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下種共が流刑地にて狂い咲き  作者: 氷純
第二章 ラデン花の種

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第二話 壁に耳あり

 かつての職場の同僚が今の自分を見たら目を疑う事だろう。

 ティターは学園の教師たちを思い浮かべて一人笑う。

 学園は噂好きが多くて楽しい職場だったが、いかんせん学生身分ばかりで少々の失態や成功は一時の事と忘れられやすかった。

 それに比べて、このエルナダ大陸はと言えば、誰しもが他者を蹴落とせる話を求めてやまない。自然と、噂の類は独り歩きして真偽不明の物ばかりが耳に届く。話を聞いた者にとって都合のいい真実が形成されやすい土壌があった。

 噂など誰も信じていないのだ。公式発表でさえ信じる者は限られる。

 例えば、三角教が発表した異端者の少女の処刑の話もそうだ。

 本当に処刑したのか。処刑したのは異端者だったのか。復活したとされる邪神はどうなったのか。

 噂も公式発表も信じられないのなら、自分で調べるしかない。

 ティターは三角教の建物から出てきた人物を尾行し、面白い現場に出くわしていた。

 現場は街の片隅にある大きな料理店。すべてが個室という高級店の皮を被った密談用の店である。

 三角教の人間が秘密裏に誰かと密談するために出てきたことになる。

 ティターは三角教関係者の後を追って店に入ると、すぐに隠蔽魔法を利用した魔法道具で店内の音を拾う。ティター御手製の魔法道具は店の人間に気付かれる事なく役目を果たす。

 密談用の店らしく警戒は厳重だが、しょせんはエルナダ大陸基準の事。魔法工学の教師であるティターからすれば障害にもならない。

 個室に通されたティターは何食わぬ顔でメニュー表を開く。


「こないだ本国から来ましてね。珍しい物が食べてみたいので、おすすめの料理があれば教えてくれますか?」

「ヌロギフィッシュなど如何でしょう?」

「ヌロギフィッシュ……エルナダ固有種の淡水魚でしたか?」

「よく御存じで。ヌロギはエルナダ先住民の言葉で沼に潜む者を意味しているそうです。泥をよく吐き出させてから調理するのですが、淡泊ながらも味わい深い魚ですよ。今の時期ですと卵を抱えていて、これも珍味として人気のメニューとなっています。当店ではパテにしてパンに塗ってから焼いて出したりもしていますが、どうされますか?」

「面白そうですね。その卵のパテトーストと、魚本体も味わってみたい。ヌロギフィッシュをお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」


 注文を取って出ていったウェイターを見送って、ティターは鼻歌交じりに庭を眺めるふりをしながら、盗み聞きを開始する。

 対象は三角教、正式名称ラステ&メッティ教同盟のメッティ派に属するクッフスタという人物だ。

 本国から左遷されてきたクッフスタはプライドばかりが肥大化した男で、手柄を立てて本国への凱旋を夢見る五十歳である。


『まったく、何故私が宿無しの無法者連中と会ってやらねばならんのだ』


 さっそくプライドの高そうな独り言をつぶやいているクッフスタの下へと足音が向かっていく。

 ガチャリと扉が開いた。どうやら、クッフスタの密会相手はちょうど到着したところであるらしい。

 幸先がいい、とティターは機嫌よくワインリストを開いた。


『クッフスタ様、今日はお時間を頂いて申し訳ありません。是非直接会って話がしたかったものでして』

『名乗りもしないのかね? それともサウズバロウ開拓団の人間ならばこの私が知っていて当然だとでも自惚れているのかね?』


 不機嫌そうなクッフスタを宥めながら密会相手が席に着いて注文を通す声が聞こえてくる。

 ティターは密会相手の素性を知り、やや意外に感じていた。


(サウズバロウ開拓団ですか)


 どうやら、この密会自体、サウズバロウ開拓団の提案であるらしい。

 サウズバロウ開拓団はエルナダ大陸一有名な開拓組織だが、その組織方針は独身独歩を基軸としている。不正が横行するリニューカント執政軍に与するのを良しとせず、かといって対立姿勢を明確にするでもなく、ただただ開拓に邁進する移民の集団というのが世間の見方だった。

 だからこそ、リニューカント執政軍と冷戦状態にある宗教組織、三角教との密談は意外だった。密談の内容次第ではサウズバロウ開拓団がリニューカント執政軍との対立姿勢を選んだことになる。


『ここの払いは当然サウズバロウ開拓団が持ちますので、食事をしながらお話ししましょう。今日のために本国からワインを取り寄せましてね。どうですか?』

『ほぉ、これは……。本国に居た頃は愛飲していたよ。ワイナリーが閉じたと風の噂で聞いたが』

『最後の年のものだそうです。満足の行く逸品が出来たから廃業すると言わしめた品ですよ』

『うむ、良いだろう。しかし、そうか、飲み収めか』


 クッフスタが残念そうに聞こえる声で呟く。

 盗み聞きをしていたティターは、クッフスタが読み上げたワインの銘柄を聞いて笑いをこらえるのも大変だった。

 件のワイナリーは移転しただけで今も営業を続けている。クッフスタが飲もうとしているワインは移転後の物だ。当然、クッフスタが本国で愛飲していた物とは味もエチケットも異なる。

 元々が高級ワインだっただけにクッフスタは見栄を張って自爆したのだ。

 ぼろが出ないようにと考えたか、クッフスタが話を変えた。


『それで、私を呼び付けたのはどうしてかね?』


 本題に入るらしい。ティターはワインを頼みながら、耳を傾ける。


『森の奥にある遺跡をご存知ですよね?』

『何の話かね?』


 クッフスタはとぼけているが、声が若干上ずっていた。

 森の奥にある遺跡と聞いて、ティターの脳裏に浮かぶのは先日訪れた要塞化された村だった。

 サウズバロウ開拓団の使者はクッフスタの失態を指摘せずに話を進める。


『クッフスタ様ほどの地位にあれば当然聞き及んでいるはず。先日処刑されたという金髪の少女異端者を』

『それが村とどのような関係があるのかね?』

『腹の探り合いはやめましょう。我々サウズバロウ開拓団が三角教に提案させていただきたいのは、農業の邪神ラフトックを利用した工芸作物の栽培と本国との貿易パイプ構築です』


 農業の邪神ラフトック。その名前が出た途端、盗聴先のクッフスタたちは無言となる。

 ティターもまた、話の行き先に非常に興味が湧いてきていた。


(植物の成長を操るラフトックの能力は確かに開拓団向き。欲しがるのは当然ですね)


 サウズバロウ開拓団は巨大な組織だけに、あちこちに耳目がある。情報は勝手に入ってくるだろう。

 つまり、先日の事件を詳細に知ったサウズバロウ開拓団はラフトックの能力に目をつけ、三角教の宗教的背景を元にした貿易パイプで本国との安定した取引を狙っている。

 クッフスタは情報が漏れた事よりも本国との貿易パイプ構築の話に興味を引かれたようだ。


『……なぜ、それを私に提案するのかね?』

『理由は二つございます。一つが、クッフスタ様が本国より派遣されてきたこと。本国に直接伝手を持っていらっしゃる』

『当然だな。だが、そんな伝手は商人どもも持っている。どうせ貿易するのなら、商人と直接交渉する方がよかろう』

『それが二つ目の理由に関係しております。現在、ラフトックが封印されている遺跡に居座っている孤児たちとの交渉が決裂しまして、手が出せない状況です』

『……ふむ』


 先日の事件で教会の兵士が二十名もたった一人の村人に倒されているだけに、クッフスタも納得したようだ。


『だが、手が出せないのではラフトックの利用どころではないだろう』

『そこで、三角教の手をお借りしたい』

『兵は出せんぞ』

『存じております。平時に兵を出すわけにはいかない。ですから、搦め手を使いたいと思い、三角教の皆様の協力を仰ぎたいのです』

『具体的にはどうしろというのかね?』


 すでに協力を前提とした問いかけをするクッフスタ。それもそのはず、クッフスタにとっては手柄を上げて本国に凱旋するチャンスなのだ。

 サウズバロウ開拓団の使者も、クッフスタの願望を見透かして話を持ちかけているのだろう。


『具体的な方法ですが、かの遺跡を歴史的に重要な文化物だと喧伝するのです。遺跡の保護を名目に孤児の集団を立ち退かせ、調査名目で三角教の皆様と我々サウズバロウ開拓団が入り、ラフトックを奪取、研究いたしましょう』

『ふむ。面白い。良いだろう。三角教の方は私がどうにかしよう。話がまとまり次第連絡すればいいな?』

『はい。ありがとうございます』


 密会は双方に益のある形でまとまったらしい。

 ティターは運ばれてきたヌロギフィッシュのパテトーストを食べながら、件の村を思い浮かべる。元教え子のリピレイも現在はあの村に居るはずだ。

 これはなかなか面白い話になってきたと思うのと同時に、気にかかる事もある。

 ティターと同じ疑問を抱いたらしいクッフスタが使者に訊ねた。


『しかし、意外だったな。三角教を通じて遺跡保護の先例を作れば、腐敗しているとはいえ行政としての機能を利権として有するリニューカント執政軍を刺激しかねない。サウズバロウ開拓団はリニューカント執政軍との対立を望まないと思っていたが?』

『三角教に矢面に立っていただこうとは思っていません。今回の件、実は我々にもやむにやまれぬ事情がありまして』

『その事情とは?』

『リニューカント執政軍から圧力をかけられました。本国への輸出品を卸す商会をリニューカント執政軍子飼いの商会に切り替えろ。さもなくば輸出関税を跳ねあげると』

『おぉ、それはまた、リニューカント執政軍らしい横暴振りだ。それで、三角教と手を結び対抗しようと考えたわけかね?』

『ありていに言えばその通りです』

『なに、足元を見るつもりはないとも。我々三角教は土地も農業知識も持たない。自分たちで作物を栽培するのは無理な以上、サウズバロウ開拓団は重要な取引相手となる』


 持ちつ持たれつの関係を強調しながらも、本国とのパイプを持つクッフスタの協力がなければ成り立たない取引だけあって、恩に着せるような口調だった。


『ありがとうございます』


 使者はあくまでも下手に出て素直に頭を下げる。

 気を良くしたクッフスタの笑い声が聞こえてきた。

 ティターもうきうきである。

 三角教とサウズバロウ開拓団が邪神の利用を狙って手を結んだ。この情報だけでも世論を揺さ振るには好材料だが、リニューカント執政軍との対立姿勢の明確化という噂の補強材料まであるのだ。

 事前にティターが噂を流し、その後にサウズバロウ開拓団が三角教の伝手で本国との貿易を開始すれば、ティターの噂も真実として受け入れられる。噂が遠く本国まで届こうものなら、エルナダ大陸と本国の両方から邪神の力を利用した異端者とみられるだろう。

 実に夢が広がる。

 問題は噂を流すタイミングだ。早すぎれば異端者呼ばわりを避けるためにサウズバロウ開拓団も三角教も同盟破棄に動きかねない。遅すぎれば、一杯食わされたリニューカント執政軍の悪あがきとしか受け取られない。

 だが、三角教やサウズバロウ開拓団も慎重に動くはずだ。ティターが予定を組み上げられるほど情報が漏れ出てくる可能性は低い。

 ならば、ティター自身がタイミングを見測る事の出来る立場に立てばよい。


(不肖、私があなた方の計画の進行役を務めましょう)


 まずはどう動くかと考えていると、ウェイターがやってきた。


「――ヌロギフィッシュのフライ、お待たせしました。おや、パテトーストがお気に召しましたか?」

「えぇ、実に満足しております」


 ウェイターに笑顔で応じて、ティターは食事を楽しむ。

 フライの皿に飾りとして添えられている赤い葉を見つけて、ティターはミチューから聞いた話を思い出す。

 考古学者マルハスに憑依したラフトックが三角教から兵を借り受ける代わりに増やしたという種子の話だ。


(一緒に旅をしていたリピレイさんから詳しく話を聞く必要がありますね。同時にサウズバロウ開拓団と三角教に村が狙われている事を知らせてリニューカント執政軍を頼るように吹き込みましょう。そうすれば、村の動きに先んじて噂を流すだけでいい)


 フライを食べながら、どうせならもっと騒ぎを大きくできないかと考えを巡らせたティターはエルナダ最大の犯罪組織Gの兄弟を候補に挙げる。

 犯罪組織のGの兄弟ならば種子を強奪に動く可能性も高い。種子の正体が何であれ、わざわざ増やそうとするくらいだから、三角教にとっては重要な品だろう。

 もしも種子が奪われて消息不明となれば、三角教は再度種を増やすためにラフトックから手を引けなくなるのではないか?

 仮に異端者のレッテルを恐れたサウズバロウ開拓団が直前で手を引いても、三角教だけでも動いてくれれば芋づる式にサウズバロウ開拓団を引っ張り出せる。


(今度こそ、三角教を見る世間の目を変えましょう)


 まずはリピレイと接触、そののちにGの兄弟に情報を垂れこむ事に決め、ティターはワイングラスを傾けた。



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