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暗闇に潜む者

作者: シュウ@広島

 人は何故、暗闇を恐れるのだろうか?

 その理由を尋ねても曖昧模糊とした不安感、漠然とした恐怖感としか答えられない。本来なら人間と言えども哺乳類なのだから、暗闇の方が敵に見つかりにくく安全なはずだ。実際に哺乳類には夜行性の者がたくさんいる。例えばペットとしてお馴染みのハムスターも夜行性である。飼ったはいいが昼は殆ど寝ていて、自分達が寝た後に回し車をカラコロカラコロと回してうるさいと思った方も多いのではないだろうか。ライオンなどもそうだ。動物園などでは昼間はごろごろと寝てばかりいる。さぞかし餌を沢山もらって満足なのかと思いきや、夜になると活動を始める。これは彼等の生息地域の気候と関係していると思われる。昼の暑いときに襲うより、寝ぼけている夜に襲った方が獲物を仕留められる確率が上がるとともに、体力の消耗も押さえられるからではないだろうか。

 さて、人間が本能的に闇を恐れるのは、そこにいるはずのない「天敵」がいたからではないのか?

 今、人間は天敵とはなんぞやと我が物顔で地上を闊歩しているが、かつて人間には夜行性の天敵がいたのではないのか?

 それが姿を消しても人間の本能の中にいまだに恐怖を抱くほど恐ろしい天敵がいたとしたらどうだろうか?

 それは絶滅したのではなく、何かの機会を狙って人間を狙っているとしたらあなたは信じるだろうか?

 私が彼の部屋を訪ねたのは、今から一ヶ月前のことになる。

 あまりサロンなどでも評判の良くない画家の卵である彼が姿を見せなくなったというのだ。私はスケッチ旅行にでも行っているのではないかと主張したが、彼の数少ない理解者が最近になって妙なことを口走っていたと私に告げたのだ。なんでも人間が見てはいけない物をみたとか、奴等は闇に潜んでいるとか、はっきり言って私よりもカウンセラーのほうが必要だと思われるのだが誰一人として彼のアトリエを訪ねようとはしなかったのだ。なぜ私なのか尋ねたが、うわべのおべんちゃらと、彼への理解を示しているからなど今まで聞いた事のないお世辞などには閉口した。私はその場にいるのにも嫌気がさし、彼のアトリエを訪ねて見ることにした。彼のアトリエはアーカムの西の外れにあるアパートメントの屋根裏部屋だ。私は簡単な身支度と愛用のパイプをもち、途中でワインとチーズを買ってバスに乗り込んだ。春の陽気が気持ちよく、太陽の光が燦々と降り注ぎ爽やかな風が頬をすり抜けるありふれた休日だった。バス停に降りると三番目の角を左に曲がり少し坂になっている石畳を革靴の音をコツコツと辺りに響かせながら、目的のアパートメントについた。呼び鈴を鳴らすと返事がないために留守かと思ったが、仕方なく部屋の前まで古びたギシギシと音を立てる階段を登って上がった。ノックをすると中からかなり気弱な小さな声で、返事があった。


「誰だ?」

「私だよワトソン。製作は順調かい?」


 すると錆びた蝶番がぎぃーと音をたてながら黒いドアが開いた。


「やぁ。しばらくぶりだね!元気にしてたかい?」


 ワトソンは明らかに憔悴していた。まるで顔には血の気がなく、髪も櫛を入れてないらしくぐちゃぐちゃで髭も全く剃っておらず、白い毛が時々、入り交じっていた。シャツも着替えてないらしく酷く不快な汗臭い臭いがした。ズボンは絵の具で汚れているところを見ると絵画の製作はしているらしかった。部屋の中は春の陽気が気持ちいい時期であるにも関わらず、窓は締め切られ真っ暗だった。中からは何の臭いが混ざったらこうなるのかわからない異様な臭いがした。


「君か、ジョージ。どうしたんだい?他の奴等同様に僕を笑いに来たのかい?」


 ワトソンは顎で中に入れと合図をして、私に背を向けた。私は不快な思いをしながらも、部屋の中に入った。

 部屋の中は相変わらず雑然としていた。キャンバスが無造作に立て掛けられ汚れたイーゼルとパレットから油絵具の臭いがした。


「元気にしてたかい?ワトソン。製作は順調なのかい?」

「ジョージ。やめてくれないか。君も僕を嘲笑いに来たんだろう?他の奴等と同様にさ。正直に言ったらどうなんだ?僕が気が狂ったと思っているんだろう?違うね。僕は至って正気だよ。僕は新しい世界を知ったんだからね!そうさ!神は僕をメッセンジャーとして選んだんだよ。今は新しい本当の世界の神を受け入れた心の平安に感謝こそすれ、無駄にする時間は少しもないほど忙しいんだ。世間の馬鹿な奴等に本当の支配者と神の姿を教えてやらなくちゃいけないんだ。そのために僕は今まで苦労して画業を志していたのさ!そうさ!わからないときは苦しかったが、わかってみるとなるほどと思うんだよ。今までの苦労も必要だったとね。」


 どうやらワトソンはかなり思い詰めているらしく、久しぶりに誰かと口をきくのか、声がかすれてひどく聞き取りづらかった。

 私はこんなことなら、来るんじゃなかったと後悔した。友人の不幸を願うわけではないが、もしや具合でも悪くしているのかと思っていたからだ。ワトソンは続けた。


「いいかい?君は毎週、教会に行くんだろう?愚か者め。本当の神を知らずに偽物を拝んでやがる。なんて情けない連中だ。いいかい?人が何故、暗闇を恐れると思う?それはかつての神が夜に人間を喰っていたからさ!だから人間は夜になると恐怖に震えるんだ。君だって一度や二度ではないだろう。暗闇に何かが潜んでいる気がして怯えた事は。そうさ、それこそが本当の神への畏怖の念、恐怖の記憶なんだよ!これを見ろ!」


 そう言うとワトソンはイーゼルのカバーをとった。

 そこには見たこともない異様な姿をした食屍鬼が人間を無造作につかんで食べている様子が描かれていた。その表情たるや吐き気を催すほど、不快で恐ろしいものだった。しかし、掴んでいると言っても怪物には人間や獣のような手足はなかった。気味の悪い色をした触手が山のように人間を掴んで口らしきところに運んでいるのだった。そこからは緑色の粘液が垂れていて、かろうじてそれが生き物であるとわかるくらいだった。なんて気持ちの悪い絵画だろうか?人間の血の色と食屍鬼の緑色の粘液が合わさって、あり得ないコントラストを描きだしていた。全体的にはまるで烏賊かクラゲのような材質で出来ていて、時おり光の筋が光っている。ワトソンの話によれば光で会話や機嫌を表すという。

 無造作に伸びた触手が絵の中、いっぱいを這い回り人間を次から次へとつかんでは口らしきところに運んでいるのだった。そして目らしきものは昆虫の複眼のように多数あった。私は如何なる想像をしてもこんな食屍鬼を想像することは出来ない。人間の想像を遥に越えた筆舌に尽くしがたい恐ろしくおぞましい、人間の本能的な恐怖の琴線に触れるものだった。


「どうだ!恐ろしくて声も出ないようだな?はっはっは!愉快だよ。何度見てもこの絵を初めて見た人間の苦痛と苦悶にあえぐ表情はたまらないね!そうさ!誰も知らない、いや、過去の人間は知っていたかつて地球を支配していた暗黒神がこれさ!だから人間は夜になると暗闇に恐怖を覚えるんだ!なぜなら自分達は彼等の食料として生まれたのだからね!今は星の星辰の位置が悪いから眠っているが、かつてはこの地球を支配した暗黒神なんだ。どうだい?凄いだろう?僕は普通の人間が絶対に見れない過去の世界を見れるようになったんだ。そうさ!僕は選ばれたんだよ!暗黒神にね!これからはたっぷりと世間の平和ボケした馬鹿どもの目を覚まさしてやるよ!はっはっは!愉快だよ!本当に愉快だよ!」


 私は気分が悪くなり、屋根裏部屋のカーテンを開けた。

 すると、そこには見慣れたアーカムの景色はなかった。ただ真っ暗闇が広がり妖しいオーロラのようなものが空を覆っていた。

 私は吐き気に堪えられなくなり、窓を開けた。

 すると、そこにはいましがた上がってきたはずの建物がなかった。あるのはワトソンの絵に描かれていた触手が地面いっぱいを覆っていた。そして緑色の粘液を滴ながら蠢いていた。

 私はそれを見ていると余計に不快感が募り、とうとう吐き戻してしまった。


「ジョージ!どうだい?ここはもう、普通の人間が来るところじゃないんだよ!暗黒神の手の内に全てはあるのだから。ここはネクロノミコンに書かれていたルルイエと繋がったらしい。僕は想像で描いたんじゃない!見て、写生したんだよ!わっはっは!クトゥルフ万歳!」


 すると窓の下から触手が伸びてきて、ワトソンを捕まえると闇の中に引き込んだ。


「わあー!何故だ?何故だ!私は選ばれたんじゃないのか?なぜ喰われなければならないんだ!嫌だ!喰われたくない!喰われたくない!助けてくれ!ジョージ!」


 それがワトソンを見た最期となった。

 私は部屋の窓を急いで閉めると部屋から走って出ていった。

 後ろからはワトソンの悲鳴と骨が噛み砕かれる音がしたような気がしたが、構ってられなかった。

 それからしばらくして警察がワトソンの安否を確認しに部屋を訪れたそうだが、特に異常はなかったと言う。



 

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