第三ターン 復讐屋
「おうケンタ。買取を頼む」
夕暮れ。
店仕舞いしようかと悩んでいるとドワーフのおっさんが来店した。
ドワーフは人族の超人に分類される。
基本である人間よりも素の筋力や器用さが高く、その代わり身長が低く毛深い。
「ヴェンさん。十日ぶりですかね」
「ケンタのおかげで仕事が来るわ来るわで忙しくて顔をだせなかった、ガハハ」
復讐屋ヴェン。
『ミゾグチ』のお隣でひっそりと営業しているご近所さんだ。
スキンヘッドに赤茶のもじゃもじゃ髭、寸胴の体は四十代とは思えないほど良く引き締まっている。瞳は深い赤。
ドワーフは人情味のある種族性だけども、ヴェンは復讐屋なんていう暗い仕事をしているだけあってドライだ。
仲の良い身内には生来の気の良さを発揮するのだが、ケンタの知る限りでヴェンの家族はもう居らず、身内と呼べる友は数人しかいない。
ヴェンがニカッと人懐っこい笑みを向けている事から分かるとおり、ケンタとは友だ。
「ケンタが獣人騎士をしょっぴいたんで獣人どもが上に下にの大慌てだ。他種族から嫌われてちまって小競り合いの多いこと多いこと、ガハハ」
「今日は報酬で手に入れたカードを売りに来たんですか?」
「おおーそうだった。すまんな、閉店間際に長話しようとしちまって」
「気にしないで下さい。俺とヴェンさんの仲じゃないですか」
「じゃあ長話を続けちまうか...ガハハ、そう嫌そうな顔をするな。聞いて損の無い情報だぞ」
ケンタは双子に指示を出して閉店にする。
裏からワインを持ち出し、二つのカップに注ぐ。
「うめぇな。相変わらず良い趣味してるぜ。さて、結論から言っちまうと獣王国の王家が隠れちまった。偽造の一件を国内で隠し通せなかったみてぇで、いまや王家を獲物にした狩りが興じられてやがる。まあ自国の金貨を鋳潰して劣化ベルン金貨を造ってたんだから当然だわな、ガハハ」
「元々崩壊は時間の問題だと言われていたし、予想できた流れだ」
「おうさ。そもそも内乱に備えて☆7カードを求めたのが今回の始まりだからな。どうしようもねぇ」
なるたけ安く買いたかった王家の耳に『ミゾグチ』の噂が届いてしまった。
眉唾ものの噂だが、もし真実であれば騙すなり奪うなりすれば大儲けだ。
そして起こったのが十日前の事件だった。
「故郷に残してきた家族を迎えにいこうとする奴と、獣王国からベルンに逃げ出そうとする奴で西の門番はてんやわんやの大忙し。食料の値段も上がっちまうし、もちろんカードもだ」
「うちも巻き込まれたくないから一気に値上げしたよ。それでも売れるけど」
『ワーセンの斧』を中心に戦闘系のカードが広く売れた。
「ま、そんな訳でどこもかしこもトラブル頻発、んで不満が溜まってよ...グフフ。たまらねぇぜ。獣人を殺してくれ、って依頼が今日までで三十件越えやがった、ガハハ」
「酷い話だ。でもヴェンさんは不殺でしょ?」
「ああ。殺しは受けん。それに復讐の仕事も、例えやり過ぎたとしても同害に留めてる。目には拳骨を、歯にはビンタをってな。やらた以上にやり返しちまうと負の連鎖に嵌っちまうからな」
「そっちの方が繁盛するのに...」
「ふん。汚ねぇ仕事すんならプライドを高く持たなきゃダメだ。でなきゃ心が獣になっちまう」
ぐいっとグラスを傾けて飲み干す。
グラスと一緒にカードの束が置かれる。
ケンタは一言挟んでカードを預かる。
モンスターカードが二枚。
装備カードが八枚。
スキルカードが二枚。
リーダーカードが一枚。
計十三枚。
レア度では☆1-3のノーマルが八枚。
☆4のレアが四枚。
☆5-6のスーパーレアが一枚。
☆7以上のウルトラレアはゼロ枚だった。
「モンスターカードは☆2の『トラジマ』は銀貨1、☆2の『ヒュージ』は銅貨で80ですね」
「おいおいケンタ。いくらなんでも安すぎだろ。言ったろ? 内乱が始まるんだ。需要は高いぜ。だからほら、もう一声」
「モンスターカードは譲渡や販売したら忠誠度がゼロになります。すぐに内乱が起こるなら価値はむしろ下がっちゃいますよ。手っ取り早く強くなる装備やスキルを買うから」
「むむっ...!」
「友達ボーナスの増額で二枚合わせて銀貨2」
カウンターに銀貨を置く。
ヴェンは悩んだ末に「ええい!」と奪うように掴んだ。
毎度あり、とカードを回収する。
「次は装備カードですかね。どれも耐久が減ってますね。三割切ってるのが四枚も...これ、セットで銀貨1です」
「まあ妥当だな。いやむしろ高いか。どれもノーマルなのにな、ガハハ」
「あとは☆4『魔木盾』は銀貨4、☆4『ワーセンの斧』は銀貨1枚銅貨60、☆4『プロセム鉈』は銀貨5に☆1『鉄扇』は銅貨1。しめて銀貨11に銅貨61ってところです」
「ぐぬぬ。『プロセム鉈』はもうちっと上がらんか。耐久が九割越えの迷宮産だぞ」
「迷宮産ですけど特殊付与がなければ製作よりも性能が少し良い程度。値上げは無理ですね」
「なら『ワーセンの斧』はどうだ。前に銀貨5で売ってただろ」
「あれは新品。ヴェンさんの持ち込みは耐久五割を下回ってる」
「ケンタよ。オレとお前の仲じゃねぇか、なぁ頼むよケンタぁ-」
酒臭い。
「あーはいはい。分かりましたよ。まとめてなら銀貨13枚」
「いいのか!?」
「ま、プラス分は情報料ってことです」
取引が成立する。
「次はスキルカードで☆1『小火』は銅貨2、☆5『蒼の雷』は...銀貨80枚です」
「ちぃーと待ってくれよケンタ。☆5だぜ!? さすがに銀貨はねぇだろ。最低金貨だ」
「使用回数残り三回のみ」
「ぐっ...! で、でもよ。スキルカードのスーパーレアだろ。それに獣王国の情報を持ってきてやったじゃねぇか」
「情報料は装備カードに入れました。納得済みの取引です」
「なっ! ケンタぁー、結構危ない橋を渡って手に入れた代物なんだよぉ」
「...まったく。じゃあ二枚合わせて銀貨85枚」
「せめて90!」
「85」
「ぬぅ...6でどうだ」
成立。
「最後はリーダーカードの☆4『筋力強化』は銀貨5です」
「ここまでの総額が銀貨101枚か、なぁ区切りを良くしようぜ」
「そうですね。じゃあ銀貨4でしめて105で」
「おいおい減ってんぞ!」
「冗談です。仕方ないですよね」
銀貨9枚を置くと、ヴェンは嬉しそうに受け取る。
十日で銀貨110の稼ぎ。依頼料は別でもらっているから本当に儲かっている。
「これからどうだ、メシ奢るぞガハハ」
「いや、今日は遠慮しておく。双子が用意してるはずだから」
「あの二匹の獣人か」
言葉から暖かさがなくなった。
住宅部分の二階に双子はいるので聞かれなかった。
「まだ気を許してくれないか?」
「オレはもう女って生き物を信じねぇ」
「子供だぞ」
「年は関係ねぇ。女はやらかす...だからオレは男が好きだ」
ヴェンはゲイじゃない。
「男同士はな、腰かけあり継ぎなんだよ。がっちりはまって相性は最高なんだ」
ゲイではない、はず。そして元大工だからってその例えはいかがなものか。
ただちょっと昔、ヴェンは奥さんと娘さんに裏切られて殺しちゃった過去があるだけだ。
「メシはまた今度誘うとするか、ガハハ」
「今日はありがとうございました。おかげでこっちも儲けさせて貰いました」
「あぁ? かなり高く買い取ってくれたと思ったが...売値ってどのぐらいだ。五割乗せか?」
「倍でもイケる。ヴェンジャーさんの言うとおり今は飛ぶように売れるから」
「お、おい! まじかよ...やられた」
「ほら、残った酒はプレゼントだ」
「まじぃな。相変わらず良い性格してるぜ、ガハハ!」