第八ターン 成人の儀【3】
「マナとエアルの成人を祝して、乾杯!!」
「「「かんぱーい!」」」
日の暮れた真っ暗闇の王都ベルン。だけど『ミゾグチ』は闇を払う様に活気で溢れていた。
主催のケンタが給仕し、店内をまわる。
ヴェンやピーターなどの馴染み深い連中や、お店の常連さん、マナとエアルの友人たちを招いた。
突然の招待にも関わらず、多くの人が集まってくれた。
「オレは女が嫌いだ。そして恩知らずな奴も嫌いだ。だから来た。ほれ、祝い酒だ...おめでとう」
豪快な笑い声をあげるヴェンとは思えないほど、最後の言葉はか細かった。
「マナちゃんエアルちゃん、おめでとう! これ僕からのプレゼント。受け取ってくれないかな?」
ピーターが渡したのは二種類の無地カード。
一つはパッと見ただけで凹凸が分かる、拙いカードだ。
もう一枚は陰影のない綺麗なカードだ。
「こっちが二人に出会った四年前に作ったカードで、こっちは今日作ったカード。すごい差でしょ! 四年ってあっという間だよね。四年後、二人はどれだけ成長しているかな。待ち遠しいよ!」
ピーターは挨拶を終えて席に戻った。
そこには赤毛の見慣れない騎士がいた。いや、つい数時間前に見た気がする。
あれがアリスか、とケンタは横目で評価する。
87点。
ピーターのセンスは良かった。
その後も挨拶は続く。
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「えー、本日はみなさんお集まりいただき本当にありがとうございます。ここで一つ、重大なお知らせがございます。マナから直接、お話しいたますのでご静聴お願いします」
マナは数十の瞳に見つめられて緊張する。
生唾を飲み、口を開く。
「今日はアタシとエアルのために忙しいところ時間を作ってもらってありがとうございます! それでその、話っていうのは...実はアタシ、獣王国に帰ります!」
場が騒然となる。
雲隠れしていた王家が二日前に発見され、民衆の手によって殺された報せはベルンにも届いている。
いまや各派閥、各種族が次代の王の座をめぐって争いを開始しようとしている。
本格的な内乱が始まる。
だというのに、その戦乱の只中に行くと宣言した。
阿鼻叫喚となるのは当たり前だった。
やめなよ、と心配する友人が詰め寄り、周りも同調してマナを止めるよう騒ぐ。
収拾がつかなくなる寸前、ケンタが怒る。
「お前ら静かにしろ!」
「「「...」」」
普段怒鳴らないケンタが声を荒げることのインパクトは大きかった。
一瞬で静まり返る。
「もうマナは大人だ。さっきお前らお祝いしただろ? ちゃんと考えて言ってるんだ。理由までちゃんと聞いてやれ」
詰め寄った友人は席に戻り、立ち上がった連中は座りなおす。
あらためて皆がへそを向けて聞く。
マナも気持ちを強くして話す。
「今までテンチョー以外には話した事無かったけど、アタシは獣王国のポリトカっていう村の出身です。何年も前から国はボロボロで、うちの村も影響を受けてました。そして食うに困るまで貧しくなった年の秋に、口減らしで子供を五人ほど棄てることになりました。アタシの家は村長に近い一家だったから候補に入らなかったんだけど、エアルが、その...選ばれてしまって。
アタシにとってエアルは大事な妹で、離れ離れになるのが嫌で、それで、思いってきって一緒に村を出ました。お母さんとお父さんと散々喧嘩して、何度も止められたけど、一緒に逃げ出しました」
肌寒い風が吹く中、簡易の貫頭衣一枚だけで放逐された子供達は彷徨い歩く。
野犬の遠吠えに怖がり、逃げ出す。木の実欲しくて登り、枝が折れてついでに骨も折れる。水場で調子に乗り、ずぶ濡れになって一夜経てば体調を崩す。
五人いた子供は二日目の夕方にはマナとエアルの二人だけになっていた。
「そこに現れたのがテンチョーでした。アタシ達はベルンに連れて来られて接客や計算、文字を教えてもらって...村の事を忘れるほど楽しくって。
だけど、なんか今、獣王国が大変だって聞いて...そしたら無性にお母さん達に会いたくなっちゃって。だから、だから...帰らなくちゃいけないの」
言い終えたマナは顔を伏せず、集まった皆と目を逸らさずに堂々と見詰め合う。
覚悟を見て取った人々はもう反対しなかった。
しかし、気になる事はあるので一人の青年が質問する。
「エアルちゃんはどうするんだ」
今まで静かに聞いていたエアルが立ち上がる。
「...ワタシは...親に、会いたくない。村を追い出される時、喜んでた。ワタシが、いなくなる事を、嬉しがってた」
歯を食い縛るエアル。
マナは優しく抱きつく。
「そっか...うん! 村はお姉ちゃんに任せなさい。エアルは『ミゾグチ』をお願い! テンチョーに悪い虫が付かないように監視しててねっ」
「...わかった。お姉ちゃん、ごめん」
「いいのよ、気にしないで」
マナが行き、エアルは残る。
その決定に不服のヴェンがケンタを肘打ちする。
「(おいケンタ。いいのかよあれで)」
「(二人が決めたことだ。尊重してやるのが俺の仕事だろ)」
「(あのな。お前が二人を引率してやりゃあいいだけだろ)」
女が嫌いだ、と公言している癖になんだかんだ心配するヴェンのツンデレさにケンタは噴出しそうになる。
確かにヴェンの言葉はもっともな話だ。
しかしケンタは長期間に渡ってベルンを離れるつもりはない。
ポリトカ村に戻って「はい終了」となるはずがない。
どうしたって手間がかかり、時間もかかる。
だから引率は却下だ。
「(ケンタ、頑固だな)」
「(年をとった証拠だよ)」
一応納得してくれたのか、ヴェンは引いた。
「いつ出発するんだ」
「今から!」
決断したら即行動。
さすがにそれはどうなんだよ、と周囲は心配するけども自信満々のマナと、文句を言わない保護者であるケンタを見て口を噤む。
「餞別だ! もってけ」
ヴェンが【ホルダー】からカードを一枚とり出して投げる。
皆も真似て、まるで正月の賽銭箱みたいな状況だ。
「ほらケンタ。てめぇも何かあんだろ!」
「そうだな」
後で人に見られていない場所で授けようと思っていたが、場の空気に酔って今渡すことにした。
「シャドー。出てこい」
《呼ばれて飛び出てジャジャジャーン! シャドー様登場ー》
「「「...ッ!?」」」
皆が一斉に目を開く。
「嘘だろ...」
「もしかして、嘲笑う影か!?」
「おいおい御伽噺のランク8モンスター、だと...」
モンスターランク。
レア度のモンスターカード版である。
ランク8だと伝説、空想の域に達する。
「シャドー命令だ。マナを守れ」
《あいよマスター》
○モンスターカード
『嘲笑う影:シャドー』
ランク:8
属性:闇
性格:移り気
忠誠度:100
コスト:魔力100*闇150
体調:好調
備考:世にも珍しい闇属性の魔物
◆バインダー
→モンスター04
◇『嘲笑う影:シャドー』
◇ 空き:0
◇『全解除』『魔王の心臓』『無限炉』
『陰の反証』『以心伝心』空き:0
「あと、これも渡しておく」
「わっ! テンチョーありがとう! えっと、なになに......ファッ!?」
驚きのあまりマナがカードを落としてしまう。
興味津々の野次馬が覗き、絶句する。
○『暴君』☆8 編成モンスターを全強化(極大)
○『大神の寵愛者』☆9 自己と編成Mに各ごと一日一回蘇生が可能になる
○『理無き救世主』☆9 自己と編成Mに回復速度、能力強化(極大)
○『閻魔羅遮曠野処』☆8 形態:アクティブ 対象の耐性を無視して火属性の攻撃を行う 使用回数:5/5
○『人の如き神』☆9 形態:パッシブ 自己に神聖を付与し、身体機能が進化する
○『死』☆8 形態:アクティブ 生物が対象。即死する 使用回数:5/5
○『慈愛地蔵』☆8 形態:パッシブ 発動主を見下す者が対象。一切の悪感情を排す
○『帝の下克上』☆8 形態:パッシブ 上位種から受ける弱体化などのマイナス効果を無効にする
○『無欠自衛』☆8 形態:パッシブ ☆6以下の効果対象から外れる
○『Who am I』☆9 形態:パッシブ ☆9以下の鑑定系効果を無効にする
○『グラン・ベルディア』☆9 武器種:大剣 属性:無 特殊:【命宿る剣】 攻[極大] 重[極大] 耐[極大]
○『天地の番い』☆9 武器種:双剣 属性:天・地 攻[極大] 重[中] 耐[中]
○『黄龍扇』☆9 武器種:扇 属性:土 特殊:【黄龍招来】 攻[極大] 重[小] 耐[大]
○『傾世美姫のドレス』☆9 防具種:胴・腰 耐性:基本五属 防[極大] 重[極小] 耐[中]
○『天女の羽衣』☆8 防具種:特殊 耐性:全 防[小] 重[極小] 耐[小]
○『日緋色金鎧』☆9 防具種:一式 耐性:無 防[極大] 重[大] 耐[極大]
○『龍髭外套』☆8 防具種:マント 耐性:全 防[中] 重[極小] [小]
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
☆7は一年に一枚、ダンジョンから発見される。
☆8は十年に一枚。国が強権を用いて買い上げる
☆9は百年に一枚。国同士の争奪戦。別名:開戦のラッパ。
「オレ、酔っちまったのかな...6が9に見えるぜ」
「ははっ。私も0がブレて8に見えますよー」
「あれ? ここはダンジョンの最深部かな?」
「これ全部売れば世界が買えるぜ...世界が床に落ちてやがる」
あまりの衝撃に皆の現実感が消失する。
周りが呆然としているうちに、ケンタはカードを回収して、マナの【ホルダー】に入れてしまう。
ついでに【バインダー】を出させて、シャドーの『全解除』を使ってスキルを外し、『無欠自衛』を登録させる。
これで落としたり奪われたりする心配はなくなった。
「このぐらいで大丈夫か...いやでも、心配だな。ヴェン、復讐屋の仕事に護衛は含まれるか?」
「いやオメェ、安心しろよ。過保護すぎだぞ...」
「そうか...んー、さすがに☆10は暴走の危険があるから渡さなかったけど一枚ぐらい...」
「おぉい!? なんか不穏な言葉が聞こえたぞ! やめろ、落ち着け。信じてやれよ」
「まあ、そうだな。シャドーに『以心伝心』を登録してあるしな。やばい時は教えてくれるか」
ケンタの恐ろしさに静まり返ったお祝いの場は、マナが別れの言葉を発すると熱を取り戻す。
一人ずつ手を握って応援したり、抱き合って再開を誓い合ったり。
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「アタシは絶対に戻ってきます! テンチョー、エアル、そして皆さん...またねッ!」
身に余るでっかいリュックを背負い、マナは夜の闇へと歩き出す。
その背が見えなくなるまでケンタたちは見送った。
その後、二、三語り合い、一人また一人と参加者が帰っていく。
マナとの別れから三十分もすると『ミゾグチ』は息遣いすら聞こえない、墓場のような静寂に包まれていた。
ケンタとエアルは宴の片付けを黙々とこなす。
ちらっと見遣れば、エアルは心ここにあらずの有り様で、見ていられなかった。
「エアルにとってマナは何だ?」
「...え」
「同じ村の友達か? 従業員仲間か? それとも姉妹か?」
「...お姉ちゃんはワタシにとって...お姉ちゃんです。いつもワタシを引っ張って遊びに連れて行ってくれた。大人に内緒で一緒に食べたお肉、美味しかった。ワタシが棄てられるって決まった時、泣いてくれた。たった一人の、お姉ちゃん。そして、ワタシなんかの、ために、一緒に来てくれた...」
「俺も『ミゾグチ』も心配は要らん。さっき見たろ? 今まで黙っていたけど俺は最強なんだ。そして店は最高だ。だから好きにしな」
「...ありがとう店長。決めました。お姉ちゃんを追いかける。今度はワタシが追いかける!」
目は煌々と燃えている。
「ま、そうなるよな」
裏から持ち出したリュックを渡す。
「怪我には気をつけるように。あと病気予防はしっかりすること。基本だれも信用するなよ。困ったらマナを頼れ。それでもダメならシャドーに言え。あとは...」
「...大丈夫だよ、店長。ワタシ、しっかり者」
「そうだな。成長したんだよな。無愛想で接客も出来ない、計算も出来ない、文字も書けないエアルじゃ、もうないんだよな。もう、大人だもんな」
「...うん」
「大人ならちゃんと帰って来いよ? あっちに住む決断をしたとしても手紙ぐらいは出せよ?」
「...大丈夫だから店長。時間ないからもう行くよ」
「うっ...そうだな、そうだよな...シャドー!」
《あいよ》
「...えっ!?」
先行したマナに付いているはずのシャドーがいつもの調子で声を出す。
「シャドーは魔力があれば面積を増やし続ける化物だ。夜なら数キロ伸ばすことなんて余裕なんだよ」
「...すごい」
「道案内を頼む。護衛の命令は変更。マナとエアルを守り、極力二人の指示に従え」
《陰使いの荒いマスターだなー。ま、面白そうだからいいよ、ひひっ》
「...ん、じゃあ店長。しばらくのお別れ」
「ああ、またな」
「...うん。またね」
月光のように輝くエアルが夜に消えていく。
店の前で光が消えるまで佇み、ケンタは冷たい空気を吸って店内に戻る。
誰もいない『ミゾグチ』に懐かしさがこみ上げてくる。
四年前に用事で日帰り獣王国出張をしてから今日まで騒がしかった。
それに楽しかった。あっという間の四年だった。
ちょっともうダメだ。
倒れるように椅子に座り、そのまま寝た。
・
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翌日。
睡眠は浅かった。
日の出と共に起き上がったケンタは顔を洗い、出かけた。
向かったのはベルンの南西にある死の森。スラム街の城壁の先にある、未だ開拓できていない地域。
ワインを入れた水筒を一つ持って、突き進む。
ベルンが見渡せる小高い崖の上。
そこには石が積み重ねてある。
明らかに人為的なそれは、お墓のようであった。
「マナとエアルが故郷に帰ったよ」
ワインを石にかける。
半分ほど残して、あとは供える。
ケンタの前にも人が来たようで、花が手向けられている。
「なんというか、娘みたいな奴らだった。そういう意味じゃ、お前にとっても娘になるのかもな」
今はいない女を想い、語りかける。
「だからさ、見守ってやってくれ。マナとエアルの無事を頼むよ。シェリー」