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要らない、記憶

「フローリアは、君が自分に姉の面影を見ているのだと……」


「誤解です、フローリアが僕の唯一だ!」


「それならばラシェールと同じ瞳の色をいつも褒めるのはなぜだ」


「瞳は……唯一、フローリア自身も……気に入っていると……だから」



流石に声が細くなっていく。


僕が毎日雨のように降らせた賛美の言葉が全て、僕の可愛い奥さんを苛んでいたなんて信じたくない。しかし、それは紛れもない事実なのだろう。


過去の自分に会えるものなら、今すぐその口を縫い付けてやりたい。


卿の瞳にももはや燃えるような暗いギラつきはなく、代わりに浮かぶのは空虚な諦めの色だった。



「それでは君は、本当に二心なくフローリアを愛していたというのか」


「結婚を申し込んだ時も今も、僕はフローリアしか見ておりません」



その答えを聞いた卿は、今度こそ、深い深いため息を吐いた。



「君は馬鹿だ……」



全力で同意だ、僕はこれ以上ない程の馬鹿だ。この世で一番大切な愛する人を自ら率先して毎日毎日せっせと傷つけていたんだから本当に救えない。


それでも。


フローリアを誰よりも強く愛しているのは本当なんだ。



「自分がどれだけ愚かだったか、今、痛いほど理解しました。二度とフローリアを傷つけたりはしません。どうか、どうか僕に今一度チャンスをください!……フローリアがいない人生なんて考えられない」


「なぜ、フローリアにそれを信じさせてやってくれなかったのだ……!」



卿が顔を覆うように手をあてた。


伝えていたつもりだった、全力で。


その全てが真逆に伝わってしまっていたのだから本当に馬鹿だ。今度こそ、フローリアにストレートに伝えたい。どれだけ彼女が僕にとって大切なのかを。



「もう遅い……」



フローリアになんと伝えようかと必死に考えていた僕は、卿の呻くような声に我に返る。



「もう遅いのだ」



顔を上げた卿は苦渋に満ちた表情をしていた。



「遅い?せめて一言でいい、フローリアと話をさせては貰えませんか」


「会ってもいいが……フローリアは君の事を覚えておらぬ」


「……は?」


「君の記憶がないのだ。……君の記憶だけが、ないのだ」



僕は声がでなかった。



「バルコニーから落ちた拍子になのか、目が覚めた時には君に関する記憶がごっそり抜けておってな。不思議な事もあるものだ、結婚した事も子供が生まれた事も覚えておるというのに、夫だけが霞がかかったみたいにわからないのだと」



そんな事ってあるのか。



「君の事を忘れたいと、そう思うほどにフローリアは追い詰められていたのだと、儂は思った」



頭が真っ白になった。


彼女の中で、僕は要らない記憶だったのか。


ここにきて、絶望感が僕を襲う。


フローリアに謝って、たくさん愛を囁いて、誤解を解くのだという意気込みが空気が抜けるように萎んでいく。


彼女を失ったら生きていけないと思ったが……これは、そういう事だ。


いや、もっと酷いのか。



「本当は君だけを責められぬのだ。フローリアがそんなにも悩んでいた事など、儂らでも想像しておらなんだ。フローリアからは、君は優しい、理想の夫だと聞かされておった」



もはや反応すらできない僕の耳を、卿の声がゆっくりと通り過ぎる。



「バルコニーから落ちた時、あの子は胸に儂への手紙を隠しておった。君はラシェールに叶わぬ恋をしているのだと……君の幸せを考えたら自分が身を引いた方がいい、ラシェールと君を添わせてやって欲しいと……懇願する手紙だった。それで初めて知ったのだ」



そんな辛い思いをしながら、まだ僕の幸せを考えてくれたというのか。



「手紙には紙がふやける程、涙の跡があってな……フローリアが悩んで悩んで決断したのだと、そう思った」



胸が締め付けられるようだった。


申し訳なくて愛しくて、やはり何があっても彼女の傍にいたいという気持ちだけがむくむくと大きくなる。


絶対に、絶対に失くしたくないのだ。



「卿、こんな事を言える立場でないのは重々承知しております。しかし、どうか……!」

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