銀河ギャラクシースターダスト~COSMOS~
男が本当に好きなものは二つ。危険と遊びである。男が女を愛するのは、それがもっとも危険な遊びであるからだ
フリードリヒ=ニーチェ
ギャラクシー遠足のちょうど一週間前。銀河は告白の作戦を練っていた。流石にいきなり告白してOKというわけにはいくまい。周到な彼はいくつかの布石を打っておき相手の心を自分にある程度寄せておくことが重要だと考えた。周りの友人は須らく恋のライバルと思いこんでいる彼は2つ年上の兄を頼ることにした。兄ならば宙子と接点はないし頼りになるアドバイスをくれるであろう。
反重力ソファの上で寝っ転がりながらダラダラと前世紀の遺物である“漫画”を読んでいる兄に早速話しかける。
「兄ちゃん」
「ん、どうした」
いつになく真剣な様子にただならぬ気配を感じたのか兄は漫画を起き銀河に向き直る。感情に反応し適切なBGMを流す人工知能搭載スピーカーがシリアスな音楽を奏ではじめる。
「兄ちゃんは恋愛経験豊富だったよね。僕に好きな子を振り向かせる方法を教えて欲しい」
兄は焦った。今まで銀河には恋愛経験豊富なふりをしてきたが、これは兄のプライドを守るためのブラフであった。適切なアドバイスなどしようがない。しかしここで本当は恋愛経験ゼロのヒヨッコだと白状したところでどうなるだろう。可愛い弟の恋路がうまくいかなくなるだけではないか。となれば、自分の趣味である漫画の知識を活用するしかあるまい。
兄は軽く咳払いをし、重々しく口を開いた。
「敵を知り己を知らば百戦して危うからず、という」
「え…どういうこと?」
兄もどういうことかはよくわからないが話の流れに任せることにした。
「うむ。相手のことを研究すればどんな女子も落とせるという、大昔の偉人の言葉だ。つまりその好きな子というのは…どんな子なんだ?」
「ええと…勉強も運動も完璧で友達や教師からの評判も良い。それに優しくて明るくて上品でユーモアもあって完璧すぎるのに嫌味さを感じさせない。見た目はこの世の美しいものをすべて集めて、煮詰めて、結晶化させたらああなると思う。それほどパーフェクトなのに努力することも忘れず常に上を目指してる。多分クラスの男子全員に好かれてる。」
「………そうか。素晴らしい女性なんだな…。」
兄は淀みなく意中の女の子を語る弟と、落とすべきターゲットのレベルの高さに圧倒されて適当な感想を言うのが精一杯であった。
「…で、次は自分のことについて整理しよう。いつ頃から、彼女のどんなところが好きになったんだ?」
「うん、元々可愛いとは思ってたんだけど……昨日のことなんだけどさ」
「思ってたより最近なんだな」
「学園からの帰り道で、小腹がすいてたからたまたま持ってた宇宙食を食べてたんだ。そしたら野良のメテオドッグに襲われてね」
メテオドッグといえばこのあたりの宇宙でも獰猛で人を襲うこともある危険な生物だ。おそらく宇宙食目当てに襲われたのだろう。
「そこに颯爽と現れたのが宙子ちゃんなんだ。メテオドッグを一方的に蹂躙する様は今思い出しても鳥肌が立つほどカッコよかったなぁ…。その瞬間、完全に好きになっちゃったんだ。だからどこが好きか聞かれたらやっぱりそのカッコよくて優しいところ…かな…」
スピーカーから甘いメロディが流れる。スピーカーから流れる音楽に合わせるよう同期させた間接照明は、淡いピンク色に部屋を染め上げていた。
兄は驚いた。少なくとも体長3メートルはあるメテオドッグに素手で勝てる人間が存在するとは。彼女はアンドロイドかなんかなのだろうか。そして、こんな古典ラブコメのような馴れ初めとは。男女逆だが。漫画は好きだがラブコメというものがここまで現実に即した内容だとは思ってもみなかった。
「なら、作戦はこうだ。お前が彼女に助けられて惚れたのだから、その逆をやればいい」
「え…逆?」
「ああ、彼女のピンチをさっそうと救ってあげるのさ。」
「でも、彼女がピンチに陥るようなときに助けてあげられるかな。僕はメテオドッグなんて到底倒せないけど…」
「なんか一つくらいあるだろ。その子よりお前の方が優れているところが。その分野で助ければいい」
「うーん………………。ない!」
「そうか…」
兄は悩んだ。これは無理ではないだろうか。それとも偶然を頼るか…しかし兄として何か言わねばなるまい。なにか弟を勇気づけるような一言を...
「まあ、愛さえあれば気持ちはきっと伝わる。がんばれ!」
そして、ついにギャラクシー遠足の日が来た。
さんざんイメージトレーニングは重ねたがそもそも彼女がピンチにならなかった。
銀河は悩んだ。これは非常にまずい事態だ。彼女もまさかギャラクシー遠足にテンションが上がり話したこともない男子からの突然に告白にOKを出す、などありえないだろう。ピンチを救うどころか今救ってほしいのは自分である。
しかし悩んでいても仕方がない。ギャラクシー遠足の班決めは当日に行うという。普通事前に話し合いなどで決めることのような気がするが今回の遠足では今日の朝にくじで決めることとなった。話し合いでは大変人気のある彼女と一緒の班になるのは、口下手な自分では難しかったかもしれない。そう考えるとこれは悪いことではない。
学園に集合し、遠足に向かう亜光速宇宙船に乗り込む。入り口では教師がカードのようなものを配っている。なるほどあれで班分けをしているのだろう。祈るような気持ちでカードを受け取り宇宙船の広いラウンジで確認する。
「3班か…」
幸運にも彼女も3班だ。とりあえず第一関門クリアである。
あとは偶然彼女がピンチに陥り偶然自分がそれを解決する能力を持っていればよいのだ。銀河は自分の幸運を信じながら3班指定の席についた。
宇宙船には4人で座るボックス席が10席ほど備えられていた。40人座れる計算である。銀河のクラスは32人で10のボックス席のうち8席が班ごとに分かれていた。残りの席は引率の教師と宇宙船のスタッフが使用している。一班ごとの人数は4人であることが分かった。
「君たちがこの遠足で一緒の班になるのだな。私が班のリーダーである黒穴だ。よろしく」
よく通る快活な声で班員に挨拶する宙子。持って生まれたカリスマ性により彼女はリーダーであることに慣れていた。クラス替えからまだ日が浅いこともあってひとまず自己紹介をかねた挨拶をする流れを作り出した。
「あんたがリーダーか、よろしく。俺はアルデバラン。副リーダーとカードに書いてあった。出身はフォーマルハウトという惑星だ。見てのとおり君らとはだいぶ違うが、まあひとつよろしく頼む」
アルデバランと名乗ったロボットは機械音を出してそうあいさつした。
彼は生命体なのだろうか?炊飯器に手足のようなアームをつけただけのようね見た目をしている。よく見ると持ち手とキャスターもついていて非常に持ちやすそうだ。宇宙人や未来人もいるクラスなのであまり気にしてなったが、かなり奇妙な存在だ。
「こいつ生き物か?みたいな目をしているな」
「え、あ、いや…」
どうやら顔に出ていたらしい。しかしアルデバランは慣れているようで、
「君らの星ではどうか知らんが、少なくとも俺の星では俺は生物と定義されている。俺はどっちでも構わんがね。実際俺は自由意志、自己防御機構、自己複製らへんの生物らしい能力は持ってる。とはいえ体は無機物だしビームが撃てたりはする」
「君はビームが撃てるのか!すごいなそれは。威力はどれくらいなんだ?」
意外にも宙子はビームに食いついた。彼女は自分には無いものにあこがれる。
銀河は少し嫉妬したがビームが気になるのは彼もいっしょだった。少年はみなビームが大好きである。
「出力最大ならこの宇宙船を一発で粉々にできるぜ」
なんだこの物騒な炊飯器は。ちょっとこれが不具合を起こしただけでこの船に乗ってる全員が死ぬのか。銀河はぞっとした。
「私のパンチなら10発は殴らないといけないところをビーム一発とは…アルデバラン君はすごいな!」
この宇宙船は脆すぎではないだろうか。生徒のうち最低でも二人が粉々にできるとは。
銀河はまだ自己紹介をしていなかった女の子に目をやり、この子もまさか宇宙船を粉々にできるのかな、と考えた。
銀河に見つめられた女の子は慌てて自己紹介を始めた。
「あ、えっと…私、“スピカ=スターライト”って言います…あの…私も異星人で、あなた方の星とよく似た星から来ました…」
これは意外だった。見た目も雰囲気も完全に自分たちと変わらなかったからだ。
「君は交換留学生だったな。宇宙船を壊す力はあるか?」
宙子はもはや完全に好敵手を探すモードに入っていた。いまは暫定でアルデバランが好敵手第一候補とみなされいた。
「い、いえ…そんな力ないです…。むしろいつも漫画ばかり読んでて体力もなくて…」
「え、漫画?」
思わず反応してしまった。まさか兄以外にあの前世期に流行ったらしい伝統芸能を好む人がいたとは。
「は、はい…知っているんですか?」
「兄が好きだから、ぼくも勧められてまあまあ読んでるんだ。君はこの星の文明の勉強をするために読んでるのかな」
「あ、いえ半分はそうなんですけどもう半分は趣味で読んでます。漫画以外でも本は大体読みます」
「そうなんだ。僕も割と読む方だから君とは話が合いそうだね。よろしく」
「あ、あの、えと、はい…。よろしくお願いします」
本が好きなものはこの時代希少になってしまった。同じような趣味を持つものは兄くらいしかいなかったので銀河は趣味仲間を得て喜んだ。
「うむ。私は本をあまり読まない。しかし見聞を広めるために読書も必要かもしれんな。君たちにそのうちおすすめの本を教えてもらうかもしれん。その時はよろしく頼むぞ」
宙子は二人を見つめハッキリと言う。彼女の向上心を見習わないとな、と銀河は考えていた。そのまま数秒間宙子に見とれていた銀河は自己紹介がいつの間にか自分の番になっていることに気が付き慌ててしゃべる内容を考えた。
「あ、僕は銀河って言います。紅星銀河。みなさんよろしくお願いします」
「きみ、もしかしてこの間メテオドッグに襲われていた少年か?」
「あ、そうです。この間は助けていただいて本当にありがとうございました」
「うむ、やはりそうか。あまり帰り道で宇宙食を食べないほうがいいぞ。メテオドッグや宇宙ネコに襲われてしまう。」
「そうですね…すみません」
「ふふ、そうかしこまるな。同い年なんだしタメ口でいい。それにこの遠足では君が襲われても安心していていい。私がリーダーとして責任をもって君を守ろう」
思わず銀河はときめいた。
自分より優れるものを求める彼女から見れば銀河は好みの範疇には全くいないのだが銀河は気が付いていなかった。
挨拶兼自己紹介も終わり銀河らは自由行動の時間を与えられた。まだ目的地に到着しておらず宇宙船内を自由に見回っていいことになっている。
同じクラスにまだあまり友人のいない銀河は窓から見える天の川を一人で眺めていた。宇宙に流れる見渡す限りの星々の集いは荘厳で美しく、年端もいかぬ少年少女たちでさえその色彩豊かな輝きに目を奪われ言葉少なになっていた。しかし、銀河が考えていたのは宙子のことである。なんとかこの遠足の最中に告白してOKをもらっていちゃこらできないものか…。しかし宇宙船をパンチで壊せるような人間のピンチを救うことができるのか?この作戦に穴があるのではないか?もう少しほかの作戦を考えた方がいいのではないか?ここまで考えたところで隣にいる人物に気が付いた。
「あ、あの…隣で少しお話、いいですか?」
「スターライトさん」
「あ、…スピカ、でいいです…。みんなそう呼んでるので…。あの、紅星くんはどんな本読んでるのか気になって…」
「じゃあスピカ、ぼくのことも銀河って呼んでくれていいよ。読んでる本か…最近読んだのは“火星探査機ファルコン”“エメラルドマスク”“重力探偵ニュートン”とかかな」
「しょ、少年漫画が好きなんだね…。私も好き…。少女漫画も好きだけど」
「ああぼくも少女漫画は好きだよ。最近は特に恋愛系のマンガを読むことが多くなってきてね。それで読んでみたら意外と面白かった」
もちろん銀河は宙子との恋愛の予習としての意味合いで読んだのだがそれは黙っていた。
「よう、何の話してんだ?」
「あ、アルデバラン君 ちょっと本の話をしてたんだ。なかなかこの話をできる相手がいないからスピカと話してると楽しいよ」
話してて楽しい、とこんなにはっきり言われたのは初めてだったのでスピカは内心喜んでいたが彼女はシャイなのでそれを口に出したりはしなかった。
「あー、長いからアルでいーよ。おれも黒穴と話してたんだがあの子は人気者だからな。取り巻きに取られちまった。ってわけで俺も話に混ぜてくれよ」
「なるほどね。アルってさ、動力源なんなの?」
「電気だね。でも有機物を分解してエネルギーにもできるから、飯食っても動けはするね。まあ直接充電した方が効率良いけど」
「そうなんだ…自己複製とか自己防衛ってのはどういう意味なの?」
「そのまんまさ。自己複製は生物なら備えてる機能だよ。おまえも自分の親から作られたしお前自身もそのうち子供を作るだろう。作らないにしても作る機能は備えているだろ。だいたいそれが自己複製。俺の場合は自分のデータを他の機械にインストールすりゃいい。自己防衛も同じく生物に備わってる機能だ。お前で言うと免疫機能とか、生存本能とか…。俺も、破壊されないよういろんなプログラムや装備が備わってる。ビームとかな」
そうか、ビームは生物としての本能から撃てるようになってたのか。僕たちも進化の過程でビームを身につける可能性があったのかな、そう銀河は思った。
「リーダー抜きの班員で親睦を深めるとは寂しいじゃないか。私も話に混ぜてくれないか」
宙子が宇宙茶を片手に話しかけてきた。突然現れた宙子に銀河が見惚れているとスピカが慌てたように口を開いた。
「あ、黒穴さん…別にわざと黒穴さん抜いてたわけじゃなくてたまたま…」
「そうそう、あんたがほかのやつと楽しそうにしてるからこっちはこっちで盛り上がってたんじゃねーか」
「ふふ、分かっている冗談さ。それより3人とも、そろそろ目的のオベリベリにつくぞ。準備はいいか?」
もうそんな時間だったのか。思ったより話し込んでいたらしい。
銀河たちは自分の荷物を取りに戻り、軽く身支度をした。窓から見える着陸の光景に周囲が盛り上がっていた。
班でまとまって宇宙船から降りる最中、宙子は少し口をとがらせて言った。
「そういえばお前たち、仲良く名前で呼び合っていたな。私もそうするぞ。3人とも宙子と呼ぶように」
惑星オベリベリはこの時季には太陽ほどの大きさのある恒星が近くにないため昼に当たる時間でも日照量は地球の夜に近い。しかしそれ故街灯などの照明設備が発達していて街は1日中明るく照らされている。
着陸した後の集合場所近くを流れる川の水面は、色とりどりの街の灯りを反射して虹色に輝いている。
魚のような生物も居るようで水面下を動く影が揺らめいていた。
綺麗な場所だと、銀河は素直に思う。班のみんなはどう思うかと辺りを見回すと空を見上げる宙子が目に入った。
「そ、宙子ちゃん何を見てるの?」
いきなり呼び捨てにするのは流石にはばかられたのか銀河はちゃん付けで妥協した。
「いや、私達の星とは流石に星座の形も違うのだと思ってな…まあ街明かりもあるから全ての星が見えてるわけでもないだろうが」
つられて空を見上げると宇宙船からも見えた天の川や、月よりも大きい衛星、そして空中を浮遊する魚のような生物が目に入った。重力の小さいこの星だからこそ存在する生物だろうと銀河は推測した。この推測の感想を聞こうと銀河が宙子に話しかけたと同時に遠くから機械を通したような声が聞こえてきた。
「皆さん、ようこそおいでなさいました」
観光ガイドらしきこの星の住人がにこやかに挨拶していた。
自分たちの外見と比べると、やや耳が長く、目も大きい。やや小柄で肌は透き通るように白かった。
ガイドはこの星の簡単な歴史などを語りだした。勿論真面目に聞いている生徒などほとんどいないことだろう。
ガイドの長い挨拶と退屈な教師の注意を聞いたあとは自由時間が与えられた。
「あそこにいるのはこの星の学生だろうか」
宙子が指差した先には先程のガイドよりもやや幼い印象を受ける4人のオベリベリ星人の集団がいた。
「どれ、異文化コミュニケーションといくか」
もちろん宙子はあわよくば好敵手との出会いを望んでいたが班の他の三人は勉強熱心なリーダーに従うつもりで宙子についていった。オベリベリ星人の集団に向かって彼女は正々堂々と宣言する。
「君たち、わたしと腕比べと行こうじゃないか」
黒穴 宙子はバカであった。勉強のできる血の気の多いバカである。それにアルデバランとスピカは気がついたが銀河は恋のフィルターにより彼女の向上心に見惚れるばかりだった。
群れの長を決めるときの原始人のような提案をした宙子にオベリベリ星人の集団は訝しげな視線を浴びせた。しかし、その中の一人が前にズイっと出てきた。
「ほう面白い…。貴様、我と腕比べをしたいと申すか。良かろう」
どうやら相手方にも同様のバカがいたようだ。他の三人のオベリベリ星人はアルデバランやスピカと同じ意味の表情をしている。
「姿形は同じようだし、まあタイマンのステゴロでいいだろう」
宙子は拳を鳴らしながら尋ねる。その殺気は文化の違うオベリベリ星人にも伝わる程であった。
「異論はない、決着は負けたとおもったほうが負けでいいな?」
「良いだろう。なら、早速始めるとしよう。遠足の自由時間には限りがあるのでな」
「安心しろ、一瞬で終わらせてやる」
二人の会話が終わった瞬間、ガゴッという骨同士がぶつかる音が響き渡った。
宙子はいきなり右の正拳を叩き込んでいたが相手がそれをブロックしたらしい。
「この一撃で終わってしまったら拍子抜けしていたところだ」
「喋る余裕があるのか?」
次の瞬間にはオベリベリ星人のハイキックが炸裂していた。しかし、それを読んでいたかのように宙子は低い姿勢になり躱す。そのまま足払いを仕掛けようとするがオベリベリ星人の手が宙子の髪をわし掴み動きを制された。
しかしそこからの追撃は体勢の不利から悪手と判断したオベリベリ星人は髪から手を放し距離を取った。
「随分慎重に戦うんだな。一瞬で終わらせるんじゃなかったのか?」
宙子が挑発する。
「ふん、くだらん口を聞くだけのことはあるようだな。なら、我らオベリベリ星人の真の力を味わうがいい」
オベリベリ星人はそう言うと全身に力を入れ、筋肉を硬直させた。そしてそれと同時に苦しそうにうめき出した。
「ぐ…やはりこれは体への負担がでかいな…」
「何しようとしてるかわからんが、その前にここで決めさせてもらうぞ…破っ!!」
宙子はそう言うと渾身の中段蹴りを相手の鳩尾に叩き込んだ。オベリベリ星人の顔が苦悶に歪む。
すると、オベリベリ星人の口から緑色の体液が飛び出し宙子の顔にびしゃりと叩き付けられた。
「…くさ!なんだこの液体は!」
宙子は叫んだがその質問に答えるべき相手はすでに気を失っていた。
「それは、“毒”…」
後ろで観戦していたオベリベリ星人の一人がぽつりと呟いた。
「毒、だ…と……」
宙子はどんな毒か訊こうとしたがすぐに自分の体の変化で理解した。舌が動かせなかったからだ。どうやら体が麻痺する毒のようだ。思わずその場に倒れこんでしまう。
「どうやらあんたらにも効く毒みたいだね。それは麻痺毒でしばらくすると呼吸が止まり死に至る」
「ふざけるな!ただのけんかで死人まで出させるつもりか!」
ここまでは傍観していた銀河もさすがに宙子の生死がかかっているとなると激昂した。オベリベリ星人に今にも殴り掛からんといった勢いで詰め寄る。
「まあ大丈夫大丈夫。見てな」
異星人の一人が宙子に近づき口から透明な液体を出し宙子に飲ませた。
「ぐ…これ…は…?」
宙子が弱弱しく口を開く。
「解毒薬さ。でも弱めにしたから完全に解毒できたわけじゃない。完全に解毒するのはあんたが負けを認めた後さ」
オベリベリ星人が宙子に交渉する。
「そ、そんな…卑怯な手…を…」
「卑怯?あれは返り血みたいなもんさ。仕方ない。それに負けたと思った方が負けなんだろ?あそこで気を失ってるやつはまだ負けたなんて思ってないさ」
「そうじゃない…きさまがこの腕試しに介入してきたことの方が問題なのだ!この交渉は、そこの気を失っている者がやるべきだろう!」
銀河は宙子の豪胆さに感銘を受けた。死に至る毒を使われていてもまだこの勝負を諦めていないとは。
「なるほど…あんたの言うことにも一理あるね。ならこうしよう。俺が勝負に横槍を入れたぶん、あんたがたも入れていい。そうだな…そこのお前!」
オベリベリ星人は突然銀河のほうを見て指をさし叫ぶ。まだ宙子に毒を使われた怒りを抑えきれない銀河は睨み付けることで返事を返した。
「そこに、宇宙空間バイクがあるだろう?それで俺とブラックホールチキンランで勝負しな!勝ったら完全な解毒剤をやるよ!」
突然の申し出に一同は混乱した。しかしスピカが意を決して手を挙げた。
「そ、それ…なんかよくわからないですけど…私がやります。ブラックホールなんて危険な言葉が出てくるのだから危険な勝負なのでしょう?友達をそんな目に合わせられない…!」
「おいおいスピカ、こういうときカッコつけんのは男の役目さ そのチキンだかポークだかわからん遊びは俺がやろう」
「アルさん…」
しかし、異星人は銀河を見ながら面倒そうに吐き捨てる。
「だめだめ。そこにいる、俺にガン飛ばしてくれた奴じゃないと」
「二人とも、気持ちはありがたいけどあいつは俺との勝負がご所望みたいだ。大丈夫、任せて」
銀河は別に勝算があったわけではない。しかしオベリベリ星人に対する怒りはあった。相手への怒りと宙子を一刻も早く助けたいという一心でこの勝負を受けて立とうとしていた。
「OK、じゃあそこのバイクに乗りな。いいか、ルールはこうだ。スタート地点からブラックホールまでバイクで走り、ブラックホールの近くで止まる。よりブラックホールに近いほうが勝利だ」
単純明快な勝負だ。単純ゆえにいかさまもできまい。銀河は了承した。
「まて」
待ったをかけたのはアルデバランであった。炊飯器のような胴体から突き出たアームを高々と挙げている。
「一応、そのバイクとやらを調べさせてもらうぜ」
「疑り深いことだね…まあいいや好きに調べなよ」
「そうさせてもらう。どれ…」
アルデバランは宇宙バイクを隅々まで調べ上げている。素人目にはよくわからない部位やデータまでを具に見ていき、ものの5分ほどでそれは終わった
「とりあえずは、大丈夫そうだな」
「もういいかい?あんまり遅くなると困るのはそちらの方だろう」
「ああ、そうだな。…頑張れよ銀河。チキンランのコツは前ばかりではなくメーターもきちんと見ることだ」
「うん、わかった。ありがとうアル。いってくる」
アルに軽く手を振りバイクにまたがる。
「あの、銀河…くん、頑張ってください。あなたに何かあったら…私…」
「大丈夫、きっと無事にあいつに勝って帰ってくるから」
銀河はスピカに向かってほほ笑んだ。
「じゃあ、スタート地点に立って。スタートの合図はそうだな、こいつが地面に落ちたらにしようか」
オベリベリ星人はそういうと何か小さいボールのようなものを上空に放り投げた。ボールが放物線を描いて着地すると、ボンッという小さな爆発音をならした。宙子の命を懸けたチキンランがスタートした。
宇宙バイクは一瞬のうちに地上にいる者たちからは見えない高さまで上昇ししばらくすると星を脱出する速度に達しバイクに乗った二人は瞬く間に重力からの支配を逃れた。また、地上にいる者たちは宇宙に点在する人工衛星から映像を受信し勝負の行方を見守ることとなった。
「銀河…すまない、私のせいで…」
「銀河、君…」
宙子もスピカも映像受信デバイスを固唾をのんで見守っている。
またアルデバランは遠くを見つめ沈黙を守っていた。
銀河とオベリベリ星人はしばらくバイクでの走行を続けていると空間を黒く塗りつぶし周りの星々を歪ませている物体が見えた。
あれがブラックホール…。銀河は初めて見るブラックホールに思わず震えた。
だが一方、異星人にはまだいくらか余裕があった。
異星人はブラックホールの近くに来たのはこれが初めてではなかった。これまで何回か行ったブラックホールチキンランの経験から危険な境界線ギリギリをほぼ正確に見極めていた。
「この勝負はもらったな…」
宇宙用のバイクの中でつぶやかれたオベリベリ星人の独り言は本人以外には聞こえない。
すでに勝利を確信したオベリベリ星人はメーターを見ながらおよそブラックホールに吸い込まれない位置に止まれるようブレーキハンドルに手をかけた。
「一体どこまで走ればいいんだ…!」
銀河はブラックホールチキンランの距離感など分かるはずもなくただまっすぐに突き進んでいた。しかし、流石にそろそろ止まったほうがいいのではないか。これ以上進んだら吸い込まれてしまうのでは…そんな不安が銀河を襲った。
「そういえば…」
銀河はふと、アルが言っていたことを思い出した。
「メーターか…」
そうだ、たしかに言っていた。
ブラックホールばかり見ていたが彼の言っていた通り視線をメーターに落とす。
そこにはデジタルで現在のスピードや走行距離、燃料の残量値が表示されているはずであった。
メーターを見た銀河は思わず目を見開いた。
そこにはメーターの代わりにアルの姿が表示されていた。
「え、アル?メーターは!?」
流石に慌ててしまう。画面のアルに話しかけてしまうほどに。
恐らく点検の時にこっそりデータをインストールしたのだろう。銀河は宇宙船内でのアルの自己複製の話を思い出す。
画面を見つめているとアルが文字を出力し語りかけてきた。
「よう、銀河。メーターはアンインストールした。代わりに俺がいるから安心しろ。とりあえずお前の乗ってるバイクのスピードや観測できたブラックホールのデータから安全な位置が分かったぜ」
会話もできるとは。銀河はたった五分ほどでこれを仕組んだアルのテクノロジーに驚嘆する。
「え、本当に?いや、でもいいのかな。アルの力を借りても…」
「宙子の命がかかってんだろ?それに、宙子の方はともかく今回のチキンラン勝負に関してはタイマンって約束はしてない。何も問題はないさ」
「それもそうか…ありがとう、アル…!」
「あ、相手がバイクを止めました…」
ブラックホールチキンラン勝負を地上から映像で見ていたスピカが不安そうな声でつぶやく。
相手はバイクを止めたが銀河のバイクは止まる気配がない。どうやらブレーキをかけるのが相手よりだいぶ遅かったようだ。
これで吸い込まれずに止まれば銀河の勝利だ…。だが、そこが問題なのだ。相手もかなりぎりぎりまで攻めていたように思う。もしこのままブラックホールに吸い込まれてしまったら…スピカは震えた。
「銀河の…バイクが…とまっ…た…」
宙子が麻痺した唇を震わせて言葉を絞り出した。
映像では銀河のバイクが明らかに相手のバイクよりブラックホールに近い位置で静止していた。
「これ…銀河君の勝ち、です…よね?」
「ああ、貴様らの勝利だ…!」
いつの間にか気絶していた方のオベリベリ星人は意識を取り戻していた。
「くく…完敗も完敗…!我もまだまだよな」
「銀河…は…?」
「我の毒を食らいながらそこまで喋れるとは、大したものだしかし悪いが我は」
地上では既に
「なんとか勝ったみたいだな」
「うん、アルのおかげだよ」
「まあ、副班長としての仕事の一環さ。とはいえ流石にギリギリだったがな。相手もブラックホールの蒸発を計算に入れていたら勝負はわからなかった」
「僕一人だったら今頃ブラックホールにに飲まれて宇宙の藻屑だったかもしれないね…。そうだ、オベリベリに戻って宙子ちゃんに解毒剤を飲ませないと…!」
銀河は宇宙バイクのハンドルを切り方向転換させる。すると、うなだれたオベリベリ星人の姿が見えた。
「バカな…俺が、あんな初心者のガキに負けるなんて…!」
「悔しがるのはあとにして早く解毒剤をよこせ!」
「チッ、分かってるよ…ちょっと待ってろ!」
オベリベリ星人は徐に小さい刃物を懐から取り出し自分の指先を傷つけた。そうして滴った緑色の血液を半透明の鉱物でできた容器に入れ無造作に投げて銀河に渡した。
「そいつをほんの少しでもいいから飲ませな。それで治る」
「わかった。頂いてくよ」
銀河は全速力で惑星オベリベリにもどり、宙子に解毒薬を飲ませた。
「すまない…銀河、お前には助けられた」
礼を言う宙子の濡れた瞳を見ながら銀河は思った。
ここが告白のタイミングではないだろうか。
今この時以上に彼女を助けられるタイミングなどこれ以降はまずやってくるまい。
「宙子ちゃん…」
銀河はチキンレースの時以上の勇気を絞り出した。
心臓は痛いほどに拍動し音が宙子に聞こえないか心配になったほどである。
「僕の、恋人になってくれませんか」
「いや、それはちょっと…」
早かった。
一瞬で振られた。
やじ馬たちもあまりのあっけなさにリアクションをとる暇もなかった。
スピカは目を真ん丸にしていたしアルはどこかあらぬ方を向いていた。
「あ、はい…」
「すまんな。私は恋愛にうつつを抜かしている場合ではないし、そもそも許嫁がいるんだ。助けてくれたことには感謝してるし友人としては今後ともぜひ仲良くしてほしいが君を恋愛対象としては見れない」
もちろん銀河には許嫁の存在など初耳であるがもはやどうでもよかった。
とりあえず一人になりたかった。
アルが、銀河の肩をポンと叩いた。
「まあ、気にするな。とりあえず疲れたろう。いったんどっかで休憩しよう。あ、面白そうな観光名所があったからあとで行ってみようぜ」
彼の気遣いが有り難くも心苦しかった。
「あ、あの…銀河君…わ、私なら…」
銀河に駆け寄り何か言いかけたスピカをアルデバランはアームの手で制した。
「お前の気持ちはわかってるが、今はやめておけ。少女漫画のように上手くいくわけではないことがわかっただろう?」
「…はい」
こうして、銀河たちのギャラクシー遠足の幕は閉じた。
銀河が彼女といちゃこらできるのはまだまだ先の話である。
【完】
字数オーバー