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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第二章 ラデン花の種

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第三話 レッテル再び

「店内の清掃、終わりました。ゴミ捨てに行こうと思いますけど、今日は団体客の予約が入ってましたよね。まだ下ごしらえ中ですか?」

「まだみたいね。生ごみはもっと出てくると思うから、ゴミ出しは後でいいわ。いったん休憩をはさんでちょうだい。今日は忙しくなるんだから、休み休み丁寧な仕事をね。って、ミチューちゃんに言うまでもないか」


 街の片隅にある小料理屋の女店長はそう言ってミチューの頭を撫でた。

 ラフトックを巡る騒動の後、ミチューは小料理屋に雇われていた。まだ数日だが、働きぶりは良好でその容姿もあってか早くも看板娘とささやかれている。


「おっと、子ども扱いしちゃった。ごめんなさいね。ちょうどいい高さに頭があるものだからつい」

「気にしませんよ」


 ミチューは手近な椅子に座って、厨房の喧騒に耳を澄ませる。


「厨房、本当に忙しそうですね。後で応援に入った方がいいでしょうか?」

「気にしないでいいわ。手が足りない時には向こうから呼びに来るでしょう。品数が多くて忙しくしているけど、それ以上に量が多いから、修業中の子たちにはいい経験にもなる。下手に手を出して彼らの成長の機会を奪うのはダメよ」

「分かりました。それにしても、団体客ってどこの方たちなんですか? この間は貿易系の商人の寄り合いみたいでしたけど」

「ダックワイズ冒険隊の打ち上げよ」


 ダックワイズ冒険隊と聞いて、ミチューは一瞬体の動きを止めた。

 ミチューがかつて、輸送隊の一員として在籍していた事もある組織だ。異端者のレッテルを貼られて逃げて以来接触していないが、あれからまだ数日しか経っていない。

 ラフトックの封印が成されても、先手を打った三角教が異端者の処刑を発表した都合でミチューの評価が覆る事はなかった。

 おかげでミチューは物足りない日々を過ごしていたわけだが、今日はツキが回って来たかもしれない。


「打ち上げが始まったら忙しいのは厨房じゃなくミチューちゃんになるからね。英気を養っておきなさい。できれば、おめかししておいて。ダックワイズ冒険隊は男所帯だから、ミチューちゃんいつも以上にモテモテよ?」


 店長が悪戯っぽく笑いかけて、眉を顰めた。


「ミチューちゃん、その笑い方はどうかと思うわよ?」

「え? あ、すみません」


 看板娘としての評価がダックワイズ冒険隊の打ち上げ中にひっくり返るかもしれない、と想像して不気味な笑みを浮かべていたミチューは店長に指摘されて慌てて取り繕った愛想笑いを浮かべる。


「そう、それでいいのよ。美少女で気が利く上に優しい看板娘と評判なんだからね」

「ありがとうございます」

「私だけが言ってるわけじゃないからお礼を言われてもね。お世辞じゃないのよ?」


 苦笑した店長は壁掛け時計を見上げて時間を確認する。


「そろそろ店を開けてくるわ。厨房にも時間が無いぞって伝えてきて」

「分かりました」


 店の入り口の鍵を開けに行く店長とは反対に厨房を覗いたミチューは、料理長を見つけて声を掛ける。


「店長が店を開けるそうです」

「もうか! おい、誰か酒屋に行って受け取ってこい。配達を待ってらんねぇ」

「いま手が離せないです!」

「あぁ、くっそ。昨日の一件がなければな」


 昨夜、酒屋が納品途中に強盗に遭い、酒を奪われる事件があった。

 ダックワイズ冒険隊は酒飲みが多い事をかつて在籍していたミチューも知っている。打ち上げに酒が並ばないのは非常にまずい。


「私が行ってきます」

「ミチューちゃん良いのか?」

「幸い、開店前の仕事は終わっているので。いま手が空いているのが私しかいないですし、頑張りますよ」

「ありがとう。助かるよ」

「強盗に遭ったんですよね。入荷が間に合っていなかったらどうしますか?」

「酒屋も事情は知ってるはずだ。入荷してなかったらおいてる店を紹介してくれるだろう。長い付き合いだし、その辺りはオレの名前を出すだけで便宜を図ってくれるよ。これ、リストな」

「はい。行ってきます。店長に伝えておいてください」


 リストを受け取ったミチューは店の勝手口から外に出て、酒屋へと急ぐ。

 リストには二十数種類の酒のリストが書かれている。一人でこれほどの量は到底運べるものではないが、ミチューの場合は付与魔法を使って一往復で帰って来られる。

 酒屋に到着して顔を出すと、女将が他の客の注文を捌いている真っ最中だった。昨日の強盗騒ぎで配達の遅れが出ており、いまなお対応に追われているらしい。


「すみません。注文した品が届いていないので直接受け取りに来ました」

「また!?」


 悲鳴のような声を上げた女将にミチューは落ち着くように声を掛けてから店の名前を告げる。

 連絡の行き違いでまだ配達に出てもいなかったらしい。


「ごめんなさいねぇ。見ての通り忙しくって、言い訳にもならないけれど。品はあるから、ちょっと待っててね」


 女将が手早く店の棚を回ったリストの酒を集めた後、ミチューを見る。


「かなりの量だけど、持って行けるの?」

「この程度の量なら問題ないです」


 酒瓶をまとめた箱に浮遊の魔法をかけるミチューを見て、女将は口を半開きにして驚いた。


「あらら。あなた、うちで働かない? 配達が凄く楽になりそう」

「気が向いたら考えます。すみません、急いでいるので」

「前向きに考えてくれるとうれしいわ。それじゃあ、気を付けてね」


 ミチューに手を振った女将はすぐに仕事に戻っていく。

 女将に頭を下げたミチューはぷかぷかと浮いている酒瓶の入った箱を持って店へと急いだ。もうダックワイズ冒険隊の到着時間ぎりぎりだ。

 厨房脇の保管庫に酒瓶を入れていると、店長がやってきた。


「お疲れさま。休憩を挟んだら給仕をお願いできる?」

「もうお客様がいらっしゃったんですか?」

「予定よりちょっと早いけどね。今は遠征の打ち上げ前に反省会をしてるみたいよ。料理やお酒を出すのはその後になるわね」


 酒が間に合わなかったわけではないと聞いて、ミチューはほっと胸をなでおろした。

 休憩室に入って一息つくと、店の方から男性の声が聞こえてくる。

 ダックワイズ冒険隊の遠征の指揮官だろうか。良く通る声は滑舌も抜群で壁越しにも内容が聞き取れるほどだった。反省会が終わったら料理や酒を持って行かなくてはならないため、ミチューはタイミングが計れるように扉を開けて反省会を聞くともなしに聞きながら果実水をコップに注ぐ。

 ダックワイズ冒険隊の今回の遠征先はとある遺跡だったらしい。

 農業の邪神ラフトックを信奉する古代の国が作ったその遺跡はちょっとした宗教施設であり、反省会の司会を務めている指揮官曰く「乱心したラフトックを鎮めるためにエルナダ大陸中から植物の種子を集めて保管する」施設でもあるとの事だった。

 別の遺跡でこの宗教施設の存在を知ったダックワイズ冒険隊はこの遺跡の利用価値にすぐさま気が付き、遠征を行った。

 古代文明時代に集めた種子が保管されているのなら、現在はすでに絶滅してしまった植物の種も存在するのではないか、そう考えたらしい。

 園芸用、鑑賞用、果ては薬効目的、嗜好品など、エルナダ大陸の植物は本国で高値が付く事も多い。絶滅した植物の種子ともなればその価値も跳ね上がり、好事家もこぞって求めるだろう。

 だが、ダックワイズ冒険隊の目的は別にあったらしい。


「今だから言うが、最大の目的はラデン花って絶滅植物の種だったんだ。遺跡調査の直前に見せた種の絵があっただろう」

「あのエルナダ先住民が描いたような絵ですか?」


 指揮官の言葉に冒険隊員の誰かが質問する。

 輸送部隊に一時在籍していたとはいえ、ミチューは絵を見た覚えがない。


(まぁ、興味もないけど)


 ミチューが姿見の前で身だしなみを確認している間にも、反省会は続く。


「鋭いな。実はあの絵、エルナダ先住民の薬草辞典に記載されていたものだ。先住民の集落からちぃーと強引に借りて来てな」

「かりてきたんすねー」

「そうそう、かりてきたんだよー」


 質問者と指揮官のやり取りに下品な笑い声があがる。どう考えても、まともに借りてはいない。


「話を戻すとな。このラデン花の種子は魔物を心服させる秘薬の材料になる」

「……魔物を?」

「そうだ。ラフトックを信奉していた国はこの種子を原料に別の国と手を組んで魔物を飼い馴らし、周辺国との戦いに使役していたらしい。文献がほとんど残っていない上に怪しい話だが、ベルツードラって亜竜まで自在に操ったそうだ」

「亜竜って……この大陸、古代はどんな戦争してたんすか」

「怪しい話だろう。亜竜はどうだか知らないが、魔物を使役できるのはマジらしくてな。実用化できれば、俺達の冒険も楽になるって寸法だった」

「でも、肝心の種が遺跡になかったすよね?」

「あぁ。だから改めて聞く。ここにあの遺跡から種子をかっぱらった奴がいるなら出てこい。今なら無罪放免だ!」


 指揮官の言葉にざわつく気配がする。

 ミチューは話を聞き流していたが、ラフトックやら種子やらと聞き覚えのある単語の羅列に首を傾げた。


(……まぁ、私には関係ないかな。そんな事より、看板娘、死地へ参ります)


 また異端者のレッテルを貼られてしまうのだろうか、それともレッテルを貼った事を謝ってくれるのだろうか。とはいえ、輸送隊の面々が参加していないかもしれない。

 厨房を覗くと、もう準備ができていた。店長がミチューに目を止める。


「丁度呼びに行こうと思っていたところだよ。休憩はもう十分だね? まずはそれ全部配ってきて」

「わかりました」


 ドキドキとわくわくに胸を躍らせながら、ミチューは人数分のグラスとワインボトルを何枚かの盆に載せると浮遊の付与魔法で浮かせてまとめて運び出す。


「いやぁ、ミチューちゃんの付与魔法は本当に見事だ。あれ、何人分の働きだよ?」

「看板娘も板についてきたし、これからは売り上げも増えそうだ」

「ボーナス頼みますよ、店長」

「あんたらも負けずに働いてくれたら考えよう」


 料理長と店長の会話を聞きつつ、ミチューはついにダックワイズ冒険隊の反省会に到着した。

 直後に、ミチューは落胆する。輸送隊の面々が誰もいなかったのだ。せっかく派手に浮遊の魔法まで使って登場したというのにこれではやみくもに目立っただけである。

 グラスを配り終えるのと反省会が締めの言葉に入ったのは同時だった。


「今回の遠征は皆よく頑張ってくれた。今日は無礼講だ。ただし店には迷惑かけるなよ。では、乾杯!」


 グラスを合わせる澄んだ音が響く。

 ミチューは次々と料理を運ぶ。


(つまらないなぁ)


 期待していた事が起こらないと、その後の日常は味気なくなる。ミチューは愛想笑いを維持しながらも、満たされない心を持て余していた。

 だが、転機は不意に訪れる。


「――遅くなりました」


 店の戸口が開き、ダックワイズ冒険隊のマントを羽織った数人の男たちが入ってくる。


「片付けの手が足りなくてこんな時間になってしまって。もうみんな始めてるんですね」

「おう。反省会も終わった。いいご身分だな。こっちに来て酌しろよ。それで勘弁してやらぁ」


 指揮官が笑いながら遅刻を不問に付してマントの男たちを手招きする。

 男たちは少し申し訳なさそうにしながらも指揮官の下へと向かった。

 男たちが来る前に、指揮官がミチューに声を掛ける。


「お嬢ちゃん、こっちに新しいグラスをくれ」

「はい、ただいまお持ちしま……あっ」


 反射的に振り向いた時、指揮官の下へ向かっていたマントの男たちと目が合う。

 マントの男たちは呆然とミチューを見つめていた。

 見覚えがあるどころではない。マントの男たちはかつてミチューが在籍していた輸送隊の面々だった。


「い、異端者……?」


 不意の遭遇に失っていた我を取り戻した輸送隊長がミチューを指差して呟く。

 輸送隊のただならぬ様子に打ち上げの席は徐々に静かになっていき、困惑しながらも成り行きを見守るようにミチュー達に視線が集まった。

 当然のように、ミチューは笑っていた。その不気味な笑みを見て確信したのだろう。輸送隊の面々が怯んだように後ずさる。


「処刑されたはずだ。なぜ、ここに?」

「まさか、復活させたって言う邪神の力?」

「とにかく捕えて三角教に確認を取るしか」


 輸送隊員が交わす言葉を聞き、指揮官が顔色を変えてミチューを見た。


「まさか、報告があった逃げ出した異端者の少女か!?」


 輸送隊長はきちんと報告まで上げていたらしい。

 指揮官が立ち上がり、ミチューを指差した。


「事情は後で聞く。あの小娘を捕えろ!」


 指揮官の命令を聞いて、冒険隊の面々が訝しそうにしながらも立ちあがってミチューを見た。

 当のミチューは後ずさる。


(三角教に突き出されるのはダメだよね)


 ラフトックの一件で、三角教の動きには裏がある事を知っているミチューとしては、三角教がミチューに貼られたレッテルを剥がすために真実を語ってくれるとは思えなかった。

 もとより、このエルナダ大陸で誰かに自分の命運を託すのは非常に危険を伴う。元流刑地のこの大陸では善人の方が少ないのだ。

 つまり、ここは逃げの一手しかない。


「きゃあああ」


 ミチューは悲鳴を上げる。ダックワイズ冒険隊を恐れてのことではない。ここで悲鳴を上げて逃げ出す方が異端者のレッテルを貼られてしまった善良な少女の振る舞いらしく見えるからだ。

 年頃の、それも美少女の悲鳴にダックワイズ冒険隊の男たちが怯んだ隙をついて、ミチューは夜風を入れるために開け放たれていた窓へと飛び込み、外へと逃げ出した。


「お、追え!」

「ちょっと、お客さん、うちの子に何したんですか!?」

「ミチューちゃんに何しやがった、てめぇら!」

「待て、あの娘は異端者で――」

「うちの看板娘に冤罪着せて拉致ろうって魂胆か、屑ども!?」


 店側とダックワイズ冒険隊が争う声を置き去りに、ミチューは夜の街へ駆けだした。

 職を失った不安など欠片もない晴れ晴れとした笑みを浮かべて、ミチューは気持ちを表現するように、夜の街を跳ねるように駆け抜ける。


(悪評よ、おかえりなさい!)


 見返せる日が楽しみで仕方がない。

 川の近くまで逃げてきたミチューは橋の下に滑り込むと、笑みを浮かべる口元を両手で覆ってくすくす笑う。

 これからの予定を立てなくてはいけない。どのようにしてレッテルを引きはがし、ダックワイズ冒険隊を見返すか。


「でもまずはお世話になった店長さんに謝罪のお手紙と辞表を出さないと」


 妙なところで律儀なミチューであった。


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