晴天の霹靂
僕の愛しい妻、麗しのラシェールがバルコニーから転落してもう三日が経とうとしている。
心配で心配でたまらないというのに、何故か彼女の眠る部屋にも入れて貰えない。容態を聞いても「命に別状はない」という最低限の情報以外は誰も彼も口を濁したままだ。
そんなに怪我が酷いのだろうか。
しかし2階から庭の植え込みに落下した彼女は、枝木で傷つけたのであろうかすり傷以外は大きな怪我もないように見えたのだが。
彼女を失ったら生きていられない、大切な僕のラシェール。
ああ、腕にミューシャを抱いていたとは言え、とっさに彼女を助けられなかった事が本当に悔まれる。いくら文官と言えど僕の反射神経は死に過ぎじゃないのか。
いざという時に家族を守るために、武道でも習った方がいいんじゃないのか。
愛しいラシェール、僕のフローリアに会えないイライラを、そんなバカな事を考えて紛らわせるのももう限界だ。
寝顔でもいい。
とにかく一目、あの愛らしい顔をこの目で見たい。
彼女の父親であるホーンスタッド卿に繰り返し願い出て、漸く卿から色よい返事を頂くことが出来た。
ああ、早く逢いたい、僕の可愛いラシェール。
しかし、彼女に会う前に卿から容態についての話があるらしい。どんな内容であれ、彼女に関する事ならば僕には重要な情報に違いない。
逸る気持ちを抑えて、卿が待つという応接へ向かった。
「卿、お忙しい中お時間を頂き、ありがとうございます」
「……いや、いつかははっきりさせねばと思っていた」
卿の顔は苦渋に満ちていて、僕の心を不安が過る。
「……まさか、フローリアの容態が悪いのですか?」
思わずきけば、卿はなぜか薄く笑った。
「フローリアの名前は知っていたのだな」
「?当たり前でしょう」
「君はいつもフローリアを『ラシェール』と呼んでいるそうじゃないか」
フローリアはそんな事を家族にも話していたのか。気恥ずかしいが事実だから仕方がない。しかし王城では気難しい顔で仕事をしている分、そういう話はなんというか正直恥ずかしい。特に舅にあたるこの方の前では。
肯定の意で頷いてはみたが、多分僕の頬は若干赤くなっているに違いない。
案の定、卿は苦虫を噛み潰したような顔をしている。気まずい上に、今はそんな事よりも僕のラシェール、天使のようなフローリアの容態の方が百万倍重要だ。
「卿、それよりも」
「そんなにもラシェールが良いのならば、娶らせる事もできるのだぞ、今ならばな」
「……は?」
今、なんと?
意味が分からずに卿の顔を見上げれば、卿の瞳はギラギラと、まるで戦場の兵のように暗い光を灯していた。