第四種 身代わりと身勝手
獣人の生活スタイルは狩猟採集がメインで、農耕はサブだ。
しかも人間が行うような計画的な二圃式や三圃制ではなく、もっと原始的な焼畑である。
村長クラスの老人達が集まって相談し合い、その年の農地を選定する。
次の年は離れた地で行い、これを繰り返す。
自然の回復サイクルと噛み合えば、優秀な農法である。
この取り決めが多くの村で失われたのは二十年前から。
王の代替わりによって税が重くなったのだ。
税の支払えない村に対して徴税官は農耕の比重を増すよう圧力をかけた。
結果、自然の回復サイクルを超えて農地が作られ、禿山が増加した。
すると連鎖して狩猟採集にも悪影響がおよび、その不足分を補うためにさらに森を燃やした。
これが獣王国が抱える食糧不足の大きな要因のひとつだった。
◇◆◇◆◇◆
地肌が露出した山を下に見ながらマナとエアルを乗せたシャドーは飛んでいる。
「シャドーさん、はやいっ。もうじき着くよ!」
「...目の前の山を越えた先がポリトカ村です」
《ひひっ。あいよー》
徒歩で五日の距離もあったのに、飛び立ってから十時間ほどで視界におさめる場所までやって来た。
空で夜を明かしたので朝日が眩しい。
上空から見たポリトカ村は周囲を小山に囲まれた盆地にぽつんと存在する。
マナとエアルが住んでた当初ですら人口は百人ほどで、世帯数は三十前後の小さい村だった。
高度を徐々に低くしていき、村の中央へと着陸する。
「本当に誰もいない」
巨大なカラス姿のシャドーが突然現れたのだから、普通なら何かしらの反応があって然るべきだ。
しかしポリトカ村は乾いた風が吹くだけで、なんの動きもなかった。
《ちっとオイラが探索しよっかー》
地面に接触している足から、影が四方八方に伸びて建造物に無断侵入して内部を検める。
村の全ての建物を探索するのに五分もかからなかった。
《人っ子一人居ないねー。空き屋を勝手に使っている小動物がいるぐらいだぜ、ひひっ》
「...そっか」
「...」
落ち込むマナに対してエアルはホッと安心した。
姉に付いて来たけど、出来るなら親に会いたくないのが正直な気持ちだ。
「これからどうしよっか。エアルは近くの村の事知ってる?」
「...南に村があるって聞いた事がある」
「じゃあ、そっちにいってみようか。ただその前に家へ寄らせて」
《ん? もう誰も残っていないぞー》
「書置きとかあるかもしれないし、それに実家だし」
マナは、村の中でも大きな建物に消えていく。
残されたエアルは座り、下僕一号を召喚して遊ぶ。
《エアルのお嬢ちゃんは帰らないのか?》
「...うん」
シャドーはエアルの風除けをしつつ、周囲を見渡す。
そこに少し違和感を覚える。
さきほど建物を全て調べたのだが、二軒だけ他と違って真新しい生活臭が残っていた。
関所での情報を信じればポリトカ村が放棄されたのは一年前だ。
足跡や水場の乾き等の生活臭を消すには充分な時間である。
誰かが空き屋となったポリトカ村を利用していた。
そしてその誰かは単独ではなく集団。
新しい足跡は南へと続いている。
「待たせちゃってごめん!」
マナが戻る。
その手には何もなく、報告もなかった。
「じゃ、南に行こうか」
「...ごー」
《あいよー》
再び空に舞い上がる。
マナは二度目の空にまたも興奮する。
エアルはもう慣れたのか景色を見ていなかった。
十人ほどの集団を発見したのは、飛び立って一刻も経っていない内だった。
シャドーの背から観察してみると、集団は一人のやんごとなき身分のお方を護衛しているのだと分かった。
マナとエアルが対応を協議する。
現在の獣王国の状況であれば、あの集団は王家の者である可能性が高い。
そこにシャドーを伴って話しかけるのは面倒事を引き起こすだけだ。
二人が悩んでいると、事態は勝手に進行していた。
剣戟の音が響く。
道の両脇から飛び出した農民と、護衛が殺し合いを繰り広げる。
圧倒的に護衛の方が強いのだが、いかんせん農民の数は多く、さらに死を恐れず破れかぶれに突撃してくる。
困窮で明日を想う事を苦とする農民は、王家を殺すためなら死を厭わない。
その気迫に護衛は怯え、生まれてしまった隙を農民の桑が刺す。
一人やられれば、積み木が崩れるように容易く陣形は破られて、ついに農民の怒りは王家の喉元に届く。
「や、やめろ! 余は誉れ高き王家の―――ぎゃぁああ!!」
血のニオイが風に乗って上空にいる二人の鼻にまで届く。
初めて殺人の現場を目撃したマナとエアルは言葉を失う。
眼下で行われた一連の行動が理解できない。
『ミゾグチ』で暮らした四年間のぬるま湯生活で二人は野生を忘れていた。
生きるために殺す。
王だとか農民だとか関係ないのだ。
臓物を巻き散らかした護衛の死体から身ぐるみを嬉々として襲撃者が漁り、王家に連なる者の死体は恨みを浴びせられて穴だらけだ。
生前の面影が無くなった死体の足に紐をくくり、農民たちは笑いながら引っ張っていく。
《ちょっと離れて休憩するかなー》
「「...」」
人の気配がしない、山の麓に着陸する。
シャドーから降りた二人は激しく動揺していた。
あっさりと人を殺し、笑っている彼らを同じ人だと思えなかった。
「あんなの...ただの獣だよ」
「...怖い」
シャドーは何も言わず、訂正しなかった。
二人は三十分ほどで気を持ち直した。
先ほどの光景が消化不良のまま、彼女らは南を目指す。
「このまま行くと、あの集団に出会うかな...」
《回り道するかい?》
「どうしよっか?」
「...おそらく集団とは南の村で鉢合わせする。彼らは徒歩だった。近くの村の人だと思う」
「そっか。じゃあ直進!」
《あいよー》
・
・
・
集団を飛び越えて、先に南の村ティリエルに到着した。
規模はポリトカ村より大きく、三百人ほどが生活している。
時刻が夕方であったため、情報を集める前に宿を探す。
「一泊で食料一篭」
硬貨は使用できなかった。
野宿するか迷った挙句、二人は食料の代わりに使わないカードで支払いを済ませる。
夕食を摂ろうと村唯一の食事処に入ると、メニューの少なさと金額の高さに驚く。
ただ野菜を炒めただけのモノがベルンでの高級料理と同価。
水分ばかり多い粥もぼったくり価格。
余所者に食料を与える気がないことがよく分かる内容だった。
「...お姉ちゃん。すぐに宿に戻ろう」
「え? どうしたのエアル」
「...早く」
焦った様子のエアルに手を握られ、駆け足で宿泊している二階の部屋へと戻る。
案の定、宿屋の亭主であるおっさんが部屋に押し入ろうとしていた。
「なにを、しているんですか...」
「ちっ! あんたらドアを壊したな! 入れねぇだろ!」
「何で入ろうとしてるんですか」
「ここは俺の宿だ! 部屋に入るのは自由だろ。それよりもドアが開けねぇ。あんたら弁償してもらうからな!!」
怒り狂った様子の亭主を退かして、エアルが扉に手をつける。
すると、扉はあっさりと開いた。
「...なん、だと」
亭主が何度も扉を閉じて開いてを繰り返して問題の無い事を確認する。
何も問題はなかったのだから、勘違いで終わりかとマナが気を油断した瞬間、亭主は扉を足蹴りする。
「ほら。やっぱり壊れていた。弁償してもらわないとな」
理不尽。
亭主は始めから大荷物を持った少女二人の金や物、そして体を狙っていた。
「ほら、さっさと金を払え。金貨一枚だ。払えないなら...」
「そんなッ!!」
「...お姉ちゃん落ち着いて。大丈夫。扉は壊れていないから」
「「は?」」
亭主とマナが呆ける。
そして気付く。
亭主の足に黒い影が纏わり付いている事に。
「な、なんだこりゃあ!」
《ひひっ。オイラって実は働き者なんだよねー》
マナとエアルを守る命令を忠実に実行していた。
「ひぃいい! 影が喋った!?」
《あ、逃げるのは止めてくれよー。間違って殺しちゃうからねー》
「ひぃー!!」
《生きたかったら質問に答えてくれよー、ひひっ》
「わ、分かった。頼むから殺さないでくれ!」
素直になった亭主に、シャドーからバトンタッチしたエアルが質問する。
「...まず確認。この村の名前は」
「ティ、ティリエル村だ」
「...どうして私達を狙ったの」
「食料持っている旅人は、難癖つけてでも奪えって村長が...」
「...次の質問。一年前にポリトカ村から人が流れて来たはず。彼らはどこにいるの?」
「ポリトカ村? あ、あーあいつらか。だったらもうここにはいないぞ。うちの村も一杯一杯なんだ。受け入れなんて無理だから一晩だけ泊めて翌朝追い出したんだ」
「...ワタシ達と同じ事をした?」
「...」
《喋れよー》
シャドーが亭主の足に圧を加える。
悶絶し、涎をたらしながら罪を認めて白状した。
「う、奪ったよ! お、俺らも生きるために仕方なかったんだ。でも全部は奪ってない! あいつらがそれだけは、って言うから...その」
《言えよー》
「ぐああ! ゆ、許す代わりにお、女を犯った。一晩だ! それだけなんだ!」
《おうおう。具体的に教えて―――》
「ストップ! ...もう、聞きたくない」
興が乗り始めたシャドーは命令であれば、と渋々従う。
この遣り取りを見た亭主は悟り、そして心境に変化が生まれる。
マナたちに対する恐怖が、新しく生まれた優越感に塗り潰された。
「は、ははっ。やっぱりお前ら、あの村の連中か! そういやー居たな。金色の奴が。あんたに似て別珍だったぜ。それに他の女のために率先して身代わりになってよ。一番健気に腰振って―――」
「黙れ!」
マナが吼える。
しかしその態度が、火に油を注ぐように男の優越感を滾らす。
亭主は恐怖で引き攣りながらも笑う。
その顔を殴りたい。
ぶん殴りたい。
殺すまで、悔い改めるまで殴りたい。
マナが一歩踏み出す。
「...お姉ちゃん」
「―――っ!? ...ごめん。エアル。カッコ悪いところ見せちゃったね。止めてくれてありがとう。もう大丈夫!」
無理をしている。
察したエアルは質問を手短にまとめる。
「...銀色の狐はいた?」
「銀色? お前の母さんか? くははっ。いたぞ。しかも、ははっ! 他の女なら自由にしていいから私だけは止めて、って言ってな。金色の背中を一番押してたんだ。身勝手な女だったぞ!」
「...そう」
「なんだよその反応は? つまらん」
「...その人たちはどこに向かったの?」
「東に行ったよ。狼の統べている都市があるんだ。そこへ行ったよ。まあ、あそこはうち以上に余所者に厳しいけどな! くははっ」
「...分かった。質問は終わり。お姉ちゃん、こいつどうするの?」
殺す?
言外に含ませながら聞く。
「だめだよエアル。そんな事したら、アタシも同じになっちゃうよ」
苦しそうに告げる。
握り締めた拳は爪がめり込み、血が滴り落ちる。
「...分かった。もう行こう」
「そうね! 行きましょう」
部屋に置いてあった荷物を背負い、宿を出る。
王家を討った者たちの凱旋でわくティリエルの住民を無視してシャドーはカラスに変身し、飛び立つ。
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「...本当に良かったの? ワタシたちなら簡単に」
「ダメ! ダメったらダメ!」
頑なに復讐を拒絶する。
「ヴェンさんも言ってたじゃない。『やらた以上にやり返しちまうと負の連鎖に嵌っちまう』って。我慢するの! 誰かが受け止めないとダメなの!」
エアルは姉の言葉を理解できなかった。
それでも姉が復讐をしない、と言うなら従う。
なぜならエアルは亭主を恨んでいなかったから。
母への想いは無く、他人事だった。




