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第二ターン 従業員

ベルン女王国は七年前に建国された新しい都市国家である。


 女王国のある場所はかつて強大な魔物が数多く生息する地域だった。遡る事九年前、ある一団がこのエリアを僅か二年で支配した。そして建てられた国がベルン女王国。他国と比べて圧倒的な戦力を保有している。


 王都ベルンの発展は著しい。

 建国年の人口が千人ほどだったのが、移民を積極的に受けて入れて七年経った今では二十万を超える。

 人種の坩堝となった弊害で都市のいたるところで争いが絶えない。

 当然、スラム街は生まれてしまった。


 王城の正面にある《南大通り》を進み、左に曲がる。そのまま《南西14番通り》を歩いた先にスラム街の入り口はある。

 王城周囲はレンガ造りの貴族邸が並び、距離が遠くなるほど質は低下して、最終的にはスラムの木造ボロ屋に行き着く。

 カードショップ『ミゾグチ』は風情のある木造二階建て。スラム街の入り口付近に店を構えている。


「ただいまテンチョー!」

「...店長、もどりました」

「二人ともおかえり」


 入店したのは二人の少女。

 元気一杯の方がマナ、落ち着きのある方がエアル。

 『ミゾグチ』で働く双子の獣人だ。


 マナが金色の狐でエアルは銀色の狐。

 血は繋がっていないけども同時期に同じ村で生まれ、そして一緒に育ったことで本人らは双子だと思っている。周囲も訂正する気もないため事実として認められている。

 店内にお客がいない事を見て少しガッカリした双子は買い込んだ物を裏に運ぶ。


「あ、テンチョーこれ。大通りで配ってたよ」


 渡されたのは粗悪な紙。瓦版みたいな物だ。

 内容は一週間前に『ミゾグチ』で獣王国の騎士が偽ベルン金貨を使用した重大事件についてだ。


 獣王国とはベルン女王国よりも南西にある、国土の七割が森に囲まれ、国民のほぼすべてが獣人から成る国家だ。

 初代国王こそ優れていたが、血の継承による腐敗を防ぎきれずに、数十年前から賄賂やコネが蔓延してしまった。


 転機が訪れたのはベルン女王国の建国宣言がされた七年前。力不足の役人達では建国により起こった戦争と変動した経済の大波を乗りきる事ができなかった。

 結果、金貨の偽造なんて馬鹿の極みである所業を国として行い、あまつさえ偽金貨を大量に外国で使用するに至った。


 硬貨は国の信用の上に成り立っている。

 それに泥を塗る行為がどれだけ愚かなのか分からないほど獣人は落ちぶれていた。


 しかもあの騎士たちは装備に虎を刻むような支配階級の一門だった。

 親族連中は泡を食って対策を練ったに違いない。

 すでに内乱一歩手前だった事情を鑑みるに、この事件で一線を踏み越えるかもしれない。


「...店長、あらためてになるけど連れ出してくれてありがとうございます。あのまま国に残っていたら大変な事になってた」


 エアルが頭を下げる。

 双子の出身は獣王国だ。

 幼い二人が残っていたら、それは酷い事になっていたのは火を見るより明らかだ。

 マナは悲惨な未来を想像したのか、顔が苦悶に歪んでいた。


「俺は優秀な従業員を雇っただけだから感謝はいらんぞ」

「...ん。わかった。じゃあお仕事がんばる」

「それは助かるな」


 それから双子は裏で荷物の整理を済ませ、外出時の地味な服から着替えて出て来た。


 白のシャツにワインレッドのスカート、同色のケープ、刺繍のないエプロン。アクセントにカードを模したブローチを左胸に。

 これが『ミゾグチ』の制服だ。前世のファミレスを意識したデザインとなっている。

 ケンタは特に気に入っているため、高額なのに一人につき三着製作した。通常、別カラー、アレンジ版を揃えている。

 双子は獣人のため、しっかり尻尾穴も作られて、頭部は狐耳が映えるようにヘッドアクセを着けない。


「ふふーん。どうテンチョー! 似合ってるでしょ?」

「ああ完璧だ」


 先ほどまでの沈んだ表情が嘘のように、えへへ、とニヤけたマナが一回転する。


「...ん、どう?」


 エアルも負けじと回る。


「似合っているぞ。というかこのやり取り何回目だよ。何度も聞いたぞ」

「...ワタシたちが来てからずっとだから四年間? 毎日?」


 この世界は一日二十四時間で一年は三百六十日。

 毎日だとすると約千五百回繰り返した事になる。

 アホらしい。


「四年かー。もうそんなに経つんだ! アタシも成長したなー。うんうん」


 腕を組んで成長を振り返ったマナは自信を滾らせている。対してエアルの方は姉の強調された胸を見て落ち込んでしまう。

 容姿こそ可愛いという点で双子は似ているけど、やはり血が繋がっていないので胸の成長には大きな差が出てしまう。

 まだ十四歳だから将来に期待を持てるのが救いだ。


「転んでばっかりのマナに、無愛想な接客しか出来なかったエアル。二人が今では買出しや留守を任せられるぐらいに成長しちまって...感無量だな。あれだ。娘の成長に喜ぶ父の気持ちだな」

「父って...テンチョー若いじゃん」

「いや、もうじき三十だぞ? 故郷の世界なら若い部類だろうけど、この世界ではおじさんだろ」

「でもでも! テンチョー、カッコいいよ」

「この年になると格好いいと言われても嬉しくないんだよな。洗練されてる! とか、頼りになる! とか言われた方が嬉しいな」

「頼りになる!」

「...洗練されてる」

「はぁ...返しが雑で洗練されてない。頼りにならない二人だな」


 男は年をとると見た目よりも中身、地位に固執するようになると前世で読んだ。逆に女はどれだけ年をとっても見た目、美しさに執着すると聞いた。

 美容用品のために借金をするオバサンがいると知った時など戦々恐々したもんだ。


「あ! じゃあテンチョーはカード一杯持ってる! よっ、世界一!」

「...カードチャンピオン」


 頬が緩んでしまった。

 前世でカードに何百万もつぎ込んだのは良い思い出だ。

 男は趣味で借金をするのだろう。


「おいおい、そんな褒め言葉で俺が喜ぶ訳ないだろう。嬉しくなんてない。本当だぞ? だけど...そうだな、今日はご馳走にしよう」

「いえーい! 肉厚ハンバーグだ! あとナポリタン! コーン多めね。あとあと霜降りステーキ!」

「...満干全席、あと枝まね」


 容赦のないラインナップ。

 人は見栄で破産するのかもしれない。



 ◇◆◇◆◇◆



 カードは革である。


 溝口謙太はカードが好きだ。

 トレーディングカードはもちろんの事、各種お店のポイントカードや免許証などの手に持てる紙片、道具が大好きだ。

 どのぐらい好きかと問われれば高校大学を学生証のカッコよさで選んだぐらいには好きだ。


 そんなケンタではあるが特別コレクターという訳ではない。

 もちろんカードを集めるのは趣味だし、眺めてニマニマした時間は睡眠の次に長い。

 だけど信条としてはコレクターよりもプレイヤーでありたいと考えている。


 カードは使ってこそ価値がある。

 使えば使うほど擦れて角は曲がり、辺はよれる。

 時にジュースを溢して変色もするかもしれない。

 その味わい、風味こそカードの良さを引き立てると信じている。



「お客さん。カードを購入したら目の前で登録をしてもらいますけどよろしいですか?」

「はぁ? なんでだよ」


 ガラの悪いお客だ。

 店がスラムに位置するため、武器を見せびらかすようなお客が多い。

 ベルンの発展により新規のお客は減らず『ミゾグチ』の理念を今日も今日とて話し聞かせる。


 カードは革である。


「―――とまあ、そういう信条がありますので当店は使用を前提としたお客さんにしか販売しないんです」

「なんだ、信念なら仕方ねえな。【バインダー】」


 男の胸先にA3程度の冊子状のファイルが現れる。

 表紙を捲り、一番最初が自身のページだ。


 そこにはカードが嵌るスペースがあり、これをスロットと呼ぶ。

 スロットは三段。

 自己の(リーダー)ページでは上段がリーダーカード、中段が装備カード、下段がスキルカードとなる。


 男は買ったレア度☆4の『ワーセンの斧』を中段のスロットに嵌める。

 これが登録。


 登録したカードを無理に外すと消滅する。

 専用のリーダーカードの能力がなければ、装備カードなら耐久がゼロになるまで、スキルカードなら使用回数が無くなるまでスロットにあり続ける。


「【ワーセンの斧】」


 男の手に巨大で無骨な斧が出現する。

 想像以上の重さに腕の血管が浮かび上がる。

 しかし男は気合で持ち上げて肩に担ぐ。


「いい武器だ。ありがとな」

「こちらこそありがとうございました。またのご来店お待ちしております」


 テーブルを清掃していた双子も手を止めて挨拶し、三十度のお辞儀をする。

 見た目と態度に反して話の分かる良いお客さんだった。


「テンチョー。あのお客さん、ちゃんと使ってくれるかな? 転売したり、飾ったりとかしないよね?」

「こればっかりは分からん。注意以上の対策がないからな。お客さんの良心に賭けるしかない」


 所詮ケンタの主義主張、わがままでしかないのだ。

 

「...今日の売り上げ銀貨五枚」


 『ミゾグチ』はスラム街にありながら取り扱うカードは高額と、あべこべな営業スタイルのため客数が少ない。

 一日の売り上げ枚数の平均は三枚ほどだ。

 今日はまだ一枚。


「『ワーセンの斧』は買取値が銀貨三枚だったから利益は銀貨二枚か...ちなみに二人の日給はいくらダッタカナー」

「...二人で銀貨二枚」

「プラマイゼロ、いや諸費用でマイナスか。というか住み込み食事つきで日給一枚って高給だよな?」

「...減給する?」

「いやしないぞ。うちは利益度外視の道楽営業だからな。ただ教育上どうなんだろと思ってな」


 ケンタと出会った時の双子は十歳だった。それ以降ケンタが保護者となり育ててきたが、金銭感覚をしっかり教えられただろうか?

 『ミゾグチ』は自慢じゃないが世界で一番高価なカードショップだ。

 つい先日、金貨の山を見ても顔色一つ変えずに枚数確認する双子を見た時、不安になった。

 中学生が数億円の紙幣を数えているようなものだ。


「なあ、さっきの買出し、どこでした?」

「...食品は『ゼーランディア商会』のベルン本店」

「無地のカードは『ゴライア』のおじちゃんの所だよ!」

「どっちも富裕層向けの店じゃないか...いくら使った」

「...銀貨三十六枚と銅貨四十枚」

「あ! でもでも値引きしたよ。特におじちゃんなんて楽勝だったよ!」


 明らかにおかしい。

 貧民の一日の食費が銅貨五枚、平民で銅貨十枚。これがベルンの平均物価だ。

 銀貨三十六枚って、おい。


 二年前から勉強のために会計をエアル任せ始め、去年からはまかせっきりになっていた。

 支出の確認を怠った。

 経営者失格。普通なら破産だ。


「はぁ...獣王国を笑えない」

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