Yumera
「夢の貯蓄」略して「ゆめちょ」
時間を貯蓄できる。そんな機械があったら日本は他国に比べて貯蓄が爆発的に進むに違いない。
けれどそんなことは小さい少年には関係ない。
新しく広がる世界の中で彼は自分の生きる道を見つける
ユメラ
「ピッ!」と終了を知らせる音とともに僕は目を覚ました。物心ついた頃にはすでにこの時間を貯めることのできる「ゆめちょ」システムは各家庭に普及し、そばにあった。その説明だけ聞くと夢のようなものに聞こえるかもしれない。実際のところ名前の由来は夢の貯金を略してゆめちょらしい。酸素カプセルのような機械に横たわって緑のスイッチを入れる。すると10分の時間分をストックしたことになる。つまり体感としては10分が消えてなくなる感じだ。逆に貯めた分を使いたいときはカプセルの中に横たわって、利用時間を打ち込んで今度は赤いスイッチを押す。すると意識は特別な空間に飛ばされ、そこで活動することができる。飛ばされた先は一般的な部屋そのもので、机、ベッドがあって、本棚もある。こちらの空間に飛ぶときに身につけているものも読み取られるから、一度持ち込めばデータとして記憶され、そこに置いておくこともできる。さらに空間内で過ごした時間はもともとあるはずだった過去の時間だから使っている間に現実の時間が消費されることはない。
この空間の使い方は当然人それぞれで、勉強に当てるひと、睡眠に当てる人。親にも監視されない自由な空間。中学生の僕たちにとっては所詮そんな軽い感じの場所で、多くがゲームやるのに使ってる。
でもただでさえ時間が余っているように感じる僕はストックは欠かさずに行っていつつも、10歳くらいからあの部屋にほとんどいかなくなっていた。ちなみに一日にできる貯蓄は決まってるんだ。一日に10分を2回。科学的なことはよくわからないけどそれが脳波への影響を考慮すると限界らしい。3回目を行おうとしても認証時にエラーが発生する。この貯める行為を五年も繰り返してばっかりいる僕のストックは、テスト前とかちょこちょこ使ったりはしているけど500時間を少し超える程度にまでなっていた。これはなかなか珍しいんじゃないかと自分では思っている。周りには多くても100時間くらいのやつしかいない。ここまで来るとむしろどこまで貯められるか試したくなってくるくらいだ。
そんなことを考えながらカプセルから起き上がる。時計を見ると8時10分だった。スイッチを押したのが夜の8時頃だったからそんなもんだろう。
さてやることはやったし就寝まではなにをしていようか。本棚から何べんも読んだことのある漫画を適当に手に取った。持っている漫画はどの台詞が何巻にあるか言えるくらいに読み込んでいる。ただそれも暇があるから読んでいるだけ。僕は人生って結局なるようにしかならないと中学生ながら思っていた。自分なりにちょっとませたガキぽっかったとは思うけど、小さいころからからなんとなく自分を客観視してしまっていて、どうしてもバカ騒ぎとか、何かに熱中することができなかった。言い争いがあれば冷静に自分の本音とは関係なくバランスととるような発言をしてしまうし、いつでも相手の顔色をうかがって発言する。だからかもしれないけど、嫌われるようなことは少なかったし、友人関係も浅いながらにそれなりに広い。それが良いのか悪いのかわからないけど。
パラパラとめくったところで僕は漫画を本棚に戻した。読んだばかりだったし、まだ読み直す気にあまりなれなかった。そのままベッドに飛び移って携帯を開いてニュースを適当に読み始めた。
「日本政府、ゆめちょに新サービス導入」
そんな話は聞いてなかったな。すこし興味を惹かれ僕はタイトルをタッチした。
「日本政府はあらたにゆめちょの活用をするサービスとして新たな空間を提供すると発表。その空間は学問やスポーツなど様々な分野における発展を目的としてものとされている。空間内で行われた成果は現実世界にも転送でき、空間内で学問的な発見した人はこちらの世界でも評価される上、稼いだお金や開発した製品などもそのまま現実世界に持ち込む事ができる。ただ2つほど注意しなければならないことがある。第一に参加できるのはゆめちょの貯金が500時間以上の人間に限るということだ。それは空間に来ることのできる人間をある程度まで限定したいということと、それに加えて子供が来ることが困難なようにある程度制限をかけたいことによるもの。もう一つの制限は一度その空間に入ると貯蓄すべてを使うまでは出られないというもの。この理由はなんともあいまいだが、空間を利用する以上は成果を上げるために集中してほしいためであるとコメントされている。…」
大体記事の内容はそのような感じだった。特別な空間か。しかも500時間という制限付き。僕は正直心を揺さぶられた。周りの同級生たちが誰も行けない所に行くチャンスが自分には与えられている。そう考えるだけでなんだか優越感に浸れた。
案の上、次の日学校はこの話で持ち切りだった。
「新しい空間てやつまじかっこよくね?学問の最先端になるって噂だぜ?」
「俺らも行こうぜ、行こうぜ!」
「500時間なんて4年間一切ストック使わなくていてもまだちょっと足りないんだよ?行けるわけないじゃん。」
興奮してるやつ。醒めてるやつ。100時間以上持ってるやつは3年以内に行ける事を豪語していた。しばらくの間みんな貯蓄にまじめになりそうだ。いつまで我慢できるかな。テストとかを目の前にしても使わないなんてことがこいつらにできるのだろうか。
500時間以上すでに持っていることは誰にも言ってなかった。言えばねたまれて仲間外れがおちだ。僕は誰にも言う気がなかった。
「なあお前も行きたいよな、新世界。」
「新世界?」いつの間にか空間に名前が付けられていた。
「新しい空間の事だよー。新世界とか他にもいろいろ呼称が作られているらしいけど、ネットではもうすごい話題だぜ?やっぱ大人には500時間以上持ってるやつがたくさんいるんだな。サービスが開始されるのを今か今かと待ち構えているらしい。」
「へー。そんなにいるんだね。てかやっぱり日本人て真面目だよな。諸外国の国民とか日本人の一人当たりの貯蓄に比べると全然ないらしいじゃん。発展途上国とかはゆめちょ機械の普及すらあまりしてないみたいだけど。」
僕はさらに付け加えた。
「行きたいけど、そんなに時間貯められないってのが正直なところだよなー。」
「けどよ、やっぱり俺だってユメラーになりてえなぁ。あっユメラーてのは新世界に行ける人のことな。」
「そのネーミングセンス古くさくないか?」もはや死語にさえ感じた。
「いいじゃんかよ。マヨラーとかは今だって使ってんだし。それに古いものも時には一周ぐるっと回って最先端になっちゃうことだってあんのよ。」誇らしげに言うそいつはさらに話し続ける。
「そんな名前のセンスなんかどうでもよくてさ、あっちの世界にはユメラっていう人をさらう怪物もいるらしいぜ?」
「はあ?なんで政府が作ってるサービスに怪物なんて存在させてるんだよ。どこ情報だよそれ。」
「たしかに情報源はネットだけど」本人も大真面目に信じてるわけではないようだったけど全否定はすることないじゃんかという顔をしてきた。
「もちろん怪物がいるなんておれも信じちゃいないけどさー。でもよユメラーの人がある時なんかの原因でその世界から帰れなくなっちゃうとさ、永久にさまよい続けてこう精神がやんで他の人まで道ずれにしようと引っ張り込もうとするって話だぜ。あー怖い怖い。」
「ばーか。そんな噂立てる人達がいるからなんか、興味本位だけで来ないような成果をだせるような人に限定しようってなって500時間もストックがないと入れないとかの制限かけられちゃうんだよ。」
新しい空間のあることからないことまでいろんな噂。そんな感じの会話で一日中学校は盛り上がった。
全ての授業が終わり、そんな学校を後にして、僕は帰宅した。
「ただいま。」
親は物心ついたころには二人ともいなかった。なんでと聞かれても僕自身が知らないから説明しようがない。記憶にすらいない人を想像することくらいはできるけど、寂しさを覚えることはあまりなかった。幸いなことにお母さん方のおばさんがとても良い人で引き取ってくれたらしいけど、とてもやさしく面倒を見てくれているし、もはやお母さんだと思ってる。
おばさんは毎日夕方頃まで働いてくれているから学校から帰ると大体一人だ。もう独りが怖いとか思うような年齢じゃないけど、毎回うす暗い家に足を踏み入れ、ただいまと言っても誰もいないということにはすこし寂しさを感じる。リビングの電気をつけ、僕はさみしさを紛らわせるようにテレビをつけた。まだ時間も早いからあまり大した番組もやっていないけど、なんとなくつけているだけで落ち着く気がしていつもそうしてる。カバンから与えられた課題を取り出し、リビングの机でテレビもちらちら見ながら消化していった。
そろそろおばさんが帰って来るころかな、と耳を澄ませていると、テレビにテロップが流れた。またどっかで小さな地震でもあったのかとチラッと眺める。
「ゆめちょにおける新空間についての政府の追加発表。開始が9月1日。」
と号外のように短く表示された。ついに来たか。9月…今6月だから3か月後。この3か月というのをおれは結構先の話だなと感じた。一日一日が退屈に流れて行っているのだから、3か月なんて遠い未来のように思えた。それでも僕のわくわくした。3か月待てば俺はみんなとは違う世界に行けるんだ。すこしは退屈さをまぎらわせてくれるのだろうか。
「ただいまぁー」
ちょっと間延びしたような声が玄関から聞こえてきた。おばさんがちょうど帰ってきた。僕は慌ててテレビを切る。
「おかえりなさいー」
「いやぁ今日も良く働いたわ、わたし。もうお疲れよ。」おばさんは帰って来るといつもこんな感じだ。ふざけてるようなそうでもないような。
「夕飯作るの手伝おうか?」実際に手伝うかどうかは置いといて、この一言は疲れてる人には大事な一言だ。実際暇なんだから手伝う気もある。
「そうねぇ、じゃあちょっとだけ手伝ってもらおうかしら。とりあえずこの袋台所持ってって。」
そう言いながらおれにス-パーの袋を渡してきた。
「野菜洗って切って、タッパーに入れてもらえる?それだけやってくれたらあとおばさんがやっておくから。」
「わかった。」
だいたい野菜洗うのを手伝わされるからもう慣れている。スーパーで買ったものを見る限り今日は焼き魚かな、とか考えながら僕はレタスをむいて洗った。わりとすぐに終わっちゃったからほかに何かやることはないかと聞いたけど、ないからあと30分くらい待っててと言われて部屋に戻った。30分あるなら、一回分くらい貯めておくか。お腹がへったご飯までの時間を貯蓄するのはわりと有意義だと僕は思う。横になって緑のスイッチを押す。「ピッ!」時計を確認すると10分がちゃんと過ぎていた。課題があと一つ二つ残っていたっけな。机に座りなおしてノートを開いた。そんなに難しいわけでもないから他に考え事をしながらでも十分解けたけど、僕の頭は新世界のことでいっぱいだった。学校の人たちが夢中になってるのとあまり変わらないなと思った。僕もやっぱりまだ子供なんだな。
一週間ほど過ぎると学校でも新世界の話は一段落したらしく、新しい情報が出たとき以外それほど話題にならなくなった。そうこうしているうちについに新世界解禁1週間前となった。さすがに学校も盛り上がるかと思いきや、不思議なことに報道がほとんどされないのだ。政府がやってるはずの政策なのになぜこんなに報道がないのだろうか。みんなどうせ自分が行けるわけではないから具体的な日にちを覚えている人などそんなに多くない。ちらほら話してるのは耳に挟むけどとても盛り上がってるとはとても言えなかった。僕はちょっぴり強がりながらもみんなの憧れである新世界に行けることに喜びを感じていた。それなのにこの状態だったから少しがっかりした。でも実際に行ったら感動するのかもしれない。希望をもって僕は心の中でカウントダウンを始めた。
開始当日。この日は日曜日だった。ついにこの日が来た。朝食を済ませると冒険のために懐中電灯やコンパス、カロリーメートなんかを入れたカバンを持ってカプセルに横になった。そして赤いスイッチを押す。
「シュン!」鋭い音とともに僕は部屋に降り立った。この部屋も久しぶりだな。2年前にテスト前にどうしても時間が足りなくて使って以来か。そのとき持ち込んだ教科書類が机の上に散乱している。片付けるかと思って本棚を振り返ると、その横の壁だった場所には前回なかったドアがあった。これが…新世界へ通じるドア。部屋と完全にマッチしたそのドアは通れば通路に出るだけなんじゃないかと思わせた。僕はリュックを背負いながら一息ついた。
「よし、行こう。」
そう自分につぶやいて僕はドアノブをつかんでドアを開けた。
2.新世界
ドアの先の世界は夜だった。突然の暗闇にしばらく目をぱちぱちさせてようやく、街灯などの助けもあって辺りが見渡せるようになった。そこは、建売の住宅地のように同じような形の家ばっかりがならんでいた。ファンタジー的な世界を想像していた僕はなんとなく落ち込んだ。すこし落胆しながらも路地を歩いていると
ひゅるるーバン!という音と共に光で空が満ちた。すごい数の花火だ…
ババババン!!!バン!
普通では考えられないような量の花火が一度に浮かびあがる。仮想空間だから費用がかからないのかな?そんなしょうもないことも考えながらきれいな花火で埋め尽くされている空を眺めていた。
一通り花火が終わると町中に聞こえるように放送が入った。
「ようこそみなさん。この新しい空間へ。人呼んで新世界。わたしは管理担当者の鈴木と申します。」軽快な口調から歓迎の言葉が行われた。
「みなさんはこの空間の利用の仕方などまだご不明な点も多いと思われますが。参加者は全員一度役所の方までお越しいただきました上で、一通り必要事項を説明させていただきます。場所はこちらです。」
その言葉とともに前の方の家のアンテナのような部分に火が灯った。
「時間はだいぶ遅くなってしまいましたが、今からこの目印のところまでお越しください。」
そんなに広い町でもないのか30分後には全員がそろったとのアナウンスがあった。
「全員そろった所であるものを配布します。それはこのメガネです!」
すると突然メガネが全員の顔に出現した。なるほどこの空間ではそういう操作がなんでもできるのだな。
「このメガネには地図が搭載されています。この地図に各建物の役割が示してあります。特に参加者一人一人には一つの家が割り振られているのでお間違えの無いようにお願いします。食料品売り場や洋服屋、娯楽施設なども取り揃えておりますので遠慮せずご利用ください。一つ覚えておいてほしいことがあるのですが、基本的はこの町からでないようにしてください。地図がない空間に進んでしまいますと戻ってこられなくなる恐れもありますので注意してください。」
「最後にですがこの空間の第一の目的である課題について述べさせていただきます。」
ようやく本質的なところにの話になってみんなが息をのむのが伝わってきた。
「ご存じのとおり、この空間の一番のメリットはここで得られた成果を現実世界に持ち込めることです。地位、名誉、金銭、ここで存分に獲得していただいて満足して帰っていただきたいと考えております。課題は割り当てられた各住居内のモニターにて検索可能になっておりますのでそこから課題の選択、そして成果などを報告してください。」
その後、時間がかかるような実験であれば、一流の機器が整備されていることに加えて実験の対象物の時間の進行を調整するようなこともできるので、どんどん新しい発見、成果をだしてくださいといった課題関連の話がしばらく続いた。
「最後に注意点ですが、ここは仮想空間です。だから現実世界で必要とされる食事、睡眠等は身体の機能という面では必要ありません。しかし、一切取らないとなると精神上の支障をきたすおそれがあります。たとえば食事をすることで精神が安定するということはすで証明されていますよね。ご自身で料理するもよし、ごはん処でもごはんを提供しておりますのでそこでたべるのもよし、ただ一日何食かは必ず食べるようにしてください。また睡眠についてですが、みなさん各自与えられた自宅に一度お戻りになればわかると思いますが、お自宅でご利用されているゆめちょと同じ様な機械が置いてあります。一日の終わりにそこで横たわり、青いボタンをおしてください。脳の活動がそこで一度リセットされますので、次の朝からまた元気に活動することができます。とくにこのリセット作業をわすれますと、脳に著しい障害をもたらす危険がありますのでご注意ください。」
「ではみなさんの活躍を期待しております。ご清聴ありがとうございました。各自地図に従い自宅にお戻りください。」
メガネの地図に点滅がある。どうやらこの点滅が示す場所が僕のこの世界での住居らしい。とりあえず行ってみるしかない。みんなの様子をうかがってもぽつぽつ話し声が聞こえてくるくらいでみんなも素直に家を探しているようだ。家の一つ一つが全く同じ見た目の建売住宅地のようになっていたから、場所がとてもわかりにくかった。やっとたどり着いたときも何度も番地を見直して正しい場所か確認しなければならなかった。他国で作られた空間ならこんなあそびが一つもないようなことはなかっただろうに。第一これでは家を間違えてしまう。
ぶつぶつつぶやきながら僕は玄関のドアを開けようとした。鍵がかかっているのか開かない。鍵なんてもらってないぞと思いながら鍵穴を探す。なぜかそれはちょっと背伸びをしてようやく覗き込めるほどの高い位置にあった。覗き込むと鍵穴が赤く光った。
「メガネの認証と光彩認証が完了しました。お入りください。」
それとともにガチャと鍵が開いた音がした。解除についての説明を聞き落としてしまっていたのかもしれない。
メガネで開錠できるとはなかなか近未来的だが、その分特に外出するときなんかは慣れないけどこのメガネは常につけてないといけないみたいだ。ようやく入れた家の中は探索してみると人が一人暮らすには十分すぎるほどの寝室とリビングが一部屋ずつ。リビングには言われていた通り大きなモニターが取り付けられていた。すぐさま僕はスイッチを入れた。
「初めまして。モニターの使用は初めてですか?」
AI付モニターになっているようだ。これらは現実世界でも普及し始めているものだから対して驚きはしなかった。「はい、そうです」と答えると使用方法を説明してくれた。僕はすぐに課題のページに飛んだ。政府から与えられた課題もあれば、民間企業や民間人が求める課題、そしてこの世界にいる人が出したものなども含め、ずらりといろいろな業種ごとに並んでいた。医学、法学、環境学、生物学。子供の自分にはできないことばかりであった。そもそも可能なことなんかあるのだろうか。一生懸命下にスクロールしていくと非専門分野という項目があった。一目散にクリックする。
<草取り一時間百円><掃除してくれた人に謝礼>
こんなのアルバイトですらない、ほんとに小学生の家のお手伝いレベルじゃないか。こんな夢のないことをするためにストックを使うつもりなんてないのに。他の業種で小学生の自分でもできる仕事をなんとか見つけようとするけどでも全然見当たらない。結局僕は仕方がなくこれらのお手伝いをやりながらやれることを探していくしかないと思った。
草取り、洗濯、掃除。それらを僕は一週間やりつづけた。小学生の僕は仕事場に行くと驚かれた。子供を働かせるわけにはいかないと断られることもあった。やはりこちら側には子供がほとんどいないんだ。僕ももう帰りたかった。ここは僕の居場所ではない。でもあと2週間は帰ることもできない。ただぐじぐじ悩んでも早く帰れるわけでもないし、僕は仕方がなく次の仕事を探した。
{昆虫採集:この昆虫を3匹見つけてきてくれた方に10万円}
これは今までのよりは面白そうだし、なんといっても高額だ。だれかが実験材料にでも必要なのかもしれない。僕は目当ての虫の写真をメガネでスキャンしコピーすると、虫取り網をもって昆虫がいそうな郊外のほうへ出発した。報酬の額からするとそこそこ珍しい虫なのかもしれない。しばらく探したけれども見つかる気配はなかった。もしかしたらもっと自然なところにしか生息していないのかもしれない。地図によると町のはずれには森がある。地図には森の端っこしか書かれていないから森の大きさもわからないし、この世界の限界を森で表現しているだけなのかもしれない。でもそんなことはどうでもよかった。正体のわからない所へ行くそれが一番心をわくわくさせてくるのだ。
そしてそこに森は本当にあった。一目でこの森からは冒険のにおいがすると本能が告げていた。実際に森の入口には未整理のため危険:<立ち入り禁止>と小さな柵が取り付けられていた。僕は虫取りという名目のもとに一歩冒険に踏み出した。
3.森
10分程度歩くともう方角すら怪しくなるような木の密集の仕方だった。町なら浴びられる太陽の光は森のそこにはほとんど届かないようだ。僕は懐中電灯を使いながら根っこの影や腐った幹の中を照らし目的の昆虫を探した。何時間もさがした。でも一匹も見つからなかった。今さらながら目標の虫の生息域を調べもせずに探していることに気付き、メガネからネットにつなぐことができるから検索をかけてみる。名前は「マクロゾウムシ」生息場所は熱帯雨林...。ここはどう見ても熱帯じゃない。
改めてコピーしておいた課題のページにアクセスした。スクロールしていくとコメント欄にたくさん書き込みがあった。
「誰だよwwwアマゾンくらいにしかいねーよww」
「いるわけないからこんな高いのね(笑)」
帰りたい。現実世界ならつまらなくても居場所は提供されているけど、ここの方がよっぽど居場所がない。
町に戻るのは一番嫌だ。なにもできないまま2週間なんて過ごせるわけがない。日が暮れてきたけどかまうものか、僕はまっすぐ行けるとこまでこの森を進んでやると決めた。
しばらく歩いていてようやく気が付いたけど、先ほどから動物どころかこの森にはアリ一匹の気配すらない。現実世界なら虫がうじゃうじゃいるし、襲ってくるような動物がいるかもしれない。でもうまく表現できないがこの森にそういった生き物の気配が不気味なほどないんだ。自分しか生命体がいないことを一歩一歩踏みしめる度に実感する。怖さよりも寂しさが僕を襲う。でも町に戻ってもこの寂しさは解決しない。後ろを振り返らないようにしながら僕は歩き続けた。そのまま朝が来て、また夜が来る。これを何回繰り返しただろうか、カバンに入ってたカロリーメートはとっくに食べきっててしまっていた。体に栄養は必要ないから食糧の心配はしてないけど、日を追うごとに頭に鈍い痛みが走るようになっていた。寒いし、暗いし、自分の足音だけが森のなかに響く。不安をあおるような感情ばかり渦巻いた。
「一日に一回青いボタンでリセットしないと脳にダメージがありますよ。」
今さらながら最初に聞いた説明が脳裏に浮かぶ。そうか、これがおれの限界か。もはや落ち着いて考えることもままならないほどの頭痛に襲われながらつぶやいた。
そして限界を超えた僕の脳はプツンと糸が切れたようにシャットダウンした。
5.小屋
目を開けると真っ白な布団の上だった。バっと起き上がるとそこは見知らぬ小屋のような建物の中だった。実物は見たことがないけど、大草原にぽつんとある丸太を切っただけで作るログハウスのようで壁も天井も見渡す限り木目調がひろがっていた。現実世界に戻ったのか。すこしづつはっきりしてきた意識を頼りに頭を動かし始めた。かすかにドアの向こうから食べ物のにおいと水道をつかう音がする。だれかいるのか。
ベッドから降りてドアに手をかけ、勢いよく開けて中に飛び込む。
「お母さん!!」
その言葉は目の前に現れた少女の顔をポカンとさせた。
「いや…なんでもない」どうしてお母さんなんて叫んでしまったのだろう。顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。少女は何も言わずに料理を指さし、その後寝室を指さしたら、後ろを向きなおしまた調理に戻った。作り終わったら持っていくから待ってろということだろうか。なにか話しかけることもできず僕は寝ていた場所にとりあえずもどった。地面に敷いてある布団の端に座りなおしてもう一度考える。ここはおそらくまだバーチャル空間内だ。出なければ少女がこんなところに一人で住んでいるわけがない。ではあの少女は誰なのだろうか。助けてくれたならお礼を言わなければならない。助けられた…確かに頭の痛みはなくなっているし、倒れる前にあった意識の混濁はすっきりとなくなっている。脳の活動はリセットできたのだろうか。疑問ばかりがうかんでくるが、あの少女に聞くことなしにはなにもわからない。僕はひたすら彼女がこちらの寝室に来てくれるのを待った。
三十分くらい待っただろうか。ついにドアのきしんだ音が響いた。目をあけてみるとさっきの少女がお盆に卵焼きとパンを載せて近寄ってきた。お盆を渡されパンを見た瞬間僕はかぶりついた。何日間食べていなかったか…。食欲という本能に振り回され、食事のお礼すらしていないことにすべてきれいに平らげてから気づいた。
「ごはんありがとう。すごいおいしかった。ごめん、いきなり食べ出して。」
少女はなにが申し訳ないのだといった顔でこちらを見てきたが、おいしかったといわれると少し口元が緩んだように見えた。彼女は空になったお盆を受け取るとまたキッチンに戻っていった。食べ終わってようやく彼女に目が行ったけど、少し長めの黒い髪に真っ白なワンピース。年は僕と同じくらいだろうか。僕はもう一度ドアを開けて、今回は静かににキッチンに入った。彼女はちょうど食器を洗い終え、手をタオルで拭いていた。僕は目が合うなり会釈をし、軽く自己紹介をした。
「僕の名前は鉄平。10歳だから小5だよ。君はだれ?」
彼女はきょとんとしたままであったが、なるほどと理解したように、自分の胸についた名札を指さした。「エミ」そうカタカナで名札には書いてあった。
「えみ?」彼女はこくりとうなずいた。
「何歳なの?」
うーん…と考え込むようなしぐさを見せてから彼女は左手で2を、右手で丸を作った。
「えっ20!?嘘でしょ?」
からかわれているのだろう。せいぜい10歳にしか見えない。彼女はすこし困惑した表情を見せたがすぐにもとに戻った。そして彼女は僕を指さし、くいくいっとしぐさをして小屋の二階への階段を上って行った。僕は慌ててついていく。二階には部屋が二つあるようで、左側の部屋のドアが開けたままになっていた。僕が部屋に入った時彼女はすでにスクリーンを操作していた。部屋に入るなり、これはお前かとスクリーンに映し出された名前を示した。そこには僕の顔と名前そして{迷子:要救助者のため連絡求ム}となっていた。いつのまにか大事になっているようだ。それはそうかもしれない、たいして人数もいない村の住民が一人でもいなくなったらだれかが気付くのだろう。
「そう、それは僕だね。」
連絡されて送り返されるのか。逃げてもいつかは行き止まり。人生ってそういうもんだと思った。でも彼女はふーんといった感じでそれ以上は何もしなかった。迷子のビラに連絡を取ろうとする気配もないし、送り返そうともしない。
「本部に連絡しないの?」
思わず聞いてしまった。彼女は少し考えると「連絡」という言葉に反応したのかどこからか電話を引っ張りだしてきて、はいどうぞと渡された。
「いやぼくが連絡取りたいわけではないよ。」
受け取るのを断ると、そうかと電話をまたしまいに行った。彼女が電話をしまいに行った棚の横にはもう一つ機械がおかれていた。あの町の全員の部屋に設置されていた青いボタンのある装置だった。そうかこの機械で僕は助けられたのか。彼女が帰ってくるなり改めて僕はお礼をした。
「えみさん、いろいろありがとう。この機械で僕の脳をリセットしてくれたんだよね。おかげさまで頭痛もなくなった。」
何のことだかよくわからんといった表情をしている彼女に僕は続けて言った。
「それからさらにお願いなんですけど...ここに住ませてくれませんか?」
これには彼女も少し驚いたようだった。
「いやそんなヘンな気持ちとかがあるわけではないんだ」慌てて弁解する。
「僕はあの村では役に立たないから戻りたくない。なんでも手伝うから!お願い、ここにおいてくれない?」
すこし考えたあと彼女は右手で丸を作った。OKという意味だろうか?
「本当?ここにいていいの?」
彼女はこくんとうなずく。
「ありがとう!」
僕は自分と同じくらいの年の子といられるだけで幸せだった。小学校では友達はいるにこしたことはないくらいにしか思ってなかったけど、僕はもう子供一人であの町で暮らすのだけは耐えられなかった。
そこから一週間は飛ぶように過ぎていった。大半は彼女と一緒に山に入っての食料集めだった。この小屋の周りの森は僕が最初に迷い込んだ森とは似ても似つかなかった。そよぐ風に揺られる木々。それにつられて一斉に飛び出す鳥たち。雨が降ればミミズが息苦しそうに地中に這い出てきた。命があちらこちらに芽吹いているのを感じる。ここは本当に電子空間なのかと何度も疑問に思った。しかし自分の体はやはり軽いし、疲れない。やっぱりこれは実際の肉体ではないはずだ。ならここはいったいどういうところなのか。考えても答えは浮かんでこなかった。
結局彼女の後をひたすらついてまわり、キノコから果物までいろいろ収穫するのを手伝った。食べることが必ずしも求められないこの体では食料採集は気楽なもんだった。おいしそうなものがあればとって食べて精神を満たす。なにも取ることなく遊びほうけることもたびたびあった。家の後ろには鶏小屋で鶏を飼ってるから、たまごは毎日のように手に入った。パンはどこから送られてくるのだろうか気付くとキッチンの横に大きな袋に入っておかれていた。
遊ぶときは大体川辺だった。季節があるのかはわからないけどひんやりと冷たくて気持ちのいい水に足をつけ、ばしゃばしゃ走りまわった。魚を手づかみでとったりした。彼女は相変わらず一言もしゃべらなかったけど、楽しそうな笑顔を見せてくれていた。僕は会話がないことなんて少しも気にならなかった。こういう時間が永遠に続けばいいと思った。
しかし僕はこの世界に入れるのがあと一日しかないということを知らされることになる。
しばらくたったある日の朝、僕はピコんピコんという音で目が覚めた。なんだ?この家についてから今にいたるまで存在すら忘れ、投げ捨てられていたメガネが赤い点滅とともに鳴っていた。ためらいながらも目にかけるとそこには大きく「残り24時間を切りました。身支度を整えてください。」と表示されていた。そうかついにぼくの貯蓄はほとんどなくなっていたのか。最初に町でなにもすることなく過ごした日々をとても後悔した。
なかなかこのことを彼女には打ち明けられなかった。いつもとおなじように森で食べ物を集めて、川辺であそんだ。疲れて家に帰り夕ご飯を食べた。残り時間が尽きそうなことなんか忘れてしまいたかった。でもメガネは親切にも残り一時間を切ったところでまた鳴って教えてくれた。
僕は彼女にもう一時間しかないことを告げた。彼女は悲しそうな顔をしてくれた。
「でも君もいつか戻るんだろ?そしたら会おうよ現実の世界で。そして友達になろうよ。」
しかし彼女は首を振った。
「友達にはなれないの?」
そうじゃないと彼女はまた首を振る。
「それって...もしかして現実世界には戻れないの?」
彼女はゆっくりとうなずく。
「そんな...じゃあ、エミはどうやってこの世界に来たの?」
返答に困る彼女に僕は言葉を止められずにいた。
「いやだよ、会いたいよ。これがお別れなんて絶対嫌だ!」
彼女はしばらくの間僕の目をずっと見つめていた。そしてすっと一つの手紙を後ろのポケットから出して僕に渡した。
「手紙?読んでいい?」
彼女がうなずくのを確認すると僕は封を開けた。
「エミへ」
これは…エミへの手紙...
「お元気ですか。ママは元気です。パパも変わらず元気でやっています。エミがこの世界からいなくなってもう1年がたちます。あの時10歳だったエミはそちらで大きくなっているのでしょうか。そういえば今エミの妹がおなかのなかにいるよ。名前なににしようかなぁ。でも一日もエミのことを忘れたことはありません。病院でまるで寝ているだけのようなエミを見るといつかきっと立派なお姉ちゃんとして戻ってきてくれると信じています。いつでも待ってるからね。ママより」
それはエミのお母さんからの手紙だった。
彼女はさらに2通の手紙を渡してきた。
「エミへ」
「元気かい?パパはもちろんママもお前の妹リサも元気にやっているよ。もう5年も経ったからずいぶん成長しているのかな?もうパパもおじちゃんと近所の子に言われそうなくらい年をとっちゃったよ。いつかエミとお酒でも飲みながら話したいな、でもあと5年は待たないといけないなぁ、飲酒は20歳からだもんな。ここはいつでもエミの家だよ遠慮せずに帰っておいで。パパより」
手が震えながらも3通目を開ける。
「エミ姉へ」
「元気にやっていますか?私たちは元気にやっています。10年前の事故の後、脳死状態になる直前にお姉ちゃんの意識だけゆめちょの空間に移すことができたと親に聞かされたとき正直なところそれがなんになるの?と思ってた。現実世界にお姉ちゃんがいないのに、親も医者もそれでお姉ちゃんが生きているかのようにふるまって。私という娘がいるのに、みんなここに居もしないお姉ちゃんをなんで見るのってひがんでた。でも今は違う。お姉ちゃんは本当にきっと生きていると最近思うようになった。うまく言葉じゃ言えないけど、本当にそう感じてる。私はもうすぐ中学生になります。お姉ちゃんと一緒に学祭を回れる日を楽しみにしています。待ってます。」
読み終えて僕はしばらく言葉を失っていた。この子は本当に20歳だったんだ。でも一緒にすごした感じ精神的にはこの空間内では成長しているようには思えなかった。きっと彼女は今でも10歳、事故にあった時の少女のままなのだ。
僕はどうしたらいいのか。残り30分を切っていた。ぱっと彼女の顔を見上げる。彼女はどう思っているのか。この状況自体を把握できていないのか、それとも家族に会いたいけどもう戻れないと悟っているのか。それだけははっきりさせようと思った。
「家族に書きなよ、返事を。僕が必ず届けるから。」
彼女の目が見開くのがわかった。彼女はパタパタと階段を上っていった。しばらくすると彼女はかわいらしい封筒をもって下りてきた。よかった分かってるんだちゃんと。それを知ったらなおさら彼女をここから出してあげたかった。残り時間はもうあまりない。そして今の僕にできることもこの封筒を持ち帰って家族に届けることだけだ。今はまだなんにもできない僕でもこれだけはやり遂げる。
「必ずこの手紙は届けるから。そしていつかまた家族の事を知らせに会いにくるから。」だんだん体が浮き 上がってくるような気配を感じた。もう戻る時間が来てしまった。
「絶対また会いに来るから、必ずいつか、きっと...」涙をぼろぼろこぼしながら懸命に少しでも言葉を残そうとあがく。彼女の顔がだんだん視界から消えていく。もう限界だ、そう思って目を瞑った。
「...またね」
かすかだけどかすかに聞こえた声。はっと目を開くけど彼女の顔はもう消えていた。そして僕は現実の世界に戻った。
<><<><><><><><><><><><><><><><><><
あの出会いから10年がたった今日という日を迎えても僕はまだ彼女に会いには行けていなかった。
会いに行けなかったのは単純にあの新しい空間が廃止されたからだった。後から聞いた話、あの空間は政府が諸外国からの圧力で作らされたものらしかった。国民性により蓄えられ過ぎた、時間という‘資源’を日本人が持ちすぎることを恐れ、日本政府にそれを消費させるように迫っていたのだった。その一環としてあの空間が作り出された。この事実が発覚すると空間の利用者は激減し、結局廃止されることになった。
強制的に引き戻されてから3年間必死に500時間を目指してストックしていた僕に突き付けられた冷酷な廃止という現実。でも僕にはあきらめるという考えは浮かびすらしなかった。空間が提供されないなら、空間を製作する側になればいい。ただそれだけのことだった。そこからそれだけを目指して生きてきた。
無論預かっていた手紙はすでにご家族に渡した。事故の年と被害者の名前があったし、探し出すのはそんなに難しいことではなかった。号泣するご両親と妹さん。内容を知らない部外者の僕はただそこに立っていることしかできなかった。少し落ち着いた後、彼女のお父さんから提案された彼女の肉体との対面は頑なに断った。だってここで会ったら約束が違うから。僕は彼女という人にもう一度会いに行くと約束したんだ。
あの日どうしてあの空間に彼女が入り込めて、僕と出会うことになったかは研究を重ねている今でも正直よくわからない。でももう一度あの空間に行くことでしかその答えは見つからない。そしてそのチャンスはそう遠くないところまで来ている。
あとすこしだけ待っていてほしい。
君の声をもう一度聞くために必ずまた会いに行くから。
終わり
読んでくれてありがとうございました。
時間を貯蓄したいですね




