がどこぞから調達した種をなんかの手段で増やしたって噂があるんだが、詳しく知らねぇか?」

「いや、知らないな」

「そうかい。パッガス、君は嘘が下手だな。賭けカードを勧めるぜ。そんじゃ、さよなら」


 聞きたいことは聞いたとばかりに、強面の男は晴れ晴れとした声で言ってのけて今度こそ出ていった。

 パッガスはエイルとリピレイを振り返る。


「今の、どういう意味だと思う?」

「おそらく、噂に半信半疑ながらも農業の邪神ラフトックを封印しているこの遺跡に三角教が手を出したことで疑念を抱き、村長であるパッガス様に探りを入れたのでしょう」

「リニューカント執政軍は敵に回るかもしれないって事か?」

「三角教が生贄を使ってまで増やした種です。用途は分かりませんが有用な品物でしょう。対三角教で意見が一致している間はともかく、リニューカント執政軍が種を手に入れれば手のひらを返す可能性は十分にありますね」


 エルナダ大陸最大の武装勢力であるリニューカント執政軍が敵に回る可能性を聞いて、リピレイがガッツポーズを決めているのを無視したパッガスはエイルに訊ねる。


「備えるとして、どうすればいい?」

「リニューカント執政軍の伝手を利用し、貿易船の株を購入して配当を得ましょう。そこから商人個々との繋がりを作ります」

「リニューカント執政軍が敵にまわったら商人からも手を切られるんじゃないか?」

「手を切られる前に利用します。具体的には、商人たちの取引相手であるサウズバロウ開拓団所属の村を紹介してもらい、人材を引き抜きます。パッガス村にはエルナダ大陸での農業ノウハウがありませんので、開拓団の知識を吸収できれば農産物の増産も狙えます」

「分かった。だが、村のみんなを蔑ろにするような奴は絶対に引き抜くなよ」

「かしこまりました」


 恭しく頭を下げたエイルが嬉しそうに笑っているのを見て、パッガスは頭痛を覚えた。

 孤児の集まりが三角教とサウズバロウ開拓団を相手取ってリニューカント執政軍と共闘し、邪神ラフトックという交渉カードを保持している。

 どうしてこうなってしまったのか。

 パッガスはただ、仲間たちと暮らせる場所が欲しいだけだったというのに。



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