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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第二章 ラデン花の種

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第四話 学園教師は種を手に入れる(ネタバレ)

「それで、ティターさん。三角教が隠し持ってる種をどうしてもらいたいんだ?」


 ティターは街で見つけたゴロツキの後を付けて、Gの兄弟の幹部であるミズスーラという人物に接触していた。聞きなれない名前の響きだが、おそらくは偽名だろう。

 元々アジトらしい場所には目星を付けていた事もあり、接触するまではさほど難しくなかったのだが、ミズスーラはティターを胡散臭そうに見るだけで話にいまいち興味がなさそうだった。

 突然アジトに訪ねてきて三角教が怪しい種を邪神ラフトックの力で十人の生贄を犠牲に増やしたと聞いても、ミズスーラは鼻で笑うだけだ。


(Gの兄弟を場に引っ張り出せれば状況をかき回せてさらに面白く、噂も早く伝播するかと思ったのですが、これでは望み薄ですね)


 ティターも脈が無い事を察して、つまらなそうに部屋の扉を見る。

 ティターの視線の行く先から帰りたがっている事を理解したのか、ミズスーラは椅子の背もたれへと体を預けて呆れたように目を細める。


「ティターさん、オレ達があんたの話をまともに取り合わない理由くらいは考えたらどうだい?」

「ほぉ、その口ぶりからすると、私について何らかの誤解があるようですね。私は純粋に情報を提供しに来ただけですよ?」

「純粋に、ねぇ」


 胡散臭そうに呟いたミズスーラが首を振る。


「自身に何の利益もない話をするためだけに犯罪組織のアジトに乗り込むってか? 井戸端じゃないんだから、そんな話は信じられないね」


 むしろ、とミズスーラは続けながら、机の引き出しを開けて紙を取り出し、机の上に広げた。

 広げられた紙は本国の大衆向け雑誌だ。その中には学園襲撃事件で責任を取らされたティターについての記事もある。


「ティター先生、あんたリニューカント執政軍からの回し者だろう?」

「誤解ですね。それと、教職はもう首になりましたよ」

「どうだか。教師は教師でも王立学園の教師だったんだってな? ずいぶんなお偉いさんだ。いろんなところにコネがあるよな? 例えばリニューカント執政軍とか」

「コネならありますが、リニューカント執政軍は本国でも評判が悪い半独立の軍閥組織です。そんなところに、王立学園の教師だった私がコネを持っているはずがありません」

「違うな。コネがあるからこそ、学園襲撃事件の責任を取らされた。首を切るのにちょうどいい不穏分子と見做されたか、本国からのスパイとして送り込まれたか。まぁ、ティター先生が本国側でもリニューカント執政軍側でも、オレ達にとっては敵だ」

「結論を急ぎ過ぎている上に証拠が薄弱ですね」

「疑わしきは罰せよ」


 ミズスーラが言い切った直後、扉から武装した男たちが入ってきた。

 ティターの姿を見つけると、すぐにナイフで切りかかってくる。


「じゃあな、先生」

「えぇ、さようなら」


 冷静に返したティターに訝しげな顔を向けたミズスーラが見たのは――まばゆい光だった。

 網膜を焼く白い閃光は部屋中の影という影を払う。

 ティターが王立学園で魔法道具の担任教師であったことを思い出したミズスーラは、何が起きたのかを遅ればせながら悟った。

 窓が割られる音がする。ここは地上三階だが、浮遊を筆頭に何らかの魔法を使えば強引に降りられない高さでもない。


「ちっ逃げられたか」


 目がくらんだまま、ミズスーラは動揺する部下を鎮めるために口を開いた。





 寸前で逃げることには成功したものの、ティターはほとぼりが冷めるまで街に近付くのは危ないと判断して街道沿いに海へと向かっていた。


(口封じに殺されるかもと想定していましたが、乱暴なオチが付きましたね。とはいえ、情報はばら撒きましたし、Gの兄弟がどう動くかは見ものです)


 目的そのものは果たせたこともあり、ティターは上機嫌だった。

 街に戻るとしてもどこかで一晩身を潜める必要がある。今日は野宿になるかと適当な場所を探しに森へと入ったティターは、木がなぎ倒されるような音が聞こえた気がして反射的に顔を向ける。

 鬱蒼とした森の中。音の発生元までは視線が通らない。だが、少なくとも気のせいではない。ざわつく森の気配と逃げてくる小動物を見れば、何かが森の奥で暴れているのは間違いないだろう。

 音の正体を確かめ、手におえないようなら野宿する場所をもっと離れた場所で探そうとティターは気配を消して音の出所へと向かった。


(おや、ギドロクですか)


 見覚えのある魔物の姿を音の正体と見破ったティターは腰の毒入り小瓶に手を伸ばし、眉を顰めた。

 ギドロクが襲っている相手を見つけたからだ。

 体格からして十五歳前後の少女、もしくは少年。服装はエルナダ先住民のそれで、褐色の肌もエルナダ先住民の特徴だ。

 大怪我はしていないようだが、腕を抑えてギドロクを警戒しながら後退さっている。あちこちに血が滲んでおり、表情からは死を覚悟した悲壮感もうかがえた。

 不用意に毒を巻けばギドロクだけでなく獲物となっている彼女、ないしは彼を巻き込んでしまうだろう。

 小瓶に伸ばしていた手でポケットの中を探り、目的の物を取り出す。

 Gの兄弟のアジトで使うかもしれないと作ってきたその魔法道具をティターは渾身の力でギドロク目がけて投げつけた。

 ぶつかる寸前で反応したギドロクが横っ飛びに回避する。

 ティターが投げつけた魔法道具は手のひら大の円盤状で、直前までギドロクがいた地面に落ちると同時に回転を始め、魔法で作った火花を周囲に撒き散らしながら大人の腰の高さまで飛翔する。

 直後、ティターは魔法道具に下位火魔法、着火を放った。

 ギドロクがようやくティターを見つけるが、もう遅い。

 ティターの放った着火を受けた魔法道具が周囲に散らしていた火花を収束させたかと思うと、ギドロクに向けて巨大な火炎を放出する。進路上にあった草を瞬時に灰と化してギドロクに到達した。

 直撃を受けたギドロクは叫び声すら上げることなく倒れ伏した。肉を焦がす嫌な臭いが周囲に漂うなか、ティターは延焼した木々に水魔法で消化を行う。


(後始末が必要だから使いたくはなかったのですがね)


 やれやれと呟いて、ティターはエルナダ先住民を見る。


「こんにちは。しばらく宿を貸してもらいたいのですが、言葉は通じていますか?」


 野宿するよりも命を助けた恩を笠に着て一晩厄介になれればと、ティターは声を掛ける。

 琥珀のような綺麗な濃淡のある目でティターをじっと見つめるエルナダ先住民はぼそりと口を開いた。


「ちょっと、わかる」

「それは僥倖。手当てをしますから、あまり動かないでください」


 あちこちに血が滲んでいるのを見かねて、ティターは消毒薬や包帯を取り出して応急処置を施す。

 すぐ近くに居ても分かりにくいが、声の高さから察するに少女であるらしい。山刀と弓矢を携えていた。狩りに出ている途中でギドロクの襲撃を受けたのだろう。


「仲間はいるのかな?」

「いない」

「そうですか。一人で狩りに出るとは、勇敢ですね」


 勇敢と言われてエルナダ先住民の少女は少し嬉しそうに笑ったが、ギドロクの死骸を見て表情を曇らせた。


「応急処置の邪魔になるのでこの腕飾りを外しますね。血もついていますし、消毒しておきましょうか」

「あ――」


 ティターが血の付いている少女の腕飾りが不衛生と見て取り上げると、少女は顔を赤くした。

 不思議な反応だったが、ティターは気にせず応急処置を済ませて腕飾りを返す。

 両手で受け取った腕飾りをまじまじと見つめていた少女はやおら立ち上がり、ティターの腕を取った。


「みんな紹介する」

「村へ案内してくれるんですか。では、廃屋や納屋でも結構ですので、今晩泊めていただいても?」

「泊める」

「ありがたい」


 少女に導かれるまま森の奥深くへと分け入る。途中からは獣道と見間違えそうになるエルナダ先住民が使う道を利用したため、あまり疲れずに済んだ。

 少女が住んでいるらしい村は池のほとりにある小さなものだった。半ば池に張り出す形で家が建てられており、老人たちが釣り糸を垂れている。子供たちは村の中を駆け回ったり、魔物の角を加工した笛を吹いていたりして遊んでいた。

 のどかな風景の村を遠目に観察しながら入っていくと、ティターと少女に気付いた村の人々が顔を見合わせる。


「ンナチャヤ、ラドバルバ?」


 先住民の言葉で話しかけられてもティターにはさっぱりわからない。

 少女が先住民の言葉で何か言い返すと、人々は驚いたような顔でティターと少女を見比べ、ある者は村の奥へ走っていった。

 少女はティターの腕を引っ張って村の中の一軒の家へと向かう。


「歓迎されているのでしょうか?」


 家へと向かう間にも、遊んでいた子供たちが大人に声を掛けられて慌ただしく手伝いを始めるのが見えた。大きな敷物を担いできたり、楽器の類を並べたり、忙しそうに動き出している。

 釣り糸を垂れていたのんびり屋の老人方まで面食らったように釣竿を投げ出し、少女の頭をぐりぐり撫でた後、笑いながら自宅らしき建物へと帰り、魔除けらしい贈り物を持ってきた。

 よほど客人が珍しいのか、稀人信仰でもあるのか、ティターは興味深く村の様子を眺めながら案内された家に置かれていた編み椅子に座る。

 村の大人たちが訊ねてくると少女が二言三言言葉を交わし、ティターのそばに駆け寄ってくる。


「準備できた。こっち」

「なんだか大事になっていますね」


 窓の外から見える村の様子はまさにお祭り騒ぎだ。

 エルナダ先住民に人食い部族はいないため、のんびりと構えていられるものの、これほど大々的に歓迎されるのには不自然さを感じるティターだった。

 村中央の広場にいくつも敷物が広げられ、村のみんなが曲を奏でている。中央では子供たちが華やかな衣装を着て遊ぶように踊っていた。

 祭りの中心に案内されて、ティターは用意された少し豪華な敷物の上に座る。その隣に案内役の少女がぺたりと座った。

 村の人々が上機嫌にティターに対して何かを言っているが、先住民の言葉はまるで分らない。

 通訳が欲しいと思っていると、村の顔役らしきご老人が杖を突きながら現れた。九十を超えているのではないかと思われるご老人だが、眼つきは鋭く理知的で、ティターの近くまで来ると年齢を感じさせない濁りのない声で話しかけてきた。


「外の方、よくお越し下さった。ンナチャヤをギドロクから助けてくれたとも聞いている。重ねて礼を言いたい。ありがとう」

「あぁ、言葉が分かるんですね。助かります」


 ようやく意思疎通ができる相手が現れたと喜んでいると、顔役は相好を崩した。


「ンナチャヤは家族がいない。男勝りに一人で狩りにも出る始末で嫁の貰い手はないと思っていたが、ありがたい話だ」

「……うん?」


 意思疎通ができているのに意味が分からなかった。

 会話の流れからすると、ンナチャヤは隣にいる琥珀色の瞳の少女の名前だろう。小麦色の頬を染めて俯きながら照れている様子は、なるほど、乙女らしい。

 顔役はンナチャヤの様子に気付き、笑みを浮かべた。


「言葉が率直に過ぎた。ンナチャヤが照れるのは珍しいが、嫌がっている風でもないな。ンナチャヤの腕飾りを取り上げてくれてありがとう。これで安心できる」


 どうやら、この部族では女性の腕飾りを取り上げる行為は求婚を意味しているらしい。

 ティターは応急処置のためにンナチャヤの腕飾りを外したが、それが求婚と取られたようだ。


(村がお祭り騒ぎなのもそれが原因でしたか)


 流石にこれは想定外だった。

 ティターは二十八歳。結婚していてもおかしくない年齢ではあったがいまだに独身である。若くして王立学園の教師に収まるだけあって、優秀ではあれど女性との付き合いに時間を割く余裕はなかった。

 とはいえ、ンナチャヤの年齢や自身の今の境遇を考えれば、とてもではないが婚約できるはずもない。

 しかし、事情を説明する前に顔役の老人はンナチャヤに祝いの言葉らしきものを告げて去っていった。

 宴も佳境に入っており、子供達は親に連れられて家へと帰っていく。そろそろ日も落ちて暗くなる頃合いだ。

 なし崩し的にだらだらとこの宴が続くのではないかと思っていたティターだったが、村の人々は波が引くように自宅へと帰っていく。男性は意味深な視線をティターに向けて、女性はンナチャヤを茶化すようにくすくす笑う。

 人が居なくなった会場を見回して、ンナチャヤがティターの腕を掴んで立ち上がった。


「家、いく」

「いや、私は」


 婚約云々と聞かされた後でンナチャヤの家に行くのは躊躇われる。


「タネもらう」

「種?」


 それも部族のしきたりなのか。ちらりとティターの脳裏に三角教が隠し持つ種の存在が浮かんだ。

 いずれにしても、ティターは植物の種など持っていない。


「種など持っていませんが?」


 正直に答えると、ンナチャヤは驚愕も露わにティターを見つめた。


「まさか、女?」


 ンナチャヤの言葉に、ティターは種の正体を察して苦笑した。


「あぁ、種とは子種という意味ですか? 君たちの部族の言葉だと発音が植物の種子と被るんですね。いや、そういう意味でなら持っていますが渡せませんよ」

「分かった。花嫁修業、頑張る」

「いや、そういう意味ではなく――」


 説明する前に、奮起したンナチャヤはティターを家に引っ張り込んでさっそく夕食を作り始めた。

 出来上がった料理は素朴な見た目ながら、今まで味わった事がないほど美味だった。





 翌朝、ンナチャヤが起きるとティターの姿が家から消えていた。

 散歩にでも出かけたのかと思いさほど広くない村の中を探すが見当たらない。

 村に姿が無いのなら、池か森だろう。池にも姿が無い以上、森に行ったと思われる。

 ンナチャヤの脳裏で『朝早く森へ行く』が『遠くへ狩りに行く』に変換される。

 もしかすると、これも花嫁修業の一環なのではと、ンナチャヤは森へと向かった。

 ンナチャヤは森での狩りに慣れている。旦那が狩りに出かけている間家で大人しくなどしていられるはずもない。夫婦そろって一緒に狩りをする、なんて素敵な時間だろう。

 それに、初夜を拒まれてしまったが、人目のない森の中ならば押し切れるかもしれない。

 ンナチャヤは鼻息荒く自宅へと駆け戻り、狩り道具を手にして森へ走った。

 探そうと思えばティターの痕跡はすぐに見つかった。


(旦那様がこんなに簡単に追跡させるはずがない。きっと、先に行って待っているんだ!)


 こうしてはいられない。後を追わなくては。

 ンナチャヤは森へと入る。ティター目がけて突き進む。

 なお、ンナチャヤは部族の言葉で『くっついたら離れない植物の種』を指していた。



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