表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/21

第七ターン 成人の儀【2】

 風の大森林。


 王都ベルンの北西に広がっている森で、その先に連なる龍の山脈から流れ出す栄養と水により草木が大きく成長しているのが特徴だ。

 風の魔力が染み込んでいるため、縄張りにしているのは風系統の魔物だ。


 落ち葉と小枝を踏みしめつつケンタとマナ、エアルの三人は森の深部へと歩く。

 道は山に向かって傾斜している。朝からここまで三時間休憩なしで登って来たので双子の動きが遅くなる。


「ここいらで一旦休むぞ」

「やったー!!」

「...ふぅ」


 二人の格好は『貴嬢甲冑』と『春光の乙女』だ。

 貴嬢甲冑は赤の胸プレート、鋼色の肩装具、三重のガントレット、駆動領域の広いグリーヴ。

 春光の乙女は青の肩が露出したワンピース、腰マント、革のコルセットとロングブーツ。


 装備カードの利点の一つに任意でオンオフ可能という点がある。

 魔物と対峙するまで移動しやすい格好で、いざ勝負となれば装備する。

 今回それをしなかったのは訓練の意味合いもあるが、風の大森林では油断が死に繋がるからだ。


 ヒュッ。


 気を抜いて木に腰掛けていたマナを標的とした風の刃が飛んでくる。

 甲冑に当たったことでダメージはなかったが、もし装備をしてなかったり危なかった。

 

「マナ。休憩中でも警戒心を緩めるな」

「...ごめんなさい」

「常に気を張る必要は無い。『危険察知』を装備してるんだから怠けなきゃ回避できるはずだ。薄皮一枚の警戒を心がけろ」

「...はーい」

「返事は元気に!」

「はいっ!」


 落ち込むマナを無理やり励ます。

 エアルの方は風の刃の出所を探している。

 ケンタはすでに魔物を捉えているが教えない。


「...見つけた」


 視線の先にいるのは木の実を齧っているリス。

 枝の上で食事中だったリスと目が合う。リスは手を止めて、くりっとした頭を傾げる。


「...かわいい」

「あれがアタシに攻撃してきた魔物なの?」

「...違う。ただ飼いたいだけ」

「...」

「飼いたいって、一応動物もカード化できるけど、どうする? 弱いぞ?」

「...大丈夫。可愛いは正義。正義は強い」

「あー...うん。エアルが良いなら良いんじゃないか」


 エアルはドングリを餌にリスを誘う。


「...ほーら、怖くないよー。おいしいよー」


 リスが木から降りる。何度か左右を確認しつつ、近寄ってくる。

 エアルはドングリを少し前に放る。食いつくリス。


 モンスター化の手順は①服従②命名③契約だ。

 餌を用いて服従させるのは良く使われる手段の一つだ。


「...ワタシと一緒に来てくれればもっと美味しいモノ食べさしてあげる」


 言葉は理解できないけど想いは伝わる。

 リスが警戒を解き、エアルに擦り寄る。


「...名前は下僕一号」

「ひでぇセンスだな」


 嫌がるかと思ったが、リスは受け入れてくれた。

 最後に無地カードを取り出し、契約の言葉をこの世界を作り出した創造神に捧げる。


「掛けまくも畏き創造神の大前に獣人エアル恐み恐み白さく常も大神の恩頼を蒙り奉りて謝び奉り辱なみ奉る下僕一号なる朋友を結びて穏に守り幸はへ給へと白す」


 リスが消えて、粒子がカードに吸い込まれる。


 ○モンスターカード

  『リス:下僕一号』

  ランク:1

  属性:風

  性格:好奇心が強い

  忠誠度:50

  コスト:魔力1*風1

  体調:お腹一杯

  備考:昔は地元で恐れられた悪童


「とりあえずおめでとう」

「...うん」

「いいないいなー! アタシもリスにしようかなー。でもでも、強い系も捨て難いしなー。どうしようー」


 頭を抱えて悩むエアル。

 その襟首を掴んで、ケンタは無理やり引き寄せる。


 ヒュッ。


 エアルの頭があった場所を刃が通り過ぎる。


「油断するな、と言っただろ」

「ぅぅ...」

「ここは街じゃないんだ。警戒を緩めるな。次は助けないぞ」

「...ぅうがぁあああ!! よくもアタシを虚仮にしてくれたなッ! 絶対服従させてやる」


 変なスイッチが入ってしまった。

 やる気になったマナは汚れを気にせず寝そべり、耳を澄ます。

 周囲の音を集めて、選別していく。

 こちらから逃げるような四足歩行の足音を捉える。

 重さは五キロ程度の小型。少し距離を置いてこちらを窺っている。

 追っ手がいない事を確認すると、また近づいてくる。


「こいつだな...エアル! お姉ちゃんに速度アップの付与お願い」

「...了解。【スピード付与:初級】」


 マナの全身が緑色の光に包まれる。

 その場で手足を動かして効果をチェックする。


「うん! ありがと。じゃ、いってくるね」


 言うや否やマナは一陣の風となる。

 貴嬢甲冑を身に着けながら百メートルを五秒フラットで駆ける。

 障害物を軽やかに避けつつ魔物へ急接近する。


「―――見つけた」


 獰猛な笑みを向ける先には緑がかったタヌキがいた。


 化け狸はイタズラ好きな魔物である。

 興味を持った対象に風の刃を飛ばして遊ぼうとする性質を持つ。


 化け狸は突如目の前に現れたマナに驚き、反射的に全力の風の刃を放つ。


「【重鋼鉄のハンマー】」


 風の刃は圧倒的な体積及び質量のハンマーの前に霧散する。

 そのままマナは【重鋼鉄のハンマー】を振り落とす。

 衝撃で局地的な地震を起こし、鳥達が悲鳴を上げながら森を旅立っていく。


「やべ。もしかして...あーよかった。生きてる」


 ハンマーの直撃を避けた化け狸は恐怖で身を震わせ、くるまっている。

 服従は完了。


「名前は...ポンポン!」


 無地のカードを取り出し契約を行う。


「掛けまくも畏き創造神の大前に獣人マナ恐み恐み白さく常も大神の恩頼を蒙り奉りて謝び奉り辱なみ奉るポンポンなる朋友を結びて穏に守り幸はへ給へと白す」


 ポンポンがカードに吸収される。


 ○モンスターカード

  『化け狸:ポンポン』

  ランク:2

  属性:風

  性格:お調子者

  忠誠度:50

  コスト:魔力1*風3

  体調:恐怖

  備考:ひなたぼっこ愛好家


「テンチョー! エアルー! 見てみて。じゃじゃーん! 調教できました」

「おおー。おめでとう」

「...おめ。タヌキかわいい。でも名前が可愛くない」


 これにて成人の儀は終了。

 家に帰って知人友人を集め、祝って貰って目出度く大人の仲間入りだ。


「無事に終わったな。じゃ、帰るぞ。帰宅するまでが試験だから油断するなよ」

「はーい!」

「返事だけはいいな」


  ・

  ・

  ・


 帰り道の途中。

 ベルンまであと少しの所で、前を歩いていたマナの足が止まる。


「どうした?」

「ねぇテンチョー。元の世界に帰りたいって思ったことある?」

「もちろんあるさ。だけど戻る方法があればの話な」

「そっか。そうだよね。戻りたい、って気持ちは変じゃないよね?」


 マナが珍しく思い詰めた様に聞く。

 ケンタは先ほどまで彼女が見ていた方面を向き、理解した。

 獣人たちの列が出来ている。西から獣王国に向かうルート。


 ここからだと遠くて小粒ほどにしか見えないが、『野生児』と『ドーピング』で強化された視力なら詳細に把握できる。

 親を探して泣く子供。我が身可愛さで子供を蹴飛ばす男。家財道具一式を持って周囲から煙たがれる一家。

 あと赤毛の気の強そうな騎士が部下に大声で指示を出していたりするのも見えた。


「俺は望んでこの世界にやってきた。親や友人と金輪際会わない覚悟を決めてな。だけど十年だ。やっぱり時々寂しくなる。名前とか年齢とか誕生日なんかは覚えてるんだ。だけどさ、顔がぼやけるんだ。どんな顔なのか、頭に浮かばないんだ。十年でどう変わったのか想像出来ないんだ。会えるなら...会いたいな」

「...そっかそっか。ありがと、テンチョー。うん、決めた」


 快晴に似た気持ちの良い顔でマナは言う。


「アタシ、帰る。獣王国に。生まれ育った村に。お母さんとお父さんに会いに行く。ごめんね、エアル」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ