サヨナラ、愛しき者よ
妾は眼を潰し光を失つた。
眼球の在つた場所からは、
血液、その他液體が溢れてゐた。
「人生、愉しい事なんて何も無かつたわ」
「さう云ふ事、謂うな」
「だつて本当の事よ」
最期に交わした言葉は他愛も無い。
けれど、アレが最後ならば
とても尊ひ言葉だつたのかしら。
然し、今の妾には確かめやうの無い事。
手探りで壁伝ひに歩く。土の感触が新鮮に思へる。
「ねェ、貴方」
「何だい?」
「妾と出逢へて仕合せでしたか」
「…勿論。今も仕合せだ」
「有難う」
無い筈の眼から泪が溢れた気がした。
否、此れは体液…血液…
斯様なモノで想ひ出を穢したくは無い。
「此処は何処」
「仕舞の場所」
「そうかい。良い処ぢゃないか」
最期の笑顔。
誰よりも美しき殿方。
肉塊に成る迄壊した。
それでも、
貴方は美しかつた。
大丈夫。妾も今から其方へ往くわ。
視えない奇麗な世界は、
妾を受容れて下さるだらうか。
吊つてゐた縄を手繰り寄せ、
首を。
嗚呼、妾の血が溜り…貴方と混ざつてゐる。
「妾も貴方と出逢へて、仕合せでしたのよ」
終い。