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第四ターン 皮紙屋

 ケンタはカウンターに並んだ商品を見る。


「無地カードが少ないな...」


 無地カードとは調教されたモンスター、製作された装備をカード化させるために必要な物だ。材料に使われた魔物の強さや種類によって値段が変動する。

 今回少なくなったのは低位の魔物や未熟な鍛冶師の作品に使う安いカードだ。


 『ミゾグチ』にとって無地カードは、コンビニのレジ横に並んでいるお菓子みたいなモノだ。なにかのついでに買われる種類の商品だ。

 製造兼販売を行っているのは皮紙屋である。


「ピーター、いるか?」


 店の前から呼ぶと、奥から声が聞こえる。


「はーい! ちょっと待ってください。よいしょ。あ、ケンタさん。おはようございます」


 出てきたのは店主ピーター。

 黄金のような短い金髪、人好きそうな垂れ目。はっきりとした笑窪。そんな爽やか好青年風のピーターなのだが、背中からは悪魔の翼が、腰からは真っ黒な尻尾が生えている。

 そう彼は魔人だ。


 祖は人間と魔物の交わりだと根拠の無い憶測が飛び交い、魔人は他種族から最も差別されている。

 彼らは個人主義が多く、自己の能力においては人族四種の中で一番高い。

 人族四種とは人間、超人、獣人、魔人だ。


 基本がケンタのような人間。

 人間の一部性能が、環境による進化圧を受けて成長したのが超人。ヴェンのドワーフや、エルフなど。

 人間と動物が交じったとされるのが獣人。双子の狐人や騎士の狼人など。

 人間と魔物が交じったとされるのが魔人。ピーターのような悪魔人や吸血鬼など。


「無地のカードが欲しいんだけど、在庫ある?」


 ピーターは耐水耐刃性の高い、ゴムのようなエプロンをつけている。

 これが彼の仕事着だ。


「もしかして獣王国用のやつですか!」

「いや、欲しいのは安いのだ。そっちは間に合って―――」

「ベストタイミングです!」


 人の話を聞かない奴だ。

 少しイラッとする。


「内乱起こっちゃいましたね! 獣王国は火の魔力が多いですから魔物も火属性がほとんどで。だからカード化するために火の無地を作ってくれ作ってくれ、て皆さんが言うんですよ。いやーそんな頼られると困っちゃいますよね、ははは」


 満面の笑みで言われても、聞くこっちが困る。


「お世話になっているケンタさんの頼みですから数は少ないですけど回せますよ!」

「あのさ、だから俺は」

「あそうだ! 僕の仕事を見ていってくださいよ。またアドバイスしてください!」

「嗚呼...うん」


 もういいや。なる様になれ。

 慕ってくれているのが分かるから無碍にはできなかった。

 ピーターに背中を押されて店内に入る。


 ピーター皮紙店。

 『ミゾグチ』から徒歩一分の近場にあり、店の造りはしっかりしている。

 入り口は狭く店内も小ぢんまり。壁の一面に、カードを種類ごとに見本として一枚づつ飾られている。


 半地下になっている奥へと進むと、鼻の曲がる臭いが漂ってくる。

 これがあるから皮紙屋は嫌われ、スラム街のような場所に店を構える事になってしまう。

 ピーターが上窓の戸を開けて換気を行う。


「偽造の一件があった日に漬けた火熊の皮です」


 火の無地カードで代表的な火熊の皮。それを石灰や魔物の血液、魔力水などと合わせた溶液に十日以上漬けておく。

 風呂のような大釜に腕を入れて皮を取り出す。

 ばちゃばちゃ、と灰色の溶液を垂らしながら手早く、琴のような曲線を描いた板に乗せる。

 人ほどもある大きな皮、その端を釘刺して固定する。

 板を斜めに倒す。


「ふぅー...いきます」


 集中したピーターが取り出したのは、両端が持ち手になった曲刀。

 皮に対して十度ほどの緩やかな角度で曲刀を当てて、すっーと押す。

 すると毛がべろんと剥がれて、薄灰色の皮が顔を出す。


 ピーターは休み無く曲刀を動かす。

 力を強めたり当てる角度を高めたりすると皮が傷つく。最悪破れる。

 逆にゆっくりと丁寧に作業すると時間がかかり、乾いてしまう。


 瞬きせずに真剣な様子で皮の状態を観察しながら、手を動かし続ける。


「...よし完了!」


 次に用意するのは木製の額。

 プルプルしたゼラチン質の皮に穴を開けていく。四つ角、一辺につき四つ、計二十個の穴。そこに紐を通して額に取り付ける

 最初は緩くたわませて、二十箇所すべて繋げたら紐を引っ張っていく。皮を伸ばすのだ。ぴんと張ったら紐が外れないように固定する。

 まるで四角いトランポリンのようだ。


 そして削りの作業に移る。最も体力が要る作業だ。

 使うのは半月状の鈍い刃。それを皮の中心から外に向かって走らせる。

 液晶に保護フィルムを貼った時、中に入ってしまった空気を指で押して綺麗にする。やっている事はそれに近い。


 刃で皮の凹凸を削り、均一に薄くしていく。

 体全体を使って力強く、さりとて破かないように刃は寝かせる。

 頑固なコゲ汚れをタワシで洗うように何度も何度も往復させる。

 玉の汗を拭う間も置かず、一心に削っていくと、次第に光の透過率が上がっていき、皮が白く見え始める。


 ピーターは刃を置き、顔を近づける。まるで割れ物を扱うように両手で優しく撫でていく。

 指を滑らせて引っ掛かりがない事をチェックする。


 ここでようやくピーターの顔に笑みが戻る。

 額ごと二階の乾燥室に運んでいく。作業に没頭したあまり、ケンタを忘れて一人で行ってしまう。

 苦笑いのケンタは後を追い、背中に声をかける。


「お疲れさん」

「あ!? す、すいません夢中になってて」

「それで。もう乾いているのはどれだ?」

「こっちです!」


 乾燥室の奥へと案内される。

 そこには綺麗な赤に染まった皮紙の張った額が並んでいた。


 紐を解かず、張った状態でナイフを差し込む。

 なるたけ面積を大きくすため端にある穴を、峠の走り屋のごとくギリギリまで攻める。

 あとはカードのサイズにくり貫いていけば完成だ。

 四十八枚の火のカードが出来上がった。


「注文を受けていたのは四十枚なので、残りは八枚とすくないですけど、どうぞ!」

「いまさらだけどな。俺が欲しいのは安いカードなんだよ」

「へ?」

「一番最初に言ったよな?」

「......」

「アドバイスを頼まれたけどさ、技術に関しては文句ないんだけど、一つだけしておく。人の話をよく聞け」

「...はい」

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